へん人No.7 八条寺茹美 その2
前回のあらすじ
ペロペロする際は、本人の意志を確認してから用法・用量を守って正しくペロペロしましょう。
「起きなさい……」
誰かの呼ぶ声が聞こえる……。
「起きなさい……私たちの可愛い息子や……」
その声は嗄れていたけど、どこか……暖かくて……どこか優しくて……それでいて、どこか懐かしくて……。
「嫌だ……。俺はまだ眠っておきたいんだよ……。もっと眠らせてくれよ……」
俺は心地良い安眠から目覚めたくなくて、その嗄れ声に向けて生返事をする。
「もう、またそうやって駄々をこねて……これから貴方は鬼ヶ島へ鬼退治をしに行くのだから、早く起きて仕度をしなさいな。桃太郎」
…………桃太郎? おかしいな、お婆さんが何を言っているのかよく解んないぞ?
「それって……誰の事?」
「いいから起きなさい。ほら、早く着替えて」
眠い目を擦りながら、ゆっくりと目を覚ますと俺の目の前には、優しそうなお爺さんとお婆さんが慈愛に満ちた表情を浮かべながら立っていた。
「…………」
え、ナニコレ。ちょっと待って、マジでナニコレ? こういう導入のパターンって、言うならば『転生物』ってヤツだよな? え!? 待って待って待って!? 俺って死んじゃったの!? 腹にパンチくらっただけで死んじゃったの!? いやいやいや!! そんなわけあるかっての! 腹パン一発で昇天とか洒落にならないって! いくら話の展開を思いつかないからって、学園物からいきなり転生ファンタジー物への転向は無理だって!
「どうしたんじゃ桃太郎? どこか具合でも悪いのか?」
「きっと、今から鬼を退治したくてウズウズしてるんですよ」
本当、そういう露骨な路線変更はしなくていいって! 大コケするのが目に見えてるんだから、止めたほうがいいって!
「そうかそうか。だったら早くアレを持ってきてやらんとのぉ」
「フフ、そう言うと思って、もうここに持って来てますよ。ほら桃太郎、これを着なさい」
「お婆さん! 今それどころじゃないんだって! 世界観どころか、世界そのものが変わろうとしてるんだから!」
お婆さんがタンスからなにやら取り出そうとしている。
「いいからいいから、桃太郎や。せっかく婆さんが拵えてくれた一張羅だぞ? 着てあげなさい」
「いやだから鬼退治してる場合じゃ…………ナニコレ」
お婆さんが俺に手渡した一張羅は漆黒のピチピチタイツだった。
「ホッホッホ、婆さん特製のパワードスーツだよ。鬼の力は儂ら人間と比べると、月とスッポンくらい差があるからのぉ。このパワードスーツを着込まんと対等に闘えないんだよ。どれ、初めてじゃあ上手く着替えれんじゃろうから、儂が手伝ってやろう」
「…………」
…………えーっと。
「おやまぁ! 私の見立て通りピッタリじゃない! よく似合ってるわよ桃太郎――いえ、MOMO-TAROU」
何故言い直した。何故表記をアメコミ風に変更したんだお婆さん。
「ふむ、MOMO-TAROU用に作ったビームセイバーと波動ライフルの調子も良さそうじゃなBA-SAN」
どんな世界観だよ! 昔話じゃないのかよ!
「そうですねぇ。これで七年前に私達から大切なモノを奪ったあの糞鬼どもに復讐できますねぇ、ZI-SAN」
…………あれ、これって……もしかして。
「この一戦に人類の未来がかかっておる……。この世界を救えるのは、MOMO-TAROU。最早お前しかおらん」
アレだよね? この脈絡の無さといい、支離滅裂なストーリーといい、これって完全にアレだよね?
