へん人No.7 八条寺茹美 その4
翌朝。
俺と八条寺は、秋晴れの心地よい朝日が降り注ぐ下で、民家のブロック塀の影に隠れながら、その時が来るのを今か今かと待っていた。
ん? 俺たちがここで何を待っているかって?
朝? いやいや違う違う。
人? そうそう近い近い。
じゃあ誰かって? それはアイツだ。芦屋春日。そう、俺たちが待っているヤツとは芦屋なのだ。
忍者のように壁に張り付いている八条寺は何故か芦屋に好意を抱いているらしく、昨晩俺に恋愛相談を持ちかけてきた。
どうして俺なんだ!? ってもちろん思った。けれど、八条寺曰く『常に女子を侍らせているし、それに荒木は芦屋の友達だろ? だ、だから明日の朝……俺が考えてる作戦の手伝いをしてほしいんだよ』だからだとか。
まぁ、芦屋とは友達だし、実際俺の周りにはなぜか可愛い子が沢山いるので、侍らせてるってのも否定は出来ない。
そこまではいい。そこまではいいのだけれど……一つだけ、どうしても一つだけ解せない事がある。
「……なぁ、どうしてお前ってそんなに奥手なんだ?」
学校指定の赤いジャージに身を包み、髪型に至っては赤と黒のメッシュで、整っているとは言え野獣の様な顔立ちの、言うならば『いのちを大事に』とは正反対の『ガンガン行こうぜ』な、肉食系女子の印象しか与えない彼女が、まるで草食系男子の様に消極的だと言うことだ。
今だって、芦屋に思いを伝えるのなら正面から言えばいいだろうに、こんな風に作戦なんか立てて回りくどい事をしようとしている。
「だ、だってよ……今まで男子とは喧嘩しかしてなかったし……あんな風に、告白されたのも初めてだったし……」
「告白? 告白って芦屋のヤツ一体どんな告白を……って、あぁ。アレか。アレの事か」
芦屋がやった事と言えばあれしかない。
去年行った『無差別告白』。
てっきり、アイツの告白は全滅したものだとばかり思っていたけれど、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるみたいで、当時芦屋は『全ての女子に振られたぁぁぁぁぁぁぁ!』と嘆いていたけれど、世の中は拾いというかなんというか。マグレ辺りでもしたのか案外そうでも無かったらしい。
「……あれ? でもさ八条寺。芦屋の事が気になるんだったらどうしてお前は今アイツと付き合ってないんだよ?」
八条寺が芦屋に好意を抱いているというのなら、去年アイツが告白した時にオッケーしてるはず。
しかし、実際芦屋は未だに独り身だ。毎日、顔を合わす度に俺や華菜乃には『彼女ほしー』と漏らしているし、千羽に対しては熱烈なアプローチをかけ続けてひたすらにウザがられている。
矛盾している。芦屋が起こしたアクションとそれによる結果の辻褄が合致していない。
「そ……それは……」
「うん、それは?」
ブロック塀の影から、目標を捕捉するための見張り――端から見れば完全に不審者以外の何者でもない――を一端中止し、八条寺が振り返る。
「告白とかされるの……初めてだったし……、恥ずかしかったというか嬉しかったっていうかよ……」
モジモジと頬を染めながら壁に手をツンツンする八条寺。
乙女かっ! いや乙女だけども!!
「……だからよ、あん時は気が動転しててつい……」
「断った、と」
まぁよくある話だ。
確かに、いきなり告白されたら気が動転するだろうし、俺も華菜乃から告白された時は、芦屋が仕組んだドッキリじゃないかと思って周囲を警戒した。うんうんよくあるよくある。
「で、その後八条寺はどうしたんだ?」
「……どうしたんだ、って何がだよ?」
何がって……。そんなの決まっているだろうに。
「芦屋の告白を断った後だよ。アイツ結構しつこい所あるだろ? だから、いつまでも粘ったんじゃないかって思ってさ」
「あぁ、そう言えば……確かにかなり食い下がってきたな」
ここまで会話の助け船を出してやったところで、八条寺は、ようやく思い出したように手をポンと打った。
「だろ? 一体八条寺は何て言って断ったんだよ?」
「さっきも言ったけどよ、オレ、初めて告白されて嬉しかったのと恥ずかしかったのが混ざっちまってさ……。つい……」
うんうん。解る。解るよーその気持ち。
「ぶん殴った」
「えっ」
「ぶん殴ってから足払いをかけて地面に頭を打って悶絶してるアイツの脚を掴んでジャイアント・スイングをかけた」
「えっ」
「その後、四メートルほど吹っ飛ばしたアイツを担いでアルゼンチン・バック・ブリーカーをキメて、グロッキーになってるところを無理矢理立たせてから、パロ・スペシャルをかけた」
「えぇぇぇっ!?」
告白をしてくれた人にする事じゃねぇ! つーかアイツよく平気だったな!
「こ、こういうのを照れ隠しって言うんだっけか?」
「照れ隠しの範疇を完全に凌駕してるわ!」
そんな照れ隠しがあってたまるか!! 世間の照れ隠しはもっとお淑やかにするもんだよ!
