表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第一部 フラテルニア魔法学院編
102/399

第九章 魔法武闘祭 -4-

 レオン・ファン・ロイスダール敗れる。


 観客席は、怒号と喧騒に包まれていた。

 多くの観客はレオンさんに賭けていたし、応援しているファンも多かったからである。


 判定を聞いたレオンさんは、吹き飛ばされた煙草を拾うとゆっくりと火を消し、魔法の袋(マジックバッグ)にしまった。

 それからちょっとひしゃげた帽子を被ると、新しい煙草を取り出し、火を付けた。

 そして、空を見上げながら煙を吐き出す。


やけに効くぜミア・イスト・シュヴィデリヒ


 微かに呟くと、おもむろに銃を拾い上げ、顔色も変えずに退場していく。

 左手も痛むだろうに、クールだね。


 それにしても、ギデオン・コーヘンか。

 やつの戦い方は粗雑だし、まるで脅威ではない。

 だが、一撃の威力とあの不死性、それに最後の謎の魔力は警戒する必要があるな。


 何て言ったって、グウィネズ大公プリンス・オブ・グウィネズに勝ったら、ぼくの次の相手はあれだ。

 飛竜(リントブルム)が欠場しているから、やつは二回戦不戦勝なのだ。


「何よ、あれ。あんなの反則じゃないの。どうなっているのよ」


 レオンさんが負けたことで、マリーもおかんむりだ。

 確かにおかしい。

 だが、裁定がそのままのところを見ると、ぼくに何とかしろというところなんだろうなきっと。


「衝撃と戦慄の第二試合も終わり、続いての第三試合は異色の対決です! まず、西から現れたるは、氷雪の国から来た白銀の騎士、ペレヤスラヴリの雪姫、男装の麗人、キーウ騎士団団長、オリガ・レヴニナ!」


 ペレヤスラヴリ公国の騎士団長か。

 どの国も自国の自慢の戦力を出してきている。

 国の名誉が掛かっているからな。


 ペレヤスラヴリ騎士の白銀の鎧を身に纏い、銀髪を男のように短く刈り揃えた女性が西から登場してくる。

 女性にしては大柄で、凛とした雰囲気が漂っているな。


「対して東から現れたるは、魔法学院の中等科学生にしての本選進出、砂漠と草原の国から来た熱風、全てを灼き尽くす業火、千の魔法を操る男、イスタフルの黄金の鷲獅子(ゴルデナーグライフ)、ハーフェズ・テペ・ヒッサール!」


 はい、来た。

 来ましたよ、ハーフェズ!


 フェストの予選を圧倒的に勝ち抜いてきたってんだから、相変わらず大したやつである。

 まあ、あいつの魔法陣魔法(マジックスクエア)を食らえば、普通は一発で致死判定行きだ。

 無理もないよ。


 ハーフェズは、遊牧民らしい革の胴着をベルトで締め、綿のズボンにブーツを履いている。

 その上から豪奢なマントを羽織っているのが、派手好きなあいつらしい。

 豊かな黄金の髪を見せびらかすためか、帽子は被っていないな。


 賭け率は、オリガ・レヴニナが一・八倍、ハーフェズが二・五倍か。

 レヴニナ有利と見て買っている観客が多いようだ。


「痛い目に遭いたくないなら、棄権することを勧めるよ」


 自信家のハーフェズらしい傲慢な勧告に、オリガ・レヴニナの額に癇癪(かんしゃく)の筋が浮かび上がる。


貴族(ボヤール)の名誉さ賭げで、あんださ負げるよなあだすでね!」


 ペレヤスラヴリの癖の強い言葉に、思わずハーフェズも目を白黒させる。

 基本帝国語を使用し、ぼくと話すときは流暢なアルビオン語も操るハーフェズだが、ペレヤスラヴリ語は修得していないようだ。

 勿論、ぼくもよくわからない。


「結構。ご婦人を傷付けるのは趣味ではないが、これも武人の習わし。覚悟していただこうか!」


 ハーフェズが腰に吊るした湾曲した刀を抜く。

 対して、レヴニナは鍔のない反りの小さな刀を片手で構えている。

 一見するとレヴニナの武器は機動性を要求されるものだが、あんな鎧を着ていて動けるのだろうか。


試合開始シュピール・シュターテン!」


 試合場の一角には、ペレヤスラヴリの騎士団なのか、揃いの騎士服を着た一団が占めている。

 その応援団からの声援を受け、颯爽とレヴニナが距離を詰める。

 だが、その間にハーフェズは魔法陣(マジックスクエア)を三重に展開し、身体強化(ブースト)を三段階跳ね上げていた。


 レヴニナの高速の突きが空を切る。


 鎧を着ていることを感じさせないレヴニナの動きだが、やはり重さはハンデになっている気がする。

 ハーフェズ相手に、金属の鎧はあまり意味を為さないんじゃないか?


