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 当面の問題。

 ピョン子をどうするか。俺の右手は元にもどるのか。現状、こんな腕で帰宅すれば家族もビックリだろう。双子の姉と区別しやすいくらいしか利点がない。

 もとよりエルマナへはイレギュラーな召喚だったために、俺はしばらくエルマナから出られないそうだ。

 家や学校へは、鳩野さんが魔法でなんとかするって言ってたけど……便利だな、魔法。

 とりあえずは風呂に浸かってゆっくり考える事にしよう。割り当てられた部屋は、バス・トイレ完備で豪華なホテルの一室と変わりなかった。まずはシャワーを浴びようと、意を決して俺とピョン子の繋ぎ目に巻いてある右腕の包帯を取ってみた。


「「エロロロロロロロロロロ」」


 夕食に出たエルマナ料理を、ピョン子と二人して豪快にリバース。これ、検索しちゃいけないヤツだ。痛みは無いのが救いだが、思いのほか結合部はエグい惨状だった。バスルームだったから精神以外、被害は軽微で済んだ。包帯を巻き直し、シャワーで汚れを落とす。

 後で鳩野さんに聞いたところ、この包帯は治癒魔法が施されているスグレモノとのこと。


「ふぅ。一息ついたな」


 大きめのバスタオルで髪をなで、ついでにピョン子も拭いてやる。


「ヤバイわね……」


 鳩野さんの講義以降、何か考えこんで静かだったピョン子が口を開く。


「アタシ、衣食住家来付きってやつじゃね?」

「家来じゃねーよ」


 確かに食事中はコイツがボロボロこぼすから俺が食べさせてやったが。


「俺は暗殺対象なんだろ?」

「まぁ、そうなんだけどね。噂通り、アクセシアンって世話好きで便利。堕落するわ」

「アクセシアン?」


 鳩野先生の講義では出てこなかった単語だ。もちろんクアドラカードにも。


「アンタ達、召喚されたお人好し連中の事よ」


 ピョン子情報によると、アクセシアンとは召喚された勇者の蔑称らしい。アクセシビリティからきた造語のようだ。対魔族の切り札として、高い戦闘力などを備えた勇者。通常は敬意を払って勇者様と呼ばれる事が多いが、魔物や反感を持つ者からはアクセシアン『利用しやすい・使い勝手のよい連中』と呼ばれる。


「裏稼業から足を洗えるなら、堕落してもいいんじゃないの? 最悪うちで飼うよ」


 まぁ、今は洗う足が無い訳だが。


「首狩屋はそんなに甘くない……て、縞ウサギをペット扱いか!」


 感覚の無い右手を見て思っていたことを聞いてみる。


「結合してるお前の下半身って再生しないの?」

「気をつけなさい。セクハラ発言ギリギリよ」


 ささやかな抗議として、プルプルと残った水滴を飛ばしてきた。


「斬撃や低級魔法ならね。こんな特殊なケースじゃわからないわ」


 仕損じ、足抜け、拿捕。ドラマではいずれも制裁理由の定番だ。暗殺対象に対してペラペラ喋ったり、食事や居眠りの世話焼かれたりとか、標的である俺が言うのもなんだが、コイツは首狩屋としてのプライドは無いのか?


「今更だけど、俺が暗殺対象になった理由ってなんだ? 普通のアニオタ高校生だぞ」

「アンタ、それ勇者フラグ」

「え……なんだって?」

「ハイ、フラグ二本目いただきました!」


 ブニ、と柔らかい前足が俺の鼻を押し上げる。


「トゲのある言い方だなぁ」


 肉球の感触とミルクっぽい匂い。どちらも名残惜しさを感じながら鼻をさすっていると。


「よく聞くザマス」

「お前、ソレ鳩野さんの小道具……」


 謁見の間で講義中に鳩野さんが掛けていたザマス眼鏡。


「アンタ達がイチャついてる時に拝借した」


 こいつ手クセ悪いな。俺の手だけども。そしてイチャついた覚えはない。


「で、なに聞けって?」

「エー、我々魔物側もだまって勇者インフレに圧されていた訳ではありません」


 ピョン子先生の講義がはじまるようだ。

 昼間の講義のあと、俺が情報をまとめるために貰ったノートを開くピョン子。


「あー! 邪魔! ぐるぐるする!」


 ザマス眼鏡を投げ捨て、両前足でペンを器用に挟み、かろうじて読める文字を綴る。

 グリグリお絵かきする幼児のようで微笑ましい光景だった。


「ぐるぐるって、これ度が入ってんじゃん! 放り投げんなよ」


 小道具じゃなかった。あとで鳩野さんに返しておこう。


「ホレ」

「なに書いたんだ? ゆうしゃのとくちょう?」


 1 ふつうのこおこおせえとかゆう

 2 たまにきこえないふりをする

 3 ふこうぶる

 (首狩屋調べ)


