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日本全エネルギー化計画

作者: 黄輪

 しまった、寝過ごした! ……と飛び起きた瞬間、首に繋がれた熱生体発電装置からピッ、と音が鳴る。

《熱生体発電:0.3Kcal》

 急がなくては! 慌てて時計を見ると、いつも乗る電車が来るまであと15分しか無い。

《熱生体発電:0.3Kcal》

 急いでスーツに着替え、食パンと牛乳を口に放り込み、顔も洗わずに玄関から飛び出す。

《熱生体発電:1.1Kcal》

《振動発電:1.2Kcal》


《7:00〜8:00までの発電量:3Kcal》




 どうにか電車に乗り込み、ふう、と息を漏らし――かけて、慌てて携帯風力発電機を口元にやる。

《熱生体発電:3.1Kcal》

《風力発電:0.2Kcal》

 乗ってしまいさえすれば、後はうたたねしてても会社に着く。……などと言うのは前時代の発想だ。

 私と、そして周囲に立っている皆は、まるで電車に揺られているかのように、フラフラと体を揺すり始めた。

《1人あたりの熱生体発電:0.8Kcal/m》

《1人あたりの振動発電:0.6Kcal/m》

 電車は振動発電により、ゆっくり、ゆっくりと動き出す。

 その揺れと自分たちの揺れとの相乗効果で、電車の速度が上がっていく。

「きょおもー、みーんなーでー、ゆらゆらー、ゆっらゆーらー」

 と、誰かが歌い出した。マメな奴だな。……乗っかるか。

「みんなーでー、ゆっらゆーらー」

「みんなーでー、おどろー」

 いつの間にか車内の全員による、合唱となっていた。

 これはそこそこ、いい発電量になるんじゃないか?

《1人あたりの熱生体発電:2.5Kcal/m》

《1人あたりの風力発電:3.9Kcal/m》

《1人あたりの振動発電:2.2Kcal/m》

 そのうちに、皆が思い思いに歌い出した。

 車内は雑多なカラオケ状態になり、電車を降りる頃には皆、汗だくになって笑っていた。


《8:00〜9:00までの発電量:358Kcal》




 さあ、始業の時間だ。

 部長による朝礼が始まる。勿論全員起立、そして足踏みだ。

《熱生体発電:1.3Kcal》

《振動発電:1.6Kcal》

 ……あ、まずい。いるんだよな、朝礼が長引くと倒れる奴。

「我が社も総力を上げ、現代日本に貢献をしていかねば、……おっと」

 部長が訓示を切り上げ、倒れた女子社員を助け起こした。

 いや、セクハラじゃない。それは皆、分かっている。でもセコいぞ。

「大丈夫かね、君? おお、いかんいかん、意識が朦朧としている」

「いえ……大丈夫……」

「いやいや、これは医務室に運ばねば。いや、君たちは仕事に取り掛かってくれ。私が運ぼう」

《E部長の熱生体発電:5.6Kcal》

《E部長の振動発電:13Kcal》

 ……ってところか? 医務室、1階にあるからな。

 ま、無理に俺が私が、なんて騒ぐのも多少の足しになるかも知れないが、それでみみっちく発電量を稼ぐより、営業周りした方がよっぽどいい。

 私は手早くPCの電源を落とし、かばんを大仰に引っ張りあげ、半ばスキップするように、大股で会社を出た。


《9:00〜13:00までの発電量:691Kcal》




「はぁ……はぁ……」

「と、という……わけで……ですね……」

 3つ目の得意先を回ったところで、私も相手のO課長も、肩でゼェゼェと息をしていた。

 ここ数年、暗黙の了解として「商談は身振り手振りをふんだんに交えて」、……となっているが、このO課長は、特にオーバーだ。

 通常でもほとんどミュージカルみたいな仕草を取ってくるし、時にはお茶を持ってきた女子社員までも巻き込んで、一大スペクタクルのような商談をかましてくるのだ。

 今回は特にノリノリだった。おかげで私も、ミュージカルの敵役をさせられてしまった。

「ありがとう……ございます……」

「いえいえ……ゲホッ……こ、こちらこそ……」

 大丈夫か、Oさん……。

《熱生体発電:32Kcal》

《風力発電:19Kcal》

《振動発電:62Kcal》

「そ、そうだ……よければ……お昼、ご一緒、しませんか」

「え、ええ……喜んで……」

 心配する必要は無かったようだ。元気だ、このおっさん。まだミュージカルする気か?

 ……いや、発電量を稼ぐチャンスと思おう。


《熱生体発電:28Kcal》

《風力発電:15Kcal》

《振動発電:64Kcal》




《13:00〜17:00までの発電量:973Kcal》




「ふー……」

 定時を迎えたが、私は会社に戻らず、直帰することにした。

 煙草がうまい。……風力発電機に一々煙を吹き付けさえしなければ。

《風力発電:0.2Kcal》

「おーい、U!」

 振り向くと、そこには同期のYがいた。

「よお、元気してたか?」

「いやぁ、しんどいわ」

 Yは首輪や各種発電機を指差し、自嘲気味に笑う。

「緊急電力確保法案のせいでさ、ぜーんぜん、休む間もねーわ」

「まったくだよ」

「とは言え、1Kcalあたり3円だからな。一日中、学生ラグビーみたいにバタバタ走り回れば、6、7千円は堅い。

 おかげでローン、割と早く返せそうだよ……」

「いいじゃないか。奥さんも喜んでるだろう?」

「……それがさぁ、へへへ」

 Yは下品な笑いを浮かべ、小声でこう言った。

「イチャイチャすればするだけ発電量も上がるからさ、マジで夜も休めないんだよな、これが」

「夜勤手当だな、はは……」

「言えてるな、へへへ……」

「……さてと」

 私は煙草を焼却装置に捨て、かばんを大仰に持ち上げた。

《焼却炉発電:1Kcal》

《振動発電:0.3Kcal》

「そろそろ帰るよ。この時間に電車に乗ると、ちょっと楽できるしな」

 私の言葉に、Yが苦笑する。

「……未だに納得行かんよなぁ、俺達サラリーマンには。

 通勤ラッシュが楽しいと思う日が来るなんて、よ?」

「まったくだ」


《17:00〜24:00までの発電量:311Kcal》


《本日の発電量:2,336Kcal》




《本日の発電量売却額:7,008円》

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