第九章 魔法武闘祭 -2-
「東から現れたるは、アルビオンの太陽、輝ける光の王子、グウィネズ大公、獅子の心臓騎士団団長、ルウェリン・グリフィズ殿下!」
実況員の声と同時に、ルウェリン・グリフィズが華やかに女性二人を侍らせて登場する。
瀟洒で有名な王太子は、海賊に扮して観客にアピールしていた。
黒いつば広帽子を被り、目の回りをくりぬいた黒覆面で顔の上半分を覆ったグウィネズ大公は、それだけで会場の観客の心を掴んでいた。
四方を回って観客に愛想を蒔いたルウェリン王太子は、女性を帰すと帽子を観客席に投げ込んだ。
たまたまその場所にいた少女がそれを拾い、黄色い歓声を上げる。
「奇しくもアングル人同士の対決となりました、一回戦第一試合。アルビオンの希望を体現する男と、アルビオンを棄てた男がぶつかり合う一戦。賭け率はルウェリン殿下が一・二倍、エリオット卿が二・五倍となっております」
二人の武器は、互いに同じような片刃刀である。
中距離で武器を抜き、構え合って開始の合図を待つ。
さて、答え合わせだ。
グウィネズ大公は、どうやって加速を防ぐのか。
「試合開始」
いつもの通り、エリオット卿が回廊を開き、虚空の記録から魔力を呼び出してくる。
彼の体を魔力が包み込むと、加速が発動する。
その時点で、エリオット卿の動きは、会場のみなには捉えられなくなっていた。
「まさか、直線じゃない」
かろうじてぼくの看破眼は追っていたが、選抜戦のときのように真っ直ぐ突進はしていなかった。
円を描くようにグウィネズ大公の後ろに回り込むと、エリオット卿は背中から心臓の急所目掛けて必殺の突きを繰り出す。
だが、その突きが大公の背中に刺さった瞬間、耳をつんざくような雑音とともにエリオット卿の片刃刀が折れた。
「なっ……」
加速の切れたエリオット卿は、肩で息を吐きながら折れた刀身を見て愕然とする。
「ふ、これが我が無敵の城壁だ。ノートゥーン伯爵よ。卿のか細い腕では、わたしの城壁を崩すことはできんな」
グウィネズ大公が悠然と動き出す。
ふむ、王太子の余裕の源はこれか。
無敵の城壁だと?
単なる魔力障壁なんかじゃ、エリオット卿の虚空の記録の魔力を纏った一撃を防げない。
あれは、グウィネズ王家の固有魔法じゃないか?
「セルトの血が、アルビオンの王太子に発現しているのか。皮肉なことだな」
看破眼で無敵の城壁の解析を進める。
大地からの魔力の流れが見える。
要するに、あれは変形の魔術だな。
大地に足を付けている限り魔力を供給される無限の魔力障壁だ。
厄介な固有魔法を持っているな。
「それで終わりか、ノートゥーン伯爵。卿の魔法への情熱とはその程度か」
「ほざけ……わたしは、まだ……戦える!」
回廊接続の再使用時間まで、まだかなりある。
その間のエリオット卿は、ちょっと魔法が得意な学生に過ぎない。
だが、その限界を、彼は意地で超えてくる。
──再度の虚空の記録への接続。
再使用時間破棄。
本来の彼の力ではなし得ぬことを、此処一番でやり遂げる。
そして、再びの加速。
エリオット・モウブレーの姿がぼやけて消える。
今度は、逆から回り込んできた。
やはり、直線の動きではない。
選抜戦で彼も学んだのか。
あのときこの動きをされていたら、ぼくはきつかっただろう。
折れた片刃刀の代わりに、魔法の袋から長剣が抜き放たれる。
切れ味は劣るが、耐久性は上だろう。
その切っ先を、再度背中から大公の心臓に突き入れた。
結果は、変わらなかった。
神の力を一時的に得たとはいえ、エリオット卿の引き出している魔力はごく一部に過ぎない。
大地の魔力を幾らでも吸い上げられる無敵の城壁を貫くには、火力が足りなすぎた。
砕け散る長剣の刃を無造作に振り払うと、グウィネズ大公は笑った。
エリオット卿の策のない真っ直ぐさを愛しんだのか、それとも哀れんだのか。
限界を超え動けないエリオット卿に向け、ゆっくりと王太子は片刃刀を振り下ろした。
その時点で、ルウェリン・グリフィズの勝ちが決まったのである。
「あのエリオット卿の攻撃が全く通じないとは」
ハンスが驚きの喘ぎを漏らす。エリオット卿は、選抜戦も、フェストの予選も一撃で勝負を決めてきている。
唯一決めきれなかったのは、ぼくとの試合だけだ。
それ以外は、どんな相手の魔力障壁も刺し貫いてきたのである。
実況員が、興奮とともにルウェリン・グリフィズの圧倒的な勝利を伝えている。
魔導画面には、試合がゆっくりとした動きで再生されていた。
会場のほとんどの人間は、試合経過が見えていない。
この再生でようやく内容がわかったのである。
「大丈夫か、アラナン。あの王子、えらい強いぞ」
「流石はアルビオンの切り札だな。でも、大丈夫。ぼくは勝つさ」
所詮魔術もどき。
魔術の使い手としては、ぼくの方が格上だということを証明してみせよう。
グウィネズ大公は、最後に観衆の歓呼に応えながら去っていった。
エリオット卿は、砕け散った二本の刃を眺めながら、茫然としている。
敗北したら、アルビオンに帰国しなければならないと思っているんだろう。
心配するなよ、先輩。
ぼくが、グウィネズ大公を破って、ちゃらにしてやるよ。
国の力ではなく、個人の力で対決を挑んできた王太子は嫌いじゃないけれどさ。
ぼくも卿も、まだやりたいことがあるもんな。
いまはまだ、アルビオンには帰れないよ。
係員に連れられて退場していくエリオット卿の背中に向けて呟く。
何となく、先輩がちらりとこっちを見た気がした。
わかってるさ。任せろよ。
「さあ、続きましての第二試合。西から現れたるは最近冒険者に登録したばかりという異色の新人、予選では何と白銀級食いも果たした驚異の青銅級、ルンデンヴィックの下街ですりをしていたという悲惨な少年時代を過ごした男、ギデオン・コーヘン!」
次の試合の出場者の紹介が始まる。
西から現れたのは、冴えない中年の駆け出し冒険者だ。
どう見ても、予選を勝ち抜いた男には見えなかった。




