へん人No.3 朽葉千羽 その13
お久しぶりです!
――放課後。
オレンジ色の夕暮れに染まる校舎から解放された生徒達が楽しそうに肩を並べ、
『この後何するー?』
『カラオケにでも行きたいけど……週末祭あっからなぁ、無駄遣い出来ねぇし』
『おい、お前誰と行く気なんだよ!?』
『そりゃあもちろん彼女の――やべっ!』
『お前いつの間に抜け駆けを……あ! おい、待てやぁぁっ!』
和気藹々と会話しながら走っていく中、
「あー、まだ痛ぇ……」
俺は昼間八条寺に殴られた頬を抑えながら靴に履き替えていた。
殴られた当初は脳からアドレナリンだかなんだかが出ていたお陰か、そこまで痛みが気になる事はなかったのだけれど、五時間目が始まった辺りからチクチクと痛みだし今となってはズキズキと鈍い痛みを発している。
我慢出来ない痛さじゃあないのだけれど……やっぱり痛いものは痛い。
漫然とそんな事を考えながらとぼとぼと歩き学校の門を潜り帰路へと着こうとしていると、不意に後ろから俺を呼ぶ可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。
「おーい! アックーーン!!」
「……ん? あの声は……」
「待ってよー!」
内心では誰だか解っていたのだけれどあえてくるりと振り返り、声の主を確認する。
猫の様に大きな瞳に肩口を擽る栗色のショートカット、そして何よりアイドルかと見間違えてしまいそうになるくらい可愛らしい顔が非常に魅力的な女の子。思っていたとおり、この声の主は朽葉千羽だった。
「はぁ……、はぁ……、早いよーアックン」
結構な距離をダッシュしたのか千羽は肩を軽く上下させながら横に並ぶと、鞄を持っていない方の手で顔をパタパタと扇ぎながら疲れたような顔で俺の目を見た。
「おー、千羽も今帰りか?」
「そうだけど……ってもう! そうじゃなくて! どうして先に帰っちゃうのさぁ!」
「いや、何でって……」
肩を怒らせながら歩き出す千羽の後ろをついて歩き、脳内のコンピュータに積載された記憶回路を起動させ、脳にインプットされた記憶を呼び起こしてみたものの…………俺のしょぼくれた記憶回路には、千羽どころか仲がいい友達の誰とも『一緒に帰る約束』なんて保存されていなかった。
……勘違いしているのか? と言う意味を込めながら、千羽の顔を見つめてみるも――
「…………」
無言で圧力をかけてくる千羽の視線から察するに、どうやら俺の方が記憶違いをしているみたいだ。……とは言え、本当に記憶が無いのだからそんな目をされたって困る。
「……そもそも、今日は一緒に帰る約束してなかったよな?」
「……むぅ」
俺の言葉に、千羽はリスのようにと両頬を膨らませ目を細くした。
「あー、そういえばしてた気もするなうん! いや、してたしてた!」
忘れてしまっていた事を誤魔化すように頬をさすると、
「まぁいいよ。それよりさ、こないだの約束こそは覚えてるよね? アックン! 今週末だよ今週末!」
千羽は、先ほどまでの不機嫌顔なんて一時も存在しなかったと思える位に、急に目を輝かせだした。
「今週末?」
「そうだよ、今週末! ……まさか、それも忘れちゃったの!? この前海で約束したよね!?」
「あ、あぁ! 覚えてる! それならもちろん覚えている! 祭だろ? もちろん覚えてるって!」
――先日、皆で海へ遊びにいった時に俺と千羽は一つの約束を交わした。それは『来月の祭に二人だけで遊びに行く』というやつだ。
さっきの約束と違ってこっちはちゃんと覚えている。いや、本当にどうして『千羽と一緒に帰る』って約束だけを忘れていたんだろう? 不思議でたまらない。
