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ダイヤの4

 さすがマンガ、アニメ、ゲームの氾濫する現代の子。

 ここ数日に起きた事件の説明に朝方までかかったが、俺の不安をよそに静香も都もあっさりとしたものだった。実感がわいていないのが現状だろうけど。いわゆる「時間差であとからくる」タイプのイベントオンパレードで思考も追いつくわけがない。

 理解は出来ても納得できなくて、半ば放心気味になっている姉妹を置いてきたのは後ろ髪を引かれる思いだが、それはそれとして。

 再びエルマナへ戻る車中、せまいライトバーンの運転席に霊仙寺と二人きり……いや、後部座席にはルビーナと留奈モードのピョン子がいる。俺の右手に居ないのは、お土産に持たされたケーキをさっそく食べるためだ。


「なによ杜鷺、モテモテ気分が味わえなくなって残念? 悪かったわよ」

「そんなことねーよ」


 実際、霊仙寺にああでも言ってもらわなかったら俺はどうなっていたかわからない。架空のハーレム主人公達は、見えないところでどんな苦労をしているのだろうか。


「ねぇ、このライトバーン? 車なのにハンドルじゃないのね」


 自動車が存在しなかったエルマナでも、現在は俺達の世界から持ち帰った技術を利用したエルマナ産の車がある。ハート国内では見なかったが、ダイヤ国では普通に走っていた。


「共同開発相手だったスペード国の技術者が、ハンドルに馴染めないらしくて」


 俺は持っているコントローラーを霊仙寺に見せる。そう、コントローラー。ゲーム機でお馴染みの。俺にとってもこっちの方が馴染めるし、感覚で動かせる。大雑把に言えば、リアルの死に直結する運転シミュレーターみたいな感じ。


「せめてアナログスティック付けてくれよって思うけどね」

「今時、斜め移動が十字ボタンの二方向同時押しってどうなのよ?」


 やりずれぇーよ。行き先を設定すれば自動操縦で勝手に目的地へ到着するからいいけど。


「車体は障害物感知して避けるスグレモノなんだぜ」

「杜鷺、轢かれたのよね?」


 ライトバーンには対魔物プログラムがあるらしく、『魔物は蹴散らして進む』という漢らしい機能と、俺のヒーローに憧れる正義感と、わずかな打算が重なってあの悲劇が起きた。


「急な飛び出しには対応できないってことだよ」


 窓外に流れる退屈な幾何学模様の波を眺め、遠い出来事のように漏らした。

 空間移動時に生じる殺風景な光のうねりを抜けると、のどかなハート城近郊に出た。路面は空間魔法が込められたライトバーン専用石畳が敷かれていて多少ガタつくが、田畑の中にあっても景観を損なわないよう配慮されている。

 鳩野さんに迎えられた俺達は、午前中にハート城へ着いたものの、夜を徹して行われた言い訳大会のダメージを癒すためにまずは睡眠をとることになった。


 翌日、スッキリした気分で会議室へ向かう。

 前回はたった三人の寂しい会議だったが、今回は二人増えて五人。ピョン子は居眠りするだろうから、留奈モードで参加させた。


「まずはワタシから。ハートの女王、ダイヤ国の受入を感謝します」


 霊仙寺が鳩野さんに恭しく挨拶をする。


「そんなかしこまらなくて、いつも通りでいいですよ」


 困ったときはお互い様と思うが、エルマナの国同士のルールを知らない俺は何も言えない。


「ありがとう、アカネ」


 照れくさそうに微笑む霊仙寺。国同士はどうあれ、姫個人ではクラスメートと大差ない感じで安心した。


「ダイヤ国は大変な事態のようですし、目的は一緒だと思うので、橙愛さんも私達の救出作戦に合流しませんか?」


 当初、俺はダイヤ国に貸し出され、ダイヤ国代表である声優の大野スズメさんを霊仙寺達と助け出す予定だったからな。


「そうさせてもらうわ」

「鳩野さんの方はどうだったの? スペードとクラブのコネクションとか」


 ダイヤ国に関しては、ただのクラスメイトだと思っていた霊仙寺に攻撃されるところからのスタートだったからなぁ。そういった意味で、残り二国も説明無しでいきなり現場へ放り込まれるのは勘弁してほしい。


