プロローグ
第9回GA文庫大賞(後期)二次落ち作品です。
応募規定ページ数の都合で削除した部分などを加筆していこうと思います。
ウサギの足。
御守りとして有名だが、断じて違う。ソースは俺。
「どうしてこうなった……」
気がつくと、俺は真っ白い小部屋にポツンと立っていた。
広さはシートの無い観光バスの内部ほどだが、場所なんか今はどうだっていい。
それより。俺の右手なんですが。
肘から先がウサギの上半身になってるんですけど。
右こぶしがちょうどウサギの頭になってるんですけど。
「ホント、どうしてこうなった!」
「こっちのセリフよ、まったく! このアタシが暗殺失敗なんて」
物騒なセリフの発生源は、見た目が愛玩動物になってしまった俺の右手からだ。
他人がみれば、ラブリーなウサギのぬいぐるみの尻に肘まで突っ込んでいる、冴えない高校生の一人芝居に思われるかもしれない。
「ちょっとアンタ、頸動脈噛み切らせなさいよ。一瞬で済むから!」
自分の意志とは無関係に右手が上がり、威圧的な紅い瞳と目が合った瞬間、ウサギになってしまった右手が牙を剥いてくる。
え? 牙? ウサギじゃないの?
まぁ、人語でコミュニケーションとれてる時点で論外だけど!
もしアニマルセラピーだったら革命的だけども!
「まてまてまて!」
どこの寄生●だよ! 自由な左手で、迫る右手を押さえる。
コレ、あれじゃん。男子なら一度は憧れるやつの、リアル鎮まれ俺の右手じゃん。
「この手邪魔よっ!」
押さえる左手を小さい前足でペシペシ叩いてくるが、カワイイだけでダメージはない。
一進一退の攻防に痺れを切らした俺の右手・いや現在ウサギは、力を溜めるようにプルプル震え、かわいい前足をめいっぱい振り上げて威嚇にならない威嚇をすると。
「ど根性ぉぉぉぉぉ!」
精神論という名の力技で拮抗を破ろうとしてきた。
「だから、待てって!」
とっさに掴みやすい位置にあった、もと右こぶし部分から伸びる両耳を思い切り引っ張る。
「あ、耳やめて耳」
偶然にもコイツの弱点だったようだ。
「落ち着けピョン子」
「ぴょんこぉ? アタシのことか!? 縞ウサギなめんな!」
やっぱりウサギなのか? 聞いたことない品種だな。
落ち着いて観察すれば、確かに純白のふわふわボディに綺麗なエメラルドグリーンの縞模様が、背中側の首すじから肘の方へとのびている。
もし黒毛ベースだったら、不細工なスイカに見えるだろう。
ウサギと肘の接合部分は学ランごと包帯が巻かれているが、怖くて中身を確認する勇気がない。
握った左手からぴょこっと溢れる鋭角的な先端を持つ、掴み心地の良い耳。
そして——牙。
「齧歯類のアイデンティティーっ!」
「カワイくないのよね、アレ」
「お前、全ての子リスとイヤミさんに謝れ!」
「イタタ! ゴメンナサイゴメンナサイ、だから耳やめて耳」
とりあえず、耳さえ抑えておけば命の危険はなさそうだ。
「くっ、人間め……」
屈服した女騎士にも似た涙目で睨まれ、罪悪感が胸を刺す。
やりすぎを反省し、ウイークポイントを優しくムニムニしつつ状況を整理する。
「だんだん思い出してきた」
むにむに。
「たしか登校途中……」
むにむに。
「車に轢かれそうなウサギを助けようとしたら……」
むにむに、むにゅん。
「むーにーむーにーやーめーれ!」
双眸にめり込む柔らかな感触。拘束から抜け出したピョン子の前足だろう。癒される。背中とか、ふくらはぎとか踏んでもらったら金とれるレベル。
「整体もできるアニマルセラピー……いける!」
「はぁ? アンタ、さっきからアタシのことバカにしてるわよね?」
「いや。その腕、買ってるけど?」
そう真顔で告げると。
