第三十六話 旅支度
さて、旅に必要なことは以下略。
僕が現在用意していることは、僕の覚えていることのメモ帳だ。
医療、日常、そしてサバイバルにいたるまで、簡単にまとめている。
中にはうろ覚えの知識もあるが、いざというときはその情報にも頼らないといけないだろう。
そして、僕が僕自身に課すルールもいくつか考えている。
基本的に医療については、僕の持つ知識の範囲内でしか他人を救わない。
もし、魔法なんかで治せないような技術があったときに、安易に僕の血をいちいち他人に飲ませていたのであればきりがない。
他にも、僕自身の存在を隠すためとか、いろいろあるけれど、一番の理由はこれだ。
力には責任が伴うからそれを扱うときには、もちろん僕が責任を取らないといけない。
「……ふう。こんなものかな?」
僕はそのノートを完成させた。
もちろん日本語だ。
僕が見るためのものなんだから日本語で書かずして何語で書けと申す。
まあ、知識を覚えてもらうのはいいかもしれない。
戻ってきたときに逝ってたなんてことはあってほしくないからね。
だから、僕ができることを教えられることを全て教えるつもりだ。
「ねえ、フタバいる?」
僕はフタバを呼んだ。
「はい。なんですか? シラユキ?」
「実は、フタバに教えておきたいことがあってね」
「教えておきたいこと?」
「冬の季節には、風邪とか病気がはやらない?」
「ええ、それは毎年のようにはやります」
この世界でも冬は風邪を引きやすいらしい。
基本的な生態系はやっぱり変わらないらしい。
「じゃあ、丁度いいや。これをご近所さんに教えてあげて。寒い冬には暖炉に火をつけてその近くに水を入れたやかんを置いておくといい」
「どうしてですか?」
「細かいことを説明すると時間がかかるからそれはまた今度にさせてほしいな」
「わかりました。絶対ですよ?」
「ああ、絶対だ。もう一つ教えておくことがあるんだけど、もし、それでも風邪なんかを引く人が出てくるだろう。そしてあまりにも熱が高いようであれば、脇や、股関節のあたりも冷やしてあげるといい」
「えっ!?」
いきなり下ネタに走ったと思われたようだがこれは本気だ。
実際高熱によって不能になった男の人もいるみたいだし。
あれを冷やせとは言わないからせめてその周りの股関節のまたの付け根を冷やすのがいい。
大きい血管が近いからよく冷える。
「風邪の治療法は、水分を多く含ませて尿をさせておくことだよ。覚えておいてね」
「でも、どうしていきなりそんなことを?」
「僕が戻ってきたときに何人も死んでたら嫌だからだよ。残りたいし、魔王なんか退治に行きたくもない。だけど行かなきゃならないから、できる限りのことをしたいと思ってね。この知識は僕の世界にいたときのものだ。僕のはにわか知識だけど役に立ててくれよ?」
「ほんと、変わってますね」
「今更だよ。そういえば紫キャベツある?」
「えっ?あ、はい。あったと思いますけど……」
「なら、できるだけ色付が良いものをお願いするね」
「はい、わかりました」
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「で、どうして紫キャベツを煮込んでるんですか?」
「ふふふ。それは後のお楽しみだよ」
紫キャベツっていいよね。
酸性かアルカリ性かわかるんだから。
野生の真水のPh濃度が分かるからある程度は危険な水を見極められる。
それでも蒸留を使えば安全に飲むことができる。
「よし、大分たまってきたかな。これは後でちゃんと食べなきゃ」
なべに敷き詰められた水と、紫キャベツ。
紫キャベツの色素が染み出てきて、なべの水は紫色になっている。
……気味悪い。
「じゃあ、ためしに……と」
僕は、つい最近とっておいた雨水に紫キャベツの液を入れる。
この雨水は採取して結構経っている。
腐る……もとい酸化しているはずだ。
紫キャベツの液の色が変色しないはずがない。
そして、紫キャベツの色素の入った水を雨水にたらすと予想通り色は変色した。
よし、これでこれはよし。
だが、こいつが腐ってしまえば元も子もない。
よし、『反転時計』で時間固定しよう。
僕は紫キャベツの液を時間固定して腐らないように時間を固定した。
