第七話 街の案内
彼女はあれから一時間ほど眠り続けた。
正直暇かと聞かれたら暇であったけど、利益がなかったわけじゃない。
女の子の寝顔なんて初めて見た。
正確にはミハル事件のときが初めてなのだろうが場所と時と状況があれなだけにじっくりと観察することはなかった。
ゆえにアカネの寝顔はすっげえドキドキする。
いや、ほんとに。
若干キャラ崩壊をしてるかもしれないけれどすっげえドキドキする。
可愛い。
髪は短いながらもさらさらしてるし、ほっぺもハリがあるし、何より無防備。
そう! 無防備!
英語で言うとノーガード!
これだ!
これが僕のハートを鷲掴みする。
ああ、可愛いよ。
女の子の寝顔。
今日、僕は死ぬんじゃなかろうか。
軽く意識がトリップしている。
やっぱりずっと一緒にいる女の子よりもある程度距離のある女の子のほうが可愛く見える。一緒にいると警戒が薄れてきてみたくないその人のブラックな部分が見えてくるんだけど、そういった部分は見られていないこの距離感が最高。
ほっぺがぷにぷにしてて気持ちいい。
可愛い。
今なら言える。
―――寝顔が可愛くない美少女なんていない。
生前の僕はラブコメ風味にまったくの無縁だったからこういう空気には無縁だ。
耐性さえなかったといっていい。
ゆえに僕の顔は今は茹蛸みたいに真っ赤になっていることだろう。
「とはいえど、手を出せない自分はなんてヘタレなんだ!」
右拳を思いっきり地面を殴り続ける。
衝撃で右拳の骨が砕けたが、そんなものは関係ない。
というか、右の拳の骨を砕くような一撃を出す自分は一体何者だろう。
何者ってそりゃ勇者でしょ?
勇み歩く者。すなわち勇者。
今はそんな勇みはどこにもなくどこにでもいる思春期の男子だ。
本当はこの世界で、不死身なだけが取り柄な、普通の男子だったらよかったのに……。
「ん……んぅ」
そろそろアカネが起きそうだ。その、寝顔も可愛いがこうやって起きそうなときの声も色っぽくて素敵だ。
素晴らしい。
僕はこの瞬間のために転生させてもらったのだろう。
後悔はしない。
今なら死んだっていい。
『なら一思いに殺すぞ』
(ごめんなさい)
さすがに軽々しく死ぬというのもどうかと思うし不死な僕がそんなことを言うのもおかしな話だ。
僕を殺せるのは神様と僕だけだ。
「ん……。おはよう」
「おはよう。実に可愛い寝顔だったよ。うん。とっても可愛い」
頑張ってまぶたの裏にも脳の中にもその寝顔を焼き付けた。よほどのことがなければ忘れるわけがない。
「顔赤いけど大丈夫?」
「え? あっ、うん大丈夫だよ」
妄想をしてたなんて口が裂けてもいえない。
言ったら多分殺される。
女の子はいつだって精神的な意味では男子よりも強い。
「じゃあ、行きましょうか」
彼女は立ち上がり、背伸びする。
その背中を見ていると頼もしさも感じる。
「頼むよガイドさん」
僕は彼女の案内とともに町へと乗り出していった。
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この街はやっぱり田舎のほうだった。
うん、誰かが言ってたもんね。
この街は一体どういうところなのかをアカネにも聞かせてもらう。
「この街は一体どういったところなの?」
「この辺は国の東の端のほうよ」
「東の端、ねえ」
頭に覚えておこう。
「名前は『ラストコーナー』」
「なんでそんな大仰な名前がついてるのか理解できない」
「この辺は魔族側に近いから『最後の村』っていう意味で付けられたらしいわ」
「この世界のやつら全員中二病じゃないのか?」
「ちゅーにびょーってなに?」
「いや、その単語は覚えなくていい」
この単語を覚えてしまうと、この世界の人たちに対する冒涜か、あるいはアカネの見る全てが中二病というカテゴライズに入ってしまうことだろう。『魔法』とか。
いや、この場合『科学』みたいなものが中二病という価値観にあてはまるものなのか?
