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スペードの4

「悪かったねぇ、楓麻君」

「ドンマイなの」

「そんな落ち込まない。ワタシがカバーするから」

「なんか知らないけど、しっかりしなさいよ!」


 みんなの慰めと、今に始まったワケじゃない事が幸いし……幸いなのか疑問だが、放心状態から覚めるまで意外と早かった。


「楓麻君。とりあえず奥に僕が掘った温泉があるから、ゆっくり汚れを洗い流すといいよ」

「洗いっこしてあげてもいいの」


 それは遠慮します。


「シャワーついでに入ったけど、結構いい湯だったわよ」


 コイツはまた勝手に。俺もクヨクヨせず、まずは温泉でリフレッシュだ。


「すいません、スッキリしてきます……」

「なおさらお手伝いするの。橙愛が」

「はぁ? 空気読みなさいよ、慧依子!」

「読んだ上でなの」


 いえ、そっちのスッキリじゃないんで。


「慧依子先輩、スペード国王も苦笑いを浮かべて困惑してるじゃないですか」


 これ以上、父娘の溝が深まらないよう、俺は逃げるように更衣室を目指した。


「聞き流しちゃったけど、スペード国王『僕が掘った』って言ってよな」


 なにげにすごい技術だ。やはり日本が恋しいのかな。


「褒めてほしかったんじゃない?」


 厚いフロストガラスの向こうが自慢の温泉なのだろう。先に覗いてみるか。風情のある木枠の戸をスライドさせると、漂っていた暖かい湯気が甘えるようにまといつく。

 そこは起伏の少ない自然石が敷かれた六畳ほどの空間。湯船から続く、苔生した岩を組み上げた滝にスペード国王のセンスを感じる。

 乳白色の湯で満たされた湯船をよく見ると、ミカンのような球体が数個プカプカと浮かんでいた。


「ゆず湯なんて珍しいな」


 ちょっと季節はずれだけど、見た目に鮮やかだ。


「アタシの糞だが?」

「……」


 フン……だと?


「ちょっ! フウマ、目怖い! イタイイタイイタイイタイ!耳ヤメテ、耳!」

「お前、ふざけるなよ!? 湯船に脱糞って、湯治に来た野生動物か!」


 いや、それは野生動物に失礼か。だが、こればかりは全力で耳を捻り上げざるをえない。


「野生動物よっ!」

「留奈ちゃんモードだったろ!」


 人間の姿でもフンの形状はそのままなんだーとか、今はどうでもいい。


「興奮する?」

「そんな上級者じゃねぇよ!」


 俺には温泉で癒されることも許されないのか。どうやって掃除すりゃイイんだ? そもそも温泉てお湯の交換とかあんのか? さっぱりだよ!