「概ね良好です。意外にも学校では目立たない杜鷺君が、各国でモテモテだった事にビックリしました」


 いったいどんな交渉術を用いたんだ鳩野さん……当然、額面通りのモテモテを鵜呑みにするほど俺はバカじゃありませんよ? そしてサラリと心を抉ってきますね。


「ナチュラルな分、ワタシやウサちゃんより辛辣ね。悪気はないと思うわよ?」

「霊仙寺、そういうのをフォローになっていないフォローと言うんだ」


 まぁ、事実なわけだが。


「さて、ルビーナさん。魔王軍サイドのあなたに確認しておきたい事があります。旧魔王軍残党の目的はなんですか?」


 鳩野さん直球だな。今はヤツのおめでたい思考回路のおかげで味方のような立ち位置だけど、どう転ぶかわからない以上、確認は必要だ。


「魔王様が討伐された後、死に場所を勇者狩りに求めていたが……我々は十五郎、いやフウマだったか。彼の言葉で目が覚めた。真の悪を極めるため、人間に加担するつもりだ」


 混乱の元なので、菫十五郎はネタだったと説明し、ルビーナには本当の名前を教えてある。


「杜鷺君から聞いてはいましたが、本当に……」


 可哀想な人を見る目で顔を伏せた。ここだけ切り取れば、敵将軍が改心して仲間になり、感極まったと感じるが、鳩野さんが飲み込んだ続く言葉は、「バカなんですね」だろう。


「ワタシも信じられないのよねぇ。一周して簡単に善になるものかしら?」


 ホラ、そこは俺の手腕だから。讃えていいんだぜ?

 しゃがんでテーブルの下へ霊仙寺を招き、ルビーナに聞かれないよう小声で話す。


「霊仙寺にもわかるように説明してやる。魔族が人間を襲って魔王から褒められるのは当たり前だろう? でも、人間を助けた場合、魔王軍からすれば悪い行為だよな。つまり、悪い事が推奨される魔王軍でさらに上の悪となれば……」

「実質、謀反じゃないの。なにその超理論」

「それは本人に言うなよ。ぼんやり納得させてるんだから」

「大丈夫だフウマ。謀反もなにも、仕える魔王様は討伐されてしまったし、新生魔王軍は敗退した我々を魔王軍とは思っていない。むしろ敵として認識しているはずだ」


 後方に座っていたはずのルビーナがいつのまにか忍び寄り、ゴッ! と頭をぶつけながらも入り込んできて、テーブルの下が満員になった。


「じゃあ、俺との決着は無しにしようぜ」


 ゴッ!


「いや、けじめはつけたいと思う。それ以外は全面協力を約束しよう」


 ゴッ!


 二人して頭をさすりながら定位置に戻れば、隣で霊仙寺が呆れた顔をしていた。


「鳩野さん、筒抜けだったと思うけど、聞いての通りだよ。ルビーナはこちら側として勘定していいと思う」

「ルビーナさんが敵ではない事は確認できました。では、贖罪の四天王について知っていれば教えてください。そしてなぜメイド服です?」


 少しザマスモードが入ったらしく、眼鏡を押し上げる手はいつものグーではなかった。偶然にもレンズに反射した光は、アニメでよく見る演出の如くザマス感に一役買っていた。


「力になれなくて悪いが、新生魔王軍については何も知らない。名前は魔王軍でも、全く別の勢力になってしまうのだ。だから新世代の幹部も情報がない。私が言うのもなんだが、今回の新勢力誕生の早さはイレギュラーとしか思えん。この服に関しては、すまん。元々、貴女に着てもらうためにフウマが購入したものだ」

「杜鷺クン! あとでじっくり説明してもらうザマス」


 ルビーナよ。実直さは、後ろめたさを持つ者にとって時に凶器に変わると知れ。


「つか、なんでまだ着てんだよ。悪かったよ。あとで普段着買わさせてもらうよ」

「でも世間では受けがよさそうよ。ほら」


 霊仙寺がスマホの動画を再生する。タイトルは『世直しメイド天使』。

 画面には、見覚えのある大通りに面したケーキ屋。ウチから三時間かかる静香お気に入りの店だ。店の前の横断歩道で、大きい荷物を背負ったお年寄りが信号待ちをしているところに、サイズの小さいメイド服を着た美少女が声をかける。