そういえば魔法といえば。
「そういえばあの魔法の書き写しというか、あの魔方陣を書いた紙ある?」
「ええ、あるけど?」
「それを写したものでいい。くれない?」
「いいけど……」
「しゃっ!」
思わずガッツポーズをとる。
「やっぱり勉強をするの?」
「勉強というか、解読かな? あの魔方陣には意味があるはず」
「ふうん。私にはそうは見えないけれど」
「あれを僕の手で解読できたとき、僕だけのオリジナルマジックのための第一歩が始まる」
「私魔法のことそこまで詳しくないけどさ。多分無理だと思うよ?」
「どうして?」
「それは『魔法』は一種の完成された技術だもの。そこに不純物が入る余地も入れる余地もない。鉄を溶かせばその熱で大抵のものが燃え尽きてしまうように、魔法には他の技術が取り込めない」
「じゃあ、言い返そう。それこそないとは言い切れない」
「どうして?」
「そうだね。確かに鉄を溶かす過程には不純物は入らないし入れる余地もない。だけどあれは過程だ。魔法というものは技術とさっきアカネは言ったね。
そのとおりさ。この世界において完成された技術である。でも、鍛冶においておじさんがやかんを作ることもあれば包丁を作ることもある。時には武器だって作ることもあるだろう。でもそこに使われている技術の根底は同じ。でも結果は違っている。ならば、そこに違う結果をもたらせば僕だけのオリジナルマジックはできる」
あくまで理論上は、だけど。
と僕は最後に言い足す。
とはいえ、魔法についてはまだ、何も現段階は分かっていない。
あまり能力に頼りすぎるというのもどうかと思うので能力はあまり使わない方針でいく。
どうせ、この町を出て行くのだ。
魔法を詳しく習う機会を見つけて習えばいい。
僕はあくまで僕だけの魔法がほしいだけなのだ。
そこに強さも何も関係ない。できれば陰陽師っぽい魔法がいいな。そういえば陰陽師って占いが本業なんだって。
「ここは、この村を統治する貴族様のお屋敷よ」
「なんだ。貴族いるじゃないか」
「こういっちゃなんだけどここにいる貴族様はなんと言うか……いろいろと違うのよ」
「いろいろと違う?」
「私たちに近いというかなんというか」
「うん。そういうことだね」
とりあえず悪い人ではないということは分かった。
「分かってくれてうれしいわ」
「うん。悪い人ではないんだろう?」
「ええ、とってもいい人よ」
アカネが言うなら間違いない。
再びその屋敷に視線を向ける。
その辺の家と比べると四、五倍は大きい。地震が起きたら大丈夫だろうか。
この世界の建築技術は不安だな。
「地震とか起きたら大丈夫かな」
「地震なら大丈夫よ。一応風水を使った魔法で建物を強化してるから」
この世界の魔法も中々侮れない。
というか、風水を使った魔法というのは結構陰陽術に近くないだろうか。ということは僕の目指す魔法はすでに作られている可能性が高い。
「確か、貴族の娘さんにソティアって言う子がいるんだけど、風水を使って、風水の力を魔力に変換して使ってるんだって」
「そ、そうなんだ」
やっぱり西洋の根幹は崩れないらしい。
一応安心できそうだ。
「さあ、次に向かうわよ!」
「分かった!」
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「ここは、商店街よ!」
次に案内されたのは、商店街。
今まで来た比較的大きな通りに露店を出した簡易的なものだ。
「ここは、毎日新鮮な野菜が売られているわ。しかも地産地消で安い! 魚なんかは干されたものしか出回ってないけど、それでも十分充実した品揃えよ!」
確かに見回してみればそういった類のものは多い。
トマト、きゅうり、ナス、季節は違うが小麦や稲といったものも売られている。
どれもみずみずしくておいしそうだが、魚は売られておらずそういったものは、干されたものしか取り扱っていないようだ。
海から運ぶのに時間がかかるということか。
生きた魚はそれこそ少量しか運べないだろうから、さっきの貴族の宅に献上されたりするのだろう。
「それにしても人が多いね。この辺は正直言って人が多くないのかと思ってた」
まあ、僕の住まわせてもらっているところが町の端っこで辺りが牧場のせいでもあるんだけれども。
「そうね。ここにしか人が集まらないからね。基本的にやることがないって言えば失礼だけど。その日の仕事が終わったらすることがないからね。蝋燭が高級だから、夜になったらすぐに寝る。そして次の日早く起きる」
蝋燭はこの辺だと高級なのか。
ん、そういえば。
「ねえ、この辺に養蜂場ない?」
「養蜂場? 何?」
「蜂だよ。僕の記憶の中に夜の明かりを確保するいい方法を思いついた」
「蜂なんて、あまり育てているところなんてないわよ?それこそ、村の外れじゃないと」
「じゃあ、せめて花畑のあるところはない?」
「あるにはあるけど………」
「じゃあ、そこに案内して!」
確か、蜂の巣からろうそくを作る方法がうろ覚えだが、確かに頭の中にある。
テレビを見ててよかった。
そしてそのテレビを買うために親戚の弱みを握っててよかった。
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「ここよ」
しばらく歩いたところに、お花畑があった。
「じゃあ、この辺で蜂の巣を探そう」
「下手するとさされるわよ?」
「もちろん普通ならね。僕は蜂の巣に関する知識は少しはある」
「へー」
興味なさそうだが続ける。