「うんうん。それでね? あの時の約束通りスドー達には祭の事、話してないよね?」
「千羽が『話すな』って言ったから、華菜乃達には一言も話してないぞ。もちろん、アイツらからもそういうお誘いは受けてな、い、し……」
そこまで言って、俺はとても重大な事実に気がついてしまった。
「……そういえば誰からも誘われてねぇ」
華菜乃からも、女々ちゃんからも、ましてや、唯一の男友達であるあの芦屋からも……。
祭は今週末。千羽との約束があるので、いつ芦屋達から誘われても断れるよう身構えていたのに、あまりにも誘われなさすぎてすっかり失念してしまっていた。
これでもし、あいつらが俺抜きで集まって遊ぶ予定でも立てているとしたら――こうして千羽と内密に遊ぶ計画を立てている俺が言うのは、明らかに間違っているとは思うが――何というか、少しショックだ。
「……? どうかしたの、アックン?」
「いや……、なんでもない……。なんでもないんだ……」
ただ、少しだけやるせなかった。……俺が言える台詞ではないのだけれど。
千羽はそんな俺を見て「変なアックン」とだけ言うと、鞄のチャックを開け、中から四つ折りに畳まれた紙を取り出しパタパタと開いた。
「その紙、やけにシワシワじゃないか?」
「き、気のせいじゃないかな? こ、これは新品だよ?」
「……? いやだって、結構ボロボロ――」
「い、いいからアックンも見てよ!」
眉間に軽くしわを寄せながら、千羽が開いた紙をピンと貼る。
それを横から覗き見ると、一面に花火の絵が描かれており、上の方には『小鉢中峰花火大会』と、下の方には『開始時刻、十八時』と書かれている。
どうやらこれは祭――もとい花火大会――のチラシみたいだ。
「でさ、集合時間と待ち合わせ場所なんだけど……祭が始まるのが十八時頃らしいから、集合時間は十六時くらいにしようと思ってるんだよね。あ、そうそう会場はアックンの家から近いし、ボクが迎えに行ってあげるね! だから集合場所はアックンの家って事になるけど――いいよね? よし決まり! けってーーーーい!!」
「ま、待て待て待て! そんな矢継ぎ早に言われてもさっぱり解んねぇって! そもそも、祭が始まるのは十八時からだろ!? どうして二時間も早くから集合しなくちゃいけないんだよ!!」
「どうして、って。……デートに待ち時間は付き物なんでしょ?」
「それは相手を待つ為の時間だよ! つーか、祭が始まるまでの間どこで何をするつもりなんだよ!」
「ふっふーん、そんなの決まってるじゃんアックン。最早愚問と言っても過言ではないよ! ボクの策を聞いたら、アックンも驚くこと間違いなしだと思うよっ!」
指をチッチッと振りながら、千羽が頭を振る。
……なんなんだこの自信は。
開始時刻を二時間前にするってことは、その策とやらはそれだけ胸を張れる代物って事なのだろうか。
――いや、待てよ? 俺の横にいるのは、数々の勝負で勝利を収めてきた、賭事が大好きで大好きで堪らない千羽の事だ。
俺の正論を愚問とまで言って退けたからには、その策とやらは俺なんかじゃあ考えきれない、とても素晴らしい物なのだろう。
「……よし、そこまで言うならここは一つ聞いてやろうじゃないか、千羽さんよ」
「あははっ♪ 腰を抜かしても知らないよアックン? 空いた二時間で出来る素晴らしい事、それは――!」
突然並んで歩いていた千羽は『タタタッ』と走りだしたかと思うと、数メートル先で止まりくるっと華麗なターンを決め、ドヤ顔でこう言った。
「神経衰弱だよっ!」
「何でだよっ!!」
