第九章 魔法武闘祭 -4-
レオン・ファン・ロイスダール敗れる。
観客席は、怒号と喧騒に包まれていた。
多くの観客はレオンさんに賭けていたし、応援しているファンも多かったからである。
判定を聞いたレオンさんは、吹き飛ばされた煙草を拾うとゆっくりと火を消し、魔法の袋にしまった。
それからちょっとひしゃげた帽子を被ると、新しい煙草を取り出し、火を付けた。
そして、空を見上げながら煙を吐き出す。
「やけに効くぜ」
微かに呟くと、おもむろに銃を拾い上げ、顔色も変えずに退場していく。
左手も痛むだろうに、クールだね。
それにしても、ギデオン・コーヘンか。
やつの戦い方は粗雑だし、まるで脅威ではない。
だが、一撃の威力とあの不死性、それに最後の謎の魔力は警戒する必要があるな。
何て言ったって、グウィネズ大公に勝ったら、ぼくの次の相手はあれだ。
飛竜が欠場しているから、やつは二回戦不戦勝なのだ。
「何よ、あれ。あんなの反則じゃないの。どうなっているのよ」
レオンさんが負けたことで、マリーもおかんむりだ。
確かにおかしい。
だが、裁定がそのままのところを見ると、ぼくに何とかしろというところなんだろうなきっと。
「衝撃と戦慄の第二試合も終わり、続いての第三試合は異色の対決です! まず、西から現れたるは、氷雪の国から来た白銀の騎士、ペレヤスラヴリの雪姫、男装の麗人、キーウ騎士団団長、オリガ・レヴニナ!」
ペレヤスラヴリ公国の騎士団長か。
どの国も自国の自慢の戦力を出してきている。
国の名誉が掛かっているからな。
ペレヤスラヴリ騎士の白銀の鎧を身に纏い、銀髪を男のように短く刈り揃えた女性が西から登場してくる。
女性にしては大柄で、凛とした雰囲気が漂っているな。
「対して東から現れたるは、魔法学院の中等科学生にしての本選進出、砂漠と草原の国から来た熱風、全てを灼き尽くす業火、千の魔法を操る男、イスタフルの黄金の鷲獅子、ハーフェズ・テペ・ヒッサール!」
はい、来た。
来ましたよ、ハーフェズ!
フェストの予選を圧倒的に勝ち抜いてきたってんだから、相変わらず大したやつである。
まあ、あいつの魔法陣魔法を食らえば、普通は一発で致死判定行きだ。
無理もないよ。
ハーフェズは、遊牧民らしい革の胴着をベルトで締め、綿のズボンにブーツを履いている。
その上から豪奢なマントを羽織っているのが、派手好きなあいつらしい。
豊かな黄金の髪を見せびらかすためか、帽子は被っていないな。
賭け率は、オリガ・レヴニナが一・八倍、ハーフェズが二・五倍か。
レヴニナ有利と見て買っている観客が多いようだ。
「痛い目に遭いたくないなら、棄権することを勧めるよ」
自信家のハーフェズらしい傲慢な勧告に、オリガ・レヴニナの額に癇癪の筋が浮かび上がる。
「貴族の名誉さ賭げで、あんださ負げるよなあだすでね!」
ペレヤスラヴリの癖の強い言葉に、思わずハーフェズも目を白黒させる。
基本帝国語を使用し、ぼくと話すときは流暢なアルビオン語も操るハーフェズだが、ペレヤスラヴリ語は修得していないようだ。
勿論、ぼくもよくわからない。
「結構。ご婦人を傷付けるのは趣味ではないが、これも武人の習わし。覚悟していただこうか!」
ハーフェズが腰に吊るした湾曲した刀を抜く。
対して、レヴニナは鍔のない反りの小さな刀を片手で構えている。
一見するとレヴニナの武器は機動性を要求されるものだが、あんな鎧を着ていて動けるのだろうか。
「試合開始!」
試合場の一角には、ペレヤスラヴリの騎士団なのか、揃いの騎士服を着た一団が占めている。
その応援団からの声援を受け、颯爽とレヴニナが距離を詰める。
だが、その間にハーフェズは魔法陣を三重に展開し、身体強化を三段階跳ね上げていた。
レヴニナの高速の突きが空を切る。
鎧を着ていることを感じさせないレヴニナの動きだが、やはり重さはハンデになっている気がする。
ハーフェズ相手に、金属の鎧はあまり意味を為さないんじゃないか?
「小手調べだよ、お嬢さん」
ハーフェズの背後に更にひとつ魔法陣が浮かび、そこから竜の首が覗く。
一個だけとか、また悪い癖で余裕を見せているのかな。
「竜の火炎!」
竜の顎が開き、そこから高熱のブレスがレヴニナに向けて放射される。
レヴニナは慌てず、素早く左手を前に出して叫んだ。
「白銀の氷雪嵐!」
ほう、あの男装の騎士団長、氷雪系の属性魔法の使い手か。
ペレヤスラヴリ公国は北方だけあって、そういう属性が好まれるのかな。
ハーフェズの竜炎と、レヴニナの氷雪嵐が激しく衝突する。
やや氷雪嵐の方が優勢か。
炎の勢いが弱まり、会場の床に白い雪が積もる。
「どんだべしゃ、あだすの雪っこのが強えべ!」
レヴニナが胸を張り、湾刀を振り上げる。
登場のときは無表情の氷のような印象だったが、意外と感情豊かなのかもしれない。
「見だか、童のくせにべったこい口叩くでね!」
だが、喜ぶレヴニナに対して、ハーフェズはまるで焦る様子はない。
当然だろう。
あれはあいつにしたら、お遊びにもならない程度のはずだ。
すでに、やつの背後には追加の魔法陣が三つ浮かんでいる。
「どうした。掛かってこい。だが、そんな重い鎧を着ていてはわたしは捕まえられん。さっきの氷雪嵐で来るか?」
「いしぇるでね! おめの火ば、あだすの雪っこでしみらがすべ!」
レヴニナのあの呪文は、氷雪系だけでななく、風嵐系の属性も持っている。
ハーフェズの竜炎を、風の勢いで止めることも可能かもしれない。
まあ実際、火炎の勢いが三倍になったらどうなるのか。
じっくりと見てみよう。
「では、行くぞ。竜炎の三角形!」
上空に浮かんだ魔法陣から三頭の竜が顔を出し、紅蓮の竜炎を吐き出した。
三方向から迫る業火の波濤に、レヴニナは再び氷雪嵐で立ち向かう。
「極北の氷雪嵐!」
会場の視界が白一色になるような猛吹雪が、火炎の波に立ち向かう。
レヴニナの属性魔法の腕は一流だ。
流石に一国の騎士団長を張るだけのことはある。
ペレヤスラヴリの女性陣から黄色い歓声が飛ぶのもわかるよ。
ちょっと熱狂的すぎだけれど。
暴風雪がハーフェズの猛火を蹴散らしていく。
対戦したぼくにはわかるが、あれを吹き飛ばす威力の魔法はそうは撃てないぞ。
ぼくだって、一週間圧縮した魔力を使ってようやくできたんだ。
それをやってのけるとは大したものだ。
レヴニナのきりっとした表情も僅かに緩む。
だが、ハーフェズは全く慌てない。
白い世界が深紅の火焔を飲み込む中、黄金の髪を掻き上げ、紅い唇を綻ばす。
彼の背後には、すでに魔法陣が三個展開していた。
「お代わりといこう、耐えられるか、オリガ・レヴニナ!」
連続の竜炎の三斉射に、レヴニナの表情が凍りついた。