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スペードの章 1

 その日の夕方、俺達はハート城へ帰還した。


『おかえりなさいやし!』


 ハート城の門前にズラリとならぶ旧魔王軍残党。これじゃ魔王軍だよ……


「私だけでは手が足りなかったので、部下達を呼んだのだが迷惑だったか?」

「いえ、再就職先にどうかと考えていましたので、最近流行の企業なみに面倒みますよ」

「かたじけない」


 風を受けてなびく鳩野組……いやハート国の赤い旗が、俺には二つの意味で黒く見えた。


「少し前に客人が尋ねて来たので、待たせている」


 城門をくぐり、中庭を進んでいると。


「お姉ちゃん!」


 俺達の声が聞こえたのか、耳を立てたアーシャが駈けて来た。


「アーシャ、なにかあったの?」


 慌て気味で様子がおかしいアーシャを留奈モードで抱きかかえ、優しい口調で聞く。それとなく落ち着かせようとするあたり、さすがお姉さんだ。


「縞村が襲撃されたの!」

「元締や他のみんなは?」

「多勢に無勢で、みんなニンジンの魔物に操られちゃった! 元締もワタシを逃がすために囮になって……」


 健気にも涙を堪えて姉のピョン子に経緯を話すアーシャ。パニックでいまにも泣きそうだ。

 俺がクラブ国で千人の男どもから辱めを受けていた頃、ニンジンとキュウリ、贖罪の四天王の二人が軍を率いて首狩屋に攻め込んでいたわけか。


「ヤツらの狙いはお姉ちゃんとコイツみたい! みんなの命と交換だって……」

「え、俺も?」

「結果的には四天王の二人を倒していますからね」


 その二勝ともアナタが功労者じゃないですか、鳩野さん。


「勇者として急激に伸びているコンビの抹殺が目的でしょうか」


 プライドに拘って、勇者抹殺に固執するのは王道の死亡フラグだが、あくまでフィクション世界の話。狙われる俺としては、いい迷惑だ。


「元締からはお姉ちゃんを遠くへ逃がすように言われてて、ワタシどうしたらいいか……」


 姉も仲間も助けたい、そんな板挟みに苦しむアーシャ。


「野菜のクセに、アタシの留守中に勝手なことしてくれたわね!」

「行くか! ピョン子、縞村ってどこにあるんだ?」


 ピョン子には助けてもらってばかりだからな。物理的に一蓮托生ってのもあるけどね。


「約束の台地、その地下空洞よ」

「プロミディアさんの足もと? よく怒られねーな!」

「杜鷺君。『困っている人がいれば危険を顧みず助けに行く』テンプレ勇者のマゾ行為……いえ、心意気は買いますが、戦力差がある上に現状足手まといですよ?」


 すみません、主人公気取りでした。その場のテンションに流されました。


「そ、そうだね。基本は救える力が備わっている安心があってこそだよね。俺みたいな力なきヘタレは不安でオロオロするしかないよ、実際」

「紅音、出鼻を挫いてやるなよ。せっかくモリサギがやる気出してるのに」


 いえ、鳩野さんの言葉で冷静になれました。


「わかりました。救える力があれば行くって事ですね? そんな遠巻きにおねだりされたら、私もその気にならざるをえないです」


 超解釈!


「おねだりって……まぁ、そんな力があれば俺だって主人公に憧れるオタク男子、華麗に問題解決する自分を夢見ますとも。ピョン子の力になりたいのは事実だし」

「そのための用意はスペード国にあります。勇者補正サマサマですね」


 一週間も経たずに中ボス三戦目の予感。現実だからマンガやアニメと違うのは分かるけど、俺の方が別の意味でマンガやアニメの状態だ。


「リフレクトメイルをカスタマイズするって件だね」

「四天王討伐を兼ねて縞ウサギの救出は琴宮先輩と私で対処してみます。杜鷺君は私がピンチになったら都合良くかけつけてください」


 言葉の端々に悪意を感じるというか、トゲがあるように思うのは気のせい?


