ハートの6
「まさかお姉ちゃんが『的』と一緒だなんて! もぐもぐ」
「成り行きでね。なれれば快適よ? ガツガツ、あ、フウマ。キャロットジュース」
「ほれ」
ルビーナを退けたあと、戦闘前にピョン子が気絶させて放置していた妹を回収し、異世界コンビニ経由でニンジン系商品を大量購入し城へ戻った。一晩に二度も命を救われた俺は、ピョン子に催促されるまでもなくニンジンパーティーと決めていた。
「フゥ。今日は気前がいいのね」
食べ過ぎなのか、少し右手が重くなった気がする。
「ピョン子に助けられっぱなしだったからな」
「その……ピョン子はやめなさいよ」
そういえば、ミリィとかって名前だったっけか。
「でもピョン子はピョン子だしなぁ……」
照れ隠しでもあった。いきなり名前で呼ぶのは恥ずかしくて。
「ふんっ」
ウエットティッシュで二人とも拭いてやる。
「アーシャはこれからどうするんだ?」
ピョン子が失敗した場合の後釜としてあの場にいたアーシャ。魔王軍としてはまとめて始末する気でいたようだが。
「気安く呼ぶな! 人間!」
「アーシャは呼ぶのね!」
「同時に怒鳴るなよ」
両頬にウサパンチが入る。
「で、アーシャ。どうするの?」
「ワタシは縞村に戻るよ。今回の件、報告しないと」
「そう」
テーブルの上で会話する二人。ピョン子は少し寂しそうに見える。その夜は姉妹水入らずで過ごさせてやりたかったが、この右手では叶えてやれなかった。ちなみに「縞村」とは縞ウサギ達首狩屋の集落で、ファッション的なアレではない。
早朝、町外れまでアーシャを見送る。
「あんた、お姉ちゃんにヘンなことするんじゃないわよ!」
「安心しろ」
留奈ちゃんモードだったら約束できんがな。
お土産に持たせた大量のニンジンステーキ弁当を包んだ風呂敷を背負い、朝霧の中アーシャは森の奥へと消えていった。しんみりとした空気が流れる。
「ピョン子、寂しいか?」
「…………」
「ピョン子?」
鋭角な耳をピンと立てて外壁の奥を見つめているようだ。
「何か来る!」
次の瞬間、轟音とともに城の方角から黒煙があがった。
「行くぞ! ピョン子」
俺達が駆けつけた先は野次馬が群がる城門前。壁に衝突したライトバーンの先端がアコーディオンのように潰れ、炎上している。石畳には泥団子をすりつぶしたみたいなタイヤ痕が生々しく蛇行していた。泥濘にハンドルを取られたのだろうか。
「杜鷺君、ただいまです」
振り返れば、アクション映画を撮ってきたかのようにボロボロの鳩野さんが立っていた。本人はケロッとしているが、純白だったドレスは煤けて所々破れている。
「大丈夫? 何があったの?」
「クラブ国で新生魔王軍の襲撃に遭いました。緊急転移したのでこの有様です」
会議場に突如乱入した新生魔王軍。瞬く間に主要メンバーが拉致され、皮肉にも重要度の低い鳩野さんだけはガンパンマンの犠牲もあり辛うじて脱出できたらしい。《オール治癒》を発動させ、鳩野さんを治療する。
「ありがとうございます」
「火災はどうしよう! 消火器はどこに?」
幸い周囲に燃え移りそうな物はないけど、鎮火を急ぐに越したことはない。
「大丈夫ですよ。この程度なら魔法で全てもと通りです」
話しには聞いている鳩野さんの便利魔法。実際に使用する場面に立ち会えるようだ。
そして、想像していたより大雑把で唖然とした。
「火よ消えろ」
「ライトバーンよ元に戻れ」
スゲェ。なんというか、直球? 力業だった。
鳩野さんの指先から放たれた光の粒子が対象物を覆うと、逆再生のように修復されていく。最後に崩れた城壁と自身のドレスも魔法で直し、大事故が一瞬にして無かった事にされる。
野次馬が拍手喝采する中、優雅にお辞儀をする鳩野さん。
「本当に魔法使いなんだね」
「信じてなかったんですか?」
「もっと魔法少女的なポップなのをイメージしてたから……」
「私の家系は古代魔法なんです。昔、魔法が万能だった頃の」
鳩野さんが使用する魔法は、日常用途に関してはかなり融通が効く反面、カワイイ衣裳の七変化や近代魔法のような戦闘に特化した魔法ではないと説明してくれた。
「そうだ、これ」
ルビーナから取り返したハート国のチート装備。手のひらサイズの宝玉に凝縮された鎧を渡す。あらためて見ると、でっかいハート型のガシャポンみたいだな。
「リフレクトメイルじゃないですか! なぜ杜鷺君が?」
「昨日、旧魔王軍と戦った時に女将軍から返してもらった」
昨夜の出来事を簡単に説明し、ついでにルビーナ更生計画の手配もお願いする。
「すごいです! 初戦で魔王軍を退かせるなんて!」
左手を柔らかな両手で包まれ、彼女から溢れる喜びの感情で上下にブンブンと揺れた。
「勝てたらよかったんだけどね。一時休戦で先延ばしにするのが精一杯だったよ」
「それでもリフレクトメイル相手に大健闘です。私の目に狂いはありませんでした」
チート装備の一つが戻って、鳩野さんの安全が格段に向上したことに伴い、守り一辺倒だったハート国はやっと攻めに出られるようになる。
その日のランチは、鳩野さんが俺達の労をねぎらって豪華に外食となった。食事中も終始感謝されっぱなしで、照れくささと同時に素直に受け止められない自分がいた。鳩野さんには悪いが、褒められ慣れていないからどう反応していいか正直分からない。結局、恥ずかしさと愛想笑いが限界にきた頃、「そんなに持ち上げなくていいから」とやんわり遮ってしまった。
「アンタ、卑屈になりすぎなんじゃない?」
ごもっとも。
TPOに合わせ、留奈モードで隣に座るピョン子が呆れた口調で言う。
こちらを見もせず形だけは器用にナイフとフォークを使い、うずたかく盛られたニンジングラッセを堪能していた。食事作法は上達してきているものの詰めが甘く、煩がられながらも口の周りを拭いてやる。
「褒められ慣れてなくてさぁ。もっと偉業を成し遂げてからの方が気が楽だよ」
「ホント、ドMね。まぁ向上心が強いに越したコトないけど」
それでも鳩野さんは城に戻っても延々讃えてくれた。