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 初戦勝利から数日後。

 今後の方針を決めるため、ハート国陣営は作戦室で会議をしていた。出席メンバーは鳩野さん、俺、ピョン子のたった三人だけど。定例会議に出ていた鳩野さんの報告では各国とも、たびたび新生魔王軍と小規模な戦闘をしていたという。新生魔王軍の侵攻が頻繁になった裏には、新魔王復活の前に『贖罪の四天王』と名乗る四人の魔将軍が誕生し、軍を率いていたからだった。会議場襲撃と要人拉致は、贖罪の四天王の手腕もあるが、鳩野さんはクラブ国へ手引きしたと思われる元ハート国大臣の暗躍を察知できなかった自分のせいだと思っているようだ。


「そんなわけで、魔王不在の新生魔王軍は統率がとれ始めているのです」

「厄介な中ボスの登場か……それも四体。拉致された人達はどうなるの?」

「新魔王誕生の生け贄にされると思います」


 ハート国を見捨てた連中とはいえ、生け贄は酷いな。


「ですから私達も、拉致された人達の救出を第一とします」


 タイムリミットは新魔王誕生まで。生け贄にされる前に助け出し恩を売っておきたいところだ。不謹慎だけど。


「まずは遠回りでも情報収集からはじめましょう」


 会議場での話しを聞くと、鳩野さん達さえ知らないモンスター群が誕生し始めているようだからな。強豪三国の要人に、反撃の隙を与える間もなく拉致る連中との戦闘は避けられない。


「そうだね。ピョン子は『贖罪の四天王』って知ってるのか?」

「知らないわ。この女が戻ってきた時付着してたヘンな魔力がそうなのかしら」


 おそらく襲撃した連中の残り香みたいなものなんだろう。


「杜鷺君にお願いしたい事があります」


 鳩野さんのお願い。それは、俺の一時帰国を兼ねた有力な情報源との接触だった。

 イレギュラーな召喚の事後処理も済み、ライトバーンがあれば簡単に日本とエルマナを行き来する事が可能となった。つまり家族に無事を知らせるのと、ルビーナから新生魔王軍について聞き出す事が俺の課題。


「できるだけルビーナから聞き出してみるよ」

「お願いしますね。私は自国の防衛を強化しつつ、三国と連絡をとろうと思います」


 この小さな体からは想像できないバイタリティで三国へ交渉に向かう鳩野さん。俺も俺ができる事を全力でしようと決めた、その夜。俺は懐かしの我が家に戻り、一家団欒のはずだった。が、玄関をまたいだとたん、夜を明かすほどの詰問攻めを受けるはめになっていた。


「楓麻、まずは正座」

 仁王立ちで出迎えたのは双子の姉。外見はポニーテールと曲線の多い体つき以外、俺と大差はない。

「お兄ちゃん、三股なんてサイテー!」


 その隣で可愛く仁王立ちしているのが三つ下の妹、みやこ


「ミヤコ、静香のマネしない。がさつになるぞ……って三股!?」


 数日ぶりに帰ってみればギャルゲーの主人公って、どんな魔法かけたんだよ鳩野さん!


「お前達じゃ話しにならない。父さんか母さんは?」

「あんたを売ったお金で海外旅行中よ」


 ツッコミどころが多そうだな。


「その話し、リビングで詳しく」


 長くなりそうなので、一旦仕切り直す。気の利く妹は、誰に言われるでもなく紅茶とお茶うけを並べ、気の利かない姉はテーブルコタツの対面でずっと俺を睨んでいる。


「お兄ちゃん、そのギプスかわいいね」


 妹の都は俺の隣にペタンと座り、右手の抜け殻ピョン子に興味津々のご様子。中身のピョン子は脱兎して家の周辺を散策中だから、そうそうトラブルは起きないだろう。


「楓麻、そのケガ大丈夫なの?」


 怒った口調で心配そうな顔されてもなぁ。いつもながら器用だと思うが。


「不便は不便だけど……」


 鳩野さんがどんな魔法をかけたのか聞きそびれていたから、さぐりながら曖昧に返す。


「それにしてもあの社長令嬢ナニ様? いきなり来て、『楓麻様を傷物にしたお詫びに、私が責任をとって添い遂げる所存でございます』ってあんた拉致って! 病んでるの? どこのミザリー? 楓麻を巡ってわたしに恋の鞘当て挑むなんて十年早いのよ!」


 エキサイトしてくる姉の静香。俺が不在の数日間における鳩野さんの間違ったカウンターヒロインっぷりを、延々とモノマネ混じりに再現してくれた。

 まとめると、鳩野お嬢様が乗っていた車に轢かれた俺は、なんだかんだあって鳩野家で入り婿の修行中になっているらしい。


「お兄ちゃん、アカネさんと結婚しちゃうのぉ?」


 抜け殻ピョン子をいじりながら涙目で迫る妹の都。


「ミヤと結婚するって約束してくれたのにぃ?」


 う……都はまだそんな昔の事言っているのか。


「楓麻ぁ、悪いこと言わないからミヤコかお姉ちゃんにしときな」


 いや、かわいいけど実妹だから。そしてなぜ混ざりたがる?


