クラブの3
国境ギリギリで降ろされてから歩き通しで半日。遠くの高台に、月に照らされた闘技場みたいなクラブ城のシルエットが確認できた。
「城へ着くのは明日だな。どこか宿に入ろう」
「何か食べさせなさいよ」
いや、まずは宿が先だ。こんな治安の悪そうな土地で「ここをキャンプ地とする」と宣言するのはゴメンだからな。
事実、ここまで来る間に、少ないはずのヒャッハー系グループ数組に絡まれた。おそらく、彼等からすれば俺が一人旅に見えたのだろう。力を誇示するために絡んで来たが、全員プロミディアさんの餌食となった。これは性的な意味でなく、霊体のプロミディアさんが魔法カードを直に行使したから。
「わたしもぉ、連戦で疲れちゃったー。こんなに霊体で干渉したのも初めてだし、加減が難しいわねぇ」
霊体化はカードの力が増大するが、彼女にかかる負担が大きいらしく、「おやすみー」とウインクして神殿へとログアウトした。見知らぬ土地でピョン子と二人きりになってしまった俺は、心許ない街灯を頼りに宿屋を探し出し夜を明かした。
早朝、朝靄で幻想的になった林道を数時間かけて抜けると昼前にはひらけた城下町にたどり着いた。ここから山頂にそびえるクラブ城までは、緩やかに伸びるイカレた距離の石階段で繋がっている。軽く食事を済まし、気の遠くなる石段のスタート地点に立つ。
「目測で五、六百メートルくらいか? なんにしても筋肉痛必至の段数だな」
大きく溜息をつき、ペース配分を考慮してゆっくり登ることにする。
「アタシには関係ないケドね。着いたら起こして」
「お前、ふざけんな。せめて何か会話しろ。もしくは留奈モードで励ませ」
いわゆる充実時程錯覚ってやつだ。
「めんどくさいわね……あ、そういえばアンタが寝てる時、気味悪いほどニヤついたり叫んだりしてたけど何?」
「あぁ、小さい頃の夢を見てたんだよ」
それは母方の田舎へ十日ほど遊びに行った時の夢。
小学校に入学して初めての夏休みの出来事だった。もう曖昧な記憶しか残ってないけど、俺にとっては甘酸っぱい、ひと夏の想い出。
川辺で水遊びをしていた俺は、同い年くらいの女の子と出会う。名前は覚えていない。
腰くらいまである長い黒髪に、女の子らしさを主張する髪留め。なにより大人びた物静かな感じは、おしゃれに無頓着で真逆を行く姉しか知らない俺には、とても魅力的に映った。たぶん三次元での初恋だったかもしれない。
ピョン子の言う、ニヤついてた部分はこのあたりだろう。
その子は木陰に座って、俺が遊んでいるのを眺めていた。ずっと見られているのが気になって、俺はその子に話しかけた。聞けば、習い事が厳しくて逃げ出してきたらしい。どうやって励ましたか忘れたけど、その子はやる気を取り戻し、空いた時間は一緒に遊ぶようになった。その子もクアドラのアニメを観ていたから、ごっこあそびが多かった。
俺が寝言で叫んだのは、たぶんココ。クアドラシリーズ一作目、女の子二人が主人公の変身ヒロインもので、二人が手をつないで放つ決め技の真似ごと。長い口上のあと、「ルベライトトルマリン・クラッシュ!」って技名を叫ぶから、そのあたりだ。
最後の日。また再会できるよう、二人で四ツ葉のクローバーを探す。地元の子も加わって、日が暮れるまで探しまわった。子供の目線のおかげか、幸運にも見つけることができて、また来年と約束して別れた。そんな過去の夢。
翌年の夏休みは俺が『はしか』にかかって、看病役の父親と留守番。隔離の意味もあって姉妹が母の帰省について行った。
「女縁はそれっきりなのね」
「幼少期のフラグは大切って話しさ」
「ひとつ気になった部分があるんだけど、アンタ女の子役やったのね」
「うるさいよ」
ノリノリでその子に指導したよ! たぶん半分引いてたよ! 二人揃えば技が出せると信じてたよ!
