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クラブの4

 ピョン子の大活躍で幕を閉じた黒白大会。

 クラブ国の姫であり、無敵の黒帯王でもある琴宮先輩に手を引かれて闘技場を出た俺が連れて行かれた場所とは。


「楓麻、もう節操無いとかのレベルじゃないわよ? とりあえずお姉ちゃんの心の平穏を保つため殴らせてね」

 俺の実家でした。


 ムーディーな場所で琴宮先輩から存分にされるのも困るけど、俺ん家ってどうなのよ? おなじみのテーブルコタツを挟み、姉の静香と都。俺サイドはギャルじゃない方の琴宮先輩が俺の肩に頭を預け、妖艶さとしおらしさを醸し出して甘えている。


「お兄ちゃん、本当に異世界を救いに行ってるの? あれから一週間しかたってないんだよ? そのお姉さんは?」


 いや、ごもっとも。そのつもりなんですが。


「ホラ、ミヤコ先生が怒るなんてよっぽどよ?」

「え、えーと、こちらは同じ学校の琴宮ことみやよつば先輩。鳩野さんや霊仙寺と同じで、クラブ国のお姫様」

「あんた姫フェチなの? って、ピョン子ちゃんは冷蔵庫漁らない! モンブランはダメよ? 私のお気に入りなんだから」


 脱兎したピョン子は勝手知ったるナントカで、やりたい放題だ。


「返す言葉もありません」


 否定はできない。好きですよ? 姫とか深窓の令嬢とか。


「ねぇ、フーちゃん。この人は? 私、ご両親にご挨拶がしたいのだけれど」


フーちゃんて……霊仙寺と違って目がガチだ。なんか琴宮先輩、試合後からずっと変なんですけど。


「俺の双子の姉です」

「お義姉さん?」


 そのイントネーション流行ってんの?


「で、楓麻。隠してるコも早く紹介しなさい。清純眼鏡、金髪巨乳ツイン、年上黒髪ロング。お姉ちゃんの見立てでは、あとロリね。通報しないから早く連れて来なさいよ」

「いねぇよ! バカか! 都、ソワソワするな! 実妹は基本攻略外だ。安心しろ」

「ウソだったら私とミヤにチューしなさいよ?」


 まだ接点のないスペード国が一瞬頭をよぎったが、そんなバラエティに富んでるわけねぇ。


「琴宮よつばさん、だったかしら。ん? よつば? なんかモヤモヤひっかかるわね。アナタは楓麻をどうしようと?」

「存分にしようかと」


 だからなにが存分なの? そして顔、赤らめないで。


「なーんかアナタからは危険な匂いがするのよねぇ」


 実際危険だよ、クラブ国最強なんだから。わざわざ波風立てないでくれ。このままだと、二人が衝突するのも時間の問題だ。口論ならともかく、物理的な方の可能性が非常に高い。何か話題を変えねば……


「そ、そう言えば先輩。俺と昔に会ったみたいな口ぶりでしたけど?」

「うん? 昔プロポーズされたもの『よつばじゃないとダメなんだ、よつばが欲しい』って」


 え、まったく記憶にないんですが。人違いでは?


「ふ・う・まぁっ!」


 理不尽な静香の右ストレート。避けられないと諦めていたら。


「なっ! アナタ……」


 恐る恐る目を開けると、頭上スレスレに軌道を逸らされた姉の拳が琴宮先輩の右手に握られていた。


「知ってるぜぇ、この拳。そうか、姉だったのか」

「へ? 琴宮先輩?」


 闘技場で観客席に乱入してきた時と同様、黒帯で雑なアゲハ盛りに纏め上げる先輩。


「モリサギ、お前の言う通りだった。オレは『お前とは』会っていない」

「思い出したわ。琴宮よつば、コトちゃんよね?」


 どういう事だ? 静香と先輩は顔見知りっぽいけど……


「だから、初恋の人オチじゃね? モグモグ」


 片道三時間かかるケーキ屋のモンブランを両手に、ピョン子がキッチンテーブルに着く。


「モリサギ、確認したい。八年前の夏休み、女の子と河原で四つ葉のクローバーを探した覚えはあるか?」


 夢でも見た、遠い日の大切な想い出。


「あ、あります」

「次の年、その女の子に無茶振りした記憶はどうだ?」


 無茶振りもなにも、翌年は『はしか』にかかって行けなかった。


「ソレ、私だ。楓麻に代役頼まれたから」

「そのせいでオレはこんななっちまった」


 無茶振りというキーワードから、忘れていた当時の記憶が蘇る。と、言っても『はしか』で寝ていた時に見たイヤな悪夢をだ。


 場所は女の子と出会った河原。夢の中で再会を果たした俺達は仲良く遊んでいる。女の子から「お嫁さんにしてほしい」と言われた俺は、なぜか渋っていて、とんでもない条件を出していた。曰く、「今のヨツバは嫌い。もっと男らしく、最強になったらね」と。


