第二話 勇者って必ずしも英雄らしくある必要ってなくね?
僕は今、正直困っている。
突然地面にひっくり返されてそこから、神様が僕を助けて……いや、当然か。
その後に勇者に任命された。
いくら神とはいえ、自由にもほどがある。
限度というものを覚えてほしい。ついでに言うと僕の血圧も右肩上がりだ。
「で? 勇者って何をすればいいのかまったく分からん」
まあ、魔王を倒すとかそういった漠然……いや、それが勇者の目的なのは分かっている。
だが、ここはゲームではなくて現実。全ての歯車がかみ合うとは限らない。
どこかのダンジョンのボスを倒せばどこかの鍵を手に入れるなんて都合のいいことはまず起こらない。
「はあ、先代勇者とかいないかな? レクチャーとかしてくれればいいのに。というか、僕はそもそも戦闘自体が門外漢なんだけどな」
己のぼやきはむなしくあたりに響く。
僕は牧場の柵に寄りかかり、空を見上げてそんなことを言っていた。
勇者というのは光栄ではあるが、同時に言うと荷が重い。
前世でも『化け物』とか呼ばれて、人とはほとんど話したことはない。
いじめも学校の先生が黙認するレベルだ。
親戚の家をたらいまわしにされたのも、悪評が嫌だったからだ。
「まあ、まだ今は『仮勇者』ってところか」
結局は魔王を倒せば『勇者』なのだ。逆に言えば、僕は(駄目)神の加護を受けているとはいえ勇者とはいえない。
まずは、これからどうしようかな。
1.神様の命令を無視する。
2.勇者になって世界を救う。
この二つだ。
1は単なる責任放棄。これじゃあ前世と変わらない。
2はむしろ扱いが前世に近い。
疎まれたり、敬われたりといろいろあるが縛られるというところでは前と変わらない。
はあ、自由に異世界ライフを寿命いっぱい満喫したかったのに。
簡単に魔法を使って、剣を使って普通に暮らす。
そんなのでよかったのに。
「はあ」
ため息が口から漏れる。
「どうしました? シラユキさん」
「ん? フタバさん」
「呼び捨てでかまいません」
「じゃあ、そっちも呼び捨てでいいよ」
「シラユキ」
「フタバ」
お互いに呼び合い、一瞬の間が生まれる。
「シラユキは、嫌ですか? 私たちを救って、勇者になるのは」
「いや、一度はそういうものを夢見るけどさ。でも、死にそうになったり、それこそ、死にたいと思ったりもするだろうさ。でも一番いやなのは……血の臭いだ」
「血の臭いですか?」
「いやね。僕のいたところでちょっとした不慮の事故があってね。僕は死に掛けたんだ。そのときにあの神様がなんだか知らないけれど仕事をしくじって僕は不死身になっちゃった。血の臭いは嫌い。あれはちょっとしたトラウマだよ」
「それほどまでに嫌いなんですね」
「まあ、日常生活を送る上でできた怪我はしょうがない。あれはなんとも思わないよ。でも、大怪我や病気はその限りじゃないよ」
血の臭いは嫌い。
家族の、亡骸を思い出す。
あの時一緒に死ねば楽だったろうにと思ったがさすがに不謹慎かと自分を戒めた。
「勇者は僕みたいな小心者で臆病で、人と話すのが苦手なタイプなのには、向いて無いんだよ」
「でも。せっかく神様が任命してくださったんですから、やってくださいよ」
その声音には少しだけ不機嫌な感情が感じ取れた。
「……分かったよ……」
きっと自分はこうやって異世界でも嫌われていくのだろう。
そう思うと僕はこの場にいたくなかった。
「少し、一人にしてくれるかい?」
「分かりました」
そういうとフタバは僕から離れて姿を消した。
「さて、成り行きとはいえ勇者をすることになっちゃったな。それよりも、あの駄目神ルーズリーフなんて送ってこないじゃないか」
そう毒づいたとき。
「やっほー! もって来たぞー!」
なんとなく空気を読んでほしいと思った。
「ありがとう」
心がささくれてるというのにこの神様は………。
ああ、いろいろ痛い。
「じゃあ、これを見ておくのじゃぞ? よいな?な? ほなばいびー!」
そして、駄目神様は上へ上っていった。
ちっ。また顔を見損ねたか。
「それにしても結構の数、書かれてるな」
ルーズリーフには、たくさんの能力が書かれていた。まるで、『ぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこう』みたいになってるな。
なんだ。人のことを中二病とか言っておきつつ自分はちゃっかり小二病じゃねえか。
とりあえず、今どれだけのことが出来るのか確認しておこう。
最初はあの不死の能力、『鳳凰の証』。その名のとおり、不死の力。よって、寿命による自然老衰でしか死亡しない。基本的には『呪い』関連は無力化という解釈でいいそうだ。再生能力もありえない速度らしい。
二つ目は、先ほど見せた、人に活気、植物に元気を与える能力『治癒血液』。お前こそが中二病だよ、駄目神様。
これは、その血を取り込んだり、傷に直接塗ったりするとたちまち治るという優れた能力だ。基本的には、その血は瓶にでも入れて、保存しておけばエリクサーの完成だ。
三つ目は鉱石探査能力か。名前は『ここ掘れワンワン』。最高にいい能力だね!
