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「とりあえず、有名な痴女でないことはわかりました」


 聴けば、彼女は太古から『約束の台地』を守護する女神とのこと。

 数十年前に定められた『童貞救済能力法』通称、DQN法の発案者だという。

 DQN法。いわゆる、俺達の世界でいう『三十歳まで童貞を貫くと魔法使いになれる』アレ。

 《三十歳までイイトコなしの人生なら、エルマナに来ちゃいなよ! 憧れの異能力で魔王を倒してモテモテライフ!》

 当時、そんなキャッチフレーズで勇者を招聘する目論見だったらしい。

 蓋を開ければ、使えない中年ニートがひしめく地獄絵図となり、召喚の第一陣でDQN法は大コケした。以降、ぱったり仕事の無くなったプロミディアさんはやさぐれてしまったらしい。

 みかねた上司が、今回の『繰上転職法』を試験的に導入する流れとなった。


「そんな黒歴史が……おっかねぇ」


 オッサンでスシ詰めの神殿を想像してしまった。


「でしょー? わたしもさー、若いコが召喚される腹づもりでいたわけよ」


 もともと十代を申請していたが、プロミディアさんが間違いをおこすと懸念した上司が三十歳と決定したそうだ。


「まぁ、熟れきった純度百パーセント超の童貞も嫌いじゃないんだけどさぁー」


 俺を見ながら上唇舐めるのヤメテ。


「ふふっ、これ以上嫌われるのもヤだし、本題に入りましょーか」


 離れ際、ニコリと柔らかい笑顔。第一印象の半分を上書きする破壊力を秘めていた。

 ヤれる女……いや、出来る女(仕事が)に切り替わったプロミディアさんは打って変わって事務的に進める。紹介状に目を通し、法改定後、初仕事となる繰上転職に意欲を燃やしているようだ。


「あの、なんでメイド服のままなんですか?」

「フウマちゃんが着せてくれたから。想像ついてると思うケド、女神像はわたしよ? 週に数時間は石像になって力を回復させてるの」

「ヨガの眠りかよ!」


 そのせいで成人向け傘地蔵を展開されるところだった。


「フウマちゃん部分はスルーなのね」


 もう呼び方なんて些細な事です。なんで全裸だったかも怖いから聞かないです。


「どんな魔法が使えるようになるんですか?」

「久しぶりの仕事だからサービスするわ……て言いたいケド、繰上転職で持てるのは一つだけって決まりなの」

「たったひとつ!?」

「そのかわり自由度は高いわよ?」


 プロミディアさんが詠唱を始めると、俺を中心に複雑な魔法陣が展開されていく。

 結界のように俺を囲むと、頭上から光球が出現して周囲を浮遊する。


「そのブランクマナに欲しい能力を伝えればオーケーよ。やり直しはきかないから慎重にね」


 なんかそれらしい展開になってきて緊張する。


「そうだなぁ……」


 無敵の中二能力を熟考中、ふいに右腕が上がった。


「やっと起きたのか」


 見ればルビーの瞳に生気はなく半目だった。寝ボケてやがんな……


「はやく人間になりたい!」


 マヌケな鼻提灯を出しているピョン子にブランクマナが吸収される。豪快な寝言が受理されてしまった瞬間だった。


「お前なにしてくれてんの!?」


 斜め上の願いしやがって、豚じゃないから油断してた!

 さすがにコレは両耳を引っ張らざるをえない。


「イタタタタタ!」


 届かない前足をバタつかせ、涙目で俺を睨む。泣きたいのはこっちだというのに。


「なんなのよ! イキナリ——」

「お前が——」


 説教と同時にピョン子が発光し、右手が鉄アレイを持ったみたいな負荷がかかる。発光も重量も数秒で減衰をはじめ、完全に消失した跡に佇む人影。一言で表現するなら「俺の嫁」。

 クアドラ第三弾をアニメ化した「四人でquadra!! ジュエルシスターズ」の留奈ちゃんだった。

 正確には、ウサ耳風のリボンを着け、ストライプ柄のオリジナル衣裳を着た二・五次元の留奈ちゃん。

 軽くなった右手には魂が抜けたように「だれーん」としたピョン子が白目を剥いている。留奈ちゃんと抜け殻ピョン子を交互に見て、救援の眼差しをプロミディアさんに向けると。


「フウマちゃん、ドンマイ」


 ひきつった笑顔で無責任な励ましを送られた。

 俺が深く目を閉じてうなだれ、浸りたくもない絶望に肩まで浸かっていると、


「ピぎゃ!」


 派手にコケる音が響く。


「歩きずらいわね!」


 目を開ければ、鼻をさすり足元で無様に転んでいるピョン子。二足歩行に慣れていないのだろう。バツが悪そうに女の子座りへ居住まいを正し、照れ顔で俺を見上げる。

 太ももの間に両手を挟み込んだ姿勢で。結果、胸が寄せられる姿勢で。イヌ・ネコがペタンと座っているポーズを、人間に置き換えただけの姿勢なのに。


「破壊力高っけーよ! 俺の魔法!」


 まず敵は倒せないけどなっ! 俺の魔法かも微妙だし!