「そ、そーよねーっ! とーぜんよねっ」
自慢げに前足を腰にあてて……るんだろうな。警戒中のミーアキャットにしか見えんが。
「超一流の暗殺種族、それがアタシたち縞ウサギ!」
深夜アニメで観たことのある独特の角度で首をひねり、得意顔で鼻を鳴らすピョン子。
「暗殺? 超一流の整体師じゃなくて?」
「あ? 人間界にもアタシらの伝説があるでしょーが」
蘇りつつある記憶をいったん止めて、ピョン子伝説に耳を傾ける。
「ホラ、一匹のウサギにも全力でなんたら〜とか」
「ライオンの狩りスタイルの話?」
「そう。あれアタシらの事だから。全力でこないとヤツラがヤバイから」
「お前、ミニチュアシュナウザーにも負けそうじゃん」
ピョン子は心外とばかりに頬をふくらます。
「こーのーっ、あいくるしー容姿はっ、相手を油断させるたーめっ! なのっ!」
お年寄りに語りかけるように力説してきた。
ざっくり、誘い受けみたいなスタンスって事でいいの? 無駄な情報だったな。
「だまされてホイホイやって来た標的を仕留めるわけか」
「飲込み早くて助かるわ」
「整体の資格を持つ、闇の仕事師。かっこいいじゃん」
「整体いらない」
ピョン子はフゥとため息をつき、
「まぁ、闇の仕事師でほぼあってるわよ。正確には『首狩屋』ね」
こいつが言うには、三百年前の日本に活動の場を広げた妖怪の一族らしい。
当時の風潮に因んで組織名を考えたが、『くびかりや』では生々しく、『くびかりにん』では俺ら人じゃないよね? って話になり、かわいい響きの『しゅがりや』の訛りを経て、素首の『素』と依頼主がすがりつく事にかけた『すがりや』に落ち着いたとのこと。
「おもての稼業はアニマルセラピーの動物」
「くっどいわっっ、暗殺一本よ!」
俺の頬をぽむぽむ連打するピョン子。タッピング技術もハンパねぇぜ。
美顔効果を体感しつつ、止めていた記憶の再生を続けると。
「思い……出した!」
まさか、リアルでこのセリフを使う日がくるなんて。
「アンタ、なに赤くなってんの?」
「あの轢かれそうだったウサギ、お前か!」
轢かれそうだったというか、轢かれたんだよな……ウサギ掴んでそのまま。
「いまさらか。気づきなさいよ! 人間界に存在しない可愛さだったっしょ?」
人間界なめんなよ。確かに可愛いが、メロディさんとかライバル多いからな?
「結局、轢かれたな。俺たち」
「轢かれたわね」
なぜこうして生きているのかは、恐くて本能が後回しにする。
なんにしても、十五年の短い人生だったなぁ。実感ないけどな……
「助けられなくて、ゴメン」
ウサギの目線まで右手を上げ、紅いビー玉みたいな両目をみつめて謝った。
「な、なに言ってんのよ、アンタ暗殺対象なのよ? 失敗したけど」
「にしても、あの状況じゃピョン子の思惑なんてわからないし」
閑静な住宅街にある、ちょっと広めの一車線道路に佇んでいたウサギ。フィクションでありがちなシチュエーションが我が身に起きた場所だ。
そこから導き出される公式。
車に轢かれそうな動物助ける+ヒロインに目撃される=俺氏、惚れられる
……おしい、「目撃するヒロイン」がいねぇ。土地柄とはいえ不自然なほど人通りがなかったよな、あの時。
「クソッ、あの女にジャマされなければ」
後出しでとんでもないワードぶっ込んできたな、おい。
「ピョ……縞さん……殿下? 縞様」
「なによ気持ち悪いわね。いきなり様付けとか、殿下て」
期せずして日テレ率高めになってきているが。
「あの場にヒロインが?」
「ひろいん?」
「いま、俺に惚れそうな娘がいたって」
「アタシの邪魔したヤツな」
目撃者要素、重要よ? よみがえれ俺の記憶!
