ダイヤの2
……ふふふん、石畳〜ふふんふーふんふん、ふふふん浮かんでる〜
低反発枕を凌駕する感触と、なんかムーディーな曲調の鼻歌で目が覚める。
「あ、杜鷺、気がついたわね。嬉しさのあまり気絶するって、どんだけ?」
どうやら屋上のベンチに腰掛けた霊仙寺が膝枕をしてくれているようで、真上には青空をバックに覗き込むハーフ美少女とウサギの顔があった。ワンテンポ遅れて揺れるツインテが俺の顔の上に螺旋を降ろす。
ペシペシ攻撃などで手荒に扱っていると思いきや、目の前に垂れるソレは末端まで手入れが行き届いていた。春風に乗せて、時たまフローラルな香りを蒔く。
「お前の鼻歌のせいか、『重い手のせて』たせいか、キノコの集団に襲われる夢をみたよ」
「杜鷺の髪質、案外指どおりが良いのね。フフッ」
中学生の頃、静香には「私よりサラサラすぎる」と怒られた俺だ。高校生になった現在、一人の美少女がハミングしてしまうほどの撫で心地にまで成長してしまったのか。
「じゃぁ行きましょうか。杜鷺の早退届けも一緒に出しといたから心配いらないわ」
「気絶している間に好き勝手進めやがって」
まぁ、スズメさん救出が最優先だからいいけどな。霊仙寺に手を引かれるまま、フェンス際まで行く。
「さぁ、飛び降りて」
さぁ、じゃねーよ。なんの『さぁ』だよ。
「なにキョトンとしてるのよ?」
「さも『飛び降りるのが普通』みたいに自殺強要すんなよ」
「はぁ? 異世界へ行くって言ったら屋上から落下でしょうが」
でしょーがと言われましても。いや、ありがちだけどね?
「異世界の移動手段って、ほんと死と隣り合わせな。初回以降ノーリスクで行き来できるライトバーンがいかに画期的かわかったよ」
「車じゃ行けないのよ? バカなの?」
バカはお前だ、霊仙寺。というより、ハート国の技術が進んでいるのか?
「ライトバーンだ。俺も似たようなリアクションしたけど」
霊仙寺は聞く耳もたずで金網フェンスに手をかけ、『こうやって登るのよ』とばかり菱形の穴と格闘しながら上がって行く。たくましいなぁ。
「とりあえず降りてこい、見えちゃうから」
何が見えるのか理解した霊仙寺は、見上げる俺の頭三個分の位置からきれいに踵を落とす。いつの時代も見せられたパンツの自己申告は割に合わない結果になるものだな。オール治癒がなければ大惨事だ。
「全体重乗せやがって! なに食ったらそんなに重く……待て待て、一旦フェンスから降りろ」
頬を膨らました霊仙寺が今度は明確な殺意をもってフェンスに手をかけていた。オール治癒のチャージが追いついていない今、次くらったら即死決定。口は災いの元だなぁ。
なんとか霊仙寺をなだめてフェンスから離れてもらう。余計な時間を取ってしまった。
「大野スズメを助けたいんでしょ? 怖いの?」
「そうだけど、俺が飛び降りても確実にエルマナへ着けるのか不安なんだよ。一般人連れてダイブした経験あんのか?」
失恋したわけでもなければ、人生に絶望したわけでもない。相応の境遇が異世界行きのチケットなんだと俺は思っている。
「うーん。前例はないし、確かに地面と激突して終了もありえるかもね」
やっぱり確証は無かったか。
「お前は大丈夫だろうけど、俺には危険すぎる。ハート国のライトバーンで行こうぜ」
渋る霊仙寺だったが、ライトバーンシステムに興味を持ったらしく、俺の家へ向かう。
ちなみに、ハート製菓の土地買収によって杜鷺家の敷地が拡充され、ライトバーン専用の駐車スペースと結界による行路が確保されている。考えなしに帰宅した俺は、昼で学校が終わった都と門前で鉢合わせてしまった。
「あれ? お姉ぇ……ん? お兄ぃ……お兄ちゃん!?」
兄貴ラブの都が俺を静香と見間違えるなんて、何年ぶりだろう。と思っていたら、
「お兄ちゃん、学校で何があったの? イジメ?」