「とは言っても、ただの神経衰弱じゃあ面白味がないからね! 使うのは新品のトランプ四セットを使ったその名も『超弩級神経衰弱』ッッ!」
「神経衰弱の規模を大きくしただけじゃねぇか!!」
「これを神社の境内でやってれば、二時間なんてあっと言う間だよアックン♪」
「終わんねぇよ!! 祭の方が先に終わるわ!!」
……策は策でも逆に清々しいと思えるくらいの駄策だった。
「つーかさぁ、いくつか聞きたいことがあるんだけど」
何故か未だにドヤ顔を止めない千羽に向かって先生に質問する生徒のように手を挙げてみると、千羽は「はい、アックン。その代わり手短にね」と、ありもしない眼鏡の縁を触りながら、教師のように指を差してきた。
やれやれ、ここはガツンと言ってやるべきだな。
「時間の無駄」
「うっ」
「場所が不適切!」
「ううっ」
「某少年誌で連載していた、めだか的なバトル漫画の丸パクリ!!」
「うううっ!」
呻き、胸を抑えながら千羽ががっくりと膝から崩れ落ちる。もちろん彼女は攻撃など一切受けていないし、死神御用達の黒いノートに名前を書かれて、心臓麻痺で倒れた訳でもない。
「くっ……、流石はアックンだね……! この短時間でボクの策に存在する弱点を全て見抜くなんて……!」
「いや普通に考えて穴だらけだろうが」
「…………むぅ」
冷静に突っ込みを入れてみると、千羽は頬を再び膨らませながら起き上がり足に付いた汚れを手でパンパンと払ってから足早に歩き出した。
「……まぁ正直言うとね、不測の事態に備えて一秒でも長くアックンと遊びたいからなんだ」
「――えっ?」
「ボクがこの前アックンと約束をした時の事を、もう一度思い出してみてよ」
「えっと……」
足早に歩く千羽を早足で追いかけながら頭を働かせる。確か……『華菜乃達の事は任せろ』だったっけ……?
「……その顔を見るに、どうやら思い出したようだね。メメカはまだしも、問題はスドーだ。スドーを出し抜く為にはこれくらいしないとダメだからね」
俺の家と学校を結ぶ中心点である小鉢中峰公園に差し掛かった所で千羽が足を止めるので、俺も倣って足を止め真っ直ぐに千羽の顔を見据えた。
「それじゃあ、さっき千羽が言ってた神経衰弱も華菜乃達を出し抜く為に必要な事だってのか」
とは言っても、さっきの策でどうやってアイツらを出し抜くのかは解らないが。
きっと千羽の事だ。俺なんかじゃあ到底思いつかないような考えでもあるのだろう。
「ん? あぁ、あれはただの悪ふざけだよ。いくらボクでも、そんな馬鹿丸出しみたいな策を考えるわけないじゃないか」
「…………」
ほんの少しだけイラっときたので、千羽の顔を軽く睨んでみるも、千羽は意に介さないのか「あははっ♪」と無邪気に笑うだけだった。
「あ、それじゃあボクはこっちだから」
「ん? あ、あぁ。じゃあなー」
「うん、またねアックン! あの約束破らないでよー!」
軽快な足取りで千羽が去っていくのを見送り、言われた事を脳内で反芻する。
――誰かから誘いが来ても絶対に断る。
「ま、それ以前に誰からも誘われなかったんだけどなぁ……」
涼しげな秋風を浴びながら、一人ごちる。
アパートの階段を登ってドアノブに鍵を差し、捻ると――
――ガチャガチャ。
「……あれ?」
今朝、家を出るときには閉めていたはずの鍵が閉まっている。
……おかしい。開かなければいけないはずなのに、どうして閉まっているんだ?
引き抜いた鍵を再び差し込み、反対方向に回し、ドアノブを回してみる。
すると、我が家のドアは今度こそいとも簡単に開いた。
そして――
「おかえり……彰君」
どうしてか、我が家の玄関に制服姿の栖桐華菜乃がにこやかな笑顔を浮かべたまま立っていた。
続く