四つ目は鉱石加工の能力『武器ツクールver2.04』。………何かコメントを残すべきだろうか。
五つ目は一番のチート。『完全無双』。一時的に能力を創造して自分やその周りの人に付加させることの出来る能力。
能力は具体性があればより強く発揮することが出来るらしい。
後はパッシブスキルだが、ありふれたものしかないので気にする必要はない。
『暗黒舞踏』なんて名前のスキルなんてどこで使うんだよ。
内容は、黒歴史暴露大会だし。
なんて嫌なスキルなんだ。
まあ、あの残念な神様のことだししょうがないか。
さて、これからどうしようかな……
うーん。
早速、鉱石を使って武器か何かを作ってみよう。
それはいいと思う。
でも、最初に道具が足りない。
窯も必要だし鎚も必要。しかもちゃんとした釜を設計する必要がありそうだしな………。
お父さんに聞いてみよう。
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「すいません。お名前を教えてください」
「ん? タカシだが?」
「本当にここは異世界なのかな………」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでも。この辺に鍛冶屋か、あるいは家事に使うような窯ありますか?」
「ああ、それならうちの敷地の端っこに、もう使われていない陶器用の窯があるんだがそれで大丈夫かな?」
「ありがとうございます。あっ、あと鍬かスコップありますか?」
「君はいったい何をするつもりだね? いくら勇者を任されたからといってあまり家を好き勝手間改造しないでくれよ」
「大丈夫です。必要な武器を作るだけですから」
「え? 武器?」
「そうです。武器です」
「材料はどうするつもりだね? まさか掘るというわけじゃ………」
「その、まさかですよ」
このときのタカシさんの顔は最高に面白かった。
放心状態ってあんなかんじなんだろうね。
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僕は思うことがある。
勇者は必ずしも英雄らしくあるべきではないと。
そんなに正義感を持っていてもいいこと無いしね。きっと貴族なんか見たらあれだぜ。太ってるんだろうよ。
で、僕は今、簡単に鉱石が埋まっている場所を探している。
この世界には基本的に土地というものは柵で覆われていることが前提らしい。
簡単に言うと「ここは私の土地である」と言うのにはその土地の周りを柵で囲っておくのだ。
なので、柵に囲われていないところは最終的な所有権は国にあるが、基本的には自由にしていい。穴を掘ろうが、石油を掘ろうが、井戸を掘ろうが自由。
僕はスキルの『ここ掘れワンワン』を使い、現在鉱石を探している。
この辺一帯に牧草地帯があるところを見ると近くに火山と言える火山は無く、ただひたすらに草原が続いている。
最初は、鉱石は無いだろうと思われたが、意外や意外。一応、申し訳程度の鉱石は埋まっているらしい。だが、もうひとつ余計な問題が発生した。
圧倒的に、深いのだ。
深いものは地下数百メートル。浅いものでも十数メートル。
とてもじゃないが掘るには深すぎる。
十数メートルなら二日三日でどうにかなるが、だが、それはたいてい少量だ。
一応、マーキングは付けておいたのでそのうち使わせてもらおう。
で、とりあえず、今も近場をぐるぐる回って、浅くてなおかつ、大きく量のある鉱石はないかと探しているわけだ。
まあ、そんなに都合よく行くとは思っていないけど。
あっ、でも鉱石から実際それが取れる量はかなり少ない。
これは無理そうかな。今度余裕があったら誰かに聞いてみよう。
何か知っているかもしれない。
「!? な、なんだこりゃ!?」
僕のスキルに反応があった。
それはもうびんびんと。深さは約5メートル。埋まっているものは鉱石ではない。『金属そのもの』
「なんだか知らないけれどあたりを引いたぞ!」
とりあえず、ここにあたりの印をしておいて僕はもう帰ることにした。
今の時刻は夕方時。
僕が最初に来たときはこの世界で言うところのお昼前だったので、もう随分と長い時間歩いていることになる。
「なんだか、もうこの世界になじんじゃったな」
この世界なら、楽しんでいけそうだ。
とりあえず、ここは明日から掘り始めてみよう。埋蔵金なんかが見つかるかもしれない。
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「すいません。帰ってきました」
「あら、お帰りなさい」
僕をイチヤさんが迎えてくれる。
この人の笑顔はどことなく落ち着くな。
ギロッ
そんな感じの視線を感じ取った。
その視線の正体はタカシさんだった。「俺の女に手を出すな」といったところか。人妻には手を出しませんよ僕は。
「それにしても、今までどこに行ってたんですか?」
