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スペードの5

 「うん、要領は掴めた気がする。……【影ボット】!」


 青精霊と同じく、今度は【影ボット】アイコンが発光する。


『…………』


 どうやら今度の精霊は無口なようだ。数メートル先に定めた視線の位置へ紫色の球体が出現し、俺の影武者へと形を変えた。


「オーケー、オーケー」


 頷く俺の思考を読み取ったのか、紫精霊はガントレットのパネルへ帰還した。


「あとは【怒りの矢】だけど、こんな何も無い空間じゃ……」


 だだっ広い地平線を見渡したが、当然標的になる物などない。


「橙愛がいるの」

「ハァ? なんでワタシなのよ! ちょっとは手伝いなさいよ!」

「しかたないの……」


 懐からスマホのような端末を取り出し、渋々操作する慧依子先輩。


「とりあえず舞台は荒野、四千メートル級のぉ山々とぉー、低級モンスターを三十体なの」


 みるみるうちに、真っ白い空間が西部劇で見るような荒野へと変貌し、遠くには四千メートル級のぉー山々がぁー連なっていた。


「そのモンスターは魔力で生み出したものだけど、戦闘力は実物と同じなの」


 一瞬、地面にヘクスラインが現れ、任意のマスにモンスターが召喚される。


「そうだ、霊仙寺! お前の重冷気剣、貸してくれよ」


 両手がフリーな事を思い出し、近接戦闘もしてみたくなった。確かこの服、霊仙寺のデータがフィードバックされてるんだよな?


「いいけど、遊びじゃないんだから使い慣れてる方がいいわよ?」


 軽く投げ渡す霊仙寺。普通に受け取ったはずの俺の左手首から、パキッと激痛をともなった『破滅の音』が聞こえた。


「痛ってぇっ!」


 曲がっちゃいけない方向にプラプラしている左手から、ドスンとこぼれ落ちる重冷気剣。


「だから言ったじゃない。細身の剣だけど、見た目よりあるのよ? 重量」


 持ち主と同じかよ! そりゃ折れるわ!


「飼い主に似るってやつか……何キロあんだよ」


 【オール治癒】で骨折を直し、両手で慎重に重冷気剣を拾い上げて霊仙寺に返した。


「十四キロくらいかしら。もういいの?」 

「マルシン出前機と同等の物を片手で振り回すなんて、華奢な俺には無理だ」


 霊仙寺の言う通り、素直に慣れたカードだけで戦う事にした。治療している間も律儀に攻撃してこないのは、召喚したモンスターだからなのだろう。実戦ならとうに囲まれてるよな。


