38失意の中の光
…起きたくない…
眠い訳じゃないけど、マコの顔も美咲の顔も見たくない…。
何でここが温泉旅館なんだろう。
嫌でも二人の顔を見ないといけない。
私は、美咲と元子が朝食へと向かい一人になった部屋で布団に潜り込んでいた。
…結局、昨日はほとんど眠れなかった…
『…ごめん』
昨日のマコの台詞が何度も頭を過ぎる。
その度に溢れ出す涙は、自分がマコに振られたのだと痛感せざるを選なかった。
…何で…何で皆、美咲なの?
私と美咲を初めて対等に見てくれた男性…
…でも、結局マコは美咲を選んだ…
…また涙が溢れ始める…
…もうすぐ皆が帰って来てしまう…。
…美咲に、私がマコに振られた事を知られたくない…
私は慌てて布団から起きると、着替えとタオルを持ってお風呂へと足を向けた。
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「…ふぅ…気持ち良かった…」
ゆっくりとお風呂に浸かり、鏡の前に立つ。
どうやら目の腫れも落ち着いたみたいだ。
…良かった。
髪を乾かして、廊下へと足を向ける。
朝食の時間帯とゆう事もあり、ほとんど人は居ない。
この静けさが私の心を落ち着かせた。
「…平田?」
突然、呼ばれた自分の名前に驚きながら振り返る。
「先生!…先生もお風呂?」
そこに立っていた松山先生の姿に自然と笑顔が零れる。
私は先生が好きだ。
もちろん美咲の様に『男として』ではなく。
先生は元々、皆から好かれて居たし、私もその中の一人だ。
「今の時間だと貸し切りみたいなもんだし。嫁は寝てるしさ。」
先生が少し笑いながら答える。
私はその言葉に少し驚きながら先生を見る。
「先生結婚したの?いつの間に!?」
「一年前にね。昨日はちょうど記念日だったんだ。」
私の問い掛けに先生は少しはにかみながら答える。
…結婚したんだ…
「美咲は?知ってるの?」
先生は続けて質問をする私の頭をポンと叩くと
「昨日言ったよ。…平田、風呂上がりで喉渇かないか?ジュースでも奢るよ。」
と言ってロビーの方へと足を向けた。
私はそんな先生の後を追い掛ける様に歩きながら
「先生?美咲何て言ってた?がっかりしてた?」
と、またも質問を繰り返す。
先生は少し笑顔で私を見ると、自販機の前で止まりポケットから財布を出す仕種をした。
「平田、何飲む?」
先生の質問返しに、私は『お茶』と答えながらボタンを押す。
先生は自販機から私のお茶と先生のコーラを取り出すと
「そんなに藤井が気になるのか?平田は彼氏と仲良くしてるんだろ?」
と、取り出したお茶を私のほっぺにくっつけながら答えた。
「彼氏?…どうゆう意味?」
先生の質問の意味が分からずに、私は先生の顔を見つめた。
先生もそんな私を不思議そうに見ながらロビーのソファーへと足を向ける。
「昨日、藤井が言ってたぞ?平田は彼氏と仲が良いって。」
…美咲が?
尚も不思議そうに見る私を見ながら先生はソファーに腰を降ろすと
「昨日、ロビーに藤井を迎えに来たのは平田の彼氏じゃないのか?」
ロビーに美咲を…?
…マコ…?
…どうゆう意味だろ…?
美咲は私とマコが付き合ってるって勘違いしてるの?
昨日、お風呂であんな意地悪言ったから…?
私は駆け巡る疑問を抑えながら、先生の隣に腰を降ろすと
「美咲、何て言ってた?ヤキモチとか…その…彼が好きとか…」
恐る恐る先生に聞いてみる。
先生は少し笑いながら私をみると
「余計な事は考えないで、平田は彼氏と仲良くしてなさい!」
と、またも私の頭をポンと叩く。
本当に先生は昔からこの仕草が癖だよね…。
でも、いつもそれが妙に落ち着く。
私は先生に笑顔を返す。
先生はそれを見ると少しホッとした様な表情をした。
「…とにかく、悔いの残らない恋愛をしろよ?」
先生はそう言ってコーラを一口飲んだ。
私は先生に
「そのつもりです。」
と笑顔で答えて席を立った。