この能力ってめっちゃ便利なんだけど。
「これはなんなんですか?」
「これは、飲む水が安全かどうかを調べる薬みたいなものかな?」
「そうですか」
反応が薄いな。
「まあ、見ててくれよ。この水!」
「これはなんなんですか?」
「これは前回最後に雨が降ってからそのままにされた水だ!」
「絶対腐ってるでしょうね」
「そうだよ。当たり前だよ。まあ、川の水が安全か調べるためのものだから」
「ああ、なるほど」
「それに、毒が入っているかどうかを調べることができる」
「毒?」
「まあ、僕らみたいな存在は希望と恨みを背負うのさ。貴族の妬みを買うことだってある。ダーテさんみたいには行かないんだよ」
「毒殺対策みたいなものですか」
「そう、毒殺対策」
「銀のフォークとスプーンなんかでもいいけどね。話が脱線したね。じゃあ、これをみててね」
紫キャベツの液をたらすと、酸性となっている水が反応した。
「おお」
「というわけでございますよお嬢様」
「でもシラユキは必要ないじゃないですか」
「僕は良くても彼女たちは不死身じゃないからね」
「ああそうでしたね」
僕=不死身の方程式は成り立たないんだよ。
スキルキラーの存在も見てしまったし。
「あっ、そうだった。水筒」
「水筒?」
「いや、ここに残る二人に渡しておこうと思って」
「二人残るんですか?」
「ああ、ちょっといろいろあってね」
いろいろとは、チャイドラの件だが……、うん。僕があの二人だったら二度と戦いたくなくなるな。
勇者に推薦されてきたのに、手も足も出ないどころか夜襲にも対応できずそのままひたすらいじめられる。
きっと、それなりの実力を持つものとしてのプライドを打ち砕かれたのだろう。
「まあ、いざというときは二人が戦ってくれるから仲良くしておいてね。無論二人が困ってるようなら助けてあげてほしい」
「わかってますよ。この街ではそれが当たり前です」
「あれっ?でも確かセラって……」
「気にしたら負けなんです」
「人の命を懸けておいてそのせりふはないと思うけどな」
さすがにセラの命軽く見られすぎてないだろうか。
まあ、過ぎたことをいつまでもくよくよしててもしょうがないと思うけどさ。
「じゃあ、僕は行くよ」
「はい、行ってらっしゃい」
僕は、そう言ってフタバの家から出た。
そして、一人で歩いていると暗いあの感覚がよみがえる。
日本にいたころは、根暗ひ弱陰険と、よく言われていた。
事実そうであったと僕自身思う。
僕は人から嫌われた。
両親がいなくなったことで心の支えがなくなったからだ。
さらには、不死身の力などというもので親戚からも疎まれた。
もちろんそんな中でも仲良くしてくれる人たちはいたけれど、次第に僕から離れていった。
家族。
もうすぐこの街から離れる。
そうすれば、やっと手に入れられてこの平穏を手放すことになる。
割り切るしかない。
前世含めてこの十五年の人生。
中途半端にやって大切なものを失いたくない。
だから、戦わなくてはならないのだろう。
というかいっそここに魔王来いよ。
「さて、急ごうか」
僕は目的地に向かって歩き始めた。
「すいませーん。調子はどうですか?」
「ああ、いい感じだ」
最初に向かったのはガルブの部屋。調子はどうやらいいようだ。
「おお、それはよかったですね」
「ああ、まったくだな」
「僕は調子がいつも最高潮です」
「お前の能力ならまずそうだろうよ」
「実は、渡すものがあってきまして……」
「なんだ?」
「ええと、水筒です」
僕はガルブに水筒を差し出す。
「これが水筒か」
「? 知ってたんですか?」
「レインが話してたよ」
「ふぅん」
まあ、知ってたならいいけど。
あいつには渡してたし。
「では、これを渡しておきます」
「おう、ありがとう。これって長い間熱が変わらないんだろ?」
「まあ、熱いものは無理ですけど。程よくぬるい程度なら大丈夫ですよ」
「ははは、まあ俺としてはもらえるものはもらっておく主義だからもらっておくよ」
「感想聞かせてくださいね?」
「ああ、もちろんだ」
「では、アーチェルさんにも渡してきますんで」
「ああ、じゃあな」
そう言って僕は部屋から出た。
さて、次はアーチェルの部屋か。