「ほらぁ、お兄ちゃんコレ」


 妹が隣の部屋から持ってきたのは貯金箱。


「この子、ずっと楓麻との結婚貯金してるのよ? どうよ?」


 どうよって、なんで静香が自慢げにしてんだ。

 結婚貯金は知ってたよ。たまにソコから借りパクしてるよ。ごめんな、ミヤコ。


「結構貯まったよ?」


 すまん、その重量はフェイクだ。

 中身はクアドラコレクションの糧として無断使用させてもらった。ダメ兄貴で申し訳ない。


「そうだ、さっきの俺を売った金って何?」

「楓麻を鳩野家へ婿入りさせる結納金みたいなモンよ。あたし達姉妹チームは反対したんだけど、両親チームはそれで旅行にいったわ」


 額を聞いてビックリしたが、姉が言うには俺の値段が五千万じゃ安すぎるとの事。オタク童貞にそれだけ付けばミラクルだろ……


「まぁ、百歩譲ってあの人達はいいわ。親だし」


 いいのか。


「問題は……ミヤ、呼んできて」

「うん」


 疲れた感じでかぶりを振る静香に指示され、トテテと二階へ上がる都。


「なんだよ? まだ何かあんのか」

「お姉ちゃん、もうどうしていいか分からなくてっ! 何故かお嬢様から居候の生活費が送られてくるしっ! とりあえず楓麻の部屋に住まわせてるけどっ!」


 胸ぐらを掴まれ、結構な勢いで頭突きを三回食らった。


「お待たせぇ、連れてきたよー」


 都が戻ってきたようだ。


「静香殿、何用か?」


 痛みに額を押さえ、のたうち回っていると凛とした女性の声がした。


「楓麻! あんた、この数日で何があったのよ!?」


 視界がハッキリしてくる。


「おぉ、菫十五郎ではないか」

「え?」


 妹に手を引かれて来たのはメイド服姿のルビーナだった。


「もー、お姉ちゃんキレちゃってイイ? いいわよね、楓麻!?」

「なんでルビーナが家に?」


 やっぱ、何も考えず鳩野さんに全面丸投げした俺が悪いんだろうな……杜鷺家では、ギャルゲ的勘違いイベントが俺抜きで展開されていたようだ。


「お兄ちゃん、ルビーナさんとアカネさんは恋のライバルなんでしょ? ミヤ、負けないよ?」


 恋敵の「恋」を取っ払ったやつな。純粋に敵だ、コイツは。


「社長令嬢の次は金髪メイドですか、そうですか。無駄にスタイルいいし! どこの国の人よ!?」

「言ってくれれば、ミヤもメイド服着るよ?」

「聞けばあんたからのプレゼントだそうじゃないの! 姉にもよこしなさいよ!」


 着たいのかよ。


「ルビーナ、トラブル起こしてないだろうな?」

「お前と同じ土俵に立てるよう、修行中だ。こちらでのルールは守る」

「健気ですにゃぁー、この外人さんは! 愚弟に釣り合うよう我が家で花嫁修業だそうですよ?」

「ルビーナさんに家事手伝ってもらってるの。お姉ちゃんより働き者なんだよ?」


 俺は理解した。鳩野さんは記憶操作系の魔法を使っていないこと、使用したのは現金という名の物理攻撃だったこと。ある意味両親には魔法以上の効果があったようだが。異世界の話を持ち出したらもっと拗れるのは明白だな。


 その後、誤魔化せたかどうか怪しいが、俺が夜通し説得した結果は次の通り。

 鳩野さんとの関係は俺がハート製菓で花婿修行中でおし通す。ルビーナとの関係はハート製菓主催のクアドラオフ会で、俺に人生観を変えられて以来、募る想いが止められず鳩野さんを通して外国から押しかけて来た女の子という設定に。ちなみに勢いで名乗った「菫十五郎」は俺のハンドルネームってことで。ついでだが、都との関係は妹が成人した時、まだその気だったら考慮してやると先送りした。

 スズメが鳴き、空が白み始めたころ、穴だらけのヒロイン設定はこんな感じに落ち着いた。


「もう寝ようぜ。俺、このあと学校行こうと思ってんだよ」


 このぶんだと学校の方も説明して回らないとダメだろうな。

 俺の部屋はルビーナが使っているので、都にせがまれるまま一緒に寝る事になった。子供だけに体温が高く、左腕をだいしゅきホールドでガッチリ極められた俺は寝苦しさと同時に少女特有のむせ返るようなミヤコフレーバーにあてられ、なかなか寝付けない。それでも疲労が蓄積していたのだろう、地味にヤバイ桃色アロマに包まれ、俺はいつの間にか眠りについていた。


 二時間ほど仮眠を取った頃だろうか。都が発する年令不相応の艶やかな吐息と、ゴソゴソ動き回る右手に起こされる。寝ぼけ眼で見てみれば、右手に戻って来たピョン子が都のパジャマの中をまさぐっていた。

 相変わらずの寝相だなと回転しない頭で微笑ましく思っていたが、それどころじゃねぇ!