「オイオイ、紅音ぇ。オレも勘定しろよぉ」


 うん、ミツバ姐さんは大丈夫な気がする。逆に俺が助けられそうな。


「なんかヤサグレてるわね、ハートの魔法使い」


 だよなぁ。俺の中の鳩野さん像、絶賛ブレブレ中ですよ。

 俺を気遣ってわざと毒舌キャラを演じているのだと自分に言い聞かせ、俺とピョン子はライトバーンでスペード国へと向かうのだった。その道中、レアな組合せになった車内では。


 俺の横で黙々と運転するメイド服のルビーナ。倒した後部シート全てを占拠し、悪路のため右に左に身体をガンガンぶつけながらも寝続ける留奈モードのピョン子。


「鳩野さん、どうするつもりだろう。なにか作戦があるのかな?」


 時たまピョン子の頭がいい角度で硬いフレーム部分に激突して「ビゃっ」と呻く声は上がるものの、沈黙に耐えきれず、だがピョン子を起こさないよう、抑えた声で思った事を聞いた。


「さぁな。私個人の経験だが、対ハート国の印象はいつも想像の斜め上で、相性は悪かったな。策があるのなら変化球的なものだろう」


 ミツバ姐さんもいるし、そうそう窮地に立つ事はないと思うけど。

 ピョン子を頼ってきたアーシャは俺達と同行したがっていたが、縞村への道案内として鳩野さんチームに残った。俺達はスペード国で底上げ装備を受け取ったら鳩野さんチームと合流する予定だ。


「こんなガシャポンみたいな玉がハレンチな鎧になるんだよなぁ」


 薄桃色の水晶玉にも見えるリフレクトメイルの宝玉形態。陽に透かしてみたり、角度を変えてまじまじ観察してみるが、俺には高級なからっぽのガシャポンケースとしか思えない。


「私にも仕組みはわからん。国レベルの宝玉なら、だいたいスペード国の技術が詰まっていると聞く」


 桁外れの技術力、アイテム創造能力をもつスペード国。各国が望むアイテムを提供する代わりに、自国への侵攻はさせないスタンスをとっている。


「旧魔王軍からすれば、武器商人の側面が強い国だったな。実際、その鎧はハート国の姫しか装備できないものを、スペード国の闇職人が改造したのだ」


 ルビーナが同行している理由。俺の警護ってのもあるが、ルビーナ本人に鎧を装備するための「細工」が施術されていて、それを解除しないと他人が装着できないらしい。

 スペード国は基本、誰でも出入り自由で、各地からアイテムを求めて来る者も多い。

 さすがにスペード城ヘのアポは事前に取らないとダメだけど、クラブ国の時にように見知らぬ土地へ一人放り出された時とは違い、今回はルビーナが同行している点は心強い。

 彼女の性格なのか、こちらが聞いた事には短く返答してくれるが、基本、ルビーナから話題を振ってくることは無い。オタク知識しかない俺の引出しは早々に尽き、緊張と静寂、時折上がるマヌケな悲鳴がスペード国到着まで続いた。


 スペード国城下の街並みは白系で統一され、シンプルな幾何学的ブロックで構成されている。他の三国とは違って近未来を思わせる造り。

 分厚い城門の脇にATM風の自動応対マシンが設置されていて、鳩野さん直筆の紹介状を投函すること五分。審査を終えた俺達は、高級デパートの受付嬢みたいなお姉さんにエスコートされて入城する。ドーム状の城内は硬質なクリスタル素材を多用し、採光だけで十分な明るさだ。ミニ庭園を一望できるガラス張りの回廊を進み、通された一室。SFチックな機器類と、オカルティックな素材が混在するラボ兼工房の休憩室にて。


「ようこそ、ハート国勇者。お久しぶり、ルビーナ将軍」


 気怠い口調で出迎えてくれたのは、小豆色のジャージをだらしなく着た女の子。とても眠そうな目をしている。


「エイコ、また世話になる」


 半目でニヘラと笑う女子小学生と握手するルビーナ。


「ん? 待って待って。俺の勘違いじゃなければ、ルビーナと親しげに見えるんだけど、二人は知り合いなの?」


 濃紺でボサボサのショートカットと、申し訳程度に結ったサイドテールは、雑さで言えばミツバ姐さんと良い勝負。ずいぶんくたびれた感じの女の子に、思わず徹夜明けなの? って聞いてしまいそうだ。