「小手調べだよ、お嬢さん(フロイライン)


 ハーフェズの背後に更にひとつ魔法陣(マジックスクエア)が浮かび、そこから竜の首が覗く。

 一個だけとか、また悪い癖で余裕を見せているのかな。


竜の火炎アータシュ・エ・シャーマール!」


 竜の顎が開き、そこから高熱のブレスがレヴニナに向けて放射される。

 レヴニナは慌てず、素早く左手を前に出して叫んだ。


白銀の氷雪嵐(シリブロー・プルガ)!」


 ほう、あの男装の騎士団長、氷雪系の属性魔法(アトリビュート)の使い手か。

 ペレヤスラヴリ公国は北方だけあって、そういう属性が好まれるのかな。


 ハーフェズの竜炎(ドラゴンブレス)と、レヴニナの氷雪嵐(ブリザード)が激しく衝突する。

 やや氷雪嵐(ブリザード)の方が優勢か。

 炎の勢いが弱まり、会場の床に白い雪が積もる。


「どんだべしゃ、あだすの雪っこのが強えべ!」


 レヴニナが胸を張り、湾刀(シャシュカ)を振り上げる。

 登場のときは無表情の氷のような印象だったが、意外と感情豊かなのかもしれない。


「見だか、(わらす)のくせにべったこい(でかい)(ただ)くでね!」


 だが、喜ぶレヴニナに対して、ハーフェズはまるで焦る様子はない。

 当然だろう。

 あれはあいつにしたら、お遊びにもならない程度のはずだ。

 すでに、やつの背後には追加の魔法陣(マジックスクエア)が三つ浮かんでいる。


「どうした。掛かってこい。だが、そんな重い鎧を着ていてはわたしは捕まえられん。さっきの氷雪嵐(シュネーシュトルム)で来るか?」

いしぇる(かっこつける)でね! おめの火ば、あだすの雪っこでしみらがす(こおらせる)べ!」


 レヴニナのあの呪文は、氷雪系だけでななく、風嵐系の属性も持っている。

 ハーフェズの竜炎(ドラゴンブレス)を、風の勢いで止めることも可能かもしれない。

 まあ実際、火炎の勢いが三倍になったらどうなるのか。

 じっくりと見てみよう。


「では、行くぞ。竜炎の三角形モサラセ・アータシュ・エ・シャーマール!」


 上空に浮かんだ魔法陣(マジックスクエア)から三頭の竜が顔を出し、紅蓮の竜炎を吐き出した。

 三方向から迫る業火の波濤に、レヴニナは再び氷雪嵐(ブリザード)で立ち向かう。


極北の氷雪嵐プリディオ・セーヴェル・プルカ!」


 会場の視界が白一色になるような猛吹雪が、火炎の波に立ち向かう。

 レヴニナの属性魔法(アトリビュート)の腕は一流だ。

 流石に一国の騎士団長を張るだけのことはある。

 ペレヤスラヴリの女性陣から黄色い歓声が飛ぶのもわかるよ。

 ちょっと熱狂的すぎだけれど。


 暴風雪がハーフェズの猛火を蹴散らしていく。

 対戦したぼくにはわかるが、あれを吹き飛ばす威力の魔法はそうは撃てないぞ。

 ぼくだって、一週間圧縮した魔力を使ってようやくできたんだ。

 それをやってのけるとは大したものだ。

 レヴニナのきりっとした表情も僅かに緩む。


 だが、ハーフェズは全く慌てない。


 白い世界が深紅の火焔を飲み込む中、黄金の髪を掻き上げ、紅い唇を綻ばす。

 彼の背後には、すでに魔法陣(マジックスクエア)が三個展開していた。


「お代わりといこう、耐えられるか、オリガ・レヴニナ!」


 連続の竜炎の三斉射に、レヴニナの表情が凍りついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