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ハートの3

 翌日。

 俺は繰り上げ転職で魔法使いになるため、一人で神殿に向かう事になった。鳩野さんは俺の家族と学校への裏工作があるから同行できないとのこと。目的地はスペード、ダイヤ、ハート、クラブの四大城郭都市の中心にあるから、すぐわかるらしいけど……鳩野さんのくれた地図には、漢字の「田」の真ん中に赤丸が描かれているだけだった。

 紹介状と一緒に渡されたメモには。

『見晴らしの素敵な「約束の台地」と呼ばれる高台に、美術館風の神殿がポツンとあります』だけか。

 俺の現在地は……エルマナ観光名所の一つ、エルマナ銀座ハート街道。全長五キロに渡って多種多様な店が並ぶ、その入り口に立っていた。おそらく遙か彼方に見える小山がそうなんだろう。帰る頃には夜になりそうな距離だな。


「なんでアタシがこんなカッコなのよ」

「ただでさえ目立つんだから黙ってろ」


 一応、こんな見た目でもピョン子は魔物なので、トラブルを避けるためパペット人形に見えるように可愛く細工したけど……右手とブツブツ会話している時点で注目の的だよな。

 俺の方も学ランは目立つと思って、上はアニメキャラがプリントされたTシャツ一枚にしたのも裏目に出たようだ。


「アンタ、そんな女が好みなの?」

「俺の嫁を悪く言うな」


 案の定、道中行き交う人達に奇異の目を向けられっぱなしだった。逆に見ないようにしてくれている通行人の気遣いがツライ。


「もっと遠慮して生きなさいよっ!」

 ヒステリックな声とともに耐えかねたピョン子の掌底が顎に入る。軽く身体が浮いたが、ダメージはない。

「痛ってーな」

 痛くないけど。まぁ反射で。

「あと、なんか食べさせなさいよ!」


 昨晩のデンプシーで威嚇してくる。


「エルマナ通貨なんて持ってねーよ。そこらの雑草でも食……」


 言い終わる前に石畳に沈む俺。たまに本気の一撃が入るんだよなぁ。

 太陽を背に力石気取りで倒れた俺を見下ろすピョン子。

 ——そして歓声。

 投げ込まれるコイン……コイン? 手に取った赤銅色のそれは五百円硬貨を少しだけダウンサイジングした感じ。


「面白かったぞ、兄ちゃん!」

「どーやってんだ? その腹話術」

「ママー、もっと見るー」

「儂と拳闘やんねーか?」


 身体を起こせば、俺達を中心にグルリとエルマナの人達による称賛の嵐。周囲には沢山のコインが落ちていた。色も刻印も様々で相場はさっぱりだが、かなりの量だ。大道芸みたいな文化があるのだろうか。


「それで相棒にウマイもん食わしてやんな!」

「ウサちゃん、バイバーイ」

「なぁ若ぇーの、儂とエルマナ橋を逆に」


 世界を救う勇者にはほど遠いが、先立つものがないとね。

 思わぬところで結構な路銀を得た俺達。異世界店舗を楽しみつつ、カバンやら食料やら装備を揃える。道すがら三回目のピョン子劇場を終えた頃、俺達は神殿に到着した。

 四大都市を見渡せる約束の台地。そこは一面の花畑と、白で統一された石造りの小さな神殿があるだけだった。

 中に入ると。

 美術館を思わせる繊細な壁面のレリーフに沿って、大小様々なオブジェが並ぶ。そして、神殿の中央の豪華な台座にポツンと立つ裸の石像。モチーフはエルマナの女神かなにかか。


「誰もいないな」


 鳩野さんによれば、転職担当者のプロミディアさんがいるはずなんだけど。

 神殿内外を一周したが、やはり留守のようだ。日も暮れ始め、さすがにこの距離をもう一度は勘弁してほしい。


「お役所仕事にしても上がるの早いだろ。プロミディアさんどこだよ……」


 ほぼ半日、歩き通しで体力も限界だった。台座に腰掛け、ピョン子劇場の収入で買った弁当を広げる。左手だけだと不便だから俺はパン系。ピョン子はといえば、ニンジンステーキ弁当を右肩が揺れる勢いでがっついていた。


