スペードの3
さて。数日間に二度も霊仙寺に落とされた訳ですが。
「お前、容赦ねぇのな」
目覚めた俺は膝枕をされたまま、そびえる霊仙寺山峰の合間から抗議の視線を送った。
「女子高生ひとり受け止めらないのも男としてどうかと思うわよ?」
「にしても……」
反論したいところだが、零距離はヤバイ。さすがに俺だって学習しますよ? 霊仙寺との口論でインファイトは危険だと身をもってね。
「文句言わない! こうやってまた介抱までしてるじゃない」
確かに妙なところで律儀な霊仙寺。しばしその好意に甘えて柔らかな膝枕を堪能するのもいいか……若干の嫌がらせ込みで、あえて寝た状態を維持することにした。
「で、ココどこよ? どのくらい気を失ってたんだ?」
わざとグリグリ頭を動かしてみる。
「スペード国の客室よ。ベッドの上。ワタシに伸されてから一時間くらいかしら?」
ノされたって……事実だけども。顔を横に向け、視線を巡らす。
「客間って割には殺風景だなぁ」
広さは確保されているものの、内装や設備はシンプルで異世界感がほぼゼロ。安心するっちゃあ安心するけど。まぁ、姫からしてあんなだからな。お国柄って感じか? どうでもいいが。
「ちょっ、ワタシの寛容さにつけ込んでスリスリしないでよ!」
「してねーよ! 人聞き悪ぃな!」
不平を言う割には頭掴んではなさねーし。
「もーアンタら付き合っちゃえばー?」
狙い澄ましたように俺の眉間に当たる囓りかけのニンジンスティック。頭を後ろへ反らすと、留奈モードのピョン子が冷めた目でテーブルに腰掛けていた。
「相変わらず行儀悪いな。で、なんだよそのニンジンフルコース」
テーブルの上がやけにオレンジ一色で山盛りになっていると思ったら、ありったけのニンジン料理が並んでいるようだ。
「あげないわよ?」
「いらねーよ! まず、ちゃんと椅子に座れ。そしてなに勝手にルームサービス頼んでんだよ」
ホテルじゃねーけどな!
「ニヤけた顔でアンタ覗き込んでるデカ乳の奢りよ」
視線を戻せばヒロインスマイル全開の霊仙寺と目が合った。前情報がなければ赤面してしまうレベルの破壊力だ。
「杜鷺が気絶している間に、ウサちゃんからクラブ国以降の出来事を教えてもらったわ。ずいぶんとお楽しみだったようね」
買収されたな、ピョン子。アニメとかなら「私の知らないところで琴宮先輩とイチャイチャして!」ってパターンだが、この笑みにそんな負のニュアンスは感じ取れないし、そもそも霊仙寺とはそんな関係じゃない。
「勝手に心読んでなんだけど、アンタの勇者症候群、ほんとイラッとするわー」
「何か言ったか?」
「ピャーーーーーッ!」
転がりもだえるピョン子。落ち着け。
「いや、ほぼ悪夢でしかなかったぞ?」
ドラゴン五体とか、もみまくりんぐとか。
「もみまくりんぐとか?」
なんでお前も心読めるんだよ!
「だいたい聞いてどうすんだ」
「んー、やっぱりダイヤ陣営に欲しいかなぁって。個人的にもね。で、どうなのよ。腹黒いアカネの所より良い物件だと思うけど? なんなら杜鷺との交際もやぶさかじゃないわよ」
確かに霊仙寺とは話しが合うし、機転もきいて恐れ入るくらいのTHE美少女だ。だが、一級フラグ建築士だって苦労しそうな物件じゃないかと思う。
「何で俺?」
「なんでかしらね。先物買い? ワタシにも分からないわ。だから一緒に居てみたいのかもね」
「まぁ、お前が魅力の固まりだってのは入学以来実感してるよ、周りの反応でな。でも羨望の眼差しで光り輝く人気者に、何もできない自分が追加でライトアップするのは何か腹立つんだよ。俺じゃ釣り合わないだろ」
完全に俺が卑屈なだけで、霊仙寺は全く悪くない。
「謙虚過ぎるわね。面と向かって言われるとアクセシアン殴りたくなる気持ちも分かるわ」
「でしょ? アタシなんて二十四時間よ、この勇者語録!」
パンパンのリス頬になりながらも、なお料理をかき込み不満をたらすピョン子。ギュウギュウに詰めた口の端からも物理的に垂らしてるし。
「なんにしても協力は惜しまないから、今はそれで妥協してくれよ」
「わかったわ。杜鷺がワタシの横に並び立てる自信が付くまで待ってあげる。あ、そのときワタシが袖にしたら爽快よね」
「性格悪いな……よいしょ」
なんで俺が惚れてること前提なんだよ。まぁ接待の可能性もあるし、話半分ってことで。
「ほら、ピョン子! そのままだと口のまわり痒くなるから! あー何で両手フォークなんだよ? ベシャベシャじゃねーか!」
どっから拭いてやればいいやら。霊仙寺も頬杖ついてクスクスしてるし。これで右手に戻られたら、ニンジンソースが搾れるほど純白の前足がオレンジ色に染まってしまう。逡巡した結果、さっき慧依子先輩が風呂がどうのと言っていたのを思い出し、ピョン子の襟首を掴んで部屋の外に出た。
「放しなさいよ!」
とりあえず軽く手は拭いたが、コイツを放せば故意でないにせよ、白で統一された城内にクッキリと手形が残る気がする。