『システムオールグリーン! 【MOMO-TAROU】いつでも発艦出来ます!』
いつの間にか俺たちが立っている場所が昔ながらの一軒屋から、近代的な組織の司令室へと変化している。
「あぁ、ちょっと待ちなさいな。ほら、キビ団子を持っていきなさい。二個しか作れなかったけど、その分威力は強大だからね。ちゃんと『The island of ogres』を爆破する時に使うんだよ。とっても柔らかいから、扱いには十分に気をつけなさい」
そう言って、カジュアルなスーツに身を包んだお婆さんがコックピットへ座っている俺に二つの桃を渡してくる。
「行くのじゃぁぁぁぁッ! MOMO-TAROU発ッッ進ッッ!!」
サングラスをかけたお爺さんが叫び、目の前のハッチが開かれる。そして急発進する汎用人型機動兵器【MOMO-TAROU】の中から、俺は力の限り声を振り絞った。
「夢オチじゃねぇかああああああああッ!!」
「……………………ハッ!? こ、ここは……?」
暗くて周りの様子が解らない。今は一体何時だ?
「確かズボンのポケットにスマホが入っていたはず……。お、あったあった」
電源ボタンを押し、とりあえず時間を確認する。
「八時……。って事は一時間くらい眠ってたのか」
しかし……我ながら酷い夢だったな……。あんな悪夢なんてもう二度と見たくない。
「――あれ? そう言えばどうして俺は眠ってたんだっけ?」
確か、俺は学校で夏休みの課題をやってたはず。……駄目だ、よく思い出せない。とりあえず、状況の確認から始めてみよう。
「俺の名前――荒木彰。オーケィ。俺のスマホ――ちゃんとある。オーケィ。俺の財布――も、ちゃんとある。オーケィ。俺のいる場所……どこだここ?」
寝ころんだまま、改めてスマホのライトで辺りを照らしてみる。すると、壁際に見知った形のスイッチを見つけた。何というか、俺の部屋にあるスイッチと同じ形をしている。
「もしかしてここって、俺の部屋なのか?」
だとしたら、俺はいつの間に帰ってきたんだろう? まぁいいや、とりあえず電気を点けよう。
「よっこら――んんっ?」
両手を床に突き、体を起こそうとした瞬間、俺の右手が何やら違和感を覚えた。
左手とは明らかに違う柔らかな感触。例えるなら……そう、撓わに実った適度に弾力のある瑞々しい桃だ。
桃が俺の横に実っている。しかも二つも。
「って、まっさかー! 俺の部屋に桃が二つも生ってるわけないじゃんなー! だいたい、床から生える桃ってなんなんだっつーの! そんな悪夢みたいな事象は懲り懲りだっつーの!」
自問自答しながら立ち上がり、電気を点け振り向く。するとそこには、赤いジャージ姿の女子が仰向けの状態で静かに寝息をたてていた。
「……よーし落ち着け。落ち着くんだ俺。もう一度状況を確認して整理するんだ。俺の名前は荒木彰。俺の歳は十七歳。俺のスマホも財布もちゃんとある。そしてここは俺の家っつーか俺の部屋だ。…………それじゃあどうして、八条寺茹美は俺の横で眠っているんだ?」
……もしかしてお持ち帰りしたとか? いやいや、俺にそんな器用な真似が出来るわけがない。却下却下。
……だとしたら、拉致監禁したとか? いやいや、俺にそんな度胸なんてあるわけがない。これも却下却下。
それじゃあ何だ? 何故に八条寺は俺の横で眠っているんだ?