「アタシのアノ姿の役?」
「あ? あぁ留奈ちゃんじゃないよ。初代ヒロインの方」
「の方、と言われてもねぇ」
このあと、クラブ城の門前に着くまで延々、クアドラシリーズについて語ってやった。
「さすが充実時程錯覚。まだ半分もレクチャーしていないというのに到着したか」
「アタシはその時間で、アンタに彼女が出来ない理由が分かった気がするわ」
なんにしても、辿り着けてよかった。足、パンパンだけど。
鳩野さんからもらった紹介状を大柄の門番に渡して待つこと数十分。俺は城の中庭に造られた、天下一的な野外闘技場の観客席に案内される。
中央の円形舞台の外周では数千人の観衆で沸いていた。かなりの盛り上がりようだが、いったい何が始まるのか。
「若ぇの、あんたはどっちに賭けたんだい?」
となりに座る爺さんがフレンドリーに声をかけてきた。外見の割にはギラついた感じで、恰幅のいい腹は単にビール腹ではなさそうだ。ギャラリーを観察すれば、全員が格闘技の経験者っぽい風情なのは、たぶんお国柄なのだろう。
「賭けるって? 何が始まるかも知らないんだけど」
「あぁ、お前さん旅行者か。『黒白試合』が行われるんだ、ホレ」
爺さんは懐から丸まったチラシを取り出し、俺に渡す。
「そこに今回の猛者十人の情報が書いてあるじゃろ? 手堅く儲けるなら、十人の挑戦者より王者、黒帯王だな」
見るからに強そうな顔写真の下に、パラメーターっぽいグラフとコメント、そしてオッズが載っていた。『黒白試合』開始まで、隣の気さくな老人にざっくりと説明してもらったが、とんでもないイベントだと判明。
まず、話しに出てた黒帯王。この国の王様でした。ただし現在、黒帯王の称号は孫が継いでいるとのこと。『黒白試合』の黒は黒帯王を指し、白は挑戦者を指す。二年前までの試合では、王に勝利した者がクラブ国王になれるというもの。まぁクラブ国らしいちゃらしいんだろうけど。で、孫が称号を継いでからは、孫である姫に勝利すれば姫を自由にできるという内容。
代替わりしてからの「黒白」は「告白」でもあり、姫から浸透系の技を受けた挑戦者が数日吐き倒す症状から、酷吐試合とも呼ばれるそうだ。
チラシの裏面に目を向けると。
「琴宮先輩!?」
なんと、俺がパーティーを組む相手は、現黒帯王で二コ上の『琴宮よつば』先輩だった。
入学して早々、「三年の琴宮と出会ったら全力で逃げろ」とよく耳にしていたけど、俺のライフスタイルとは接点無いからスルーしていた存在だ。だって彼女、ヤンキー寄りのギャルですもん。俺の浸かっている妄想世界とは正反対で生きる存在ですもん。カワイイけどガサツで乱暴者ってのが俺の持っているイメージ。姉と被る分、かなりのマイナス補正がかかる。
学園内で遠巻きにしか見たことないが、カワイイはカワイイ。鳩野さんのソレとは違う種類のカワイイ。先輩に対して失礼な表現かもしれないけど。俺より長身でスラリとしていて、ちゃんと出るところは出ている。流行に合わせた髪型や、メイク、ファッションも早いサイクルで変わるので、その時々によって印象が違う。
「アタシ、ピンときたんだけど、この姫が初恋の女の子ってオチじゃないの?」
フラグっぽい夢を見たし、タイミング的にはベストだ。でも違う。
「それは無いな。先輩からは静香と同じ臭いしかしない」
本能が逃げろって言いますもん。それに想い出の子が数年でこんなにも変貌を遂げるとは思えない。
それにしても、四大国の三国までは同じ学校にお姫様が留学しているってのは凄いな。
チラシとにらめっこしていると、会場の空気が一変し歓声の嵐が起こる。
「お! 若ぇの、試合が始まるぞ」
爺さんに肩を小突かれ、我に返って舞台を見れば、白い石板の敷かれた直径十メートルほどのスペースに琴宮先輩と、彼女を取り囲む空手着姿っぽい九人の男達が。
「え? 一対九でやるの? 九人? 挑戦者って十人じゃなかったっけ」
「そうそう、試合を盛り上げるために一人だけ王室サイドが選んだ高レベルのシード選手がいてな、コイツは事前情報が直前まで伏せられたままだから当たればデカイぞ。ちなみにワシは毎回全資金、黒でもなく白でもなくシード一点買いじゃ!」
黒帯王が強すぎるゆえの措置。まず一対九で戦って、最後に先鋒の九人より格上の戦士と戦う。このシード選手の情報は一対九戦が終わるまで公開されないらしく、賭けの醍醐味に一役買っているそうだ。
「無敗の先輩って、どんだけ強いんだ?」
「パーティー組むなら心強いんでしょ」
まぁ、そうなんだが。
