スペードの2
「……わかったの。もう攻めた発明は控えるの。だからほっぺた離すの」
どうやら分かってくれたようだ。もともとは彼女の父、スペード国王がアイテム制作の指揮をとっていたが、近年のチート勇者に対応できる新ブランドを娘に任せてしまったらしい。結果、リリースされたのは「かなり攻めたアイテム」の側面を持つことに。
「時代に合わせるのは構いませんが、精神的ダメージが強いものは創り控えるように」
「新規ベンチャーの慧依子ブランドはアクセシアンのオタク男子がカモ……ターゲットなの」
偏ったオタク男子観でない事を願うよ。あと今、カモって言ったよな?
「お詫びに制作過程でできたオッパ……霊仙寺マウスパッドをプレゼントなの」
どんな過程でできんだよ、と思いつつも受け取ってしまう俺。
「もう、ハンティングトロフィーじゃねーか! 本来の使い方できねーよ!」
成金豪邸の壁に鹿と並んで掛かっていても違和感ないボリューム。これ、腕置いたら九十度近い角度で肘上がるぞ。
「思春期男子は本来の使い方なんてしないの。橙愛の部分コピーだから存分になの」
流行ってんのか? 存分に。
「ちょっ、慧依子! なによソレ!」
ものっ凄い勢いで俺の手から胸のデスマスク然としたマウスパッドがむしり取られる。
「霊仙寺。恥ずかしいのはわかるが、胸元に抱え込むのはどうかと……」
無駄にクオリティが高いだけに生々しい。
逡巡し、赤面する霊仙寺。マウスパッドを思いっきり床に叩きつけるが、あの弾力なら当然バインバイン弾むわけで。
「なっ……もぉーっ!」
重冷気剣で細切れにした後、やはり先輩だけど霊仙寺も小一時間説教していた。両頬を腫らした兵藤先輩が霊仙寺から解放された頃。
「ダイアちゃーん! 早く、続きぃー!」
霊仙寺が出てきた部屋の奥から、聞き覚えのある声がした。おそらく要人救出の功労者、クラブ国王だろう。
「はいはい、今いくわよ。早く終わらせてくださいね!」
文句を言いながらも律儀に責務を果たすべく、桃色の加齢臭溢れる実験室へ戻る霊仙寺。
「あのスーツでどんな背徳的な奉仕をさせられてるんだって顔してるの」
してないです。あの部屋でナニが起きているのかは興味がありますけど。
「そう言えば、霊仙寺が必要だった理由ってなんだったの? マウスパッドのためじゃないですよね?」
俺がクア・ポロンに変身した件に係わっているんだったよな、確か。
「マウスパッドは副産物なの。橙愛の役目は、紅音に頼まれたリフレクトメイルに実装するAIのサンプルなの」
戦闘素人の俺でもAIのサポートでそれなりに戦えるシステムらしい。
「戦闘なら、ミツバ姐さんやクラブ国王の方が適任だと思うんだけど」
「ダメなの。琴宮はムラッ気があるから素人が扱うにはピーキーすぎるし、国王は見返り要求が割りに合わないの。だから、良くも悪くもバランスがとれた優等生の橙愛なの」
「ハート国に助力してくれる条件が俺だったのは?」
「ぶっちゃけ実験台なの」
召喚勇者専用のアイテムはエルマナ人では扱えず、慧依子ブランドは起業間もない事もあって、いまだ手探り状態でアイテム制作をしている。他国へ強力なアイテムを献上する代わりに自国への侵攻はさせないスペード国のスタンス。なので非戦闘のスペード国には召喚勇者が不在らしい。
「嫌な表現だなぁ……つまり召喚勇者用アイテムのモニター役ですね」
「慧依子・S・兵藤におまかせなの。慧依子先輩と呼ぶがいいの!」
ミドルネームのSについて聞いたが、ヒミツなのと言われてしまった。
「じゃあ慧依子先輩、さっそく俺専用アイテムの制作をお願いします」
「おぉー。なんか新鮮なの! もっかい、も一回、せんぱい言うの!」
慧依子先輩の小さな手に引かれつつ、俺は霊仙寺のいる実験室へ飲み込まれる。
「あら、杜鷺。どうしたの?」
どうしたって、それは俺のセリフだ。上気した頬で、息も荒くクラブ国王に馬乗りになった経緯を説明してみろ。
「霊仙寺こそ何やってんだよ」
「少年、さては妬いておるな?」
見当外れなことを言っている実物のクラブ国王。画面越しで見るよりもガッシリした体格で、とても老齢とは思えない。ミツバ姐さんが言っていたとおり、ダイコンの変身とは違って風格を感じる。
「凄いでしょ、黒帯王から一本取ったのよ? ワタシって天才?」
「意外と早かったの。ちなみに一本とれたのはスーツのおかげなの」
「ワシ、もっとダイアちゃんとヤりたいのにぃ〜」
拗ねるクラブ国王。言葉を選べよ……