 脱兎して逃げ出すピョン子を取り押さえ、温泉の大惨事を謝罪しに戻る。


「ま、まぁ二人とも土下座はやめてよ。浴槽はお湯を抜ける構造だから……」


 と、スペード国王は言ってくれているが、恩を仇で返している事実は揺るがない。


「コイツに掃除させますので!」


 拗ねながらも、一応はしおらしく頭をさげるピョン子。その後、俺達は清掃用具を抱えてシャトルランさながらに浴場を奔走し、シャワールームで汗を流した。


「なによ、地域によっては高級食材なのに!」

「バカ言え! ジャコウネコ気取りか? コピ・ルアクに謝れ!」


 中割ったってお前のはニンジン成分しかねぇだろが。


「はいはい、悪かったですよ! お願いされたってアンタには食べさせてあげないわよ」

「食わねぇよ!」


 エルマナの食文化までは知識がないので、どこまで信じていいのか分からない。


「おつかれさまなの」


 ラボの休憩室で口論していると、こざっぱりした慧依子先輩がお茶を運んでくれた。さすがに煤けたままでいるほどモノグサじゃないようだ。


「すいません。慧依子先輩」

「気にすることないの。いい食材も回収できたし、おみまい……ごちそうするの」


 うわぁ。本気か冗談かわからねぇ……


「ほら! アタシが言った通りじゃない」

「……エスプリの効いた冗談なの。少なくともスペード国に食糞文化はないの」


 一部の上級者を除いて、と付け足す慧依子先輩。何の上級者かは聞かないでおく。


「冗談はさておき、モル鷺君の鎧はなんとか調整したの。さっそく実戦テストしてみるの」


 あの小爆発の中に残っていたのは燕尾服だけだったけど、何をどう調整したのだろうか。


「俺の知る限り鎧の材質ってただの「布」ですよね?」


 それも安っぽい。だってパーティーグッズの燕尾服だもの。


「ちょっとカチンときたの。慧依子ブランドをお舐めでないの。バカには見えない技術がつまってるの」

「待って待って、高度な比喩表現なんですよね? スペード国のプライド的な意味で」


 全裸的な方の意味だったら目も当てられないんですけど?


「体感すれば分かるの」


 不安をお茶で飲み流し、慧依子先輩に手を引かれるまま城内の特別エリアへ。複雑な魔法陣が刻印された分厚い金属扉をいくつか越えると、真っ白で広さが把握できないほどだだっ広い空間に出た。


「モル鷺君。今、精神とメンタルのルームとか思ったの?」


 俺を見上げる慧依子先輩。精神とメンタル、一緒ですが。ここが特殊なフィールドなのは実感しています。


「いえ、なんかライトバーンの中で目覚めた時のスゴイ版みたいな部屋だなと」

「イヤな記憶だわね!」


 グルリと見渡すと、俺達の後ろに腕組みした霊仙寺が立っていた。


「いつまで待たせるのよ。ほら、源三郎おじさまからの預かり物よ。杜鷺の鎧? 鎧なの?」


 俺に聞かれてもなぁ。燕尾服を広げる霊仙寺は、値踏みするように「んー」と首をかしげる。モノがモノならショッピング中の女の子って感じだ。


「はい、後ろ向いて」


 俺と目が合うと、手を通せとばかりに顎で催促してきた。詰め襟学ランと燕尾服が融合したようなマヌケなデザイン。少し重いかなと感じるが、以前より柔軟性が増し、ゆったり感もある。

 最大の特徴はふたつ。服の留め具にあたる胸元の蝶ネクタイが、砕けたはずのハート国の宝珠になっている点と、左手部分の液晶画面が付いたガントレット。俺がクラブ国で装着した物とは別で、無骨な弁当箱のフタがタブレットになってる感じ。


「じゃあ始めるの。橙愛は物理と魔法を織り交ぜてモル鷺君を全力で攻撃なの!」


 慧依子先輩が離れた位置から拡声器で映画監督ばりに指示を出す。


「俺はどうすれば? ってか、そんな距離とるほど危険なんですか!?」

「私はだいじょぶなのー。モル鷺君は武蔵坊的な感じでなのー」


 そんだけ離れてりゃ、あんたは安全だろうよ! って、何もせず霊仙寺の攻撃を受けろと?


「ピョン子! てめぇ、逃げやがったな!」


 慧依子監督の隣へちゃっかり避難しているピョン子。信じていいんですよね、慧依子ブランドの防御力。


「覚悟決めなさい、杜鷺。手加減しないから」


 軽快なバックステップで距離をとった霊仙寺は、数歩の助走で跳躍すると慣性にまかせて蹴り込んできた。


「ぐっ」


 見た目と差のある衝撃に備えていたが。


「きゃぁ!」


 左肩に霊仙寺のつま先がヒットした感覚はあるもののダメージは無く、逆に攻撃した側の彼女が勢いよく弾き飛ばされていた。


「主は氷の井戸、一万の悪を射ん——」


 受け身をとって二、三回転した霊仙寺は、素早く重冷気剣による魔力攻撃に切り替え突っ込んでくる。瞬きひとつの間で、俺は右下から逆袈裟に斬られていた。……はずなのだが、やはり受けたダメージはそのまま霊仙寺へと返る。


