へん人No.2&6&7 栖桐&芭逸&八条寺 その1
――週末、というか土曜日。
今日は以前から千羽と約束していた例のあの日だ。
あの日とはもちろん、千羽と二人で遊ぶ――所謂デートってやつだ――日であり、同時に今日は小鉢中峰神社周辺で行われる、それなりに大きな花火大会の開催日でもある。
花火大会……とは言え、花火自体は境内では上げないらしく、打ち上げは神社の後ろに広がる小鉢中峰大川の河川敷で打ち上げられるそうだ。まぁ、当然といえば当然の事なのだけれど。
「九時……半くらいか」
千羽と遊ぶのは夕方だっていうのに、昨日早寝しすぎたせいで何とも早い時間に目が覚めてしまった。
スマホの時計で改めて時刻を確認してみると、午前九時三十四分と表示されていた。祭が始まる時間は午後十八時。合流する予定の時間は午後十六時……。
「……何をしようか」
二時間三時間ならまだしも、七時間もあると流石に暇だ。
リモコンを手に取りテレビを点けてみるも、土曜の朝ということもあって、俺好みの面白い番組やらはやっていない。
このままテレビを点けていても電気代がもったいないだけだし、スマホのアラームでもセットして二度寝でもしてしまおうか……と、考えた矢先。持っていたスマホがブルブルと振動した。
差出人の名前の所にはアドレス――しかも乱雑に並べられた英数字が並んでいる――だけでこういう表示がされるということは、このメールの送り主を俺はアドレス帳に登録していない……ってことになる。
……自分で言って悲しくなるけれど、俺には友達と呼べる存在がごく僅かしかいない。しかもその全員とは既にアドレスを交換しているので、俺宛に来るメールには友達――言うまでもなく芦屋や華菜乃達――から、もしくはどこからともなくやってくる迷惑メールだけだ。
つまり、今しがた送られてきたこのメールは問答無用で迷惑メール。このアドレスからの着信拒否とメールを削除しておかないと。
「削除削除っと……」
メールアプリを起動させ、アドレスをタップし『着信拒否』のボタンに手をかけようとして――俺の手は止まった。
件名 無し
本文 八条寺だ。
話したい事があるんだけどよ……
今から少し話せないか……?
「誰かと思えば八条寺か」
てっきり迷惑メールだとばかり思っていたけれど、八条寺だというのなら話は別だ。
友達……とまではいかないかもしれないけれど、少なくとも知り合いには違いないし、何より、アドレス帳に新しい名が増えるってのは友達が少ない俺からすると、それだけで嬉しいしな。
俺はアドレスを登録してから八条寺に『いいぞ』とだけ返事を送り、スマホを机に置いて歯を磨く為に洗面所へと向かった。
歯を磨きながら、先日の朝の事を思い出す。
八条寺に技――鉄山靠……とか言ったっけ――を決められ、その後女々ちゃんに『一緒に祭に行きましょうよぉ!』と駄々を捏ねられ困っていた時に華菜乃が現れたあの後の事を。
『私でよかったら……力になるよ? 彰君』
その言葉に対し俺は『……頼む』と、それだけ言って華菜乃に全てを任せた。
我ながら、今思い返しても情けないとは思う。だけれど、千羽との約束があったし、それを知っていて尚且つ『行ってきていいよ』と言ってくれた華菜乃になら何故かあの場を任せられると思ってしまった。
本当に何故だかは解らない。しかし、華菜乃は――どう説得したのかは解らないが――駄々を捏ね続ける女々ちゃんを説得し、困っている俺を助けてくれた。
「華菜乃には……面倒をかけてばかりだな……。今度アイツに会ったら、何か言うことを聞いてやらないと」
歯磨き粉塗れになった口を濯ぎ、鏡に映る自分に向かってごちた瞬間、ドンドンと玄関のドアを叩く音が聞こえてきた。
「もしかしてもう来たのか?」
やけに早いな……
タオルで顔を拭き、玄関のドアを開けるとそこには八条寺が立っていた。予想は大当たり……なのだけれど、こんな朝早くから俺に一体何の用事があるというのだろう?