試合開始の号令がかかると、あれだけ沸いていた会場が一気に静まり、観客の情熱と視線は全て舞台の十人に注がれた。格闘技素人の俺から見ても、先輩を取り囲んでいる九人は闘争心に溢れ、かなり強そうな風貌揃い。
対して琴宮先輩は、学園では見せない落ち着いた雰囲気で別人みたいだ。あれだけオシャレな琴宮先輩が、学園の制服の上から道着を羽織っている珍妙なファッションはどうなんだろう。腰に巻いた細い黒帯が目立つな。
普段の、「ソレどこの盛り師だよ」ってレベルのアゲハ盛りで纏められている髪を解き、腰までストレートに下ろしていた。解放された艶やかな黒髪がそよ風に揺れる。
風が止むと、ゆっくり目を伏せ、左足を軸にして右足を肩幅よりやや広く開いた。
「ありゃあダメだな。一瞬でカタ着いちまう」
「どういうこと?」
「姫さん、両拳を合わせて半身に構えてるじゃろ? あれは——」
爺さんの解説が終わる前に決着がついた。ホントに一瞬だった。痺れを切らした九人が一斉に飛び掛かった刹那、先輩が何か呟くと九人全員が数メートル弾き飛ばされ、動かなくなった。おそらく気絶しているのだろう。審判が琴宮先輩の勝利を告げ、第一試合終了。
「何が起きたんだ?」
「エメラルド・ハンマー……姫さんの「とっておき」じゃ」
「巨乳女の剣と同じよ」
先輩のチート能力が発動したのか? ピョン子は見えていたようだけど、俺は全然視認できなかった。
「初戦から使うとは先代と闘った時以来じゃな。苦戦する相手でもなかろうに、何を焦っているんじゃろうか」
その理由は直後、琴宮先輩のマイクパフォーマンスで判明する。
『観てたかー、モリサギフウマァー! 次のシードはお前だから早く降りてこーい!』
ギャラリーがどよめく中、髪を雑に盛り直し、腰の黒帯で器用に纏める琴宮先輩。先ほどまでの落ち着いた感じから一変して闘争心むき出しのイヤな笑顔で俺を見据える。
モリサギフウマさーん、呼んでますよー。
『キョロキョロすんなー! 燕尾服のお前だー!』
マジか。
「お前さんがシード選手だったんか!」
観客の視線とざわめきが俺に集中する。なんのプレイだよ。
「いや、初耳なんですけど」
え、なに? コレがクラブ国との条件なの?
「よう! 久し振りだな! こうして話すのは七年ぶりくらいか」
俺が頭を整理していると、琴宮先輩が華麗なステップで俺の座る観客席へ飛び込んで来た。
「いやいや、琴宮先輩とは今、初めて話しましたケド……」
あ、ヤバイ。先輩なんかムッとしてるっぽい。間近に迫る先輩の顔は少し童顔で、人形みたいに小さく整っていた。その美貌に今の時代アゲハ盛りはどうなんだ?
「琴宮先輩はストレートヘアの方が似合いますよ? さっきみたいな」
個人的感想。でも、先輩は目を丸くして一瞬ピクッと反応した。それがどんな感情を秘めているのかは読み取れなかったけど。
「な、何言ってんだ! お前の好みに合わせてるんじゃないか!」
どこからそんな情報が? 嫌いじゃないけど、言わせてもらえば清楚ロングが好みですよ? とは言えない状況だよな。
「先輩、こんなことしている場合じゃないのでは? 国王を救出に行きましょうよ」
クラブ国全体に危機感が無くて忘れかけていた。
「あぁ、国王は自分から進んで行ったんだ。あの人なら勝手に戻れる実力があるから大丈夫」
なんと。強い相手を求めて的なノリだろうか。
「そんな事より、約束を果たそう。オレはそのためだけに強くなったんだ」
「約束って?」
今日初めて言葉を交わしたのに? そしてまさかのオレっ娘キャラ。
「おおかた、アタシの説が正解じゃないの? 初恋のヒト説」
だとしても、闘いの約束なんかした覚えはねぇよ。そんな事言ったら火に油だよな。
「ゴチャゴチャ言ってないで、とにかく試合しようぜ! ホラ、いくぞ」
熱く甘い香りを伴った琴宮先輩にヘッドロックをかけられた俺は、頬にほどよい柔らかさを受けつつ、強引に舞台中央へと引きずり出された。不敵な笑顔の琴宮先輩と向かい合う俺。先輩は買い被っているようだが、まったく勝てる気がしない。
『えー、それでは第二試合を始める前にシード選手の情報が届いていますので、ご紹介いたしましょう!』
バニーガール姿をしたレフェリーのお姉さんが、俺の肩にしなやかな腕をまわし、魅力的な透る声で紹介を始めた。お姉さんが胸の谷間から取り出したのは、鳩野さんが持たせてくれた紹介状だった。封を開け、中身を取り出す。
『決闘状』
けっとーじょー!? ナニ渡してくれてんの鳩野さん!