「はひゃんっ!」


 なんとも可愛らしい悲鳴とともに霊仙寺のジャージが逆袈裟に裂け、続いて足もとから首筋へと薄氷が走る。露わになった胸元にジャージを引き寄せ、パリパリと霜を撒き散らしながらへたり込む霊仙寺。


「全力でと言ったのー!」

「バカ言わないで! 今の全力で行ってたら、ワタシ即死だったわよ!」


 リフレクトメイルの能力をどこまで継承したか未知数だが、霊仙寺の判断は正しい。最初の物理攻撃、跳び蹴りは渾身の一撃だったのだう。派手に反射されたことで二撃目は薄皮一枚程度の魔力攻撃、結果イヤーンな絵面を晒すはめになったが、死んでしまうよりはマシだ。


「まぁいいの。応急で練り上げた『ダメージ・リフレクト・システム』は概ね良好なの」

「今のって、リフレクトメイルの効果じゃないんですか?」

「モル鷺君が詠唱の邪魔をして、宝玉を爆散させたんだから当然なの。残った破片をベースに、ここまで再現できれば上出来だと思うの」


 慧依子先輩の解説によると、初期構想ではリフレクトメイルの能力を燕尾服に移行し、カードホルダー兼ガントレットが付属という仕様だったらしい。が、俺のツッコミが呪文に干渉したため宝玉がストレスで爆砕。急遽、似た効果を発生させる『ダメージ・リフレクト・システム』というアイテムを組み込んで対応したそうだ。