 恐ろしい。あれだけ完成度の高い女の子を、俺の好みとは真逆へ真逆へと改造する提案なんて……俺なら絶対言わない条件だ。まぁ、夢の中の出来事だからどうにもならないんだけど、あまりに酷い仕打ちに飛び起きたんだよなぁ。


 と、病床で見た妙に鮮明な夢の内容を二人に話す。


「双子のシンクロ的なやつ? まさか楓麻に夢で覗かれていたなんてね」


 三人の記憶が一致したようだ。


「静香、何してくれてんだよ! 返せよぉ、俺の初恋の人!」

「楓麻がお姉ちゃんに頼んだんでしょうが。代役してくれって」

「おかげでオレは二重人格になっちまったよ!」


 静香の恋敵蹴落とし作戦によって、一人の少女の運命が大きく変えられていた。

 琴宮先輩……今の、腕っ節の強いオレっ娘人格は『ミツバ』と名乗った。

 彼女の登場は、俺になりすました静香の出した条件をクリアしようと、健気にも先輩が頑張った結果で。


「ヨツバの方はモリサギに好かれようと一生懸命だったよ。でも、真逆の自分に耐えきれなくなって、オレの人格を創り出したのさ」


 謝っても謝り足りないじゃないか! どう詫びたらいいんだ……


「で、エメラルド・ハンマーを撃ったのが本体の『よつば』だからな。モリサギのよく知るオリジナルの人格だよ。ただ、七年前に嫌いだって言われたのがショックで、人生をオレに押しつけてほとんど出てこないんだ。さっきはお前に褒められた嬉しさから覚醒して今に至ってるけど」

「そんな! 嫌いじゃないですよ! バカな姉がジェラシって暴走しただけですから!」

「……だって、コトちゃん楓麻のストライクなんだもん……ごめんなさい」


 珍しく落ち込む静香。当然だ。とことん反省してもらわないとな。


「でも、お兄ちゃん。なんでプロポーズは覚えていないの?」


 節操が無い事もそうだが、女の子にとって大切な言葉を忘れている俺にご立腹の妹。


「先輩には申し訳ないけど、たぶん誤解だと思います」


 おそらくは、その時探していた『四ツ葉のクローバー』の方だろう。『四ツ葉』じゃないと意味がないから。それゆえの『よつばじゃないとダメなんだ、よつばが欲しい』だ。


「紛らわしい発言でした、ごめんなさい!」


 たとえ先輩の勘違いだとしても、俺は土下座するしかなかった。


「そうだったのか……ま、まぁ気にするなよ。昔のオレ……ってか、ヨツバが早とちりしただけだ。モリサギの初恋の相手ってポジションは揺るがないんだよな? 新生魔王軍をだまらせたら改めてヨツバを構ってくれよ」

「わかりました。俺の方こそよろしくお願いします」


 幼い頃とはいえ、俺の言葉を勘違いして好きになってくれた琴宮よつば先輩。静香の言葉を鵜呑みにした結果、クラブ国最強まで昇りつめ、心が耐えきれずにふたつの人格に分かれてしまった女の子。俺は七年分の溝を埋めて、人格統合のお手伝いをしようと心に誓う。


「モリサギにはすまないが、ヨツバのやつ勘違いしてたのが恥ずかしくて引き籠もってんだよ。好みじゃないだろうけど、しばらくはオレ……ミツバでがまんしてくれ」


 勢い、俺の両親へ挨拶に来るほどだったしね。キスされた時は驚いたけど、情熱的で純粋な女の子に成長したんだなぁ。


 こんな感じで俺の初恋の人騒動は一応の落ち着きをみせ、まわり道をしたけど当初の予定通りクラブ国の協力も得た。落ち込む静香を都に任せて、俺と琴宮先輩はスペード国へ移動するため、一旦クラブ国へ戻る。