「そう。ルビーナ将軍は上客なの」


 トロンとした眼で俺を見上げる少女。注視すれば、整った顔立ちをしている。俺は小さく頭を振り、残念具合を緩和するべくまわれ右をさせる。

 周囲を見渡した感じ、オシャレ用途の品は皆無。これで我慢してもらうか……

 人間に備わった環境適応能力の賜か、最近は意識を集中すると物を掴む程度には、抜け殻ピョン子の前足を動かせるようになってきた。

 左手で少女の寝癖を伸ばしつつ、絡まってダマになった部分をピョン子の爪で慎重に梳く。


「さすがアクセシアン。おせっかいで世話好きなの」


 失礼だけど、だらしない上に少し臭う……匂う女子小学生が目の前にいたらいたたまれねぇよ。


「アタシを櫛がわりに使うな!」


 留奈モードのピョン子が結構な勢いでふくらはぎにローキックを連打してくる。

 外れかかったゼッケンには『3A 兵藤』と雑な筆跡で手書きされていた。文字も相まって、小学生とは思えないほど倦怠感溢れる背中だ。


「三年生ってことは、俺の妹より年下なんだ。凄く大人びた感があるね?」


 主にダルさ加減とか、お疲れ具合とかが。


「これでもアイテム造りをまかされて大忙しなの」


 アイテムと言われても、哀愁漂う背中から可愛いビーズアクセサリーなどとは結びつかない。つまり。


「もしかして、俺用の鎧を手配してくれる人って……」


 マンガ・アニメの世界なら、飛び級小学生や天才小学生は鉄板キャラだ。学習しない俺は、いつもながら担当者の前情報無しでスペード国へ来ている。ピョン子が言うには重要な確認を怠るのも勇者の特徴らしい。


「そう。私がアクセシアン専用アイテム職人、慧依子・S・兵藤なの」


 俺と目が合う位置まで頭を後ろに反らせた少女は、やはり眠そうな表情で緩く微笑み自己紹介をする。終始ローキックで手元が小刻みにブレる中、なんとか彼女の髪をほぐし終え。


「こんなもんかな。ってピョン子いい加減やめろ、もう終わったから! 地味に効いてるから!」


 一心不乱に蹴り続けるピョン子の頭上にチョップを入れて、我に返らせる。


「ぬあぁぁぁぁあぁっ! ちょっと、アンタ! 両手ロリ臭くなってんじゃないの!」


 右手に戻ったピョン子が、両前足を麦チョコのような鼻に押しつけ、くぐもった怒声を上げる。


「ロリ臭くってなんだよ! ある意味極上のフレグランスだよ! いや、ある意味ってなんだよ、俺!」


 ぶりっこポーズともピーカブースタイルともつかない仕草で、俺の右手は柳沢慎吾のサイレンなみに回転する。


「なら、ついでに私をひとっ風呂浴びせればいいと思うの」


 俺に洗えと? いや、さすがにそれは問題があるのでは。


「フウマ、ニヤニヤ鼻の下伸ばしているところ悪いが、エイコのペースに乗せられているぞ」


 冷静だな、ルビーナ。だが、誤解される表現はやめろ。ホラ、彼女眠そうな目をしかめてジャージの前、すごい勢いで閉めてるじゃねーか!


「いやいや、鼻の下伸ばすって何言っちゃってんの? 確かに、都と似た魅力があるけども! あ、待って待って。慧依子ちゃん、防犯ブザーは引かないで?」


 この子は幼いながらに都のソレとはベクトルの違う妖艶さがある。


「アンタの知識から引用すれば、『ロリババァ』とか『熟女小学生』ってトコね」


 なんだよ熟女小学生って。聞いたことねーよ。


「うるさいわねぇ、なにはしゃいでんのよ? 杜鷺ぃ」


 透明な間仕切りを挟んで見える「実験室」と書かれたプレートの部屋から、モーションキャプチャースーツみたいなものを着た霊仙寺が出てきた。そういやスペード国との交渉で先乗りしてたんだっけ。本人は気にしていないようだが、結構いろんなラインがクッキリ浮き出るスーツは目のやり場に困ってしまう。


「ダイア、恥ずかしくないのか? その格好」


 顔を近づけ、物珍しそうに霊仙寺の周りをグルグルするルビーナ。サイズの合わないメイド服姿のアナタが言うのもどうかと思いますが。あと、屈むと見えちゃいますよ?