 ピョン子が移動するたびに都の「んっ」とか「あっ」とか悩ましいレスが返ってきて、完全に起きた(頭が)。


 右手の兎、ラブるってるよ!


「ピョン子起きろ! 都、ラブるってるから!」


 耳を掴んで強引に引き抜く。


「ひゃうんっ……お兄ちゃん……やさしくぅ……にゃむにゃ」


 そろりそろり隣のリビングへ移動。


「お前、寝相の悪さなおらねーの?」

「しっぽ無いんだからしょーがないじゃない!」


 衝撃の事実。え? 尻尾ってスタビライザーだったの? あぁテール……


「誰がうまいこと言えと」

「なんの事よ?」


 あ、マジなやつだったか。スマン。


「とにかく、外に出ててくれよ。見つかったら騒ぎになる」


 俺の右手が喋るウサギになっていたら説明は夜通しじゃ終わらない。仕方ないな、まだ早いが学校へ退避しよう。


「寒いし、空腹なんですけど」

「学校着く前に何か買ってやるから待て。三十分もかからないから」


 ピョン子はしぶしぶ納得し、留奈モードになり外で待機する。

 さて、制服は俺の部屋なんだよなぁ。考えなしに入ってルビーナとラッキースケベは遠慮願いたい。警戒マックスで二階へ上がり、深呼吸をひとつ。自分の家なのに。意を決して中の気配を探りながらドアをノック。自分の部屋なのに。


「あら楓麻、起きたのね。朝からノゾキ?」


 隣の部屋から出てきたのは色気のないスエット姿の静香。朝っぱらから鉢合わせたくないガサツな姉が、心ない言葉でさらりと抉ってくる。


「な……違うよ、制服とりたいんだよ」

「それなら大丈夫よ、あの人ランニング中だから。ふぁ」


 静香は、ん〜っと伸びをしながらリビングへ下りて行った。そうそうラッキースケベなんてあるわけないってことだな。安心して部屋に入ると、良い思い出が無い柑橘系の香りが微かに残っていた。学校へ行く準備を整えながら部屋を見回せば、ベッドの足下にはきちんと畳まれた来客用布団をはじめ結構整頓されている。俺が使っていた時よりも気持ちサッパリした感じがするのは気のせいか。あと留奈ちゃんの抱き枕は裏向きにしとかないで、ヤバイから。

 学ランを肩に掛け、さぁ行くかと思った矢先。階段を駆け上がる音のあと、ワンテンポためて姉の静香が森崎リーダーよろしく扉をバーンと入ってきた。


「おーい! 楓麻、ちょっとこい」


 磯野家長男のごとく姉に耳を引っ張られながらリビングへ連行されると。

 ダイニング側のテーブルで、苺ジャムをたっぷり盛ったトーストをかじるピョン子がいた。


「このコ、玄関前に座りこんでたらしいんだけど?」


 姉とピョン子の朝食を並べていくルビーナは、俺達の視線に気づいたのか、


「確か君の嫁だったよな。ランニングから戻ったら家の前で寒そうにしていたのでお連れした。良い行いだろ? ふふん」


 お前の基準じゃそうなんだろうな。フォローにならないフォローしやがって……


「どんだけブッ込んでくる気? まだ他に女の子いるんじゃないでしょうね!?」

「悪い、その話は帰ってからするよ!」


 ジャムでベタつくピョン子の手を引き、まさに脱兎のごとく家を出る。幸い学校はみんなバラバラなので、しばらく追求されることはないだろう。


「あーもー相変わらず食べ方雑だな!」


 途中、学校横にある公園の水場でジャムまみれになった手を洗う。目を離した隙にピョン子は自分の手を舐めようとしていたので、


「させねーよ?」


 山盛りのジャムにかぶりつけば当然だが、外見とのアンバランスさが残念というか、好きな人は好きなんだろうけど、口のまわりがジャムでベタベタな女の子ってどうなのよ。


「あー……もったいない」

「美少女ならなにやっても許されると思うなよ?」


 咥えた指も引き離し、水で流す。

 留奈モードではしたないマネは許しません、たとえ官能的であっても。


「なんのためにそれ渡したと思ってんだよ」


 ピョン子の後ろポケットから少し大きめのハンカチを取り出して手を拭いてやる。繰上転職の帰り道、ピョン子公演の売上でプレゼントしたタオル地のハンカチ。ハンドタオルの方が近いか。一応ピョン子に合わせて白と緑のボーダーを選んだ。それを少し水で濡らし口元へ。


「ちょっ、勝手に使わな……んーっ!」

「使わせるために買ったんだよ。ほら、じっとする」


 なぜか未使用で持っていたかったらしく、プゥと頬をふくらまして先に行ってしまった。学校が終わるまで付近をウロついているよう言ってあるから心配ないか。俺は包帯を取り出すと、抜け殻ピョン子ごとグルグル巻きにして数日ぶりの学校へ。

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