怒りと憂い半々の表情で駆け寄ってきた都は『ミヤがついてるから』と背伸びした状態でガッシリとハグされた。
「どうしたミヤコ。何のことだよ」
「……気づいてないの? 見事なツインテールとお化粧」
「えっ!?」
言われて頭を触れば、なんということでしょう。無理矢理ワイルドさを出していた髪は小さなツインテが結ばれ、ミヤコに渡された手鏡には、くどくならない程度に二重を強調するアイラインが映っているではありませんか。
「ミヤもグロスリップしたい」
見上げる瞳はウットリと俺の唇に向けられたが、すぐにブンブンと頭を振って霊仙寺を睨んでいた。
「あなたですかぁーっ! お兄ちゃん魔改造したのはぁーっ!」
「りょおーぜんじぃーっ! テメェーの仕業かぁーっ!」
さすが兄妹といったところか。ノリもタイミングもほぼ同時だった。
くそっ、膝枕の時からずっとか? 行き違う人に見られている感はあったが、てっきり霊仙寺の方だと思っていた。
果敢にもグルグルパンチで霊仙寺に突っかかる妹だが、モデル体型で手足の長い相手に頭を抑えられ、小さな両拳は虚しく空を切る。
「なぁに、この子? ルンバ? ねぇ、ルンバのマネ? カワイイー!」
ミヤコの敵意をよそに、ふくよかな胸に抱き止める。
「くっ、ミヤもこれくらいあったら、お兄ちゃんがたぶらかされる事もなかったのに!」
妹よ、そう悲観するな。お前はまだ発展途上なのだから。
おそらく、悔し涙で見上げた先には起伏の高低差が激しい稜線から圧倒的な霊仙寺の顔が見え隠れしているのだろう。ついでに俺はたぶらかされていない。
「ミヤコ、俺は大丈夫だから。お前も気にするな、ソイツが規格外なだけだ」
霊仙寺はニコニコしながら、三年間伸ばしたミヤコの黒髪で手際よくツインテールを結い、チワワにお洒落をさせる感覚で薄めのリップを引く。
オシャレビギナーの妹はそれだけで舞い上がり「ほぁーー」と奇声スレスレの感嘆を漏らす。
「ソレ、あなたにあげるわ」
キラキラした瞳で高そうなリップを受け取る妹。
「ありがとうお姉さま! お兄ちゃん、こういう髪型がいいの? 似合う?」
お姉さまて……まぁ、ウチには駄目なオシャレの手本しかいないからな。
「新鮮かな」
「肯定はしないのね。可愛いって言ってあげなさいよ」
霊仙寺はスマホを構え、初々しい都を撮りまくる。
もともと都は大人びてるからなぁ。可愛いより、ミステリアスさが主張していた。
「真横よりやや後方、下の位置でツインを作るあたり素材をよく見てるなと感心した」
いたずらで結ばれた俺のツインとは別に、ミヤコの容姿に合わせた配慮。
アンバランスにならないよう、子供っぽい印象を避けた微妙な位置取り。
「それを見抜く男子高校生ってどうなのよ? キモッ」
「強引な姉に付き合わされた結果だよ! 好きで女子力高いわけじゃねぇ」
「物は言いようねぇ。ソレ、女子力じゃなくて「フェチ」だから」
霊仙寺の前で、オシャレに関する思考は嗜好ともども胸に秘めておこう。
「とりあえず霊仙寺が細かい配慮している事にビックリだよ」
「な、なに言ってんのよ?」
「都に気を遣ってくれたじゃないか。ありがとな」
「そ、そんなわけないじゃないっ! さ、早く行くわよ」
ご近所の目もあり、赤くなった霊仙寺に背を押されながら自宅の門をくぐる。
例のごとく出来た妹はお茶を用意したあと、友達の所へツインとナチュラルメイクを披露しに出て行った。
救出作戦前に、ルビーナから「贖罪の四天王」について情報が欲しかったところだが、ミヤコに聞いたところ姑気取りの静香に頼まれて、片道三時間かかるケーキ屋まで買い物に行かされているらしい。
「居ないものはしょうがないわ。ダイヤ国の情報網に期待するしかないわね」
裏手の駐車場へまわり、自動操縦にセットしたライトバーンへ乗車して、いざエルマナヘ。




