33笑顔
「「乾杯ー!」」
…宴会場に戻ると、既に食事の用意が調っており、お腹を空かせた智博や竜揮が子供の様に騒いでいた。
僕と美咲は席に着くと直ぐさまビールを注がれ、全員で乾杯をした。
それを一気に飲み干し、テーブルに並ぶ豪華な料理に舌鼓を打つ智博と竜揮。
その様子を美咲はクスクス笑いながら見ている。
そんな美咲をちらりと見てから、視線を料理へと移す。
…先程の光景を見ていなければ、僕も素直に楽しめたのかもしれない…しかし、今の僕にはどうしても先程の美咲の表情が頭から離れない…
「マコ?元気ないね?どうしたの?」
隣に座っていた由恵が僕の顔を覗き込む。
僕は由恵に、今の気持ちが悟られてしまった気がして少し気まずくなる。
しかし、そんな気持ちを精一杯隠す様に笑顔を作ると
「少しのぼせたみたいで具合が悪いんだ。」
と嘘を付いた。由恵はそれを信じたようで
「大丈夫?」
と心配気な顔を見せた。
僕は由恵の言葉に頷いて料理を口へと運ぶと、視線を由恵から逸らした。
…この話を少しでも早く終わらしたかった為でもあるが…今は誰かと楽しく話なんて出来る気分じゃなかった…
そんな僕とは対象的に、いつもより楽しそうに智博と話す美咲。
僕はちらりと美咲へと視線をやる。
頬が少し紅く染まっている…どうやら少し酔っているようだ…これもいつもと比べると珍しい事だ…
「…美咲…松山センセ元気だった…?」
不意に由恵が美咲に聞いた。
僕はちらりと由恵を見た。少し微笑んでいるが、その目は真剣な瞳。
そして直ぐに視線を美咲へと戻す。
美咲は視線を料理に向けたまま
「…うん。あんまり変わってなかったよ。」
と答えて由恵に笑顔を向ける。
その顔は『松山先生』と呼ばれたあの男性に向けていた笑顔と同じものだった。
…美咲はあの男性の話をする時すらも、こんなに幸せそうな顔をするのだ…
僕は広がり始めた胸のモヤモヤを抑える事が出来なくなり始める。
それはまるで、体中の血液に毒が侵食するかの様に僕を苦しめ始める。
…些細なヤキモチなのかもしれない。でも…僕は気付いてしまったのだ。
…そんな些細なヤキモチでも、僕一人など狂わせてしまう程に美咲の存在は大きいのだと…
僕はそんな気持ちを誰かに悟られたくなくて、並んでいる料理に箸をのばす。
しかし、口に運んだ料理は喉を通る事が出来ずに、いつまでも僕の口の中で小さくかみ砕かれていく。
それをビールで無理矢理流し込む。
「む…?先生ってさっき言ってた中学の?美咲ちゃん好きだったの?」
由恵とは反対の隣に座る智博が、向かいに座る美咲の顔を見る。
…おそらく智博は先生があんなに若いとは知らないハズで、深い意味で聞いてる訳ではない…
「…うん。」
少しハニカミながら答える美咲から視線が外せなくなる…。
…やっぱり…。
「へー。いいなぁ好きだった先生に会えて。俺も陽子先生に会いたいなぁー」
そう懐かしみながら僕の顔を見る智博。
…ベシッ!
僕は無言で智博の頭を叩く。
「何だよ…?」
…そのツッコミの理由が判らずに頬を膨らましながら僕を見る智博…
僕は智博を睨みながら口を開く
「…陽子先生は定年間近で少し耳も遠かっただろ…」
「…でもなんか、ちっちゃくて可愛かったじゃん?……もしかして美咲ちゃんの先生って若いの?」
僕の言葉に答えながら、『あっ!』と気付いて美咲を見る智博。
反対隣から由恵が
「20代後半位だよ」
と笑う。
それを聞くと
「ええっ?そうなの?…いいなぁー。俺も美咲ちゃんみたいな生徒が居るなら中学の先生になりてぇー!
…でも…中学じゃ犯罪になっちゃうか…高校の先生だな…」
と一人で妄想し始めた智博の頭を、僕はもう一度叩いた。
また頬を膨らまして僕を見る智博を笑いながら、ちらりと美咲を見る。
下を向いて微笑んでいる様に見えるが、僕には美咲が傷付いている様に見えていた。
(…中学じゃ犯罪…)
智博の軽い一言が、その当時の美咲の想いを呼び戻したのだろう…それ程本気だったのだろう…
僕は、また胸に広がり始めたモヤモヤを消し去るかの様に、グラスにビールを注ぐと飲み干した。
…もう、苦しくて美咲の顔を見る事も出来ないでいた