「まぁ、留奈ちゃんと一緒ならそんな事どうでもいーかー……って、ならないからっ!!」


 目の前に伸びるリボンを掴み上げる。


「イタタタ、耳ヤメテ……アレ? 痛くナイ?」


 当然だ。クセでやってしまったが、ただのリボンだからな。


「ホント、なにしてくれてんの?」


 留奈ちゃんの顔で首かしげやがって。

 届かなかった手が今は届き、柔らかい感触が俺の左手首に伝わる。


「アンタにたたき起こされたら人間になってたのよ!」


 コイツが直前にみてた夢は一昨日「漆黒の暗黒龍」の会話をしてるシーンだったという。

 寝言と繋がりが見えねぇ。とりあえず、おとといの晩を回想してみる。

 …………。

 ……あ。

 脳裏にフラッシュバックする自分の声。


《これじゃ、右手が魔物の妖怪人間だな……妖怪人間だな……だな……な……》

「これかーっ! 何気ないネタ拾ってんじゃねーよ!」

「知らないわよ!」


 俺の手を叩き、ヨロヨロと歩くピョン子。


「不安定だし、視界悪いし。なんなの?」


 そりゃそうだろう。いきなり二足歩行に加え、ヒトの視野なんだから。


「あ、でもフルカラーで立体なのはイイわね。後ろは見えないケド」


 ブツブツ文句を言いつつ、俺が見守る中、ふらつきながら神殿を出ていった。


「フウマちゃん、あのコ逃げたわよ?」

「はっ!」


 はじめて歩いた我が子的な感覚になっている時じゃねぇ!


「まて! ピョン子!」


 父親気分から現実に還り、後を追う。


「あ、追わなくても大丈夫よ。フウマちゃん」


 なぜか余裕のプロミディアさん。

 ピョン子はすでに神殿から伸びる階段の中腹あたりにいる。


「なんで止めるんですか!」


 振り返ると、プロミディアさんは繰上転職の後片付けをしているようだった。

 光を失って小さくなった魔法陣をコンパクトに畳み、コピー誌を作る要領で一冊の本を仕上げる。魔法陣て裁断できるんだ……手際のよさと製本技術に感心していると。


「はい。どんな魔法でも有効範囲があるから」


 プロミディアさんから魔法陣が素材の本を渡された。厚さ数ミリのノートサイズで、中は薄いプラ板みたいだ。


「これは?」

「一応、フウマちゃんの魔法書。タイトル……あぁ発動呪文の事だけど、《はやく人間になりたい》は字数制限の関係で自動生成されたわ」


 シンプルな装丁の表紙を確認すると。

『脱兎』

 と、白地に緑文字の漢字で記されていた。


「わたしには読めないけど、それ、フウマちゃんの世界の文字?」


 パラパラと流し見る。十ページにも満たない中身なのに、始めの一枚目以降が白紙だった。


「あ、ミスや落丁じゃないわよ?」


 専門用語すぎてサッパリだよ。


「たぶん、成長すれば自然と更新されていくから安心して」


 とりあえず目を通すか……九割白紙だけど。

 『脱兎』

 攻撃力 D

 スピード C

 射程距離 A

 持続力 S

 成長 C


「スタンドかよ!」


 思わず魔法書を床に叩きつけたが、軽くて薄いので「ペショ」と情けない音がした。


「なにを怒っているのかわからないけど、魔法書の表現方法はフウマちゃんの世界に合わせて無理矢理ローカライズされたものだから、多少の齟齬があるのかもね」


 俺はヤレヤレと溜息をつき、魔法書をカバンにしまった。

 プロミディアさんが言ってた有効範囲とは射程距離のことだろう。階段のふもとにいるピョン子との距離は約二百メートルくらい。魔法書によれば、射程距離は五百メートルらしいからそろそろ限界か。