「ダメなの。スケベジジイから一本取れれば十分、もう橙愛に用はないの」
更衣室に入る霊仙寺を見届け、バッサリ切り捨てる慧依子先輩。
「慧依子、彼がハート国の勇者かい?」
白衣を着た人のよさそうな四十代後半の男性が、部屋の隅で機器類に囲まれていた。まわりが濃いキャラすぎて存在に気づけなかったな。
「そうなの」
この人が慧依子先輩の父親、スペード国王なのだろう。普通のパパさんというか、フグタくん的オーラを発している。
「はじめまして、杜鷺楓麻です。よろしくお願いします」
「四天王の二人を倒したんだって? 凄いねぇ。僕は兵藤源三郎、一応今はスペード国の国王なんだ。僕も君と同じ召喚勇者だったんだよ。昔の話しだけど。こちらこそよろしくね」
こう言ってはなんだが、エルマナで出会った人の中では無害な印象で、とても国王とは思えない。
「ワシはクラブ国の国王じゃ。孫に勝ったというのは本当か? なんかズルしたんじゃないだろうなぁ、小倅」
こせがれって……
「はい。コイツのおかげです」
膨れっ面でついて来た留奈モードのピョン子を紹介する。
「あ、ちなみに本体はコッチ」
留奈モードの頭に、右手の抜け殻ピョン子を「ぽふ」と置く。
「ロリ臭いからヤメテ」
自分の抜け殻を雑に払いのけるピョン子。さっきブラシ代わりに使用された事で、たいへんご立腹のようだ。
「縞ウサギと融合しているのかい? 珍しいねぇ。あ、いや、失敬」
職人として純粋に興味が優先したのだろう。繋ぎ目に巻かれた特殊な包帯を見ていたスペード国王は失言だと気づいて即座に詫びてくれた。いい人だ……
「気にしてないんで大丈夫です。それより、俺専用のアイテムって時間がかかりますか? 今、コイツの仲間が敵に捕らわれているんです」
短時間で完成しないと理解しているが、差し迫った現状をかいつまんで説明する。
「ミツバとハートの嬢ちゃんが向かっておるのじゃろ? 楽勝じゃん?」
クラブ国王はずいぶんと楽観的だなぁ。
「黒帯王、まだ城へは戻らなくても大丈夫ですか? 報告を聞いた限り、被害規模は私のところと同等のようですけど?」
更衣室から学校ジャージを着た謎の美少女が出てきた。いや、ツインを結っていない霊仙寺だ。プレーン状態の彼女はちょっと新鮮で、軽いウエーブのかかったロングヘアを掻き上げ、タオルで首筋の汗を拭う仕草に不意打ちされた。
「なによ? 杜鷺」
俺の視線に気づいたのか、タオルを顔下半分に当てた霊仙寺が、怪訝そうな視線を向ける。
「なんでもねぇよ。どこの美少女かと思っただけだ」
「当然でしょ。私のアイデンティティは胸とツインテールだけじゃないのよ」
フワリと投げられたタオルは緩い弧を描き、俺の頭はタオル掛けとなった。不覚にもイイ匂いと感じたが、なけなしの理性で振り払う。
「ダイアちゃん、報告って?」
「クラブ城の上半分、抉れてますわよ」
あ、やべぇ。犯人俺か? でもドラゴン倒すのに必死で、射線上に城があるなんて分からなかったよ。
あれ? 結構冷静だった鳩野さんはどうだったんだろう? ……怖い考えは心にしまっておく事にした。
「マジでぇーっ! ぇぇぇぇぇ————……」
凄い勢いで部屋を飛び出して行くクラブ国王。ドップラー効果が発生するほどだった。
「橙愛も戻った方がいいの」
両手を真っ直ぐ突き出して霊仙寺を部屋から押し出そうとする慧依子先輩。
「ち、ちょっと慧依子! くすぐったいわよ、そんな邪険にすることないじゃない」
原因は分からないけど、霊仙寺が言っていたとおり嫌われてるっぽいなぁ。
「ははっ! 慧依子先輩じゃ、全力で押しても動きませんよ。このプロポーションからは想像できない重りょ……霊仙寺マジックがかかっていますから」
「くっ、三十キロにも満たない私の体重では、三倍近くある相手は動かせないの」
いや、そこまでは無いだろう。と、霊仙寺を眺めていたら目が合ってしまった。
「……杜鷺ぃ。ザクがグフより重い理由、知ってる?」
あ、何か目が怒ってる。ワンテンポ遅れて「グポォオン」と目が光った気がした瞬間、静香にドロップキックを受けた時と同じSEが脳内再生され、事態を把握した時には霊仙寺の重いショルダータックルが決まっていた。
「ぐはっ!」
「タックルするために『わざと』重く設定されているらしいわよ」
お前は「わざと」じゃなくて、ナチュラルに重いんじゃねーの……? 薄れゆく意識の中、この体のどこにオモリが詰まっているんだよと思いつつ、俺は揺れる双丘に狙いを定め、顔から崩れ落ちていった。




