へん人No.1 芦屋春日 その3
「おーい! 芦屋ー!」
「んん……ってうおおお!? あ、荒木ぃ!? ななな、なんでここにいるんだよ!?」
俺の声に驚いた芦屋は、ひどく狼狽していた。
「なんで……ってお前、友達に対してそりゃあずいぶんな言い草じゃないか?」
「そ……そうだけどよ……いや、てっきりお前は家にいるもんだとばかり……」
「ん? ああ、体操服を学校に忘れたからな。一度家に帰ってから取りに戻ってその帰りなんだよ。つーか、お前こそなんでこんな時間に、こんな場所で、そんな格好でいるんだよ?」
おまけに俺の電話を無視したのはどうしてなんですかねぇ?
「い、いやぁーなんと言うかその……あれだ! αがβでγだからδになっちまってしょうがないからεしちゃってさぁー! そうするともう俺としてはζするしかなっかったわけだよ! そこに! そこにだ! 俺の親友であるηなお前が登場するだろ!? だからθでありιな俺は仕方なくκしてλするだろ? わかるだろ? つまりはそういうことなんだよ!」
なんとっ! そ、そんな理由があったというのか!?
「ってことは……μとνがξしてοしてπなお前がρになるから、そこでσなお前がτするわけなんだな?」
俺の言葉を聞いて、芦屋の顔が一気に明るくなった。
「そーーーーーーなんだよ!! υがφしてχしてψになっちゃったからΩになったんだよ!!」
なるほど、なるほど。
「つまり……お前はαでありΩである……そういうことだな……?」
芦屋の顔を見ながら、全てを理解したようにそう訊ねてみた。
「さすが荒木……俺がただ一人漢と認めた益荒男よ……!」
どうやら俺の予想は当たっていたらしく、芦屋はキリッっとしたイケメンフェイスから当社比四割増しのイケメンスマイルを放ってきた。
やだ…………なにこのイケメン。
突然の猛攻をくらってしまった俺は思わずその場に崩れ落ちそうになってしまった。
いや、まだだ……! まだ俺は戦える……!
高く積み上げられたジェンガのように足がガクガクと震えていたが、気力を振り絞りなんとか足に、力を込めようとしたその時――
「そこにしびれる憧れる……」
いつの間にか俺の背後に回っていた芦屋に、耳元でそっと呟かれた。
「ほ、惚れてまうやろおおおおおお!!」
……なんなのこのイケメン!? さんざん乙女の純情を弄んでいったい何がしたいの!?
あたしはアンタみたいなちゃらい男なんて全っ然タイプじゃないんだから!! 勘違いしないでよねっ!!
「……って待て待て待て! 落ち着け俺! 俺は男だ! 女の子が好きだ! お姉さんが、それも綺麗なお姉さんが好きなんだ! 断じてそっちに、明後日の方向に走っちまうわけにはいかないんだ!!」
危ぶねーッ! 今完全に落とされるところだったわー! 今完全に女の顔してたわ俺ー!! 男なのに! 俺男なのにー!!
「いやー流石に無理だったかー! いやはや、あれで気絶しないなんて恐れ入るぜー荒木ぃ!」
「はぁ……はぁ……あと三センチ右にいたら完全にアウトだった……」
こんな特技を隠し持っていたなんて……芦屋、恐ろしい子っ!!
「おおーーっと! 気がつけばもうこんな時間じゃないか! それじゃあな荒木! 俺そろそろ行くから! 夜道には気をつけ――」
「待ちなさい」
ガシィ! っとどこかへ去ろうとする芦屋の肩を掴み、強引に隣まで引き寄せる。
「……へ?」
「どこに行こうって言うんだよ?」
「い、いいいいいやああああ? べべべっつにいいい? どどどどどどどどどどこででででもないけどおおおお?」
「嘘付け! そんなバレバレの演技じゃ誰も騙せんわ!!」
「な、なぜ演技だとわかった!?」
「いーから、早く話せって! こちとらお前がそんな格好してるから気が気じゃないんだよ!」
「へ……? 俺のこの格好がどうかしたのか?」
「今日のHRで先生が言ったばかりだっていうのにもう忘れたのかよ……」
しょうがないので、先生がHRで俺たちに言った事をもう一度芦屋に懇切丁寧に教えてやった。
暴行犯がこの辺りをうろついているかもしれないということ。
犯人の特徴は黒づくめだということ。
まぁ『懇切丁寧に』とは言ってもこの二つだけなんだけど。
そして最後に「これが警察からの情報らしいぞ?」と一言付け加えて俺が持っていた情報を全て教えてやると「ええっ!? それじゃあこのままの服装だったら確実にその犯人に間違われるじゃないかー!! ヤダーーーー!!」 と言いながらどこかへ走り去ってしまった。
「あ、結局なんで芦屋がここにいたのか聞くの忘れた! ……けど、まぁいっか」
追いかけるのも面倒だし、どうせ明日学校で会った時に聞こう。
栖桐のことに、芦屋のこと、それに体操服のこと。
今、俺が抱えている三つの悩みが何一つ解決していないことに頭を悩ませつつも、俺の心と身体はすでにズタボロだったので、疲れ果てた俺は自転車のロックを外し、再び家まで押して帰ることにした。
続く




