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「しまった、工房の場所聞いてねぇや」
広大なスペード城内。それらしい部屋を総当たりすれば、そのうち行き着くだろうが、それは気が遠くなる作業だ。
どうしようかと適当にフラついていると、空調とは質の違う、重い冷気が通路の奥から流れて来た。
「あっちか」
歩を進めるごとに冷気が濃くなっていく。分かりやすい目印を辿ると、突き当たりに手術室みたいな扉があり、ガラス部分は薄氷で覆われていた。
手の皮が貼り付かないよう注意して押し開け、中へ入る。
「あら杜鷺。何しに来たの?」
霊仙寺の頭上で重冷気剣の精霊、イースト・ドラゴンが白い息を漏らしている。その足もとには、高度な魔改造技術を持つ野良勇者のモデラー班数人が凍り漬けにされ、転がっていた。
「お前、容赦ねぇのな」
「当然でしょ。女神プロミディアのお願いとは言え、この人達いきなりワタシの胸鷲掴みしてきたのよ?」
なんて潔く、うらやましい。
「楓麻氏! 誤解しないでください、我らはこんなリア充ビッチなど金を積まれても願い下げです!」
一瞬にして氷りの棺を砕き脱出するモデラー班。
さすが『リア充無効』の能力を持つ野良勇者。イースト・ドラゴンのブレスを受けてもノーダメージかよ。
「ホント、厄介よね野良勇者って。全力で攻撃しても数秒凍らす事しか出来ないんだもの。自信なくすわ」
何度も繰り返していたのだろう。よく見れば床一面に霜がおりていて、歩くと微かに「シャク」と鳴った。
「プロミディアさんの器を制作中なんだよな?」
「はい。女神様より『石像といっても圧倒的な威厳が欲しいわね。胸はこのコより気持ち大きくしてちょうだい』と注文を受けましたので」
睨み合う霊仙寺とモデラー班。俗物的というか、安っぽい威厳だなぁ……
「だからって身体をまさぐってもイイことにはならないわ!」
「野良勇者ナメんな小娘! 我々モデラーは実物に触れることによって再現度が増すのだ!」
モデラー班はとても芸術家気質だった。
「近寄ったら何度でも凍らすわよ!」
右手の重冷気剣を握り直し、左腕で胸を庇う霊仙寺。
「杜鷺氏、この女なんとかしてください。自分が美少女だと自惚れが過ぎますよぉ」
「何言ってんの、自惚れてなんかいないわよ!」
「まぁまぁ、落ち着け霊仙寺。分かりやすく砕いて説明してやるから」
とりあえず剣をひかせ、子供に言い聞かせるように伝える。
「彼らはお前が思っている感情など微塵も無いんだ」
触ること自体、許されるわけじゃないんだけども。
「……それはそれで何か癪ね」
「ぶっちゃけ、こっちは何とも思ってないのに、邪な感情で触ると考えているお前こそ自惚れてんじゃないのかと。いやいや、重冷気剣はしまえな?」
頬を膨らまし重冷気剣を顕現させる霊仙寺をなだめる。
「野良勇者の立場からすると、そうだなぁ……例えば『ストーカー被害? はんっ、お前にゃされるほどのオーラねぇよ。自惚れんな』みたいな感じなんだよ」
メチャクチャ言ってるなぁ、俺。
あ、ヤベェ。霊仙寺のやつ、涙目でさらに頬膨らましちゃったよ!
「誤解するなよ霊仙寺? 俺個人はそんなこと思ってないからな。逆に隙あらば揉みしだく気満々だから!」
小刻みに震える彼女をみて、フォローにならないフォローを入れる。
「わかったわよ。じゃあ杜鷺、あんたがアイツらに詳細を教えればいいじゃない! 想像力豊かなモデラーさん達なら、濃密な文字情報からだけでも再現できるわよね?」
「バカにするな、当たり前だ! 『百聞は一触りにしかず』の百聞を実行するだけで、手間は掛かるが結果は同じだからな! みごとその魔乳を再現してくれるわっ!!」
リス頬の霊仙寺に左手を掴まれ、強い力で彼女の胸元へ引き寄せられた。
「ほら杜鷺、存分に実況してやりなさいよ……」
今まで怒りで膨らんでいた頬は一転して見る影もなく、高い破壊力を秘めた恥じらいの表情で赤く染まっていく。
「お前、たまにカワイイよな」
「ウルサイ」
時折みせる霊仙寺の反則的な可愛さは野良勇者達にも響いたようで、リア充っぷりを見せつけられた新人隊員のように文字通り撃沈されていった。