「風呂場に着くまでだからガマンしろ……って風呂場どこにあるんだ?」
距離感のつかみづらい真っ白な廊下でキョロキョロしていると、霊仙寺も出てきた。
「シャワールームなら、さっきの更衣室の奥にあったわよ? ミニ温泉も併設されてたわね」
「なんで実験室みたいな場所に温泉が?」
「国王が娘のために掘ったそうよ? まぁ、ラボがあの子の部屋みたいなものだから、大浴場まで行くより効率がいいんじゃないのかしら」
あぁ、慧依子先輩モノグサそうだしな。
「考えてみたら、エルマナに来て城の大浴場ってまだどこも入ったことないなぁ」
これで四国全ての城内にオジャマしたワケだが、ハート国じゃ自室に豪華な風呂場があったし、ダイヤとクラブ城は崩壊してそれどころじゃなかったし。まぁ、そんな余裕がある身なのかって話しだが。
「ここのミニ温泉くらいなら、浸れる時間あるかもね」
結局、霊仙寺の案内で冒頭のラボへ戻った。
「実験材、あ、モルモッ……勇者、いいタイミングでご登場なの」
いろいろ本音が漏れているようだ。
「慧依子先輩、杜鷺楓麻です。楓麻でお願いします」
「モル鷺君?」
混ざっちゃったよ。
「いいタイミングって、俺用アイテムが完成したんですか?」
「私の作業は終わって、あとはパパの出番なの。仕上げに協力して欲しいの」
「その前にコイツ洗いたいんで、奥のシャワールーム貸してください」
急ぎピョン子をシャワールームへ放り込む。
「服はアウトだから、脱兎解除でリセットだな。洗い終わったらよく拭いて本体に戻れよ」
ぶつぶつ不満をたれていたが、無視して更衣室をあとにした。
「そう言えば、ルビーナは?」
「自分の処置が終わったら、さっさと帰ったの」
城の護りに戻ったか。何も言わず淡々と責務をこなすあたり、ルビーナらしいな。
「橙愛も早く帰っていいの」
「なによ、ケチくさいわね。久しぶりに源三郎おじさま……スペード王の華麗な業を見たいのよ」
こう言っちゃなんだが、俺の中では非常に頼りないイメージなんですけど。スペード王。
「ハハハ……僕を買い被り過ぎだよ、橙愛ちゃん」
物腰柔らかくて、落ち着く人だなぁ。逆にどんな匠の技が繰り出されるのか興味深い。
「時間も無いし、始めるの。モル鷺君、上着とカードホルダーよこすの」
可愛い五指を開いてワキワキ催促する慧依子先輩。
「なんで上着とカードホルダー?」
そしてまさかの「モル鷺」定着ですか。
「楓麻君の持っているカードはプロミ菫の魔力がベースみたいだからね。ウチの特産品と相性がいいんだ。計算では鎧と融合するはずだから、戦闘中は両手がフリーになるよ。上着は依り代になるのかな」
慧依子先輩が薄紫色した蘭みたいな鉢植えを見せてくれた。
「これが何にでも融合特性を持つ特殊なランなの」
蘭で合ってるんだ。気をつけて見回せば、このフロアのあちこちにプランターがあった。知らなければただの観葉植物と変わらない。促されるまま、燕尾服とカードホルダーを部屋中央の白い実験台に置く。なんか緊張してきた。
「パパの詠唱中は絶対に言葉を発しちゃダメなの」
それって、百パー邪魔が入るパターンなんですけど。大局で二度も経験してるんですけど。
「すまん、霊仙寺。シャワールーム行って、ピョン子の介入を全力で防いでくれ。今度ばかりは失敗できねぇ」
「しょうがないわね。高いわよ」
渋々ピョン子対策のため更衣室へ消える霊仙寺。ふぅ、これでピョン子は抑えた。って、金取るのかよ!
「俺の方は準備完了です! 邪魔が入らないうちに早くお願いします」
張り詰めた空気。
「台の前に立って楽にしてて」
そう言うと、スペード国王は俺の肩を軽く叩いて緊張をほぐしてくれた。台を挟んで対面に立つスペード国王。ルビーナから返還された宝珠を取り出し、上着、カードホルダーと一緒に実験台へ並べると。
「いいかい? じゃあ始めるよ……ここに『宝珠』と『上着』と『カードホルダー』があるじゃろ? これをな、こうして……こうじゃ!」
演技がかった大げさな動きで三つのアイテムをコネコネするスペード国王。
ん? 想像してたのと全然違う。でも、これって……頭をフル回転させた俺は一つの答えに辿り着く。ヒント、蘭=オーキッド。漢字を当てると大木……。
「まんまかよ! どんだけオタク文化好きなんだエルマナ人! ぜってー呪文じゃないですよねソレ?」
「まだ詠唱途中なの!」
あ、ヤベ。思わず突っ込んじゃった。直後、ボフンと実験台を中心に小爆発。黒煙が晴れたあとには煤けたスペード父娘と俺、実験台の上を見れば砕けた宝珠と、左手部分にガントレットが付いてデザインが若干中二寄りにリファインされた燕尾服が残った。
「今の爆発音なに? みんな無事?」
霊仙寺が駆けつけ、俺の右手には湿り気を含んだ重さが戻ってきた。
「どうしたのよアンタ。初めて会った時みたいに膝から落ちてるけど」
見上げるピョン子。痛恨のミスだ……俺自身がトドメさしたかぁ。




