クラブの章 1
ハート城の正門前に、準備を整えたメンバーが揃う。順路としては、ライトバーンで時計回りに進み、クラブ国で俺を降ろし、鳩野さんと霊仙寺は次のスペード国へ先行する予定だ。
「城の守りは任せろ」
目のやり場に困るビキニアーマーのルビーナが、見送りを兼ねて門前に構える。
「杜鷺ぃ、アカネが装備してる姿でも想像したぁ?」
ルビーナに気を取られていた一瞬を霊仙寺にからかわれる。
「ルビーナの露出アーマーは当然として、杜鷺はなんで燕尾服なの?」
「なんとなく、エルマナでの正装にしてるんだよ」
「ふーん。ま、そのくらい奇抜なカッコの方がクラブ国に行っても襲われないかもね」
「襲われるって、そんなに治安が悪い国なのか?」
霊仙寺は移動中に説明すると言ってるが、これからサポートなしで知らない国に置いて行かれるとなると、なんか不安になってきた。
「では出発しましょうか」
ライトバーンへ乗車する間際、軽い揺れを感じて足もとを見れば、俺達を囲むように石畳の地面が円を描きながらモコモコと隆起していく。地震じゃないのは明らかだ。
『そうはさせませんよ。姫』
地の底から響くような落ち着いた声は、文字通り『地の底』からだった。地鳴りと共に石畳を突き破り、小爆発と土煙をあげて飛び出す五つの影。
「なんだ!? 魔物か?」
緊張が走り、全員が戦闘態勢に入る。
「重冷気剣!」
霊仙寺が水流で視界を覆う土埃を払い、対峙する影の正体が明らかになる。
「じゃがいも……だと?」
「ジャガイモね」
「じゃがいもですね」
「コイツ、轢かれたとか言ってたヤツよ。あの時と同じ魔力を感じる」
ピョン子の言葉が本当だとすると、贖罪の四天王の一人は生きていたって事だ。
『フホホホホホ。久し振りですなぁ、姫』
「どちら様でしょう? 覚えがありませんけど」
鳩野さん本人も知らないうちにライトバーンが轢き殺したからでは?
『私ですよ。貴女の叔父であり、大臣だったラセット・バーバンクです』
こいつがハート国を裏切った大臣? どういうことだ?
「野菜の知り合いはおりませんが」
冷めた目でバッサリ返す鳩野さん。
『フホホ。私はねぇ、いえ私達は新生魔王軍の一員として、新しく生まれ変わったのですよ』
「その四人はラセット隊の方達ですか?」
たしかハート国時代、大臣の血縁で固めた大臣専用の近衛隊だ。今は全員、見る影もなく手足の生えた一メートル前後のジャガイモになっていた。
『ラセット・ノーコタ!』
『ラセット・ノーキング!』
『ラセット・レンジャー!』
『ラセット・シェポディー!』
『そして私、ラセット・バーバンク!』
今度はポーズをとるジャガイモの後ろで演出っぽい爆発。
「名前がラセットって、『隊』じゃなくて『種』じゃねーか! 『ラセット種』!」
「姪が女王で、メイクイーンも出来すぎで寒いわよ」
姪、紅音てか。ロゼンジでダイヤのお前が言うのもどうかと思うけどな。
『そんな言葉遊びじみた名前は過去のもの。新生魔王軍では『芋鬼会』として活躍しています。そして今の私は贖罪の四天王が一人、ジャガー男爵!』
「結局イモじゃねーか!」
芋煮会はサトイモじゃないのかと突っ込むのも面倒だった。ここが中世だったら警察沙汰だぞ。ジャガイモだけに。
『おやおや、皆さん恐怖のあまり呆然としていますね。無理もありません、私が死んでいたと思っていたのでしょう?』
いや、どうツッコんでいいのか、どう絡んでいいのか分からないだけだ。だが、轢殺したはずの相手が生きているとなれば、フザけた容姿だけに実力が測りずらく、アクター桜島同様に気味が悪い。
『いいでしょう。死にゆく貴方達にタネを明かしますか。確かにライトバーンで轢殺されましたが、その私を復活させたのは姫、あなたの魔法なのですよ』
城壁に激突して大破炎上したライトバーンと、崩れた城壁を修復した時、コイツも一緒に再生しちゃったのかよ。
「チッ」
え? 鳩野さん、舌打ちって。うわ、凄い不機嫌そう……眼鏡の奥の座った目を、俺は一生忘れないだろう。大臣に対する恨みはよほどのものだ。
「キサマ、魔王軍も裏切り、今度は人間であることを捨てて新生魔王軍に取り入ったか!」
ルビーナが斬りかかる。そういや大臣がリフレクトメイルを献上した先は旧魔王軍だったな。
『おやおや、裏切りは貴女も同じでしょう、ルビーナ将軍』
ジャガイモのくせに素早く、小さいボディで五匹がバラバラに地面を走り回るから、ルビーナも意外に苦戦させられるようだ。
『フホホホ! こっちですよ、どこを狙って……プギャアァァァァ!』
剣を振り回すルビーナにだけ気を取られいたのが敗因だったようだ。
俺が見ていたもの。
さきほど静かに舌打ちをした鳩野さんは、ゆっくり回れ右をすると、溢れる殺気を全て圧し殺した背中でライトバーンへ乗りこんだ。音もさせず、ユラリとルビーナを追い越したライトバーンは、いつのまにか芋鬼会の背後を捕らえ、ギャルギャルとスピンをかけのだった。
「マッシュポテトになっちゃったよ……」
なんだっけ、芋煮戦隊? なんでもいいや。とにかく、出オチだけの四天王の一人は、今度こそ鳩野さんの駆るライトバーンに葬られたことだろう。
「ふぅ。スッキリしました!」
鳩野さんは最高の笑顔で、無い汗を拭いながらライトバーンを降りる。
『ク、油断……しましたね……フンッ!』
すり潰された破片から赤い芽が触手のように伸び、鳩野さんを襲う。
「危ない!」
咄嗟に鳩野さんを左腕に抱き込み、弾く右手が触手に噛みつくと、もと大臣のジャガー男爵は翡翠色の炎に焼かれ、灰となり消滅した。
「今の、クリティカルだよな」
初めて目の当たりにしたが、直感した。これが本来の即死九割の結果なのだと。
「アタシの実力よ」
「余計な時間をとってしまいました。皆さん、先を急ぎましょう」
不安が残るものの、四天王の一人を倒せたのなら、まずまずのスタートだろう。




