第三話 鍛冶屋の娘
全身に風を感じて、僕は走る。
ミハルを背中に担いでいる。
正直に言ううとなんでこんなことになっているのか分からない。
あの熊は一体どれほどの強さなのか未知数。
後ろを軽く振り返ってくると、こっちが若干早いものの熊も追ってきている。
まあ、せっかくの獲物を逃すまいと必死なんだろう。
それにしても色が黒いな。
僕の知る熊とはまた一味違う。
ツキノワグマなんかは一部とはいえちゃんと、白い毛も混ざっていたし……あれが魔族というものか?
「ミハル。あれは魔族?」
「魔族の中でも、下級。だから自我がほとんどない猛獣みたいなもの」
「そうか。ありがとう」
今思えば、彼女を背中に担いでいくというのも中々危ない真似をしていると思う。
実際僕のほうが足が速いが。やつのほうが足が速ければ、一瞬でこの子の体はずたずただ。
いやー、神様のチートに感謝。
そうして走っていると、タカシさんの姿が目に映った。
「タカシさーん! ミハル見つけましたー!」
「ああ! ありがっ………ってええぇぇぇぇぇぇ!?」
その動揺はしごくごもっともでございます。
「とりあえずミハルをよろしくお願いします」
「あ、ああ」
タカシさんのところに足が追いつき、ミハルを渡す。
彼女は父親に会えたことで落ち着いたのか、安堵の涙をこぼす。
いい光景だが、僕にはまだ一つやることが残っている。
「では、よろしくお願いします。僕はあの熊を倒してきます」
あれは下級の魔族。つまりはモンスターということでいいのか?
まあそんなことはあとでいい。
今は、いろいろやらなきゃならないんだ。
(スキル『リミットブレイク』『痛覚遮断』&『鎌鼬』)
悪いが短期決戦に持ち込ませてもらう。
「おりゃあ!」
右足で地面を踏ん張り、駆け出す。
右足の筋肉が断裂してすぐさま再生する。
そのまま、右手にスキル『鎌鼬』をまとい、そのままぶん殴る。
殴った場所は左わき腹。
わき腹は裂け、血が噴出す。
すぐさま距離をとり、様子を見る。
痛みは感じているらしい。正直とても痛そうだ。
他にも少しずつ試してみよう。
(スキル『鎌鼬』を『電流』に)
今度は左と見せかけて右に電流のパンチをお見舞いする。
ビリビリと電気がやつの体中をめぐる。電気量は人間が普通に感電死するほどで電圧は割りと高め。
ビクッっと一回体を震わせるとすぐさま反撃へ移ってきた。
(ヤバッ! 効いてない!?)
そう思って動こうとするもとっさのことで筋肉が反応しない。
くそっ!
振り下ろされる腕を僕はなすがままに食らい、脳みそが揺さぶられるがままに背中を地面に付けた。
鮮血が舞う。
内臓が一つ損傷をおったようだ。
振り下ろされた手には鋭いつめがあり、それが僕の頭の皮を裂いた。
どうせ痛みはない。
ならまだいける。
立ち上がり、敵を見据える。
あまりやってみたいことではないが、ぜひともやらせていただこう。
『リミットブレイク』、『電流筋力強化』、『痛覚遮断』、『鎧通し』。
ユニオンスキル。『鬼神』
『完全無双』というスキルには実は面白い使い方がある。
スキルの複合だ。
そうすることで、一つのスキルとして扱うことができる。
『完全無双』のスキルに特に条件はないがメイキングのときにスキルの内容を細かくきめておくとより効果を発揮するという仕様らしい。(ルーズリーフ)
『鬼神』発動。
「うぉぉぉおおぉぉぉぉぉおぉ!!!」
ドガシッ!
そんな音が熊の巨体のお腹から聞こえる。
一瞬後に、ドパァン!と熊は爆ぜた。
返り血が全身を染める。
どういうスプラッタ現象だろう。
「大丈夫ですか? タカシさん、ミハル」
二人はこくこくとうなずいた。
日も暮れてきている。早く帰らないと……。
バタンッ!
血の臭いに耐え切れずに気絶した。
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目を覚ますと見慣れない天井。
具体的にいうとタカシさんのところの家の天井に似ている。
僕は……血の臭いに耐え切れずに気絶したんだっけ?
というか中々えぐかったな。
能力を使ってあれだものな。
それに適応できるだけの武器を使用したら間違いなく、卒倒するだろうな。
あの光景を思い出すだけでももう一倒れできそうだ.。
寝かされていたのはどうやらベッドらしい。
体を起こしてみると、お腹辺りに違和感。
びっくり仰天。フタバがいた。
何で彼女がここにいるんだと思った。僕の本性を見れば嫌われると思っていたのに。
というか看病とかしてもらえるとか思ってなかったな。
……いや、きっと僕が血が苦手なのは彼女しか知らなかったから、彼女が仕方なくやってくれたのだろう。
起こすべきだろうか。
それともシーツをかぶせるべきだろうか。
………よし、寝かしておこう。
「そーっと」
僕は、布団から音を立てないように抜け出して、毛布を彼女の体にかけてあげた。
今は夜なのかな?