「お、オッス……」
「おう、おはよ――」
と言い掛けた所で、俺は視線を八条寺の顔から外し、思わず固まってしまった。
何故なら、八条寺の服装が今まで見たことがあった学校指定の赤ジャージではなく、頭の先から膝の辺りまでヒラヒラのフリルがついた俗に言う『ゴスロリ』と呼ばれる服装だったからだ。
「エェット、ヤジョウジサン? ソノフクソウハ、イッタイゼンタイドウシタノカナ?」
「文句あるのか……?」
「……い、いやいやいや! ないない!」
淡いピンク色をした可愛らしい服装とは似つかわしくない鋭い視線を向けてきたので、俺はぶんぶんと手を振り『必死にそうじゃない』とアピールしてみた。
「その割にはカタコトだった気がするんだが?」
「そ、そんな事ない! そんな事ないぞっ!!」
「そうか? それならいいんだけどよ」
「あ、アハハハハ……」
たらりと滴る汗を拭いながら、俺は「とりあえず立ち話もアレだし……」と八条寺を中に招き入れた。もちろん丁重に、だ。
そして八条寺を居間に通し正座する彼女の対面に俺も同じ様に座ってみる。
……いったい何の用だろう? 八条寺の目とフリフリの服装を交互に見ながら、何かを喋り出すのを待っていると、再び玄関の方からドンドンとドアが叩かれる音が聞こえてきた。
「ん? いったい誰だろう?」
「あぁ、栖桐達だと思うぜ」
「思うぜって……、どうして八条寺はそんな事が解るんだよ」
「女の勘ってやつだよ」
そう言うと、八条寺は『早く玄関に行け』とでも言いたげな鋭い視線を俺に向けてきた。
女の勘ねぇ……。正直、そう言った類の迷信やらなんやらは信じてはいないのだけれど、何分ここでは言うことを聞いておかないと。悪いやつではないけれど、断ったり躊躇したりしてしまうと鉄拳が飛んできそう……な気がする。
俺はそんな視線を背中に受けながら玄関を開け――
「はーいどちら様で――!?」
そこに立っていた二人の姿を見た瞬間、俺の体は再び固まってしまった。
「おはよう……彰君♪」
「先輩っ、おはようございます♪」
「えっ!? あ、あぁうん、オ、オハヨウゴザイマシタ……?」
付け加えて、普通に挨拶を返そうとしたにも関わらず俺の口からは裏返ったような、しかも意味の解らない言葉が飛び出してきた。なんだよ「オハヨウゴザイマシタ」って……。
「彰君……どうしてカタコトなの? それに『ゴザイマシタ』ってそれ……おかしいよ?」
「あ、あぁ、いやいや大丈夫。大丈夫だから」
「……先輩、大丈夫ですか?」
二人が心配そうな顔をしながら俺の顔を見つめてくる。
美少女二人に見つめられるってのは、そりゃあもちろん悪い気はしない。普通こんな状況に陥った場合の対処といえば、爽やかに『大丈夫、心配かけて悪ぃな』とか『君たちの顔が美しすぎるのがいけない』……とでも言えばいいのかもしれない。
しかし、そうじゃない。そうじゃないんだ。
今回俺がフリーズしてしまった原因は、何故か二人が俺の部屋の前にいるということではなく――いや、これも決して度外視できない問題ではあるのだけど、まぁとりあえずは捨て置くとして――二人の服装が問題なんだ。
「……華菜乃」
「……? どうしたの……彰君?」
頭には可愛らしいティアラを乗せ、両腕には長めのグローブを付け、腰に大きな白いリボンを装着し、膝下の辺りでカットされているドレスに加え、高級そうなパンプスに身を包んだ華菜乃が、持っていたブーケと一緒に首を傾げる。
「どうしてお前はウエディングドレスなんか着てるんだよっ!!」
「に、似合ってる……かな……?」
