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「あら紅音、お帰りなさい。女王継ぐ気になった?」
たどり着いたのはハート城の地下広間。
採光の取れない地下階といっても、魔法で灯された照明は違和感なく、テニスコート約2面分の広間を照らしていた。
大魔王と女王のバトルを想像していた俺は、眼前の光景に唖然とする。
広間内を占める、魔法陣で結界のように囲まれた空間。
その中心で、二人の美少女が艶めかしいキャットファイトを繰り広げていれば声も失うさ。
「ねぇ鳩野さん。この対戦カード、おかしいよね?」
かたや漆黒のドレスを纏い、かたや異世界風味のセーラー服姿だ。
俺の推測が正しければ、大規模な夫婦喧嘩が繰り広げられているハズ。
「いいえ、この二人が私の両親ですよ?」
ですよ? って、俺と同年代の女の子にしか見えないんですけど……
力比べをしているような絵ずらの二人を指して、鳩野さんが続ける。
「便宜上、父という表現をしていましたから、誤解もやむなしですね。でも、ちゃんと『父親』であっています」
『父親』と紹介されたドレスの女の子は、頭の両サイドから羊の角にも菓子パンにも見えるモノを生やしていた。鳩野さんの横に立つ俺に気づき、糸目で微笑む彼女。
「紅音ちゃんのお友達? 取り込み中だけど、ゆっくりしていってね。今、マミちゃん黙らせるから」
「黙るのはアンタの方よ、メリル!」
メリルさんの角を引っ張っているセーラー服の子が、現ハート国女王で『両極の魔女』と恐れられている鳩野さんの母親なのだろうか。
洗練された結果なのか、イメージと違って意外と小柄だった。
でもスタイルは良く、鳩野さんをロングヘアにして闘志を前面に出した感じ。
「アンタを倒したあと、紅音に女王を押しつ……継がせれば、私は自由の身! 強いヤツを求めて旅に出るのっ!!」
少年マンガの主人公みたいな思考の母親だった。
「無理ですよ、母さん。私、結婚しますから」
鶴の一声に時が止まった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「結婚てどういうこと!?」
娘の両腕にすがりつき、ブンブン揺するマミさんとメリルさんは、どちらが子供か分からない駄々っ子っぷりだった。
「母さんに女王を引退させないためですよ。いい加減、私に女王業を押しつける計画は諦めてください。でないと強硬手段をとります」
「母を脅すなんていい度胸ねっ! カワイイ路線に耐えきれず、なんちゃってクールビューティーで迷走している紅音を好きになる男なんているの?」
いや、お母さん辛辣! 鳩野さんのキャラぶれを間近で見ている俺としてはいたたまれねぇ。
初動の見えない鳩野さんの右拳が、容赦なくマミさんの左頬を歪める。
少し頬を染め、悔しそうな表情を浮かべる鳩野さん。
「ここにいますが!?」
鳩野さんの小さな手で両肩を掴まれ、俺はご両親の前へと突き出された。
二人の少女から値踏みするような視線を受る。
「なぁーんだ、血は争えないってやつ? 紅音もガチユリなんじゃない」
なにを言ってるんだ、マミさん。 ガチユリ?
「こう見えて、杜鷺君は男の子ですよ? 当然『娘』の方ではなく」
「「マジでっ!?」」
いやぁ、新鮮だなぁ。こんなリアクション小学校以来だ。
異性一卵性双生児が珍しいのか、マミさんが遠慮無しに俺の顔を覗き込む。
「鳩野さん、ガチユリって……」
鳩野家の闇は百合色に渦巻いているようだった。




