6-11
「楓麻はさがってなさい」
頼れる姉が俺達を庇うように両腕を広げクロハさんとの間に立つ。
「あら、お義姉さんが相手? 『私』をこんなにした元凶の貴女が」
燕尾服を着ている分、致命傷はドリフシステムで避けられるだろうけど……あと、お姉さんのイントネーションおかしくね?
「フーちゃんに恨まれるのもイヤだから、貴女に提案があるのだけれど、このまま手出しをしないでいてくれたら、過去の事は水に流してあげるわよ?」
クロハさんの悪魔の囁きに対し、静香の脳内会議が終わったらしく、ウンウンと深く頷くと丸腰の俺を矢面に立たせやがった。
「どうぞどうぞ」
舞台そでに捌けるダンディ坂野みたいに道を空ける静香。
頼りにならねぇーっ!!
「おまっ、俺を売りやがったな!」
「モル鷺君、ヒトなんてそんなもんなの」
俺も前科があるから強くは言えないけども! あと先輩、他人事ですね。
「だいたい女の子に護ってもらおうなんて、よく考えたらおかしな話だし」
「せめてリフレクトメイル返せよ!」
「イヤよお姉ちゃん、まっぱになっちゃうもの」
万事休す。慧依子先輩は相変わらず眠い目でやる気なさそうだし、都も状況が分からず怯えた感じで俺にしがみついている。
「フーちゃん、その子は?」
中腰でヒザに手をつき、都を覗き込むクロハさん。
「あわわわ、あひゃひゃぁっ」
恐怖で奇天烈な声を上げる妹。
ジッと見つめられ、目をそらせないでいる妹には悪いが、若干お尻を突き出した感じで屈んだクロハさんの姿勢は、ミニ浴衣から伸びる白い太股が露わになっていて俺も目がそらせない。
「い、妹だよ、三つ下の」
「なぁんだ、小六か」
まさかのダブルミーニング! ニッチ過ぎるわ、エルマナ思考……
「な、なんですかっ、おねえさんは!?」
俺が心の中で一人ツッコんでいたら、パニクった都のヤツが、円を幾重にも描いたような目に涙を浮かべ、無謀にもクロハさんに食って掛かった。
「私はクロハ。フーちゃんのお嫁さんで、あなたのお義姉さん」
「お兄ちゃんはわたしと結婚するのぉーっ!」
いつもの出来た妹はどこへやら、まるで子供みたいだ。まぁ、実際子供なんだけど。
「まずは私のように『七の段』が言えるようになったら出直すコトね」
勝ち誇ったようにフフンと鼻を鳴らし、ヤレヤレとオーバーアクションするクロハさん。七の段? 九九の?
「お兄ちゃん、この人なに言ってるの?」
「俺に聞かれてもなぁ。」
まさか九九じゃないだろう。
「九九に決まってるじゃない」
まさかだったよ。
「お姉さん、九九全部言えないの?」
とたんに哀れみの表情になる都。
「クッ、あ、あなたは『九の段』まで言えるというのかしらぁ?」
「言えるケド……」
「天才かっ!?」
ガックリ膝から崩れる様は、夕陽を背にする新マンのようだった。
「さすが異世界、『加減乗除ができれば天才』って都市伝説じゃなかったんだな」
「アンタ異世界ナメてんでしょ? アイツが極端にバカなだけよ」
とりあえずクロハさんがいろんな意味で怖いのはわかった。
「クロハ様が表に出る機会は数えるほど無かったので、一般教養はあまり身についていないのかもしれませんねぇ」
記憶を共有していても、ヨツバさんが格闘音痴だったり、ミツバ姐さんが特殊能力を使えなかったりと、彼女の中で複雑な制約があるのだろう。
「……ちょっと。あなたにお話しがあるわ」
気を持ち直したクロハさんは、都の肩を掴んで木陰へ連行すると、しゃがみ込んで何やらコソコソ耳打ちを始めた。
「えぇとぉ……『私に教えなさいよ、九九を覚えてフーちゃんに褒めてもらうんだから。その代わり、私があなたを護ってあげるわ』って話してますねぇ。健気なクロハ様、カワイイです」
根っこワークを展開して盗み聞きする侍女さん。
「見た目は18、中身は小学生って、そこの『なのチビ』と真逆じゃない」
背徳感がハンパねぇ。
「モル鷺君の好物なの。GO! なの」
ゴーなのじゃねーよ、なんのGOだよ!
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こちらに筒抜けのナイショ話が終わり、二人仲良く戻ってきた。
「フーちゃん。今日のところは『私は』見逃してあげる。ヨツバが文句言ってて納得してないけど。まだ表に出てくる勇気が無いみたいだし、仮に暴走しても私が止めてあげるわ」
都が勉強を教える代わりに、クロハさんが人格暴走のストッパーをしてくれるようだ。ここまで主に暴走しているのはクロハさんなんだけどね。
拍子抜けの結末だったが、俺が無事でなにより! コレ重要。
「アンタ、今すごくゲスな事思ったわね」
「安定の役立たずなの」
まぁ、色々と思うところはあるものの、メリフェスとの交渉から目まぐるしく続いた冒険は、夏休みの大半を費やした割に目立った活躍をするでもなく幕を閉じた。
次回更新は9月7日目標です。