「これルビーナだよな」

「お年寄りをおぶって横断歩道を渡る魔物なんて初めて見たわよ」

「どこが世直しなんだ? 親切メイドならわかるけど」

「ここからよ。大通りを渡り切るまで、すれ違う迷惑な歩きスマホの若者にアッパー気味の掌底を入れてまわってるの」

「スゲェな」


 とてもシュールな光景だった。


「初め観た時、なんの儀式かと思ったわ」


横断歩道を渡り終え、お年寄りと何か会話をしているようだ。たぶん、駅まで送ると言っているのだろう。あ、断られたみたいだ。


「定点でほぼ毎日更新されていたのだけど、往復六時間もパシらせる静香の方が魔物よね」


 アングルからすると、アップ主はここのケーキ屋かな。静香は帰ったら注意するとして。


「脱線しすぎたな。結局、ルビーナは情報を持っていないとなると、頼りは鳩野さんか」

「コホン。本題に戻ります。各国の情報を統合すると『贖罪の四天王』の正体は野菜ですね。今までにないタイプの魔王軍のようです。クラブ国はキュウリ、スペード国はニンジンの魔物が指揮をとっていたそうです。そして橙愛さんが交戦した大根」

「え、『食材』だったの? 俺ずっと『贖罪』だと思ってたよ?」


 なんか勝てそうな気がしてきた。発想が主婦だもの。


「あれ? ひとつ足りないよね。あと一人は?」

「杜鷺君。私が定例会議から戻った日の事、覚えていますか?」

「初めて鳩野さんの魔法を見た時だよね」


 鳩野さんの乗っていたライトバーンが、城壁に激突して炎上したアレだ。


「どうやら、残る一体はライトバーンの『魔物蹴散らし機能』に巻き込まれていたようです」


 幹部クラスを活躍させずに轢殺していたとは。さすが漢、ライトバーン。ピョン子が言っていた「ハートの魔法使いについていた魔力」がそうだったんだな。じゃあ、あの泥みたいなタイヤ痕は四天王の一人をすり潰した残骸か。


「残りは三体ってわけね。能力は判明しているの? ダイコンはチートなコピー能力を持っていたわ」


 忌々しく表情を歪める霊仙寺。とても悔しそうだ。

 鳩野さんが各国で集めた情報と、俺達がダイヤ国で遭遇した大根についてまとめると。


《ニンジン忍十面相》

 スペード国の代表を攫ったニンジンの魔物。

 一メートルほどのニンジンに簡素な手が生えていて、モノクルにカイゼル髭、シルクハットとマントを装備。素早い動きと高いカリスマ性を持つ。


《キュウリ武人》

 クラブ国の代表を攫ったキュウリの魔物。

 人間サイズの無骨なキュウリ。重厚な鎧を纏った格闘主体のパワーファイターとのこと。


《アクター桜島》

 ダイヤ国の代表、大野スズメさんを攫い、その特殊能力でダイヤ国の中枢へ入り、城を爆破したダイコンの魔物。

 本人の言葉が真実なら、触れた相手の特殊能力込みで化ける事が可能だ。


「俺の推測だけど、ダイコンがコピーした相手の特殊能力って、一度使用している所を見ていないと使えないんじゃないかな?」


 たぶん霊仙寺の剣や鳩野さんの魔法みたいに、自己の魔力で形成されるものは、無意識にコピーしているけど、実際に見るまで使用方法がわからない待機状態なのだろう。逆に俺みたいなピョン子やプロミディアさんといった外部の魔力で「能力があるっぽく」みせているタイプは、姿だけしかコピーできないんだと思う。


「正解かもね。以前、戦闘訓練の時に重冷気剣を使用しているわ」


 TCU本部で俺が霊仙寺に加勢していたら、ピョン子の能力に頼って即死九割を知られる恐れがあったんだな。


「戦況はどうなっているのだ? 旧魔王を倒した勇者も参加しているのだろう?」


 魔王側としては気になるのか、黙って聞いていたルビーナが口を開く。


「それが……」


 鳩野さんが言い淀んでいたのはこんな内容だった。

 旧魔王軍討伐の冒険中、接待ハーレムと知らずに女の子達とイイ仲になったと勘違いした召喚勇者達は、魔王討伐後に意中の女の子に告白するが、接待で気のあるそぶりをしていた事実を明かされる。その結果、絶望と恥ずかしさで、彼等は二度とエルマナの地を踏む事はなかったそうな。