「そ、そっか……」
一喝すると、八条寺は怒られた犬のようにしょんぼりとした。
「……まったく。どうして、お前はそこまで暴力的なんだよ。いくらなんでも限度ってやつがあるだろうが」
「だ、だってよ! さっきも言っただろ! 初めてで気が動転してて――」
「わーったよ、とりあえずそういう事にしといてやる」
「とりあえずも何も、そういう事なんだっつの……」
グチグチと呟きながら、八条寺は鞄から一冊のノートを取り出し数ページほど捲ると、ノートを反対側に折り曲げて渡してきた。
「……ん」
「何コレ?」
「いいから見ろって!」
強引に押しつけてくるノートを受け取り、開かれたページを見る。すると、そこには如何にも女の子が書いたような丸みを帯びた可愛い字で【アプローチ大作戦】と書いてあった。
「へぇ、八条寺ってこんな字を書くんだ」
何か意外だな。今までは見た目でしか判断してこなかったから、そのギャップが可愛い。
「い、いいからさっさと見ろよ! 名前からして拘ってんだからよ!」
おっと、そうだったそうだった。今は作戦とやらを見るのが先だった。えーっと、どれどれ……
【アプローチ大作戦】
【作戦その1】 進撃のパン 〜 Attack on bread 〜
・食パンを咥えたまま思いっきり走ってぶつかり、対象者にラッキースケベを発生させる。
【作戦その2】 パン沢直樹 〜 10倍返しだっ! 〜
・食パンを咥えたまま思いっきりぶつかり、対象者に因縁をつけて絡む。
「…………」
パクリじゃねぇか。どっちもどこかで聞いたことあんぞこの作戦名。しかもこれ、名前こそ違えど結局はパンを咥えてぶつかるんじゃねぇか。
「ど、どうだ? オレ的には二つ目の作戦が成功率高いと思うんだけどよ……?」
「いやこれどっちもダメなんじゃね?」
名前からしてかなり残念だってのに、どうしていけると思ったんだろう。
「はぁ!? 選んでくれよ! 頼むよ!」
「だから、どうして他人任せなんだっての」
作戦まで考えたのなら、自分で決めればいいだろうに……。
「あ! お、おい! 来た! 来た来た来た!」
改めてノートに目を落とし、甲乙を決め倦ねていると八条寺が激しく肩を叩いてきた。
「痛い痛い痛い! 頼むからもうちょっと優しく叩いてくれよ!」
「んなこと言ってる場合かよ! いいから早く決めてくれってば!!」
塀から顔を少し覗かせてみると確かに、イヤホンを耳に装着し、頭を軽く振りながら歩いてくる友人の姿があった。
「え、えっと――じゃあ、この一番で――」
「よっし! い、一番だな! えーっと……」
言うが否や八条寺は俺からノートを奪い取り、目を皿のように見開きながら、鬼気迫る表情で読み始め、
「よし……よし……、……よし! いける!」
ノートを乱暴に閉じると、鞄からラッピングされた食パンを取り出してから咥え、ストレッチを始めた。
「ぷはっ。おい荒木、タイミングを測ってくれよ!」
「タイミング? って、あぁ。芦屋が来るタイミングね」
言われた通り再び張り付きそっと顔を覗かせると、芦屋は先ほどよりかなり近づいていた。恐らくあと一分もしない内にヤツはここを曲がるはずだ。
俺は合図の代わりとして手をそっと上げ、後方でアキレス腱を延ばしながら待機している八条寺を一瞥してから顔を戻し、その時が来るのを待つ。
「…………ここだっ!」
鋭く手を振り下ろしたのと同時に「うおおおおおおおおおっ!!」と叫びながら八条寺がパンを咥えて走り出す。
タイミングはドンピシャ。このスピードならきっと上手くぶつかるはず!
「うおおおおおおおおおっ!! 遅刻遅刻ゥゥゥ!!」
野獣のような雄叫びをあげながら猛進する八条寺。
「〜♪ 〜♪」
目を瞑りながらゆっくりと歩く芦屋。
「遅刻だあああああああっ!!」
更に叫ぶ八条寺。
「ふっふ〜ん♪ しゅびどぅばぁ〜♪」
サビに入ったのか、周りの迷惑も考えないような大仰なジェスチャーを繰り出す芦屋。
「――っ!」
そして、八条寺は腕をスッと上げ――
「ジャスタウェイッッ!?」
芦屋に思いっきりラリアットを放った!
「って何でだよ!!」
「だ、だって恥ずかしくって……」
ハッとした後で、再び恥ずかしそうにポリポリと頭をかく八条寺。照れ隠しのつもりなのだろうか。
「『恥ずかしくって……』でラリアットかますなや!」
せめてもっと恥じらおうぜ?
「うーん……ぶくぶくぶく……」
「あ、芦屋の事忘れてた」
八条寺に気を取れられていて忘れていたが、芦屋が白目を向きながら泡を吹いている。
「あ、荒木! これってどうすればいいんだ!?」
うーん、まぁ芦屋の事だから直ぐに目を覚ますだろうけど……。
「おーい、芦屋ー」
頬をペチペチと叩いてみる。も、芦屋は口から蟹のようにぶくぶく……と泡を吹くばかり。
はぁ、しょうがない。一応保健室に連れていってやるか。
「とりあえずさ、芦屋の事は俺に任せてお前は先に学校に行ってろよ」
「え、で、でも……」
「いいからいいから」
「あ、あぁ……解った……ゴメンな」
作戦が失敗してしまったからか、トボトボと歩く八条寺を眺めながら、俺は気絶し続けている芦屋の頬を叩き続けた。
続く