「不幸ぶるってなんだよ? 前向きに考えてるよ! 最後の首狩屋調べ、達筆だな!」

「アンタ、自分の容姿にコンプレックスあるわよね?」


 その原因は、異性一卵性双生児という稀なケースによるもので。

 双子なのに、容姿以外は神様が姉にステータス全振りしたらしく、俺と比べてスペックがバカ高い。自分より優れたヤツが常時横にいれば、優しく迎えてくれるオタク文化へ逃避してしまうのも当然だった。姉に間違われるのは慣れはしないが、女の子が男顔よりはマシと自分を無理矢理納得させてきた。

 ある人の名言『たった十歳の娘の顔がハナ肇』を心の支えに。


「ソレ、全然コンプレックスじゃないから。可愛い顔自慢にしか聞こえないから」


 特にエルマナでは「持つ者の不幸自慢」はトラブルの原因になるそうだ。


「なんか窮屈だな」

「アンタ達アクセシアンの無意識な言動が鼻につく、というか、お腹一杯なんじゃないの」

「異世界、そんなギスギスしてんのかよ」


 エルマナでは地味な行動を心がけよう。


「一人二人の召喚ならともかく、似通ったタイプの連中がバカげた量で召喚されればね」


 黎明期の召喚はローリスク・ハイリターンだったため、召喚規制が整う頃にはエルマナに玉石混交の勇者で溢れかえったという。


「で、アンタも例外なく勇者因子を持ってるのよ。良いのか悪いのか、それもエース級の」


 鳩野さんが言ってた、俺が切り札ってやつかな。


「自覚がないし、ずいぶんと俺を買いかぶってるようだけど、それが理由かぁ」

「まぁね。だからアンタがこっちでブレイクする前に始末するハズだったのよ……なのに」


 ウサギにしては妙に色気のある睫毛を伏せ、後半は独りごちる。どうやら暗殺失敗とは別の所に落ち込む理由がありそうだ。


「——っ! ちょっと、耳の付け根ヤメテ!」


 軽く頭をポンとしたら長い耳でハタかれた。


「なんか、元気なさそうだったから」

「アタマぽんぽんすれば、はにかんでシッポ振るとでも? 今、シッポないけど!」


 公式、イケメンに限るが抜けているのは百も承知。保護欲を刺激されての行動だった。


「落ち込んでなんかないわよ。ハメられたかもしれないから怒ってんの!」

「誰に? 首狩屋の仲間?」

「たぶん依頼人。魔王軍よ」


 魔物なのに報酬しだいで敵にも味方にもなる、どっちつかずの暗殺種族。縞ウサギとは、魔王側にしたら厄介な存在でしかないのだろう。


「アタシらの状態! 悪い意味で「普通の高校生」と無力な縞ウサギのコンビ」


 ピョン子が向いた先には大きな姿見があった。つられて俺も見る。

 そこには異様な右腕をした、なんともマヌケな姿があった。あぁ、今なら一石二鳥で始末できるわけか。


「これじゃ、右手が魔物の妖怪人間だな」

「アンタが憧れてた《鎮まれ俺の右腕!》がリアルに体験出来るんだから感謝しなさい」


 中学の頃よく妄想してたな《漆黒の暗黒龍》。


「ププッ。漆黒の暗黒て……」

「お前、やっぱり俺の心読めるんだな」

「ちょこっとだけね」


 若気の至りだよ漆黒の暗黒。いわゆるリッチブラックだよ! CMY三十パー乗せだよ!

 だいたいドラゴン鎮める以前に、もうファンシーなのが出っぱなしじゃねーか!


「俺の知ってる暗黒龍とちがう。ドラゴン、こんな可愛くない……」

「と、と、とにかくハッキリするまでアンタは生かしといたげるから、世話焼きなさいよ!」


 急にモジモジして覇気が無くなった。ウサギはさみしいと死んじゃうっていうしな。


「俺なしではいられなくしてやるぜ」


 両耳の往復ビンタからのデンプシーロールを受け、エルマナでの初日は終わった。




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