 まとめると、だいたいこんな感じだ。まず、脱兎の発動権はピョン子にある。

 ・発動後、ピョン子のアストラル体が人型に。

 ・今の能力は普通の女子高生と同等。

 最大の問題点は俺の意思で発動出来ないことと、発動したところで役に立たないこと。せいぜい留奈ちゃんファンをうらやましがらせる程度だな。


「自立思考型の魔法って割り切るしかないわねぇ。フウマちゃんの舵取り次第かしら」

「あの姿なのは?」


 脈絡もなくアニメキャラの容姿はいかがなものか。


「う〜ん、乙女心? なのかしらねぇ」


 勇者の素質を持つ者全員がもれなく、見えていても気づけないパラメーターによるものだそうだ。俺もそうなのかと思案していると、馴染みのある重さが右手に戻った。


「アラ、なんで?」


 不思議そうにキョロキョロするアニマルピョン子。


「射程オーバーしたんだろ」


 プロミディアさんが言っていた有効範囲ってやつだ。


「あ、DQN法も、繰上転職も魔法の効力は異性との性的接触で消滅するから気をつけてね」


鳩野さんに聞いてはいたけどマジでか。 


「チューくらいならOKかもだけどぉ……判定はフウマちゃんと相手の心次第かな」


 DQN法が失敗した大きな原因。よかれと思って義務付けられていた勇者モテモテ接待。女性耐性の無い三十歳は……お察しの通り。そこに目を付けた魔王軍側の巧妙なハニートラップにより、役立たずニートの大量生産が完成する。皮肉にも、彼らには現実世界より異世界の方が居心地が良く、魔王軍に寝返る者も多かったそうだ。その反省から現在は召喚する対象の身辺調査を念入りにするようになった。

 さて、ピョン子も本体に戻って来たところで、この先はどうするか? 俺としては消滅したところで大差のない魔法だからどうでもいいわけだが。チートもダメ、魔法もダメ。


「プロミディアさん。八方塞がりなんだけど、どうしたらいい?」

「そうねぇー。ぶっちゃけ、他の勇者に丸投げって方法もあるけど、ハート国専属勇者は今、フウマちゃんだけなのよねぇ」


 ハート国で謀反が起こるまでは、国宝である魔法のチートアイテムをフル装備した鳩野さんが、たった一人で無双していたと聞いている。その装備を手土産に敵へ寝返った大臣の事も。

 結界魔法とガンパンマンだけで対抗できるのだろうか。現状戦力で、丸腰の鳩野さんを護るため、自由に動けて打って出る事が可能なのは俺だけだ。


「うん。だからそれはない」

「アタシに頼めよ」


 予想外の提案だった。


「役にたたねーだろ」

「あー、それいいかもねぇ。縞ウサギなら戦力としてお釣りがくるかもね」

「えっ? ピョン子そんなに凄いの?」

「希少種だし、表舞台にでないから情報少ないけど、触っただけで魔王であろうと即死率九十パーセント固定だそうよ」


 ピョン子本人にも原理はわからず、「そういう能力」なんだそうだ。魔王軍にも属さず、首狩屋が成り立つわけか。そういえば俺、即死エステやらデンプシーやら結構本気の貰ってますが……融合してるから影響しないのか?


「一割の空振りが怖いな」


 もし魔王相手ならこっちが即死だ。


「信用できないなら受けない!」


 プイとそっぽを向くピョン子。


「……じゃあぁ、わたしと契約しない? フウマちゃん」

「プロミディアさんと?」


 現状、藁にもすがりたい。


「そんな警戒しなぁい。わたしが本気出したらせっかくの魔法が消滅しちゃうしね」


 なんの本気かわからないが、困った顔をしているので話だけは聞く事にする。


「ユーザー不在の魔法カードがあるから、エントリーしたらどうかしら?」


 DQN法時代、若い勇者が来ると踏んでいたプロミディアさん。当時流行していたカードゲームをベースにした魔法を開発し、人気を得ようと下準備に力を入れていたが、結局その魔法カード群は活躍することなくお蔵入りとなった。


「プロミディアさんの加護を受けた魔法カードですか……お願いします」


 痴女とはいえ腐っても女神。ないよりマシか。


「じゃあ、ここ約束の台地のどこかに咲く『プロミ菫』を探してね」


 とても規模の小さい花摘みクエストが条件らしい。

 プロミ菫。情欲に燃えていたプロミディアさんが、カードの媒介として使用した花。日本から持ち込んだ植物を自分で品種改良したものだそうだ。季節柄、たくさん採取できたが、取り出せる魔力は微量とのこと。

 デッキを組めるほど魔力を集められず、役立ちそうなカード三枚に魔力を全振りした。

 攻撃カード・【怒りの矢】 遠距離攻撃用の魔法

 回復カード・【オール治癒】 体力と全てのステータス異常を回復

 防御カード・【影ボット】 影から分身ロボットを生成

 カードのテキスト面は液晶みたいな感じで、それらしいイラストとルーンがデジタル表示されている。裏面は全カード統一されたデザインで、魔力の素にあたるプロミ菫が刻まれていた。通常の数倍の魔力が込められているため、三枚とはいえ威力は絶大になるはずだ。


「わたしが石像の時は使用できないから注意してね」


 帰り際、プロミディアさんがカレンダーみたいなものを持たせてくれた。


「……ソレ、危険日だから」


 そっと耳打ち。

 間違っちゃいないが……俺が危険な日ね。

 頭上の太陽に負けない明るさと笑顔のプロミディアさん。大きく手を振る女神に見送られ、俺達は神殿を後にした。


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