ハートの章 1
強引な勧誘から一時間。
トラウマ要素十分なライトバーンに揺られて到着したのは、鳩野さんが属する四大国のひとつ。
ゲームやアニメでしか見たことがない、高い城壁に囲まれた西洋風の城へ案内され、俺とピョン子はその一室で待たされる。
「ここって謁見の間ってやつだよなぁ」
長い絨毯の先に玉座、真紅のラインを中心線として左右対象に居並ぶ計十人の槍を持った衛兵達。それは異世界だと認識せざるをえない容姿だった。
「トランプ兵?」
「雑魚レベルね」
ピョン子は魔法で量産した召喚モンスター(養殖)だという。
ハート型の赤い宝石を袈裟懸けに十個埋め込んだ、B2サイズのシルバーボディ。
そこから申し訳程度に、カット前の海苔巻きみたいな手足が生えている。
頭らしきパーツはボーリングの球と言ってもいい。ただし、指を入れる穴がたまにパチクリするけど。
「アンタ達の世界からヒントを得て創られた《ガンパンマン》って兵士よ」
《GANTZ PAWN MAN》とでも書くのだろうか……
この人達、微動だにしないなぁ。つぶらな瞳はどこを見ているのか不明で落ち着かないよ。
いろんな意味で緊張する中、俺達はといえば。鳩野さんが退室し、空席の玉座の前で放置プレイ真っ最中だ。
「待たせるわね! 疲れたわ」
「声、大きい! 聞こえたら刺されるかも知れないだろ? じっとしてろよ」
腕組みした格好だから、左腕に乗っかってるピョン子は疲れないだろうに。
鳩野さんは王様を捜しに行ったのだろうか。「ちょっと待っててね」と出たきり、そろそろ三十分だ。重厚な扉をみつめ、ご主人様の帰りを待つ。
「アンタ、Mの素質あるわよ。よく見るとカワイイし」
「うるさいよ」
こいつ心が読めるのか? そんな事を思っていると、分厚い木製扉が心地よい軋みと共にゆっくり開かれた。
登場したのは。
「は、鳩野……さん?」
ドレス要素多めの姫騎士衣裳を纏った鳩野さんが優雅に歩み寄る。
「お待たせしましたー」
俺の正面で華麗に一回転すると、ドレスの裾をつまみ一礼。
「その格好は?」
上質の生地と高度な縫製技術で仕上がった純白のドレスをコスプレと言うには無理がある。 異世界感を主張するハートをイメージした胸当てと、ブレスレットを兼ねた手甲が無ければ、彼女を連れて結婚式場へ駆け込んでいただろう。
「ハート国、王女の正装ですが……」
え? 王女様?
「一応、今は私が『ハートの女王』としてこの国をまとめています」
「コイツ、この国の姫なんだよ」
呆然としている俺に、半目で欠伸をしながらも教えてくれるピョン子。
「マジか!? 鳩野さんハンパねぇ!」
どうりでポヤヤンとしながらも品があった訳だ。
「エヘヘぇー」
可愛く頬を掻く鳩野さん。
「ところで、王様はどちらに? 捜しに出てたんでしょ?」
「父と母は……私を人間界へ逃がす時、魔王軍に……」
触れてはいけない話題だった。
叔父でもある大臣が、理不尽な逆恨みから部下の近衛隊と共に魔王軍へ寝返り、王、王妃をはじめ城内にいた大勢の人が犠牲になったらしい。
ライトバーンから見た城下はそこそこ賑わっていたけど、城内の生活感がなんとなく乏しい理由だった。
玉座が空席なのは『異世界だから』とか『そういうノリの王様』とか、良くも悪くもゲーム感覚でいた自分が恥ずかしい。
「ごめん! 考えが足りなくて!」
「いえいえ、気にしないでください。それより本題に移りましょう」
憂い顔で目を伏せていたが、健気にもまた笑顔を向けてくれる。
仕切り直して、居並ぶトランプ兵に指示を出す鳩野さん。
しばらくすると、どこからか運んできたホワイトボードと教卓を玉座の前に設置した。
「杜鷺君はこちらに座ってください」
手を引かれ、有無を言わさず着かされたのは玉座だった。
「さすがに玉座はまずいんじゃ……」
「問題ありません。作戦室もありますが、開放感のあるここで始めます」
今はその開放感が逆に息苦しいかなぁ。
でも、そんな気まずさは女教師を演出するザマス眼鏡に掛け替え、プレート付きなんちゃってドレス(失礼)との組合せの前には些末な事か。
「本来なら、双方合意のもとこちら側へ招聘する段取りでしたが」
女教師になりきっているのか、いつものグーではなく、手のひらを左頬に添えて上品にザマスフレームを上げ、ピョン子を見据える。
「ご承知の通り、そこのピョン子さんに妨害されました」
「ピョン子言うな! ハートの魔法使い」
無視して続ける鳩野さん。
「順序が逆になりますが、人間界で予定していた内容を簡単に説明します」
ホワイトボードにカワイイ丸文字で要点を箇条書きしていく。右も左もわからない異世界に飛ばされて不安だったけど、鳩野先生の講義で解消されるかな?