「ちょっ! アンタ、コレおいしすぎるわよ!」

「だからこぼすなよ」


 こいつも今までとは勝手がちがうんだろうな。そんなことを思い、付属のウエットティッシュで口周りを拭いてやる。食べ終わる頃には夜になっていた。


「寒くなってきたな」


 日本でいえば三月下旬くらいの陽気か。途中、立ち寄った店で買った白い燕尾服を羽織る。


「変な服ね」


ピョン子劇場を盛りあげようと思い、まずは格好からかなと。


「コレはなによ?」


 しまった! 気を抜いていたらピョン子に極秘アイテムをつまみ上げられた。

 魔王軍討伐のあかつきには、ご褒美として鳩野さんに着てもらおうと思っていたメイド服。


「アタシ着れないわよ……はっ(察し)」

「はっ、じゃねーよ。俺も着ねーよ!」


 なんとか切り抜けねば。最悪、女装疑惑が広まってしまう……


「ほ、ほら、これは女神像が寒そうだから買ったんだよ!」


 なくなく石像に着せてやる。さらばメイド鳩野さん……


「アヤシイわね」

「さ、もう寝ようぜ! 朝になればプロミディアさんも出勤するだろ」


 神殿で一番の芸術作品であろう女神像に不釣り合いなメイド服。前衛的な作品爆誕の瞬間だった。罰当たりついでに、その足もとで夜を明かすことにする。台座は少しひんやりしたが、疲労の方が勝っていたので気にしない。むしろ問題はあちこち転がり回る右手。


「寝つきいいのに寝相悪いんだよなぁ」


 そっと抱き込み、カイロ代わりになってもらう。意識が無い分、されるがままだ。

 早朝、右頬に滴る朝露で目が覚めた。寝ぼけた頭で仰向けに寝返ると。

 ボリュームのあるボサボサ髪を雑に纏め上げ、息を荒げた興奮状態のお姉さんと目が合う。

 どういう状況? まだ夢の中なのかな。胸元のピョン子もまだ寝てるようだし。頭を起こしてピョン子へ目を切ったとたん、お姉さんの手で顔を固定されてしまった。

 ここでやっと意識がハッキリする。なにかヤバイ。

 逆さから見ても美人とわかる顔立ちと、悪い方に乱れた髪のギャップに戦慄をおぼえる。

 マイルドな貞子が鼻先数センチのところで覗き込んでいると言えばおわかりだろうか。

 朝露と感じたのは、今まさに滴り落ちようようとしているお姉さんのヨダレだった……


「久しぶりの生け贄だぁ……ふへへ……美味しそう……」


 ハート型の光を宿し、焦点の定まらない蕩けた瞳。纏めそこなった髪の毛先が頬をくすぐり、鼻先で漂う甘い吐息が肺を一杯に満たす。

 二つの意味で食われる!

 名残惜しがっている思春期の体と折り合いをつけ、気力を振り絞り台座から転がり抜ける。

 神殿の端まで距離をとり、捕食者の全容を確認した。

 ……メイド服……だと……?


「あー、起きちゃたかぁー。えと……お、おハロー?」


 女神像のあった台座の上で、両頬を支え蹲踞するメイド服姿のお姉さん。

 見えてますよ、いろいろ。


「あ、あれ? このコ日本人よね? おはよう、だっけ」

「それ、俺のメイド服……」

「マジか! 男の娘ってやつか、直球ストライクよ?」


 いや、言葉がたりなかった。俺が「鳩野さんに着せる用に買った」メイド服だ。


「線ほっそいし。生殖系男子? だっけ? よこすなんて、ハート国の本気ハンパねぇー」


 草食系男子な。


「起きろ、ピョン子! なんかヤバイ、性的な意味で!」

「ウサギのヌイグルミまで抱えちゃってぇ、ワタシを萌え殺す気?」


 台座から飛び降りたお姉さんは、纏めた髪を解きながらにじり寄る。

 目を奪われるほどのモデル体型。鳩野さんに合わせたメイド服はワンサイズ小さく、エロさを強調させる結果となった。

 ピョン子も起きないし、万事休す。射抜くような視線に、情けなくもその場にへたり込む。


「ちょっとぉ、大丈夫ぅー?」


 俺の目線に合わせて屈み、切れ長の目を丸くしたお姉さんが心配そうに手を差し伸べる。


「あなたは誰なんです?」


 自力で立ち上がり、距離をとる。


「プロミディアよ。有名なハズなんだけどなぁー? お姉さん、ちょっとショック」


 肩を落とし、拒否られた手を虚しくニギニギするプロミディア。

 ん? プロミディア?


「プロミディアさん!?」

「そうよ?」


 こうして、恐怖が第一印象となったプロミディアさんとファーストコンタクトを果たした。


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