『ハート国の隠し球です。みごと勝てたら存分に』
え? 存分にって、なにが存分なの鳩野さんっ!
『……とのことですが。なにが存分なんでしょう』
「ですよねぇ。俺が知りたいですよ」
『と、とにかく! ハート国からの挑戦状ということは、アナタは魔法使いなんですね?』
「はぁ。自由にならない魔法ですけども」
『姫さま! 魔法使いですって! 異種格闘? 相手は魔法使いですけど格闘であってるんでしょうか? 一応確認しますが、この挑戦、受けますか?』
「わたしはかまわん!」
凜とした口調で言い放つ琴宮先輩。それ、クラブ国の姫としての言葉ですよね? 四千年的既視感があるのは気のせいですよね?
「さすが姫さま、頼もしい限りです! 手元の情報によると、モリサギ選手はあのルビーナ将軍を従属させているとの事ですが、どんな強力な魔法で支配しているのでしょう! 姫さまも支配されたら存分にされてしまうのでしょうか!』
「だから存分にってなんだよ、さっそく取り入れやがって!」
お姉さんの紹介に突如どよめく会場。ギャラリーの声を拾うに、俺の株が急上昇中。
「それでこそだよな! 魔法、使っていいんだぜ? 全力できな」
いや、きなと言われても。
「あのぅ、話し合いとかでは……ひっ」
無駄と分かっていても一応交渉を試みる。が、琴宮先輩にがっしり両頬をつままれ遮られた。およそ格闘とは無縁と思える細く長い指は、想像以上の力で俺の頬を歪ませる。
「お前、昔はもっとギラギラしてただろ? 女っぽく成長しやがって」
スゲェ怖いです、琴宮先輩。よく言われます。いまだに姉と間違われます。こればっかりはしょうがないですよ? そして一度もギラついた覚えは無いのですが……
「自分、超インドア派のオタク男子と自負していますです」
「それならそれで瞬殺するだけだ。その後、存分にする」
プロミディアさんと初遭遇した時の空気感。琴宮先輩の頬、少し上気してる? ただ、痴女女神と違って全く隙がない肉食系女子とのインファイトは超危険すぎる。自惚れていいなら、俺の貞操の危機的な意味で。
「にゃーっ!」
猫だまし的効果を狙って、右手を突き出す俺。ピョン子が気を利かせて、そのままエステの一撃を琴宮先輩の双眸にメリ込ます。先輩がひるんだ一瞬でなんとか距離をとれた。
懐のカードホルダーから『怒りの矢』を抜き出し、琴宮先輩に向ける。全力を叩き込まないとヤバイ!
「怒りの矢! プロミディアさん、魔力全振りだ!」
——しかし、なにもおこらなかった!