「まず、異世界と呼ばれるこの地はタロットカードで言うアルカナ、その双子世界でエルマナと言います」
あー……解消どころか、初っぱなから理解できません。ダメな生徒で申し訳ない。
俺が足りない頭で四苦八苦しているというのに、右手のダメウサギは早々に居眠りを始めやがった。
鳩野先生の熱心な解説によると。
大昔、神々の間で流行したカードゲームのフィールドが、ここ、エルマナらしい。地水火風の四元素をベースに、駒として数多の生命が創造された。鳩野さんの国は、魔法を得意とする、赤いハートが紋章の火属性。他は、青いダイヤが紋章の水属性、黄色のスペードが風、緑のクラブが地属性といった感じ。どんなルールか知らないけど、各国のパワーバランスが拮抗してくると、漆黒のジョーカーを紋章にした魔王軍が発生するという。
「近代戦では、外の世界から有望な勇者を召喚する事で、自国の戦力を減らさず、他国に備えるスタイルが主流です」
召喚された勇者の実に九割が日本人ということもあって、文明や言語などが日本寄りにローカライズされており、カルチャーギャップの溝は浅いとのこと。エルマナの人達にとって、概ねファンタジーに理解があり、純朴で文句を言わず任務を遂行する日本人は、使い勝手がよかったのだろう。漫画文化に明るい我々十代の若者達が、バラエティ豊かな能力を武器に活躍しているそうだ。
そして四大国の王族は、いざという時に備えて日本を亡命先に据え、人材発掘を兼ねて、人知れずエルマナと日本の二重生活をしているとの事。日本が戦場になりませんように。
「杜鷺君には明かしておきたい最高機密事項があります」
今日来たばかりの人間なのに、聞いてしっまてもよいのだろうか。
「杜鷺君なら御存知の『ラッキースケベ的イベント』ですが、これは召喚した勇者を生かさず殺さず、そこそこ良い気分で悶々としたまま魔王軍を殲滅してもらうための異世界人による接待イベントだと言うことです」
……知りたくなかった衝撃の事実。
「モチベーション維持のため、この接待は義務化されています。保険として一線を越えようと強行手段に出た場合は、廃人になってしまいます。ただ、双方合意であれば別ですけどね」
「なぜその事実を俺に?」
「杜鷺君はハート国が初めて召喚する勇者ですから。隠し事はしたくなかったのです」
「つまり鳩野さんに限ってのラッキースケベは本当のラッキースケベなんだね」
「えっ! そうとっちゃいましたか……つくずくゲーム脳なんですねぇ。まぁ、それでいいです。色仕掛けには気をつけてくださいね」
急激に期待されている感が下がった気もするけどいいか。
「杜鷺君には新魔王誕生の阻止をお願いしたいのですが」
「鳩野先生! チート無双もできなくなった俺が、期待されている理由はなんですか?」
果たして俺は役に立つのだろうか。
「クアドラングル・ヘヴン……クアドラは知ってますよね?」
クアドラングル・ヘヴン。ハート製菓の、大きいお友達向けトレーディング菓子だ。一箱にフィギュアとカードとラムネが入っている。
百種以上あるフィギュアの造形もリアルだが、クアドラの世界を解説した同梱のカードが凝っていてオススメの一品。姉妹に小遣いを借りてまでコンプリートさせた趣味のひとつ。
「自慢じゃないけど、先日フルコンプ達成したよ。クアドラ文字もマスターしてる」
恥ずかしい話しだが、俺が何年かけても全然出ない最後の一つを、たまたま買った姉が強運で引き当て、土下座して譲ってもらったのだ。加えて、カードに印刷されたQRコードを読み込むと聞ける、クアドラ語もマスターしてたりするが、さすがに引かれそうなので黙っていよう。
「まさにソレが理由ですよ」
「え?」
「ハート製菓は日本での拠点といえば早いですかね」
ええと、王族が日本で二重生活だから……鳩野さんはハート製菓の社長令嬢てこと?
「当社の商品には魔法が掛けられていて、勇者候補の方が無意識に収集します。さらに、フルコンプは特別な勇者のみ到達可能な領域なのです」
鳩野さんによれば、コレクターが集めているモノは異世界へのキーアイテムである事が多いらしい。
クアドラの世界観はまんまエルマナで、クアドラ文字をマスターしている俺は、ここでの読み書きや簡単な挨拶程度なら苦労しなくてすみそうだ。あと、第六弾ではライトバーンとガンパンマンのフィギュア化を希望します。
「そんな訳で、杜鷺君はチート能力がなくてもハート国の切り札に変わりありません」
「でも、アドバンテージが不確定要素と基礎知識だけで大丈夫?」
「そこで提案の話題に戻ります」
あー、なっちゃいます? って囁かれたアレか。
「年金の繰上げ受給ってありますよね?」
「六十五歳から満額貰うか、減額覚悟で六十歳から貰うか二択のあれだね」
十五歳の俺にはまだピンとこないけど。
「エルマナでもその制度にヒントを得て、召喚される側の魔法職は正規年令の半分、十五歳からでも可能にしました。若い分、条件付きですが」
これで話がつながった。繰上転職をチート能力の代わりに充てようって事だ。
「鳩野さんが困っているなら協力するよ」
下心や打算が無いと言えば嘘になるが、憧れの魔王退治……あ、魔王不在か。なにより、
鳩野さんを助けてあげたい思いに嘘は無い。見落としがある気もするが、深く考えない。
「ありがとう、杜鷺君!」
鳩野先生ではなく、クラスメイト鳩野紅音の眩しすぎる笑顔。
「……ところで杜鷺楓麻君?」
イイ感じにまとまるかと思ったら、ジト目の彼女に突然フルネームで呼ばれた。
「なんですかその態度は。先生、妬きますよ?」
鳩野さんの視線を追ってみると。
俺の胸元、正確には胸元に抱きかかえた右腕・絶賛爆睡中のピョン子だった。
寝相が悪く、プラプラする右手が気になって、小動物を抱える感じで抱いていたのがマズかったか。意外とコイツの手触りが良く、ふわっふわの梵天のような質感はクセになるかもしれない。