「じゃあモル鷺君、戦闘開始なのー」


 慧依子先輩の合図でモンスター三十体が一斉に突進してきた。距離は約二十メートル。


「最後のカード【怒りの矢】!」


 ガントレットのパネル表示は【怒りの矢】のアイコン。そこから出現した精霊は渋めの黄緑、うぐいす色? に発光していた。


『オイース!』


 あ、なんか全て繋がった気がする。


「ほんと、アンタら日本文化好きな!」


 俺は慧依子先輩に詰め寄った。


「なんの事か分からないの。それよりモル鷺君、後ろー、なの」

「分かってんじゃねーか!」


 説教はあとにして、迫るモンスター軍団に照準を合わせる。横薙に視線を滑らすだけで瞬時にマーカーが撃ち込まれ、三秒とかからずに跡形もなく殲滅した。


「すごい威力じゃない。なに怒ってるの? 杜鷺」

「駄洒落ベースなとこ!」

「私は女神の意図を汲んだだけなの」


 そういやそうか。このカードはプロミディアさんプロデュースだったな。


「なによー! いいじゃない! 漢字にルビ振る技とかガチっぽいのヤだったんだもーん」


 もーんって。抗議の視線を感じてか開き直るプロミディアさん。


「なんのこと? ねぇ、何?」


 バラエティ関係に弱い霊仙寺は置いてきぼりされている事を感じているようだ。


「このカード、アナグラムになってんだよ」


 俺が最初にクラブ国で感じた違和感。『怒りの矢、超スゲェ。ん? なんか違和感が』ってやつ。

 分解するまでもなく「いかりのや、ちょうすげぇ」は「いかりやちょうすけ」。

 【オール治癒】は「ALL治癒」「オールちゆ」で「あらいちゅう」。

 【影ボット】は「KAGE BOT」を入れ替えて「BO TAKAGE」で「たかぎぶー」。


「わかりずれぇ上に、微妙に合ってねぇんだよ! 高木のTAKAGEは百歩譲ってギリ許せるが、ALLが荒井って無理があんだろ!」

「戦いの中でも笑いを忘れずにってのが私のモットーなのよ。あ、なんか今女神らしいこと言った!」

「言えてねーよ!」

「まぁ、それくらい心に余裕があった方が早死にしないと思うの」


 慧依子先輩に正論っぽい感じで諭され、一応納得する。


「で、杜鷺。それがなんなのよ?」


 マジか! 同年代なのにジェネレーションギャップってやつか! 俺もリアルタイムじゃないけど。


「いや、今のやりとりで分からなければいい。有名なコミックバンドをなぞってるんだよ」


 あと三人ほど足りないがな。


 ちなみに「プロミ菫」は「promise smile」で「お約束、笑い」が正解だろう。


「モル鷺君、これで勝てるのかよって顔してるの」

「あからさまにしてますけど?」

「ちょっとカチンときたの。女神のダジャレはバカにしてもいいけど、私の発明品の凄さ、身をもって知るがいいの!」


 眠たい目を精一杯カッと開いた慧依子先輩は、トテテと俺の後ろに回り込む。


「モル鷺君はそこから動いちゃダメなの」


 そう言うと、十メートルほど後退した慧依子先輩が詠唱を始めた。


「魔都と化し燃える、聖なる技能。獅子王、阿久を斬り咲け、芸術は夢現。スペードアーツ!」


 慧依子先輩の身体が眩しい光につつまれ、数秒。そこにはビリビリに破れ、デリケートな部分を絶妙に隠したピチピチジャージの「女性」が仁王立ちしていた。


「どちらさまで?」


 十中八九、慧依子先輩なんだろうけど。そのビジュアルは、ルビーナやプロミディアさんのようなモデル体型だけど、胸のあたりだけとてもスレンダーだ。クセっ毛かウェーブか微妙な、腰まで無造作に伸びた桔梗色の髪。見た目は二十歳前後ってところか。


「ステータスを自由に変化させる……あのコの能力よ。ま、がんばりなさい」


 一緒に成り行きを見ていた霊仙寺が説明してくれたが、意味深な言葉を残してそそくさと離れて行った。当然、野生の危機察知能力でピョン子はとっくにバックレている。


「私も退避するわねぇ」


 プロミディアさんにも見放され、一人ポツンと残される俺。慧依子先輩はと言うと。


「時の止む風、一扇。嗚呼、戒の旋風。羽鳴りて踊る、花はくのいち」


 二本目の詠唱に入っていた。大人の慧依子先輩に寄り添う忍者装束のエネルギー体。弓のようなものを引くと、舞い散る花吹雪が渦を巻き、魔法陣をかたどった螺旋が俺に向かって何層にも重なっていく。


「魔力全開、うなって踊れ! 芸術撃ち《アート・ショット》!」


 放たれる魔力の矢。何百もの矢は一本に収束し、ケーブルの断面というか、爪楊枝が詰まった筒を真下から見たような極太の塊というか。その高エネルギー結晶体が俺に直撃し、大爆発を起こす。

 解放されたダムの放流を一手に引き受けたらこんな感じかなぁと思う圧力と爆風を体感し、軽く二十メートルは吹き飛ばされた。


「いててて……」


 ギャラリーには派手に映って見えるかもしれないが、ダメージはほとんど無い。爆煙の中、胸元あたりから、ヒュィィィィーンと高速回転する音が聞こえる。


「ダメージ・リフレクト・システムってやつか?」


 さらにィィィィーンと高音・高回転の鳴動とともに、俺が撃ち込まれた極太の矢が慧依子先輩へ向けて一直線に撃ち返された。彼女の前髪を揺らすギリギリで華麗にかわし「当たらなければどうという事はないの」とでも言うように、余裕を見せる大人スタイルの慧依子先輩。