窓を確認してみるとそとはまだ夜明けの直前といったふうで正直そこまで明るくない。
まるまる夜を使い切ったわけか。
夜ご飯が食べれなかったのは残念だな。
というか、この世界に来る直前から何も食べていないので正直お腹がへって死にそうだ。
とにかく、一回起きてみよう。
さっきの部屋は二階のようで、下に降りるとまだ、誰もおきていないようだ。
しょうがない。毛布はなくてもいいか。二度寝しよう。
はあ、とりあえず、こういうときは今日は何をするか考えておこう。
とにかく、今日は穴掘りだ。
地下5メートル当たりに鉱石ではなく、金属が見つかった。
掘っていけばうまく金属が見つかるかもしれない。
それを使えば武器ができる。
加工技術はなぜか体に染み付いているので大丈夫だろう。
あの駄目神様もたまにはいい仕事をしてくれる。
他には、特にはないかな。
あっ、ユニオンスキルもいくつか考えておいたほうがいいかもしれない。
今日は楽しいことが満載だ。
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寒いけど風邪を引かないって厄介だよね。
仮病も使えなければ病気も信じてもらえない。
この不死の力は僕の休憩という大切な時間を奪い取っていく。
なんとひどい。
まだ夜は明けない。
彼女はまだ寝息を立てている。
夏の夜明けは寒い。
風邪引きたいなぁ。
チチチチチチチチチ
そんな鳥の声で目が覚めた。
丁度夜が明けて少し経ったくらいのようで、今は太陽が東側から昇っている。
気がつけば、毛布は空になっており彼女は起きたんだろうなと推測する。
僕も起きよう。
「おはようございます」
「おはようお兄さん!」
「おはようございます。勇者様」
「おはようございます。シラユキ!」
「おはよう」
みんなもう起きているようで、すごすぎるな……。
前世の僕だったら考えられないな。
「昨日はありがとう! お兄さん!」
ミハルは僕に擦り寄ってきた。
昨日の魔族の件か。まったく恩を感じすぎだ。
「そんなにお礼を言わなくてもいいよ。お礼は神様に言って頂戴」
「なんで?助けてくれたのはお兄さんでしょ?」
「そのお兄さんを助けてくれたのが神様だからだよ」
一応あの駄目神様にはお礼を言っておかないとな。
ありがとう。駄目神様!
『お礼を言うなら駄目神様って言うのをやめろよ』
「えっ!?」
みんなから視線が向く。
僕の頭の中に直接響く駄目神の声。
どうやらみんなには聞こえていないらしい。
「す、すいません! 少し席をはずします!」
僕は席をはずした。
「なんだよ! なんで答えるんだよ!」
『念じよ。そうすれば聞こえるから』
(まったく、こういうのは雰囲気が大事なんだ! こういうときは答えなくていいの! いい?)
『オーケー』
まったく、あの駄目神様のせいで朝から疲れた。
『まんざらじゃなかったじゃろ?』
(う、うるさい! この邪神め!)
『わしは生粋の神じゃ! そのせりふはお主じゃなければ一瞬で丸焼きにしてやるところじゃぞ!』
(なんで僕だけ特別扱いなんだよ)
『おぬしは特別なのではない。お主は今、神の次にお偉い地位じゃからの。そう簡単には殺せぬわい』
(ふーん……。ばーかばーか!)
『ぐぬぬ………ええいお主! 今ここで丸焼きにしてやろうか!』
(ぐわわーコーローサーレールー!)
『やめいと申すに! 本当に今すぐ八つ裂きにするぞ!』
(……やれよ)
『えっ?』
(……やーいやーい引っかかってやんの!)
『今のは本音かと思ったぞい』
(嘘だよ。この世界につれてきてくれてありがとう『神様』)
『なっ! ……これは一本とられたよ』
優しげな顔を浮かべる神様の様子が一瞬思い浮かぶ。
(だから僕を失望させないようにしてくれよ。くれぐれも失敗しないように)
『わしだって忙しいからのう。保障できんぞ』
(その尻拭いはいつだって僕がさせられるんだろうね)
『じゃあの』
(ばいばい)
僕は神様との念話を終了し、食事にありつくことにした。
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とりあえず、ご飯を食べたあと、少し外に出てきますといい僕は外に出た。
スコップはもちろん持っている。
向かうのはもちろんあの場所。
金属が浅いところに埋まっているのだ。掘り出さない手はない。
きっとこのときの僕はいたずらをする子供のような顔だっただろう。
「よし、ここだったかな?」
スキルの『ここ掘れワンワン』を発動させる。
……ここで間違いはないらしい。
「じゃあ、早速!」
僕はスコップを地面に突き立てた。
ザクッと小気味のよい音を立てつつ地面にスコップが刺さっていく。
あっという間に1メートルは掘れた。
だが、本当の地獄はこれからだった。
地面というものは深く掘れば深く掘るほどだんだん土が固くなってくる。
最終的には30分ほどで1メートルほど掘っていたのを10分で10センチほどしかほれなくなるというほどになってきた。
肉体的にはともかく、集中力が切れてきたので少し休憩する。
「ふうっ。思いのほか掘れないな」
そう思い、掘った穴に腰をかけつつ穴のそこを見つめる。
それこそ、能力を使って力技でも構わないが金属も傷つけてしまうかもしれないし、そういった細かい条件を決めていくのにも正直面倒くさい。
本当に魔法が使えればそういうことはないのだろうが………。
「そうだ! 魔法だ!」
ここには『魔力』という概念がある。
ならそれを媒介にしたものを使えば僕なりのオリジナルマジックが作れるかもしれない!
