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36夜空の涙

…涙が止まらない。

拭っても拭っても溢れ出す涙は滑稽な自分を余計惨めにさせた…。


(…マコ…行かないで…)


懇願する様にマコにしがみつく由恵の姿。

それを見付けてしまった私の足は石の様に動かなくなる。

由恵は余りにも切なく、余りにもマコを求めていた。

そんな由恵を優しく抱きしめようとするマコ…。

その一瞬の表情が余りにも優しくて、私の胸をきつく締め上げた。


マコが私に気付いた時、本当はその場から逃げ出したい程の悲しみが押し寄せた。


…でも、ああゆう場面での私は強いな…

…つくづくそう思う。


もう、由恵の様に素直に感情を表に出す事は出来ない。

傷付いても、泣きたくても、笑顔を作れてしまう。

随分、可愛いげのない女に育ってしまったもんだ。


少し、自虐的な笑いを浮かべて空を見上げる。

綺麗な星空が一面に広がる。

…流石に外はまだ寒いな。座っているベンチで足をぶらつかせて、背もたれに身体を預ける。


あの時、部屋へは戻れずに旅館の中庭へと足を向けた。

そのままこのベンチに座り込み、泣き続けていた。



―今日、女三人でお風呂に入った時―



「由恵とマコってどうなってんの?」


元子が由恵に詰め寄った。

私は、少し興味がなさそうに由恵に目をやる。

由恵は私と元子に視線を向けると、少し恥ずかしそうに俯いて口を開く。 


「…どうもなってないよ…キスしかしてないし…」


「ええっ?キスしたの?」


由恵の言葉に驚いて問い質す元子。

それに小さく頷く由恵…。


―キス…したんだ…―


由恵の言葉に体中の血液が凍りそうな感覚になる。

お湯に浸かっているのに、体中が凍えてしまうような感覚…。


溢れ出しそうな涙を精一杯堪えて、お湯で顔を洗う。


「…じゃあさ、付き合うのも時間の問題じゃん!」


楽しそうに話を続ける元子の声が、私の胸に突き刺さる。

私はそれを遮る様に


「…ごめん。のぼせそう…先に上がるね?」


と精一杯の笑顔を作ってお風呂を上がった。



…限界だった…



由恵の幸せそうな顔も、元子の楽しそうな顔も見れなくなっていた。

マコと由恵の幸せを一緒に喜べない私は冷たいのかもしれない。


…でも…



―冷たい風が身体を冷やしてゆく―


夜空を見上げ、溢れる涙が頬を伝う。


 

―思えば、私が泣いているとき、いつも隣に由恵がいたっけ―


由恵の温かい笑顔が私の心も暖めてくれた。

それだけで『私は一人じゃない』って励まされた。


大好きだった由恵の掌。

…でも今は、その掌がマコへと向けられる…

そう思うだけでこんなにも胸が締め付けられる…



「…藤井?」


不意に呼ばれた名前に驚きながら視線を向ける。


「…先生…。」


 

そこに居たのは松山先生…


「彼氏と喧嘩でもしたか?」


少し笑いながら隣のベンチに腰を下ろす先生。



「…彼氏じゃないですよ…先生は奥さんほっといて大丈夫なんですか?」


少し嫌味っぽく聞いてみる。


「風呂入りに行ったからさ。散歩しに来たんだ。」


そう言って空を仰いだ先生の笑顔はとても幸せそうだった。

私も先生の真似をして夜空に視線を向ける。


「…で、藤井は何かあったのか?こんな所で一人で泣いて…」


先生が微笑みながら私の方へ視線を移した。

私は空を眺めながら静かに口を開く。


「…告白…出来なかったんです…。…なんか、由恵も彼が好きみたいで…。彼も由恵が好きみたい…。」


「そうか。藤井は平田と仲が良いもんな。」


私の台詞に先生が静かに答える。


「…でも、やっぱり凄い好きで…。ここで一人で諦める方法考えてたんです。」


先生はただ、静かに私の話を聞いてくれていた。

それが凄く落ち着いて、私は次々に言葉が溢れ出す。


「…何で恋なんかしちゃうんだろう。一人で生きれる位に強くなりたい…。」


…そう言って、また涙が溢れ始めた事に気が付いた。ふと、目元に温かさを感じた。

先生の人差し指が私の目元の涙を拭ってくれていた。

それが凄く優しくて、また涙が止まらなくなる。

私は静かに俯いて、感情のままに涙を流した。


「…藤井?俺はあの時の藤井の告白、嬉しかったぞ?」


先生が私の頭に掌を乗せて優しく言った。


「藤井の気持ちに答える事は出来なかったけど…でも、嬉しかった。」


先生の言葉の一つ一つが私の心を溶かし始める。


「…だから、彼にも気持ちを伝えてみたらどうだ?決して無駄じゃないと思うぞ?」


先生の優しい声。私はあの頃の気持ちを思い出す。

あの時の涙も勇気も無駄なんかじゃなかったのだと。


―冷たい風が身体を冷やしていく―


でも、先生の温かさが私の心も暖めてくれる。



―不思議な感覚―


さっきまでの寂しさも、冷たさも全て拭ってくれるような…。



私は顔を上げて先生を見詰める。

そのままそっと先生の肩に頭を乗せた。


「…先生ごめん。少しだけ…。」


私の言葉に返事をするように、そっと先生の右手が私の頭を抱き寄せてくれた。

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