 その高エネルギーは減衰せず直進し、数秒後に山の中腹をくり抜いていった。


「アンタ、大丈夫なの?」


 気がつけば、右手が顔の高さまで上がっていた。丸く貫通した山をバックに、ピョン子が俺の顔を覗き込む。


「ああ、なんとか。見事に反射したよ……」

「いや、その頭よ。なんか、チリチリになってて焼け出された感じよ?」


クスクスと笑うピョン子。無事を確認しに来たみんなも俺を見て笑っている。

「なんでみんな笑ってんだ?」

「コレよ」


 心外とばかりに、キョロキョロと見渡す俺。霊仙寺が魔法でバケツ一杯ほどの水を鏡レベルまで精製し、俺を映してくれた。


「コントで爆発した後じゃねーか!」

「まぁモル鷺君、落ち着きたまへよ」


 目のやり場に困るダメージジャージ姿の大人慧依子先輩が、一歩、俺の前へ出る。


「それはダメージ・リフレクト・システムの副作用だ。キミに分かりやすく説明すると、戦隊ヒーローが名乗った時に出る、溢れたエネルギーのバックファイアみたいなものさ」


 例えが良いのか悪いのか。要は俺が受けたダメージで、ダメージ・リフレクト・システムがキャパオーバーした時、溢れたダメージの逃げ場として「コント爆発」という形で排出されるらしい。


「名前変えろよ!」


 ぜってー狙ってやがる……


「何を言っているんだ、どんな攻撃でも君へのダメージはドリフレベルで済むんだぞ?」

「やっぱり《Damage Reflection System》略して《ドリフシステム》じゃねーか!!」


 アフロになった髪や、煤けた顔は一分もしないうちに元に戻り、アニメでよく見る「次のシーンにはもと通り」ってやつを体験した。


「私の魔力全振りを喰らってその程度なら、まずまずの性能だな」

「慧依子先輩、その芸風は気持ち悪いんで元の姿に戻って下さい。なんでお姉さん姿に?」

「失敬な。この姿じゃないと大技の魔法を繰り出す時、身体が支え切れないんだ。この口調は感情のステータスを別に回しているからさ。お気にめさないのなら……」


 慧依子先輩が光に包まれ、元? の眠そうな女子小学生の風体になった。


「ノーマルモードにするの」

「おお、見慣れた慧依子先輩だ。良かった」

「そんなにイヤだったの?」


 少し悲しそうな目で俺を見上げる慧依子先輩。


「クールビューティーはイヤじゃないです。ちょっと驚きましたけど……」

「なんか歯切れが悪いの」

「おおかた胸の無さに驚いたんじゃないかしら?」


 霊仙寺、なんて直球な!


「いくら慧依子の能力でも、ゼロにはなに掛けてもゼロだものね」

「そんなことないの! おつむを大幅に犠牲にして胸に全振りすれば、モル鷺君くらいならギリ挟めるの」


 遠慮します、無理しないでください。


「慧依子先輩はそっちの方がしっくりきますよ」

「ロリ鷺君がそう言うならこのままでいるの」


 呼び名はともあれ、これで俺が足を引っぱるリスクはかなり減ったはずだ。鳩野さん達と合流して、早いとこ四天王の残りを倒したい。


「慧依子先輩、ありがとうございました。これなら足手まといにならずに済みます」

「乗りかかった船なの。私もついてくの」


 慧依子先輩がムフーと無い胸をたたく。


「珍しいわね、面倒くさがりの慧依子が」

「やる時はタレパンダ並にやるの!」


 渋いな。癒すクマの方じゃないのか……


「それじゃ、女神の肉体を蹂躙した罰ををおみまいしに行くわよぉーっ! トローリィー!!」

「「「おぉー……」」」


 妖精プロミディアさんの変わった号令で一致団結……できてるよな? 約束の台地へと向った。


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