「訳解んないけど……、起こすしか……ないよな……」
静かに寝息をたてている八条寺の肩を叩いてみる。が、「ん、んん……」反応が無い。
「おーい、八条寺ー?」
今度は声をかけながら肩を揺さぶってみる。が、「…………」またしても反応が無い。
随分と熟睡してんだなぁ……。まぁ、桃を揉まれても起きなかったくらいだし、これくらいじゃあ目を覚まさないのかも。
「おーい! 八条寺ー! 起ーきーろー!」
さっきより強めに肩を揺さぶりながら、声をかけてみると「んぁ……?」と呟きながらようやく八条寺が目を覚ました。そして、
「う、うあああああああッ!!」
それと同時に、俺のこめかみにコークスクリューがめり込んだ。
「お、お前! オレに何するつもりだったんだよ!? 寝込みを襲おうだなんていい度胸してんじゃねーか!」
「ち、違……」
「何が違ぇーんだよ!! オメェには前科があるんだからな!! 言い訳しようったって無駄なんだよ!!」
こめかみを抑えながら手を前に出すも、八条寺は聞く耳を持ってくれない。
「ちょ、ちょっと待て! 前科って俺が一体お前に何をしたってんだよ!?」
「しただろーが!! オレの手のひらをイヤらしく舐め回しただろーが!!」
「あ、あれは八条寺が俺の口と鼻を塞いだからだろ!? 不可抗力だ! 濡れ衣だ! 冤罪だ!!」
「え、そうなのかよ?」
途端に八条寺が首を傾げる。
「そーだよ! いきなりお前が現れて、しかも『大きな声を出すな』とか言いながら俺の鼻と口を塞ぐから、息が出来なかったんだ! だから俺は悪くない! 俺は無罪だ!」
「なーんだ、そうだったのか。いやはや、それならそうと早く言ってくれよ」
だから言おうにも無理だったんだってば。
「つーかさ、どうして八条寺が俺の部屋に居るんだ?」
照れ臭そうに後頭部をかく八条寺に、俺は素朴な疑問を投げかけてみた。
「あぁ、最初は教室で気絶したお前を介抱してたんだけどよ、土郷田に『何事だ!? まぁいい、もうすぐ下校時間だから荒木を連れてさっさと帰れ!』って怒られちまったからさ、お前の財布の中に入ってた保険証の住所を見て、ここまで運んできたんだよ」
「なるほど、事情はだいたい解った」
つまり、教室で気絶した――させられた――俺をわざわざ八条寺は家まで運んでくれたのか。八条寺って案外良いヤツなのかもしれない。と言うか、俺は今までコイツの中身を見た目だけで判断していた。……偏見は良くないよな、これからは気をつけよう。
「ところで、一つ気になってることがあるんだけどさ」
「なんだ?」
「八条寺って……どうやってここまで俺を運んで来たんだ?」
八条寺とは言え、流石に男である俺を運ぶなんて考えにくい。その逆なら全然ありえるけど。
「あの場にはオレと荒木しかいなかっただろ?」
「うん、確かに俺と八条寺しかいなかったな」
「つまりそう言う事だよ」
「マジで!?」
そう言う事なの!?
「あぁ、しかもお姫様抱っこでな」
ヤダ……とっても漢らしい……。
「――ってちょっと待った! それって、もしかして学校からここまでずっと!?」
「…………☆」
ドヤ顔で八条寺がウインクをしながら親指を立てている。
「いやぁぁぁぁッ! 恥ずかしいぃぃぃぃッ!!」
「通り過ぎる人がみーんなオレ達の事見てたぞ」
「やーーめーーてーー!!」
も、もうお婿に行けないぃぃッ! 穴があったらそこで永眠したいィィ!
「まぁまぁ、過ぎた事は忘れてよ。そろそろ本題に入らせてくれよ」
恥ずかし過ぎて顔中を真っ赤にしながら悶えていると、八条寺は真剣な顔つきで俺の目を見つめてきた。
「ほ、本題?」
「そうそう、俗に言う人生相談ってヤツだよ」
人生相談ねぇ……。
「こんな俺で良ければ相談に乗るけどさ、その相談事って何なんだ?」
俺が乗れる相談事なんて限られてると思うけど。まぁこれも何かの縁ってヤツだろうし、せっかくだから八条寺の事をもっとよく知れるチャンスでもある。よし、どんな相談でもドーンと来いってんだ!
「何て言うか……そうだなー、恋愛相談ってヤツなのかも」
「…………」
俺にとっては、色んな意味でハードルが高い相談事だった。
「恋愛相談!?」
「そうそう、恋愛相談」
八条寺がニカっと笑いながら、親指を立てる。
「ど、どうして俺に?」
「どうしてって、荒木って恋愛事得意そうじゃん! いつも女子を周りに侍らせてるし!」
「……侍らせてるって。ちょっと待ってくれよ八条寺! 言っておくけど、俺はそんなつもりは微塵も無いからな!?」
「アッハッハ、謙遜すんなってー!」
軽快に笑い飛ばしながら、八条寺が背中をバンバンと叩いてくる。本人にとっては軽く叩いているつもりみたいだけど、これが結構痛い。
「わかった! わかったからとりあえずこっち来い!」
これ以上叩かれたら背骨がボッキリ折れてしまうかもしれない。そう思った俺は立ち上がり、八条寺の手を引きながらリビングへと向かった。
続く