「そ、そりゃあ似合ってるけど――ってそうじゃない! なんでウエディングドレスを着てるんだよ!?」
「そんな……似合ってるだなんて……、……嬉しい」
「いや似合ってるけど! 似合ってるけど、人の話は最後まで聞きなさい!」
「まぁまぁ先輩、朝からそんなに怒ってたら今日一日身が保ちませんよ?」
ブーケを持ったまま、明後日の方向を見つめている華菜乃の前に女々ちゃんが割り込んできた。
真っ赤な三角帽子に、真っ赤な半袖のジャケット、首回りと袖回りそして短めのスカートの縁には白いもこもこが付いており、背中には大きめの袋を担いで――
「サンタっ!!」
純白のウエディングドレスに身を包んだ華菜乃とは対象的に、女々ちゃんは季節感を完全無視したミニスカサンタの格好をしていた。
「えへへ、女々花サンタ登場なのです!」
そう言って、女々ちゃんは見ているだけで暑そうな皮のロングブーツをカツン、と軽く廊下に打ち鳴らした。
「なのですって……」
「どうですかどうですか? 女々花も似合ってますかね?」
「いや、季節感の事を考えなければ確かにめちゃくちゃ似合ってて可愛いけどさ。華菜乃に続いて女々ちゃんまでどうしてそんな格好を――」
「似合ってる……えへへ、嬉しいです……」
「お前も聞けよ!」
どうしてこの子達は人の話を聞いてくれないのだろう。というか、そもそも華菜乃達は何故俺の部屋に来たんだろうか? しかもこんな格好までして……。
「お、おー来たのか栖桐、芭逸、待ってたぜ」
華菜乃達と話していると、ゴスロリ服に身を包んだ八条寺が玄関へ向けて歩いてきた。
しかし、
「八条寺、右手と右足が一緒に出てるぞ?」
「えっ!? あ、あぁ」
何故か歩いてくる八条寺の姿はどこかぎこちない。初めて会う人なんていないし、人見知りとかで緊張……している訳ではないと思うのだけれどいったいどうしてだろう。
「……おはよう八条寺さん。今日は……いい天気だね」
「あ、あぁいい天気だな」
「茹美先輩、おはようございます♪ 傘は……必要ですかね?」
「い、いやいらないぜ? 今日はずっと晴れみたいだしよ」
「そうですか、それなら安心ですね♪」
「……ふぅ」
無邪気に笑う女々ちゃんの言葉を聞いて、八条寺は何故か軽く息を吐いていた。
というか、どうして二人は八条寺に天気の事を聞くんだ? もしかして、八条寺は天気予報を見なくてもこれからの天候が読めてしまう、天然のお天気お姉さんだとでもいうのだろうか……?
すると華菜乃は「それじゃあ……」と呟き女々ちゃんに目配せをした。そしてそれに呼応するかのように女々ちゃんが担いでいた袋を下ろし……中からチャイナ服を取り出した。
全身にラメが散りばめられ、かなり際疾い位置まで入ったスリット、そして何より『見えてしまうんじゃないか?』と誰もが思うくらいのミニスカチャイナ服。
「おぉっ!」
思わず俺も声を上げてしまっていた。こういう服は是が非でもセクスィーな女性に着ていただきたいものだ。いや、セクスィーな女性でなくても女の子が着てくれればそれだけで俺は満足だ!
「……ん?」
「どうかしたんですか先輩?」
「いや、ちょっと……」
女々ちゃんはどうしてこのタイミングでチャイナ服を出したんだ……? 今から誰かが着てくれるのか……? 何の為に? そもそも三人がここに来た理由は?
頭の中を色々な考えが過ぎる。しかし、考える間もなく次の華菜乃の一言で……俺の体と思考は三度目の硬直を迎える事になった。
「午前中はこれ来て私達と……デートしよ……? 彰君♪」
続く




