へん人No.2 栖桐華菜乃 その21
ぐぬぬ……遅くなって申し訳ありませぬ……。
更新ペースを徐々に上げていきたいとおもっております!
「彰君……ずいぶんと遅い帰りだけど……どこかに寄り道してたの?」
「え、えーっと……」
にこやかな笑顔を崩さないまま、華菜乃がじりじりとにじり寄ってくる。
「とりあえず……上がろ……?」
「……あ、はい」
華菜乃が俺の両手を握りゆっくりと手を引く。小さくて、すべすべしていて、実に女の子らしい手。いつまでも触っていたいとさえ思ってしまう華奢な感触を味わいながら、後ろ向きで俺と向き合ったまま歩き続けた華菜乃は、リビングで止まると俺を床に座らせた。
「……彰君、何か飲む……?」
「え、えーっと……お構いなく?」
「……うん、それじゃあ……オレンジジュースを入れてあげるね」
そんな俺の言葉を聞きながら、華菜乃は冷蔵庫からオレンジジュースが入ったペットボトルを、そして棚からはガラスのグラスを取り出し俺の目の前へと置く。
「……はい、どうぞ」
「こ、こりゃどうも……」
笑顔を崩さないまま華菜乃がペットボトルを持ち上げたのを見て、俺はついついグラスを持ってしまった。
くるくると小気味良く蓋を開け、とくとくとくとく……とオレンジジュースが注がれる。そしてだいたい八分目くらいまで入ったのを見て、華菜乃はペットボトルを起こし蓋を閉めた。
「…………」
「……飲まないの?」
「……い、いや飲むけどさ」
くてっと首を傾げる華菜乃に触発されたので、俺はグラスの縁に唇を付け一口だけオレンジジュースを啜った。 柑橘類独特の爽やかな風味と芳醇な甘味が口内に広がり何とも言えない美味さが脳へと伝わる。あぁ……やっぱりここのメーカーが作るオレンジジュースは最高だ。何度飲んでも飽きがこない。
「……おいしい?」
「……ん、まぁ、な」
「……ふふ、よかったぁ」
「…………」
きっと満足気な顔をしていたであろう俺に向かって、華菜乃が天使のような可憐な笑顔を向けてくる。
オレンジジュースとは言え、こんなに可愛い女の子にお酌をしてもらえる俺はやはり幸せ者――ってちょっと待て。
どうして俺はこんなに畏まっているんだ? 華菜乃が注いでくれたこのオレンジジュースは、元々俺が自分で飲むために買ったものだし……。
――そもそも、そもそもだ。そもそもここは俺の家だ。俺の城なのだ。
それなのに、どうして客人である華菜乃に対して家主の俺がここまで遜らなきゃあいけないんだ?
華菜乃が勝手に進入していることについては……まぁいつもの事なので触れないでおくとしても、やっぱりここはガツンと一発言っておいてやらないと。
「おい華菜――」
「ねぇ、彰君?」
「――んぐっ?」
「……もう一杯、どう……?」
ガツンと言ってやろうとした矢先に華菜乃が口を開いたせいで、俺は出掛かっていた言葉をゴクンと飲み込んでしまった。
……つーか今何て言った? 俺の聞き間違いであればいいのだけれど、もしかして華菜乃のやつ『もう一杯どう?』とか言っていなかったか?
今し方注がれたばかりのジュースは、一口啜っただけなのでまだ半分以上も残っている。この状態で注がれてもジュースは溢れるだけだというのに、華菜乃はどうしておかわりを注ごうとするのだろう。
「……もう一杯、どう……?」
先程と全く同じ口調で同じ台詞を言いながら、華菜乃が蓋を開けお酌をするようにペットボトルの口を向けてくる。
「ちょ、ちょっと待て! 今グラス空けるから!」
俺はグラスを一気に傾け、残ったオレンジジュースを全て流し込んだ。そして胃へと到着したことをなんとなく確認しグラスを机の上に置く。それと同時に、華菜乃が再びオレンジジュースをなみなみと溢れんばかりに注いできた。
「……はい、どうぞ」
「……飲んだばっかなんだけど」
「……うん、知ってるよ……? おいしかったんでしょ……? ふふ、沢山飲んでね……? 一杯だけじゃなくて……いっぱい、いーっぱい飲んでね……?」
「…………」
何故だか華菜乃から威圧感が発せられている気がする。というか、さっきからやけに俺にジュースを飲ませようとしてくるな。何か企んでいるのか……? いやいや、そんな事を考えちゃあいけない。邪推にもほどがあるだろ俺。
「……飲んでくれないの?」
「い、いや……飲むけどさ……」
三度グラスを傾け、二杯目のオレンジジュースを胃の中へと流し込む。
はぁ、どうせならもっと味わって飲みたかった……。
「……彰君」
「……ん?」
「……もう一杯、どう……?」
「いや、もうオレンジジュースはいいかな」
「……彰君」
「なんだ?」
「……もう一度聞くね。もう一杯、どう?」
「いやだからもういらな――」
「どう?」
「いらな――」
「どう?」
「…………ソレジャア、イタダキマス」
笑顔のまま華菜乃がゆっくりとペットボトルを向けてくるので、若干うんざりしながら三度グラスを差し出す。しかし今回は先の二回とは違って、注ぐスピードはやたら遅かった。
「……ねぇ」
本当に、少しずつ、僅かに貯まっていくオレンジジュースを見つめながら、華菜乃が口を開く。
「……どうして、帰ってくるのが遅かったの……?」
「どうして、って……そんなこと言われても、俺はいつも通り学校から真っ直ぐ帰ってきただけだけれど」
……どうして華菜乃はそんな事を聞くんだろうか。
とぽとぽと注がれていくオレンジジュースを見つめながら、俺はありのまま答える。
「……だって、どこにも寄り道せずに帰ったのなら、後、五分三十七秒は早く家に着くでしょう……?」
「――!」
華菜乃の発言に一瞬だけ喉が詰まりそうになった。グラスを掴んでいた手に思わず力が入ってしまう。
――落ち着け、落ち着くんだ俺……! これはきっといつもの引っ掛けだ……! 平静を装え……!
「……ははっ、何を言ってんだよ。俺だって多少の寄り道くら――!?」
内心では動揺している事を悟られないよう、軽快に笑いながら顔を上げた瞬間、華菜乃の瞳と視線がぶつかった。
「……誰かと……話しながら帰ってたの……?」
「……い、いや? さっきも言った通り一人で帰ってきたぞ?」
額にじんわりと汗が滲み出るのを感じながら、俺は漆黒の瞳を見つめ返す。
「……ふぅん。そうなんだぁ……」
言って、華菜乃が視線をグラスへと落としたので、俺も倣って落としてみる。……オレンジジュースは相も変わらず、とぽとぽと注がれ続け、ようやく半分を越えたところだった。
続く