 闘技場から家までの移動手段は、ファーストキスの衝撃で会場を出たところまでしか記憶が無かった。

 今は来る時と同じ、先輩に手を引かれて学校へ向かっている。クラブ国のゲートは学校の屋上にあり、霊仙寺がよじ登った一つ隣のフェンスがそれらしい。


「ところで、ミツバ姐さんはチート能力を使えないんですか?」

「ネェさんて……ま、いいけど。使えないよ、オレは純粋に格闘特化人格だ。『男らしく、最強』を目指した結果だからな」

「よつばさんは?」

「ヨツバは自分が最強の黒帯王になるために、本来習得する年齢よりも早くエメラルド・ハンマーが使えるようになったな。威力はあるが、チート能力かは微妙だな」


 先代黒帯王を倒したのなら、充分チートだと思う。


「基本は姐さんが戦って、とどめの大技はよつばさんか」

「エメラルド・ハンマーの研鑽に費やしてた分、以外と格闘オンチなんだ。ヨツバは」


 静香の右ストレートから俺を守ったように、咄嗟の対応にはミツバ姐さんが出るらしい。

 聞きたい事がありすぎて頭を整理しているうちに学校へ到着。どうやって侵入するのかと思いきや、ミツバ姐さんが俺を米俵のようにヒョイと抱え、あとは高い身体能力で華麗なパルクールを披露。

 数ステップで屋上のフェンス兼クラブ国ゲートに立つ。先輩に抱えられた俺は、問答無用でダイブに付き合わされ、落下途中から風景が味気ない幾何学模様に変わり、落ちて行くこと数分。天地の感覚が無くなった頃、クラブ城の広間へと抜け出た。


「あら姫さま、おかえりなさい。存分にできましたか? あのあと闘技場は大騒ぎでしたよ」


 広間の片隅で、大量の売上金を詰め込んだ段ボール箱を抱えたレフェリーのお姉さんが、同様の段ボールを丁寧に積み上げていく。なんか不用心だなぁ。


「ヨツバのわがままで時間くっちまった。モリサギ、着替えるから少し外へ出ていてくれ」


 この広間、先輩の部屋だったんですね……大金を置いておくには一番安全な場所だった。


「あーもー姫さま、可愛く髪盛り直すの手間なんですからいちいち解かないでくださいよぉ」


 あなたが盛り師でしたか。


「しょーがないだろ、ヨツバはストレートロング一択で譲らねぇんだもん」


 ちなみに、髪を束ねている黒帯が人格の切り替えスイッチだとミツバ姐さんから教えてもらった。本人の説明では、人格が入れ替わっても主導権が移るだけで、前後の記憶を共有しているという。脳内会話も可能らしく、俺が試合でエメラルド・ハンマーを受けきる提案をした時もそうだったらしい。


「姫さま、スペード国訪問は正装と戦闘服、どちらをご用意しましょうか?」


 クローゼットの前でバニーガール姿のお姉さんが尋ねる。


「即戦闘もありそうだからなぁ、戦闘服で。スペード国までは空路を行くから飛竜の用意を」


 飛竜って、ドラゴンに乗れるの? ファンタジックな展開を体験できるのかな。


「かしこまりましたぁ。ではではモリサギ様は、この階段から最上階にある竜ポートでお待ちください」


 言われるまま、室内備え付けの螺旋階段で屋上の展望台へ移動する。期待していたドラゴンの姿は無かったが、緑豊かな城下を一望できる素敵なビューポイントだった。


「風が気持ちいいな」


 吸い込むだけで気分が一新する癒しの香り。直径十五メートルほどの展望台からの大パノラマを、柵に沿ってぐるりと回り愉しむ。


「お、あの石段だ。よく城まで辿り着けたなぁ、自分を褒めてあげたい」


 足全体が筋肉痛になったクラブ城に続く石階段を眺め、しみじみ思う。


「なんか騒がしいわね」


 耳をピンと立て、石階段の直線上にある遠方の森を見つめるピョン子。その視線を追って俺も森の方へ意識を集中する。


「俺には何も聞こえないけど」


 耳を澄ましても人間の聴覚では認識できないレベルのようだ。でも、視覚は別。


「なんか、木の揺れが異常だな」


 遠くから土煙を伴った大蛇を思わせる木々の揺れが、一直線に城下へ迫って来ている。

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