「あの魔法使いめ」
「後出しやめろよ、なんだそのわくわくワード! さては、状況把握してんだろ」
言いつつ、脳裏にチラッとよぎる光景……あ、ヒロイン候補発見。そういえば居たか、俺達を轢いたライトバンの後方に。
「うん、いたじゃん! 公式通りじゃん!」
「いきなり何よ?」
「あの場にクラスメイトの鳩野さんがいた」
しきりに叫んでいたようだけど、エンジン音にかき消されたんだな。
優等生オーラを醸し出す眼鏡をかけ、パッと見はクールだけど話せばぽややんとした感じの娘。
ピョン子が物理的癒しのエキスパートなら、鳩野さんは精神的癒しのエキスパートだ。
「返せよぉ、鳩野さんルートぉ〜」
俺はアルファベット三文字体勢で、膝からガックリ落ちた。右手はかろうじて浮かせて。
「なんなのよ? あやまったり、怒ったり」
思いやりスペースに前足を着け、うなだれた俺を見上げるピョン子。
「はーとーのーさーん!」
「うわ、マジ泣き?」
「ばーどーのーざーん!!」
泣いたね。そりゃ泣くわ、彼女ができるかもしれなかった可能性が潰えたのだから。
でも冷静に考えれば、オタクな俺にはすぎたイベントですわ。もとより、学園でトップクラスの美少女が、さえないオタクに惚れるなんて。
公式も見直したら重要な部分が抜けてたな「ただし、イケメンに限る」が。
ひとしきり自分に酔ったら、なんかスッキリした。涙をぬぐって、現状に集中しよう。
「アタシで拭くな!」
「どーするよ、ピョン子」
「なにが?」
水分を含んで見ばえの悪くなった毛並みにご立腹のピョン子。
「もー俺、魔法使いになる……あと十五年くらい後だけど」
チェリールートの俺には三十歳で自動ジョブチェンジが約束されている。都市伝説レベルで。やな約束だけどな。
自嘲気味に、なけなしの気力でフフッと笑うと。
『——じゃあ、今なっちゃいます?』
魅惑のロリボイスが室内に響き、正面の白い壁が金属音をあげスライドした。
「ギリギリ間にあってよかったです」
扉の向こう側に立つ美少女。
暖かな陽差しの中、見慣れた制服をそよ風に揺らし出迎えてくれたのは。
「俺の……鳩野さん……?」
「いやん、杜鷺君。大胆発言ですよ」
恥ずかしそうに小さな二つのグーで眼鏡の両フレームを押し上げ、女子平均より少し低めの身体をよじる。
「チッ、やっぱりあんただったのね、ハートの魔法使い」
「首狩屋のお仕事としてはお粗末な結果でしたね」
ロリボイスはそのままに、ピョン子へは威厳を感じさせる凜とした応対の鳩野さん。
「お前の言ってた魔法使いって、鳩野さんだったの?」
雰囲気を出してる会話からすると、それしかないが。
「そうよ! コイツがお探しの「俺に惚れそうなコ」ってアンタが叫んでた奴よ!」
やめて、本人の前。あ、鳩野さんちょっと引いてるし。
「杜鷺君の中で、私がどんなイメージなのかは聞かないであげます」
眼鏡の奥のジト目に若干興奮を覚えそうだったが、
「ウサギ相手に調子乗って、彼女候補にしてました! スミマセン」
抜けていた公式部分が頭の中でリフレインする。
「とりあえずはそこから出て来てください」
見知らぬ場所で心細かったが、事態を把握しているだろう級友の登場は心強い。
白い小部屋を背に周囲を見渡すと、牧歌的な草原が広がる大パノラマ。
心の奥で「異世界転生」を期待していた俺は、諸外国の風景とたいして変わらないフィールドに安心半分ガッカリ半分。グルリと見回した終点の、俺達がいた白い小部屋といえば。
「なっ!」
見覚えのあるライトバンが、側面の開いたドアから白い小部屋を覗かせて停車している。
「これって、俺たちを轢いた……」
「轢いたとは酷いですよ? 杜鷺君の暗殺を防いだのですから」
「アタシを掴んだコイツの右手ごとゴリゴリいったけどな」
「あの、鳩野さん。変な質問だけど、俺……死んでるの?」