――――なんて思っていた時期が僕にもありました。
無理ではないと思うが、元の世界のかじった知識を基にする魔法というのはこの世界の魔法と大分離れているかもしれない。
もしかしたら奇異に映るかもしれない。あくまで『この世界の魔法を基盤にした魔法』なら多少なりとも誤魔化しの目は効くだろう。
じゃあ、早速掘るのを再開しようかというところで、邪魔者が入ってきた。
「こら! 地面に穴を掘っちゃ駄目でしょ!」
そんな声が後ろから聞こえた気がしなくもないが無視する。
一夜さんの声なら振り返ってもよかったがあいにく知らない人の声だ。残念ながら無視するに限る。
この世界に来てから知らない人に話しかけられることは僕にとっての迷惑事が入り込んでくる予兆と認識し始めている。
「ちょっと! 聞いてるの!?」
聞いてないです。
「ちょっと穴を掘るのをやめなさい!」
さすがに無視するのにも疲れたので、穴を掘るのをやめて振り返る。
そこにはショートカットの女の子がいた。
年のころは僕やフタバと同じくらいか少し幼いほどだろう。
服装はどことなくボーイッシュで体の線が出ている。
この服装と声がソプラノでなければこの子が女だと気がつかなかっただろう。
「なんだよ。邪魔するな」
低めの声でどすを聞かせて返した。
「こんなところに穴掘ってるんじゃないわよ!」
少女は腕を組んで、実か出すように怒ってくる。
「別にいいじゃないか。誰かの交通の邪魔になるわけでもないし、誰かに迷惑をかけてるわけでもないのに」
「そんなことはどうでもいいの。あんたが穴を掘っていることが問題なの!」
「はっ?何で」
「あんたが掘り返しているところはうちの鍛冶屋の廃材置き場なの!」
だから金属そのものが埋まってたのか。
「廃材なら問題ないだろ。使わないんだから」
「ぐぅっ! ああいえばこういう」
「まあ、あんたらの所有物って言うなら確かにまずいな。ちょっと頭にきてた。謝るよ。じゃあ、その鍛冶屋とやらに案内してくれない?」
「えっ?」
「鍛冶に、興味があるんだ」
「そうなの?」
「うん。興味がめっちゃある」
「そう、なの。なら来なさい! 今父ちゃんが剣打ってるところだろうからさ!」
「ありがとう。君、名前は?」
「アカネよ。よろしく」
「僕は白水。よろしく」
「シラユキ。変わった名前ね。じゃあこっちよ。穴から出て」
「ああちょっと待って。穴から出たあとにちょっと寄る場所があるから」
「ん? どこよ」
「タカシさんのところ。少し遠くに行くって言ってくる」
僕は穴から出てきて、服についた泥を払う。
「ふーん。あんたそれはそれでいいけど。街中ではその色の服はあまりいい扱いを受けないわよ」
「やっぱりそうなのかなー」
「まあ、悪い人や魔族、あとは貴族ぐらいかしらね。その色を好むのは」
「うん? 悪い人や魔族は聞いてたけど貴族は聞いてないな。ミハルは知らないのか?」
「あまり幼い女の子に貴族だのなんだのって教えないものよ。私も貴族について教えてもらったのなんて2年ほど前なんだから」
「へえ、そうなんだ」
「こんな辺境に貴族が来ること自体がまれだからね。あんまり貴族についての実感が沸かないのも当然なのよ」
「そういうもんなのか」
「そういうもんなのよ。さ、さっさと行きましょ」
「あ、うん。分かった」
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「すいませーん! 今日は一日戻ってこないかもしれないんで、ご飯のほうはいいです」
「そうなの? どこかに出かけるのかしら?」
「ちょっとこの街を見てこようかと思って」
「そう。なら気をつけてくださいね」
「はーい」
「あっ、もし帰ってこないようなら、鍛冶屋に来てください。多分そこにいます」
「はいはい、分かりましたよ」
そして僕は鍛冶屋に向かって歩き始めた。
となりには髪を短く切っているアカネが案内してくれる。
鍛冶屋とはどんな場所か。大分気になるね。
半分以上勢いで書いているので誤字脱字の宝庫状態です。見つけたら報告ください。さっそく、バグオンの影がささってきている気が………。