へん人No.6 芭逸女々花 その14
「……ん、んんっ……。……ここは……?」
古臭い木の臭いとひんやりとした床の冷たさにより、どんよりとした暗闇が脳内からゆっくりと引いていき、意識と視界が段々とクリアになっていく。
周りを見回してみると年期の入った木で出来たと思われる一面の壁と、同じような素材で作られた扉があった。俺を殴った男達の姿はなくここにいるのは俺だけ。逃げるのならば今が絶好の機会みたいだけれど――
「……無理っぽいなぁ」
俺の両手首と両足首は丈夫そうなロープで雁字搦めにされていて、この状況から抜け出すなんて不可能に近い。
しかし足はともかくとして、普通こういうシチュエーションだったら俺の両手は後ろで縛られるものだと思っていたのだけれど、何故か前で縛られていた。
後ろで縛られるよか、こっちの方が逃げられる可能性は格段に高いだろうに……あの男達は何を考えているんだろう。
もっとも、俺が一流のマジシャンだったり、アルセーヌで三世的な大泥棒なのだとしたらまた話は別なのだろうけれど……生憎というか当然というか、俺は何の取り柄もない一介の男子高校生なので、世紀の大脱出やらICPOの警部から逃げ切る事なんてとてもじゃないが出来そうにはないのだけど。
「はぁ、しっかし何で俺を連れ去ったんだ? 華菜乃や女々ちゃん、八条寺じゃなくて、どうして俺を……?」
一人ごちて、自分が着ている衣装に目を落とす。煌びやかな赤を基調としたノースリーブと太腿の半ばまで入ったスリットが特徴的なチャイナ服が視界に入ってきた。
こう言っちゃあ自画自賛ってヤツになるかもしれないが……この衣装は、なかなかにキマってると思う。もし、華菜乃や女々ちゃんがこのチャイナ服を着たとしても、流石に俺以上に着こなすことは出来ないだ――
「――って俺は何を考えているんだ!」
チャイナ服ってのは元来女性が着用する服だ。服のはずだ。……でも、俺は今そのチャイナ服を着ている……。……ま、まさか! 今まで俺は自分の性別を男だとばかり思っていたけど……実は俺、女子…………だったのか……!?
「確認……しないと……!」
拘束具のせいで、満足に手を動かす事は出来そうにない。でも、触る事は……! 揉む事ぐらいは出来るッ……!
「いくぜ、相棒ッ……!」
意を決し、俺は両手をわきわきさせながら慎重に手を伸ばし――
「…………」
……まぁ結論だけいうとそんな事はなかった。私荒木彰は正真正銘の立派な男児でした、はい。
「……ん、何だこれ?」
今まで気が付かなかったけれど、俺の数メートル先にこの空間には不釣り合いなモノ――先端が丸いキャップで閉じられた、半透明の容器――が置いてある。
……アレは何だろう。見た感じはホットケーキとかにかけるメープルシロップの容器に似ているけど、こんな場所で必要になる物だとは到底思えない。
「……それに容器の形状が似てるからって、あんな色じゃあないよな」
古びた壁の隙間から漏れる太陽の光を頼りに、近づいて観察してみる。やっぱりどう見たってメープルシロップには見えない。……じゃあこれは何なんだ? 容器を握りラベルが貼られていないか確認してみるも、ラベルどころかこれが何なのかを示す文字は一言も書かれていなかった。……謎はますます深まるばかりだ。
「こうなったら直接舐めてみるか……!」
ボトルを床に置き、オレンジの丸キャップを外してから口元へと先端を運ぼうとしたところで――
「おいおいおい〜! それは飲むもんじゃあないぜぇにーちゃん♪」
いきなり扉が開き、俺を連れ去った張本人である浅黒い肌の茶髪男が姿を表した。男は俺からボトルを取り上げるとキャップを閉め、口角を上げながら俺の全身を舐るように足先からじっくりと視線を這わせてくる……。
女子にならまだしも、男――しかもこんなに馬鹿そうな奴――に見られるとなると『気持ち悪い』以外の感想が思い浮かばない。
「なんだよ……! お前はいったい何がしたいんだよ……!!」
「んん? 何が……だって……? そんなの、決まってるじゃないか」
言って、男はズイっと俺との距離を詰め顔を眼前まで近づけてきた。
「――ッ! き、キモイキモイキモイ!!」
な、何が楽しくて男とこんなに顔を近づけなきゃならないんだ!
俺は腕を使って男の顔を遠ざけるため手を押しつけ、力を込める。しかし男は俺の手を掴み頬ずりすると、
「――これだよこれ……!」
恍惚な表情を浮かべながらぼそりと呟き、その一言を聞いた瞬間俺は身の毛がよだった。
「いや、マジで離せよ! キモイんだってば!! 警察呼ぶぞ!!」
「……警察ゥ? 呼べるもんなら呼んでみろよ。呼べるもんなら、な」
男はいやらしい笑みを浮かべながら俺の手を離す。
コイツの余裕はどこから来るんだ……? そう思いながらも俺はスマホに手を伸ばそうとして――
「…………ない」
冷や汗を流した。
「あ、あれ!? た、確かにポケットに入れたはずなのに!?」
本場のチャイナ服にはポケットなんてないけれど、女々ちゃんが用意してくれたこの服には、腰の辺りに目立たないよう小さなポケットが付けられていて、俺はそこにスマホを入れていた。しかし、それが無いって事は……。
「か、返せよ! 俺のだぞ! 勝手に人の体を弄りやがって……この変態野郎ッ!!」
「変態〜? おいおい、そりゃあお門違いも甚だしいってやつだぜ〜? 俺は親切に拾ってやっただけだってのにさぁ〜!」
男は「感謝をしてほしいくらいなんだぜぇ?」と笑いながらズボンのポケットに手を突っ込み、見覚えのある……俺のスマホを取り出す。
「拾ったって……、それはお前らが俺を襲ってきたからじゃねぇか!」
「へへっ、まぁな……。でもなぁにーちゃん……」
「な、なんだよ……」
ニタニタと気持ちの悪い笑顔を浮かべていた男が、急に声のトーンを落とし俺の目を睨んでくる。
強気な態度をとってこそいたものの、現在俺は圧倒的に不利だ。監禁され、手足を縛られ、連絡手段も絶たれている。ここは……下手に挑発しないほうがいいのかもしれない。とりあえず相手の出方を窺わなければ……。
しかし、警戒している俺をよそに男の口から発せられた言葉は予想外なものだった。
「……そ」
「――そ?」
「そ、そんな格好をして俺らを誘うのがいけねぇんだぜ!?」
「はぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
「そんな刺激的な服を見せられちゃあ……声をかけねぇ方が野暮ってもんだろうがよぉ!」
思わず口から「だからって監禁はよくないだろうが!!」と突っ込みが発射しそうになったのをグッと堪え、自分の服を見やる。そうか、この服が原因で……。
……ん? そういえば俺は、どうしてチャイナ服なんかを違和感も無く着ているんだ……? 世の中には男用のチャイナ服もあるらしいが、これはどこからどう見たって女用だ。
それに、サイズがピッタリとはいえ俺は元々女装の気なんてないし、もちろんコレを『興味本位で買った』という訳でもない。
これは……いや、これを持って来たのは……。
「女々ちゃんだ……」
俺は何かとても重要な事を忘れてしまっている気がして、今朝の事を思い出す為に目を閉じた。
続く