この遠大なドッキリは、ピュアな思春期少年にトラウマ要素を刻むに十分だな。


「過激なモーションをかけてくるくせに、絶対「好き」ってワードを言わない女の子は接待で演技しているから気をつけましょうって事だ」


 ホント、壮大なキャバクラみたいな感じで夢がないなぁ。勇者の心がけ次第なのかなぁ。


「そんな訳で、旧魔王軍時代の男性勇者は軒並み自然淘汰の方向へ流れました」

「なるほど。異世界の男が妙にテンション高くて強かった裏には、そんな発奮サービスがあったからなのだな」


 自然淘汰で後に残った一握りの勇者は、良くも悪くも『個性的』な人材なんだろう。


「魔王軍は勇者つぶしのハニートラップ作戦を展開したって聞いてたけど、ルビーナは知らなかったのか?」


 これほどの美貌だ。当時なら魔王のいいなりのはずだから参加させられていると思ったが。


「淫魔の軍に一任されていたのかもしれん。私にはそういった需要がないのだろう。常に前線で戦っていた」


 またまたご謙遜を。需要がないわけねぇ。当時の魔王が武力として運用した方が有効と判断したんだろうよ。


「勇者不足のうえ各国のトップを人質にとられていますので、一定のラインで抗戦中なのが現状です。新規の召喚勇者は他の世界で契約済みだったり、事前調査で問題があったりと前途多難ではありますが、魔王不在の今であれば現存戦力で抑え込めると信じています」


 戦力的に欲しいチート能力を持つことが出来る人間は、他の異世界とブッキングする事が多く、後発世界であるエルマナ陣営が採用できる人材は劣化コピーレベルか、未発掘の原石を捜すしか道はない。


「まずは人質救出。俺はダイコンの誘いを受てみるよ」

「自信のあるそぶりだったわよ? 普通に考えて罠でしょ」

「あえて罠ごと踏みつぶして進む方向で。みんなは俺の成否を判断してから慎重に別ルートを模索して続くのはどうだろう」

「またアタシを巻き込む気か! ふざけんな!」


 てっきり後方の席で寝ていると高をくくっていたら、真面目に参加していたピョン子。「心外だ」と右手に戻り、俺はエステによる無言の抗議を受けた。


「イチャつく余裕があって安心しました。杜鷺君の尊い犠牲で正面突破ルートの安全が確認できますね」


 おぉぅ、死亡前提ですか。野菜相手に負けるつもりは無いんですけど……


「アカネ、素直じゃないのね。可愛いわよ」

「深読みしなくて結構です。杜鷺君の自己犠牲はよい心がけですが、まずはクラブ国へ向かってもらいます」

 霊仙寺の茶々に、一際ザマス具合を込めて俺を指さす鳩野さん。


「クラブ国へ?」


 確か徒手空拳を中心とした武闘家の多い国だ。


「そうです。国王のお孫さんと合流してパーティーを組んでください」


 格闘家が仲間なら心強いな。裏で鳩野さんが働きかけてくれた賜だ。


「パーティー組むなんて、あの人よく承諾したわねぇ。どんな魔法よ?」

「いろいろありまして。条件付きですが、話しはついているのでさっそくお願いします」

「居候のワタシはどうしたらいいかしら?」

「橙愛さんは私と一緒にスペード国との交渉に来てください」

「ワタシ嫌われてるケドいいの? 交渉決裂しても責任もてないわよ?」

「たぶん、橙愛さんが必要になると思いますので」


 スペード国についてはアイテム創造や技術系の文化が発達していて、ライトバーンの生産工場があるくらいしか知らない。国同士の仲が悪いのか、霊仙寺個人が嫌われているのか。なんか気難しそうな国っぽいな。

 ん? そうするとハート城がカラッポなんじゃ? あ、ルビーナか。


「ルビーナさんは、このリフレクトメイルでハート国の守備をお願いしたいのです」

「承知した。再びこれを纏うとはな」


 各人、次の行動が決まったところで昼食時となり、作戦開始は午後からとなる。

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