「しょうがないでしょ、ウチの代表救出してもらったお礼なんだから」

「え? 救出って?」


 なんか根底を覆すワードが聞こえた。


「私のパパと琴宮のスケベジジイが組めば、要人救出なんて訳ないの」

「もしかして、クラブ国王の隠しメッセージ? あれ本当だったのかよ!」


 エルマナでは魔力元素の干渉で通信手段の整備が遅れているため、携帯でのやりとりが困難。国内はともかく国同士では伝令等がいまだに使われている。当然、要人救出の報は俺達に届いていなかった。


「隠しメッセージは源三郎おじさまのナイスプレーよね。クラブ王には出来ない発想だわ」

「知恵のスペード、力のクラブなの」


 技の一号、力の二号みたいに言われましても。両国王は、四元素の魔力干渉を受けない魔王軍の通信手段を逆手に取って、各国へ無事であることを巧妙に伝えていた。


「つまり、この短期間で要人救出は完了したと? 俺のスズメさんも?」


 いいのか悪いのか、そういうことらしい。四天王の二人を俺達が倒し、残りの二体が魔王城を留守にした結果だろう。ザルだな、新生魔王軍。


「とにかく、一つ問題解決ってことか」


『新生魔王軍に兵なし』魔王城より生還した各国代表の言葉は、国民の士気を高めたという。

 ちなみに、クラブ国王が腕力で物理的に『兵なし』状態にした事は言うまでもない。


「残念だったわね、杜鷺。母さ……ダイヤ国代表に会えなくて」


 クススッといたずらっぽく含み笑いをする霊仙寺。


「スズメさんが無事ならいいさ」

「知らない方が良かったってコトもあるわよ。立ち直れないケースもあるんじゃないの?」


 幸い俺は中の人検索でダメージを負ったことはまだ無い。順序が逆になったけど、要人救出という重要作戦があずかり知らぬ所でクリア済みの今、当面の問題は俺とピョン子を狙うキュウリとニンジンだ。ここで装備を整えれば、有利に進められるだろう。


 さて、落ち着いたところで一つ気になる事が。


「普通に聞き流してたけど、慧依子ちゃんって霊仙寺や鳩野さん同様、スペード国のお姫様だったりする?」


 なんか「私のパパ」って言ってたよな。


「そうなの」


 これでトランプ四種、電撃隊的なメンバーが出揃ったわけか。「S・兵藤」は無理があると思うが、エルマナ人のネーミングセンスにも慣れてきた。


「彼女も同じ学校よ。私達とは学年が違うのから杜鷺は気付いてないかもね」


 ジャージのゼッケンに視線を落とす。


「初……中等部の子?」

「うちに初等部も中等部もないの」


 ですよね。


「って、じゃあ先輩!?」

「いい反応なの」


 小学生疑惑の晴れない兵藤先輩は、疲れた顔に「むふー」と薄笑いを浮かべ、満足そうだ。


「残念ながら杜鷺期待の飛び級小学生じゃないけど、合法ロリババァの線で妥協しなさいな」


 俺が期待している事が前提になってるけど、なにも期待していませんよ?


「橙愛、ババァじゃないの。ひとつしか違わないの」

「必死ね。たまたまワタシが早生まれ、慧依子が遅生まれなだけじゃない」


 俺にはよくわからないが、高三女子にとって「高一女子とひとつ違い」の価値は大きいのかも知れない。なんにせよヤベェ、静香と都にキス確定か? でも年上だから厳密にはロリじゃないよなぁ。隠していた訳じゃないし。


「ただのミステリアスな熟女小学生じゃなくて?」

「小学生じゃないの!」

「ちなみに、ライトバーンのハンドルを十字キーにしたのも、クラブ国で杜鷺を女体化させて悦に入っていたのも彼女よ」


 霊仙寺情報によると、ダイコン戦で鳩野さんが助けに来てくれた時、安全な場所でゲラゲラ笑いながらモニターしていたとのこと。


「橙愛、シーッなの!」

「アンタか! あのイカレた発想!」

「こ、好評でなによりなの。おかげで新商品用のデータがとれたの」


 先輩だけど小一時間説教してやった。

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