「ええと、あたりのほうを見回りに。ちょっと興味深いところを見つけたもので明日にでも、そこを調べてみようかと」
「そうなんですか。今日はゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます」
「あれっ?シラユキは帰ってきてたんですか?」
「うん。そうだけど………」
「ミハルを見ていませんか?先ほどからずっと見てないんですけど……」
「うん。僕はあのお昼の出来事以来ずっと見てないけどね」
「あ、そうでしたね」
「でも一体どこに……」
フタバは眉を八の字に曲げ、困っている。
僕は捜索に行ったほうがいいのだろうか。
そう思い、一緒に捜索を申し込もうとしたところで………
『きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
遠くから突如、幼い少女の叫び声が聞こえてきた。
この声は、ミハルだったと思う。
「この声はミハルのものだわ!」
イチヤさんは動揺しているらしい。
僕はとっさに、タカシさんに目配せをした。
僕の送った合図は『一緒に行きますよ』という旨のものだ。
彼はそんな僕の意思表示を感じ取ったのか頷いて座っていたいすから立ち上がった。
「僕とタカシさんはミハルを探してきます。お二人は絶対にここにいてください!いいですね!」
半ば命令口調で僕は急いで彼女たちの家から飛び出した。
夕方時とはいってもまだ、日は明るい。
まだ空が少し赤みを帯びてきた程度だ。
「行きますよ! 僕はこっち、タカシさんはそっちをお願いします。もし見つけたなら、大声で呼んでください」
ここからは彼女の姿が確認できないが、声が聞こえたのだ。賊にでもさらわれない限り、おそらく近くにいる。
僕は牧場の奥である南東側を探している。あのときの森は南側なのですぐそこに針葉樹林の森が見える。正直不気味だ。
「ミハルー! どこだー!? 聞こえるなら返事しろー!」
会って数時間足らずの女児だが、恐怖にすくみあがっているのなら見知った声は安堵感を生んでくれるはずだ。
たとえそれが、相手が嫌いなのだとしてもだ。
「おーい! どこだー! 聞こえるなら返事しろー!」
そうだ!ここは、ダウジングをいじれるんじゃないのか?ダウジングを元に能力を生成する。
スキル『かくれんぼ』。
早速探知開始。
(…………)
見つけた!
距離は……六百メートル。方角は南? なら近い。
あたりは大分暗い。西から照っている太陽の光は東側を照らし、そこまで視力のよくない僕でもかろうじてあの少女の姿を目に捉えることができた。
(あそこか!)
足に力を込め、四肢を奮い、全力で駆け出す。
これはパッシブスキルの一つの身体強化。
元の体だとこんなにスピードは出ないのだが、さらに多少の無茶をさせてもらう。先ほどの悲鳴を聞く限り、あまり余裕のない状態だ。
(スキル『リミットブレイク』&『痛覚遮断』)
加速はさらに早まり、15秒もすれば彼女の姿は目前だった。
彼女はどうやら、巨大なものから逃げているらしい。
何かは分からない。
だが、見た感じ黒くて大きい。
ざっとみたところ2メートル。熊か何かか?
「ミハル!大丈夫か!?」
「お、お兄さん!」
安堵をしたのか彼女の四肢から力が抜ける。
そして地べたにへたり込んでしまった。
その隙間を縫うように熊みたいな何かは腕を振り上げる。
「間に! 合えぇ!」
もう一回加速すると筋肉が断裂する感覚が頭に伝わる。力が入らないが、これで彼女のところには間に合う。
振り下ろされそうなその腕に、巨体を持つその生き物に僕はタックルをかました。
秒速15メートルはくだらない僕の体当たりを食らいその巨体は揺らぐ。
腕を振り上げていたせいで、バランスが少し悪かったため、運良くバランスを崩しこける。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。よく頑張った。怖かったね」
巨体のそれは立ち上がる。
「けど、少し待っててね。僕が今何とかするから」
今は非常事態だ。タカシさんを呼んでいる暇はないし、それよりも危険だ。
見た感じ的は熊。人間が熊に挑んでも勝てる要素がほとんどないけれどチート補正でどうにかなるだろう。
まずは、この子を連れて逃げなければならないだろうね。
僕はミハルを腰に抱えて立ち上がる。
「え?兄さん戦わないの?」
「まずは、君のお父さんのところに行くよ」
「だめ!そんなことしたら羊がみんな食べられちゃう!」
「君の命がお父さんの本望だよ。どちらにしろ君を守るために戦うのは少し辛い。邪魔」
「…………!」
「だから、君はお父さんと一緒に安全にしてほしいんだ。できるね?」
「うん………」
ちょっと言い方がきつかったかな?と思わなくもないが、だが、こちらは初めての実戦だ。彼女まで危険にさらすわけには行かない。
「少し、風が強くなるよ。ちゃんとしがみついててね?」
僕はそういうと四肢に力を入れてありったけの力で駆け出した。
次回は水曜日。