彼女の部屋の前まで行き、二回ノックする。
『ん? 誰だ?』
「僕です。シラユキですよ」
『ああ、分かった。今出る』
そして、数瞬待った後、彼女は部屋のドアを開けてくれた。
「入ってくれ」
「いや、いいですよ。これを渡しに来ただけなんで」
「おお、これが水筒か」
「レインからですか?」
「ああ、そうだ」
「へえ、そうですか」
「なんでも、中々いれたものがぬるくならないとか」
「まあ、それを意識して作ったものですからね」
「金属なのにぬるくなりにくいか……革命的だな」
「いえ、それほどのことではないかと」
「いや、十分すごい。これは」
そこまで褒められると照れてしまう。
「照れますね、アーチェルさん」
口に出して言ってみる。
「ははは、まあ使う機会はあまりないだろうけどな」
「ははは……それはそれでへこみますけどね」
「まあ、一度使ってみることにするよ」
「ええ、そうしてください」
僕らはそう言って笑いあっていると……。
「ん? シラユキ。少し動くな」
すると突然アーチェルが僕の頭を変なものを見るようにジロリと見てきた。
僕の頭に何かついているのだろうか。
「お前、髪染めたか?」
「……いえ、染めてないですけど……」
「そうか。いや、お前の頭が少し灰色っぽくなっていたから気になったんだが」
「灰色? 突然ですか?」
「突然というよりは、そうだな。ほんの少しだけしか変わっていなかったから、気のせいかと思う程度だった」
「そ、そうですか」
「ああ。これ、ありがとう」
「いえいえ、では、失礼します」
僕は部屋をあとにした。
少し……考えることができたぞ。
髪の毛は僕は生まれて一度も染めたことがない。
その髪の毛の色が突然変わるなんてことはないはずだ。
髪の毛の日の光りが当たらない部分は茶色くなることはあるが、白くなるということもない。
何らかの理由があるのか。
まあ、今は考えても分からないことだ。
今後じっくり考えて言ってもいいだろう。
一応、日本との環境の違いとも考えられなくもないが、ここですごした数ヶ月で変化がないのもおかしいと思いすぐに却下した。
「神様が出てきてないのに……厄介なにおいがするな」
僕はそう思いながらフタバの家に戻っていった。
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「――ってことがあったんだけどどう思う?」
異世界が云々の事情を知っているフタバならもしかしたらこの世界と向こうをある程度重ねて考えてくれると思ったので、とりあえず訊いて見ることにした。
「そうですね。光の加減ではないでしょうか?」
「一応その線もあるかと思ったんだけどさ。見たところ確かに注視しないと分からない程度に髪の毛が色落ちしてたんだよ。十数本抜いた結果ね」
「なるほど……。突然ですがシラユキ。犬というものは冬と夏で毛を使い分けているそうですよ。冬は長い毛を生やして、春以降にはその毛を抜いて新しい毛を生やすという――「待って! それだと僕が犬みたいじゃないか! しかも季節が季節なだけに信憑性があるのは恐ろしい!」
フタバの情報の関連付け方が少しいやだ。
「とは言えどお互い情報が少ないですから、旅の途中で見つかるんじゃないですか?」
「うーんそうだといいけれど……」
僕の考えている一つの線はこれだ。
周りの人にも突然髪の毛の色が変わるということはほとんどないらしい。
そして、僕が周りの人と違う点は『僕が異世界人であること』言い換えれば、僕だけ周りから浮いている。
この髪はなんらかの意味があるとは、考えたくないが、まあ一つの線としては有力だろう。
現在僕は宿屋に戻って、瓶詰めにして時間を止めている紫キャベツジュース。(※この後僕がおいしく紫キャベツをいただきました)
そして、水筒。
他にもいくつか必要な道具を少々。
これで準備のほうはいいだろうか。
まあ、不備があったとしても、大抵のことは能力でどうにかなるのでそこまで考える必要もないだろう。
さて、今日は寝よう。
明日も早いし。明後日には出発もする。
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