「蜂の巣が横に段々になってたらすぐに逃げてね。『蜂の巣があったー』とか叫ぶなよ? 死に関わるから」
「えっ?」
「とりあえず、蜂の巣を見つけら僕に話しかけて。僕も普通に探すから」
蜂の巣から蝋燭作り。
そこから養蜂場と、蜂蜜が盛んに採られるようになれば、この辺の産業は少しは発展するんじゃないだろうか。
「そういえば蜂蜜って知ってる?」
「蜂蜜? 蜂からとった液のこと?」
「随分と物騒な発想だな」
なんだよ。蜂から出汁なんてでねえよ。仮に出たとしても毒だけだ。
蜂の毒針って蜂の命がけらしいね。
「さてと。どうやってとりあえず。片っ端から見て行こうか」
知識は持っているけれど実践経験はない。
百聞は一見にしかず。
とりあえず、探してみるのが一番だ。
こうしてしばらく蜂の巣探しをしていると。
「ねー、シラユキ」
「ん?」
「あった」
木の根元を掘ったのかそこから見つかったのは『横に』段々となった蜂の巣。
「あったじゃねえよ! 逃げろ!」
僕は彼女のところに一瞬で駆け寄り、足払いをかけて浮いた体をそのままお姫様抱っこして逃げる。
そして巣からは蜂が出て僕らを排除せんと襲い掛かってくる。
肉体的接触とかラッキースケベとか女の子の体は柔からかいとか邪念を抱いてる暇はまったくない。
本当に。
横に段々となっている蜂の巣からは……スズメバチ系統が出てくる。
つまり蜂に刺されると、猛毒が回る。
しょうがないというべきかなんというべきか。
虫をいぶす草を持ってきておけばよかった。
「くっそおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
彼女を抱えて逃げる。
正直重いといっておろしたいがそんなことをすれば蜂が来るだろうし、おろすわけには行かない。
「面白い!」
「面白がってる場合か!」
さすがアカネ。僕らにはできないことを平然とやってのける。
だけどそこには痺れも憧れもしない。単なる絶望と焦燥だ。
くそ。こいつはミステイクだった。
「今、失礼なことを考えてたでしょ?」
いぶかしむ様な目で僕を見てくる。
「それはあとで!」
とりあえず、この蜂たちをどうにかしないことには明日がかかっている。
主に彼女の。
僕は別に刺されても大丈夫ですから。
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「はあ、はあ、はあ、……うえっ、気持ち悪い」
曲がりなりにも人を一人背負ってここまで走ってきたのだ。
体の上下の動きが半端ない。
いや、別に他意はなく。
僕も酔っているが、僕に抱えられていた彼女は……。
「はっははー!楽しいね!」
僕以上に元気という事実だった。
なんだよ。こいつ、もう向こうにおいてきてもよかったんじゃないのか?
素直にそう思った。
「ねえ、シラユキも楽しかったよね?」
「いや、今度からお前は絶対に探検とかには誘わない」
いちいち罠の確認が面倒なんだよ。アカネ絶対とラップに引っかかるだろ?僕よりも引っかかるだろ?
すでにこの時点で僕もトラップにかかる前提である。
どうせ死なないなら、それぐらいしてもいいじゃん?
仲間いるなら別だけど。
「はあ、とりあえず。今日は帰ろう」
「そうね!」
こいつ、黙らねえかな。
今なら、素でその辺の木を殴り倒せる気がする。
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「そういえば、今日街を案内してもらったんですよね?」
「あっ………うんそうだけど」
フタバに聞かれて思わずそのまま本心を答えようとしたけれど、さすがに飲み込んだ。
街の案内をしてもらうの、途中から蜂の巣探しになってたからな。
そうかそうか。
「とりあえず。また今度自分でもいろいろ見てくるよ」
「そうですか。ところで、風の噂を耳にしたのですけど、今日彼女とお花畑に行ったんですよね?」
「えっ?」
「ねっ?」
「えっ?」
「ねっ?」
語尾にハートマークがつきそうなほどいい笑顔で聞いてくる。後ろめたいことは何もないはずなのに、僕は気おされてしまう。
「それがどうしたの? 何か問題でも?」
「いえ、なーんの問題もありませんよ? ただ―――」
「ただ?」
「シラユキが思いのほか少女趣味だということが分かりました」
ああん?
とっさにそう言い返しそうになるがすんでのところで我に返る。
それよりも前に聞くことがある。
「そ、それは一体誰に聞いたのかな?」
「そ・れ・は……アカネ本人からです!」
きっと今も語尾にハートがついていたことだろう。
だが、それよりも先に言わざるを得なかった。
「アアアァァァァァカアァァァァァネエェェェェェェェ!!!」
この日僕の声が猛々しく村の民家まで届いたというのは一つの伝説である。
アカネのやつ。ことごとく大切なことを省きやがって。
今度ひどい目にあわせてやろうか。
でも基本チキンなのでやっぱりそれができそうにない。
「ま、まあそれは置いておいて、さっさと食べてしまいましょう」
「見た目に似合わず……いや、案外見た目どおりか」
「タカシさん。からかうのはやめてください」
「おっとすまない。口を滑らせてしまったようだ」
なんだか異世界に来てから心労が増す一方なのであった。
だけれどもそれは気持ちいい。僕の求めていた何かなのかもしれません。
次回は月曜です。
少し、シリアス風味になります。
変態臭漂う主人公。女の子に弱いようです。