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第3章 1

 初日はトラブルもなく意外に距離を稼げたようで、最短日数での到着が見込めた。

 なのでグースカ寝ているアンナを叩き起こし、夜明けと共に宿を発つことにする。


「そんな急がなくてもイイじゃないですかぁ。せっかくこんな美少女と二人旅なんですよ?」

「お前まだ寝ぼけてんのか? いねぇよ美少女なんか何処にも」


 林道沿いに面した簡易宿屋の周辺は朝霧が濃く、地面も若干ぬかるんでいる。


「とりあえずその振り上げたバカでかいスーツケースをおろせ。危ないから」


 片頬を膨らましたアンナは、御者も兼任する人馬型モンスターに本日のコースを指示して馬車に乗り込むと、プイと背を向けスーツケースを枕にふて寝する。

 慣れない早起きだったせいか、俺も馬車の心地よい揺れの中ウトウトし始めた頃。

 ドンッ! と何かと衝突し、ゴゴッと小さく乗り上げたような不快感が全身を駆け抜けた。

 バランスを崩した車体は数秒ほど蛇行して止まり、俺とアンナは恐る恐る馬車を降りる。


「何か轢いた……よな」

「野良モンスターとかならラッキーですけどねぇ」


 木々がアーチを作る緩やかなカーブを十数メートル戻ると、人が泥まみれで倒れていた。


「人身でしたか……」


 他人事のように「あちゃー」となっているアンナ。


「それどころじゃねぇ、大丈夫ですか!?」


 と、駆け寄り見れば。


「ピョン子!?」


 渦巻き目玉で額にコブを作った留奈モードのピョン子だった。見た目に反してダメージは軽微っぽい。


「頑丈なヤツで助かった……」


 気絶しているピョン子を馬車へ運び込む。状況はどうあれ再会を果たせたのは幸運と言うべきか。


「どうしましょ、パニックのあまり勇者様が少女をお持ち帰り!」

「ちげーよ! 俺の右手の縞ウサギ、ピョン子だ」


 ピョン子の介抱と、混乱しているアンナに『脱兎』の説明をしているうちにスペード国ヘ到着を果たす。


  ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■ 


「…………と、そんな訳でこのラボからロードリア近郊へ飛ばされまして。紆余曲折の末、本日やっと戻ってきました」


 絶賛気絶中のピョン子をスペード城の医務室へ預け、俺とアンナは慧依子先輩の研究室へ来ている。


「事情はわかったの。修理するから燕尾服をよこすの。そのあいだ長旅の疲れをとるがいいの」


 ラボ奥のスペード王が掘ったミニ温泉を勧められる。


「縞ウサギ脱糞事件なら気にしなくていいの」


 その節はピョン子が粗相をして申し訳ない。


「うわぁ〜凝った造りですねぇ。この広さなら一緒に入れますよ勇者様」


 慧依子先輩のお言葉に甘えて待ち時間を利用し、温泉をいただくことにした。当然アンナとは別々に。

 初めてゆっくり浸かれたスペード城の温泉だったが、大変なことに気がつく。


「俺、着替えないじゃん」


 いつ終わるとも知れない燕尾服一式のメンテナンス。

 厚めのフロストガラスの向こう側では先に上がっていたアンナが脱衣所で髪を乾かしているようなのでその事を伝える。


「替えのメイド服お貸ししましょうかぁ? サイズ合うかなぁ……」


 籠もった声とぼやけたシルエットがゴソゴソ動く。


「いやいや着ねーよ? メイド服」

「えぇー…… ワガママですねぇ。じゃぁ、あとお気にのワンピしかないですよぉ?」

「お前の持ち物からはなれろ。いや、物理的にじゃなくて」


 わざとか知らんが上手く伝わらねぇ。


「はいはい、冗談ですよぉ。こんなこともあろうかと用意は怠りません。ここに置いておきますから」


 未だ敵か味方か不明なロードリアの侍女は何を置いていったのか、不安しかねぇよ……

 結果は嫌がらせ効果バツグンな着慣れた『ロードリア冒険者学校の女子制服』なわけですが。

 慣れとは恐ろしいもので、大鏡には抵抗なく着こなした自分が映っている。


「できれば着慣れたくなんかなかった……」


 自己嫌悪でガックリうなだれていると、


「はいはーい、では可愛く仕上げをしちゃいましょうねぇー」


 無気力状態の俺は、ヘアアイロンとメイク道具を携えたアンナのなすがまま身をまかせていた。

次回更新は7月5日前後の予定です。

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