「マジか!」
なにやってんの、あの人。
「石になってんじゃね?」
「えー……」
プロミディアさんからもらった危険日カレンダー……いや、俺が危険な日カレンダーではヨガの眠りはまだ先だったはず。
「昨日おやすみーって、言ってたわよ」
あ、言ってた。ウインクしてた。スマホ画面のようなカードホルダーに目をやれば、SDキャラのプロミディアさんが『充電中』のプレートを掲げ、笑顔でペコペコしている。
「どーしたー、不発かぁー?」
ゆっくり歩み寄って来る琴宮先輩。俺、万事休すか? いや、お伺いをたててみるか。
「ピョン子先生、お願いします」
「高いわよ。あと、あんなの相手に手加減できない」
「即死は無しの方向で。先輩の動きが見えるなら、いなすだけにしてくれ」
「簡単に言うわね」
「できるだろ? 頼むよ。なんとか俺が先輩のチート発動させるから、それを即死で派手に相殺して終わりにさせよう」
さっきピョン子が言っていた、霊仙寺と同じってのは何かしらの魔力を実体化させたものだろう。重冷気剣みたいなタイプなら引き分けが狙えるかもしれない。
「使い魔との作戦会議は終わったか?」
俺が気づいた時には、既に右腕を掴まれて腕投げされる寸前だった。屋上で霊仙寺に投げ飛ばされた経験から、先輩の腕にしがみついてギリギリ対応する。焦った! ピョン子を掴まれるのはヤバイ。
俺は右腕をピョン子に任せ、再び距離をとる。
「うまく防いだな、でも守りだけじゃ負けるよ」
ダッシュで間合いを詰める琴宮先輩。俺じゃ捕らえ切れない動きで連打してきた。
「あーっ! 動き辛いわね!」
スマン、ピョン子。不自由な状態なのに、文句を言いながらも連打を捌いてくれる。
「優秀な使い魔だな。本人はなにもしないのかい?」
したくても出来ないんです。
「ですから俺は普通の高校生なんですって」
「アンタ、そのワードは!」
どうした、ピョン子。事実だろうが。
『おーっと、モリサギ選手、カワイイ顔して最大級の挑発だぁー!』
ひときわ沸くギャラリー。
「なんで?」
「ホント、ナチュラルに言われると鼻につくわねっ!」
琴宮先輩の動きが止まっているのをいいことに、俺に「ポムポム連打」をするピョン子。そう言えば前に何か説明されてたっけ。
「よほどの自信がある……か。いいねぇ」
うわー。地雷踏んだか? まぁ前向きに考えれば好機だよな。乗るかこのビッグウェーブに!
「琴宮先輩、初戦で披露したチートの大技ですけど、アレ、俺が受け切ったら終わりになりませんか?」
キョトンとする先輩。しかし。
「チート? そんなの知らねぇーよ、物理で殴るぜ」
作戦失敗。再び琴宮先輩のラッシュが始まる。
「ちょっ、先輩! 待って、待って! 琴宮先輩は落ち着いてる方が絶対素敵ですって!」
まただ。さっきストレートヘアの方が似合うと言った時と同じ。一瞬、ピクッとして動きが止まる。
「フンッ……分かったよ、好きにすればいいさ」
うつむき、独り言のように呟く琴宮先輩。髪を纏めていた黒帯を解き、再び腰に締め直す。
「モリサギ、この後は責任持てないからな。次の一撃を止めたらお前の勝ちだが、危険だと思ったら避けろよ」
精神統一のためか、目を閉じて大きく静かに息を吸う琴宮先輩。一拍置いて、ガラリと雰囲気が変わる。ゆっくり開いた瞳は年相応に大人びて、さっきまでと真逆の印象だ。両拳を合わせて半身に構えると、霊仙寺と同じように詠唱を始める。
「千世を封じる一華姫は緑の妃。明の空に陽の出る中、緑繁る地にて求愛の命が問う!」
琴宮先輩の背後に、飾りを含めて二メートルくらいの派手な着物を着たお姫様が浮遊する。紅白で観たことあるやつだ。トリとかで。
幸子で攻撃してくるのだろうか? 緊張が走る中、琴宮先輩が呟いた。
「……エメラルド・ハンマー」
琴宮先輩の左拳に霊体の幸子が吸収され、重厚なガントレットが顕現する。重冷気剣のナックル版ってとこか。で、走馬燈タイムに思う事。フィニッシュブローなのに先輩はボソッと言う派なんですね。それはそれでカッコイイですけど、技名は叫んだ方が当社比三割増しの威力が出るそうですよ? 結果から言えば、予定通りピョン子が相殺してくれたわけで。コイツを信頼してなきゃ先輩と衝突するわずかの間で、ヘラヘラと分析なんかしてらんないからね。
パラパラと崩壊する手甲をボーッと眺める琴宮先輩。
『し、勝者、モリサギ・フウマ!』
「ピョン子、絶好調だな。報酬とは別にニンジンのコンフィも付けてやるよ」
自慢げに鼻を鳴らすピョン子。これで試合終了だろうと誰もが思ったはずだ。いや、終わるには終わりましたよ? 俺の人生が。この時点ではまだまだ楽観的に考えていたけど。
「やっと会えた……スキ」
琴宮先輩による不意打ち。またも、たおやかな指が万力のごとく強い力で俺の顔を固定したと思ったら、唇に柔らかな感触。数分間ネットリとしたキスで蹂躙される結末となりました。
地鳴りがするほどの大歓声と怒号。そりゃあそうだ、ポッと出のオタク男子が引き分けとはいえ無敗の黒帯王と渡りあって、クラブ国の姫に濃厚なキスをされているのだから。
『姫さまも、モリサギ選手も続きはムードのある場所で存分に! で、ではまた次回! って次あるの?』