「リフレクトメイルはもともと何代か前のスペード王が創り出したアイテムなの。私の代でモル鷺君用に進化したと考えればいいの」


 燕尾服の胸元に輝く宝珠を指さす慧依子先輩。宝珠が一回り大きく感じるのは、ダメージなんたらシステムが組み込んであるからだろう。


「カードの方はどうなってるんですか?」


 左腕の無骨なガントレットを観察しつつ聞いてみる。


「ぶっちゃけ分からないの。本来は鎧とカードが融合するはずだったのに、カードホルダーごとガントレットに変化しちゃったの」

「とりあえずプロミディアさんとリンクできるか確認してみるよ。寝てなきゃいいけど」


 カードホルダー裏面を拡大した感じの、防御には不向きなガラスパネルを直感でひと撫で。

パネルが発光し、プロミディアさんのいる神殿内部が映し出されると思っていたのに。


「なにがあったぁーーっ!?」


俺の絶叫に皆が駆け寄り、画面に映る惨状を目にする。その光景は瓦礫の山と化した、燃えさかる神殿一帯。


「新生魔王軍の仕業? アカネ達は無事かしら……」


 神殿の地下が首狩屋の集落とは聞いていたが、この感じだと「約束の台地」を中心に手当たり次第攻撃しているのだろう。


「アラ、そこに砕けてるのって痴女女神じゃない?」


 ピョン子に言われて画面を凝視すれば、半壊したボディの横にゴロンとプロミディアさんの石像ヘッドがあった。


「プロミディアさん! 大丈夫だよな? ピョン子、この前みたいに見てこれないか?」

「無茶言うな! 焼け死ぬわ!」


 俺達は炎の中で崩れゆくプロミディアさんを見守ることしかできず、業火は勝利を誇示するかのようにひときわ大きな閃火を上げ、画面を覆う。


『アッッチィイーーッ!!』

「どわっ!」


 次の瞬間、悲鳴とも奇声ともつかない金切り声とともに何かが画面から飛び出し、俺の額に貼りついた。


「フウマちゃーん! 助かったわーーっ!!」


 ハガー的な感じで俺の顔に飛びついてきたのは手乗りサイズになったプロミディアさん。

 魅惑のモデル体型はそのまま、十五センチほどになってしまった彼女は、俺の鼻先で滞空するとあちこち燻るメイド服を軽く叩いて鎮火に勤しむ。


「いやー、間一髪だったわー! ナイスタイミングね、フウマちゃん。これが勇者補正ってやつかしら」

「何があったんですか? やっぱり新生魔王軍!?」


 プカプカ滞空していたプロミディアさんは、胡座の体勢で顎に指をあてると、鼻先から頭の上にフワリと移動した。


「そう! なんか鎧着たキュウリに神殿破壊されて、私は女神なのに斬首された!」


 斬首て……石像ヘッドがころがっていたのはキュウリの仕業か。


「ちょうど力のチャージが終わって、心地よい微睡みの最中だったのに!」

「ちょ、髪引っぱらないでください」


リンゴ一個分の重さになってしまった女神は、たいへんご立腹のようだ。


「充電台座も壊されちゃったしぃ、もうここを私の定位置にすゆーっ!」


 頭皮をポムポムたたいてくる半泣きのプロミディアさん。


「すゆーって言われましても、頭の上じゃ俺が落ち着かないですよ。もとのサイズに戻ってください」


 ってか、充電台座? 詳しくは聞かなかったが、台座を介する事で効率良く地脈エネルギーを充填していたそうだ。


「フルサイズだと燃費悪いのよぉ。肉体も台座も壊されちゃったから、充電した分だけでやりくりしないとねぇ」

「女神なのに?」

「そうは言うけど、女神にも色々あるのよ。私みたいな三流女神は上からの命令で異世界勇者にチート能力渡して助言する程度の力しかないしねぇ」

「じゃあ、エネルギー切れたら消滅しちゃうんですか!?」

「大丈夫、大丈夫。十日分は余裕であるしぃ、契約しているフウマちゃんに憑依すればそのうち再構築されるから」

「そのうちですか……」


 最悪の事態は無いようで安心したが、女神定規の「そのうち」が人間換算でどれくらいかが怖くて聞けません。あと、憑依とか言ってましたよね?


「ところで痴女女神プロミディア、ちょっと聞きたいの」


 慧依子先輩が俺を見上げて挙手。今、サラッと言ったな。本人に面と向かって痴女って。


「モル鷺君に渡したカードにはブラックボックスな部分があって、勘でヤっちゃったけど問題アリ?」


 勘でやられちゃってたかー。


「んー、どうかしら? 百聞は一見にしかずね。フウマちゃん、試しに使ってみて? 痴女じゃないわよぉー」

「じゃあ、まずは【オール治癒】で……って、カードどこ!」

「フウマちゃん、パネル光ってるわよ?」


 パネルのアイコン表示は【オール治癒】だ。ガントレットに組み込まれてるのか? プロミディアさんが出てきた時と同じように、テニスボール大の青い発光球体がアイコンを通って現れた。

 フヨフヨと俺のまわりを二、三周すると顔の前で静止して一言。


『ナンダ、バカヤロウ』


 球体が発する、ふてぶてしい声。精霊? 喋るのか?


「なにコレぇーっ?」


 どうやらプロミディアさんも知らないようだ。


「私が具現化できるように弄ったせいだと思うの」


 勘でやったにしても、凄くね?


「お嬢ちゃん、やるわね。初見の女神アイテムに手を加えるなんて。使用法プリーズ」


 慧依子先輩の肩に移動するプロミディアさん。興味津々のようだ。


「基本はコールと視線入力なの」


 フンスと鼻を鳴らし、得意顔の慧依子先輩。俺は当初の予定通り、霊仙寺を見て【オール治癒】を発動させた。精霊? の態度に一抹の不安は感じたが、霊仙寺の前へ瞬間移動した不遜な青精霊は一瞬で彼女の凍傷を癒すと、パネルのアイコンへ吸い込まれるように消えた。


「っくちゅっ!」


 一同が青精霊の動きに注視し、静まり返った空間に霊仙寺の可愛いクシャミが響いた。

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