轢かれてからこっち、気になっていた事を聞いてみる。
「杜鷺君はこの状況、どう推測していますか?」
チョコレート色のハーフアップを揺らし、期待を含んだ笑顔で質問を返す鳩野さん。
「正直、俺のオタク脳は『車に轢かれて異世界転生』と思ってるけど」
趣味で読んでいたラノベの導入部分と重なるなぁと思っていた。
「概ね正解です。ここは異世界ですが、杜鷺君は死んでいません」
回答に満足したのか、彼女はフフーンと笑みをこぼすと、手招きしてライトバンのフロントへまわったので、俺も続く。
スモークガラスで運転席は見えないが、人の気配がしない。
「これは近年開発されたライトバーンです」
「新型車なんだ。けっこう大きめのライトバンだよね?」
生々しい血の跡は見なかった事にしよう。
「ライトバーンですよ?」
ですよ? って言われましても。知ってますよ? ライトバンくらい。
「うん。ライトバン」
「ライトバーンです」
背伸びした鳩野さんの小さい両手が俺の頬を挟み、そのまま彼女の目線まで引き寄せる。
顔ちっさ! 睫毛ながっ! そしていい匂い!ライトバン側に顔を捻られるまでの数秒だったが、視覚、嗅覚、触覚と堪能した。
「ライトノベルのような世界へバーンと飛ばすから《ライトバーン》です」
「え? 駄洒落?」
ほんのり赤く染まる顔でなおも解説を続ける鳩野さん。
「そういう車名なんです! 今までは大型トラックで即死が主流でしたが、技術の進歩でかなり高性能になりましたよ」
目の前にある魔法陣を思わせる大きいエンブレムは、俺の知る限りどこの自動車メーカーとも該当しないし、異彩を放っている。
「そうなの?」
ベッタリ飛び散っている血痕へ視線を向けると、慌て気味の鳩野さんに手を引かれた。
「そ、そうですよ? ホラ、この白い室内。ここでは召喚酔いで気絶している間を利用して、お馴染みのチート能力が睡眠学習できるのです。杜鷺君の治療にあててしまいましたけど」
なんてお手軽で便利! 夢に見た俺TEEEE! が簡単に習得できるなんて!
「俺がその詰め込み学習で得た力でこの世界を救うんですね!」
大興奮の俺とは対照的に沈んでいる鳩野さん。
「その予定でしたが……」
グッと俺の右手、ピョン子の襟首をつまみ上げると、対峙する鳩野さんとピョン子が睨み合う。
「魔王軍の雇った首狩屋に妨害されました」
「それはアタシのセリフ! いろんな意味で『巻き込み』やがって」
タイヤ周辺に泥はねと見まごう赤い飛沫を、純白のうまい棒チックな前足で指し示す。その前足をバタつかせるが襟首まで届かず、怨嗟の目を鳩野さんに向けるピョン子。
「それじゃあ俺の棚ぼた能力は……チート無双は……」
「残念ながら、杜鷺君は見た目がちょっとカワイイだけのオタク童貞男子のままです」
救いがねぇ。オタク童貞は事実として、カワイイはピョン子を指すのか、俺に向けられた感想か。
たまに双子の姉に間違われるけど、いずれにしても男としてカワイイはどうなんだ?
「召喚規制が厳しく、今からのチート付与は不可能なのです」
「召喚規制?」
「過去、魔王軍討伐のために各国で勇者候補を乱召喚した結果、勇者インフレによるトラブルが起きまして……チート付与は、初回召喚で本人が気絶している間に限り可能となりました」
手を合わせ、上目遣いで申し訳なさそうにする鳩野さん。
「そこで先ほどのご提案です!」
気持ちを切り替えたのか、両手で眼鏡を支え半歩距離を詰めた鳩野さんは、甘えた声と満面の笑顔を向けてきた。
天使の微笑みであるはずなのに、心臓がトキメキとは別のビートを刻んでるよ?
「——魔法使い、なっちゃいます?」
耳元で囁く不意打ち。
この時、リア充以外が「いつかは自分も」と、夢想するワンランク上の異世界ライフがスタートした……と思いたい。