へん人No.2 栖桐華菜乃 その19
――どこまでも澄み渡る青い空。
「きゃっ……! ちょ、ちょっとチーチャン、冷たいってばぁ……」
――透き通るくらい透明な海。
「あははっ、それそれー♪」
――真っ白な砂浜に、散りばめられた鮮やかな貝殻。
「ち、千羽先輩! やめて下さいってば!」
「そんなに拒否しなくてもいーじゃないか。それそれっ」
「や、ちょっとマジでやめて下さいよぉ! 女々花の携帯が壊れるじゃないですか!」
「女々花ちゃん……、せっかく海に来たんだから、こっちおいで……? 冷たくて気持ちいいよ……♪」
「そうそう! だから早くメメカもこっちに来てボク達と一緒に遊ぼうよ」
「わ……わかりましたよぉ……」
――木霊する黄色い声に、楽しげに水を掛け合う水着姿の女子達。
「いい光景だな……荒木」
――横には、これ以上ないってくらい目を輝かせながら、鼻血をドバドバと垂れ流している変態男子。
「……そうだな」
俺達は今、海に来ている。
そして――
「二人とも暑くないん? 首まですっぽりと砂に埋まっとるけど」
俺達は今、埋められている。
芦屋から連絡を貰った翌日、俺は集合場所である小鉢中峰公園で芦屋達が来るのを待っていた。
集合時間は朝の八時。
とは言え、今は夏真っ盛りなので燦々と降り注がれる太陽光はかなりの攻撃力、もとい殺傷力を持っている。
照り返す陽射しを避けるため、木陰のベンチに座り公園の時計を一瞥すると、公園の外にそれらしい車が止まった。
白のワゴン車。可もなく不可もないただのワゴン車だ。
手で顔を仰ぎながら眺めているとドアがスライドし、中から、サングラスを掛けたアロハ姿の男が手を振りながら俺の元へと走ってきた。
「よぉー! 早いじゃねーか荒木ぃー! 一体いつから待ってたんだよー?」
「ん、いや、俺も今さっき来たところだ」
立ち上がり、ベンチに置いていた着替えやらなんやらが入っているバックを持ち上げると、助手席のドアが開き、一人の女性が歩いてきた。
「おー、秋茄子くん。久しぶりじゃねぇ。元気しちょった?」
後ろで結われた長い髪に色っぽい垂れ目、それに加えて、戦術兵器と呼んでも過言ではないくらい豊満な二つの丘。この人が天野寺薬さんだ。
「こちらこそお久しぶりです。それと俺の名前は荒木です。『あ』と『き』しか合ってないです」
「じゃあ、今度からはアキちゃんって呼べばえぇん?」
「性別という壁を取っ払わないで下さい!」
「えー。だめなん? んーそれじゃあ……あき竹城とか?」
「だから俺は男だっての!!」
「あっははは! ごめんごめん♪」
まったく……。でも、なんかこのやり取りも久しぶりだな。
「つーか、このままここで立ち話してても暑いだけだし、そろそろ移動しませんか?」
「ほーじゃねっ。んじゃあ、二人とも車に乗っちゃって。アタシはジュース買ってくるけんさ。あ、あと奢ってあげるけん、リクエストあるなら今の内に言っといてやぁ」
「本当ですか! それじゃあ俺は……薬さんのオススメで!」
「ゴチになります。俺は、そうだな――じゃあコーラで」
「オッケー♪ 持てるかわからんけど、まぁたちまち、二人とも先に車乗っといてやー」
天野寺さんが自販機に向けて歩き出すのを確認し、俺達はワゴン車に向かって歩き出した。
横を歩く芦屋はよっぽど機嫌がいいのか、楽しげに鼻歌を口ずさんでいる。
ん? そう言えば、どうしてワゴン車で行くんだろう。今日のメンバーは俺、芦屋、天野寺さんに、恐らく運転席に座っているであろう三毛さんを合わせた四人だけのはず。まさか、他にも誰か乗ってるのだろうか。……いや、きっと沢山荷物を載せるからワゴン車なんだろうな。うんうん、そうに違いない! むしろそれ以外考えられないよな!
ドアに手を掛け勢いよく開く。そして――
「……おはよう、あ・ら・き・く・ん」
「……アックン、三分と四十七秒遅刻だよ」
「……先輩、女々花を誘ってくれないなんてヒドいです……。あんまりです……」
土石流のように全身から血の気が引いていくのが分かった。
ど、どうして……三人がここに!? 車の中でスタンバってんだ!? 今日、俺達が海に行くことは誰にも言ってないのに!
「おーい、後ろが詰まってんだからよー。そんなとこで突っ立ってないで早く中入れってー」
「……芦屋、ちょっと」
「どした荒――うぉわ! ちょ、どこに連れてくつもりだよ荒木ぃー!」
芦屋の手を掴み、公園のベンチへと踵を返す。
「なぁ、もしかしてお前……アイツらが来ること知ってたのか?」
「いや? 俺が薬さんに拾ってもらった時にはもう三人とも乗ってたぜ?」
芦屋が不思議そうに首を傾げる。
「――てことは、お前がアイツらを誘ったワケじゃあないんだな?」
「当たり前だろー。だって本当なら俺達二人で薬さんと海に行く予定だったんだぜ。まぁでも水着要員は多い方が色んな意味でよくないか? 色んな意味でさ」
色んな意味でって……。どうせろくでもない意味なんだろうな。
「つーかよぉ、栖桐達を呼ぶなら俺にも一声かけてくれてもよかったと思うんだが?」
「いや、それが――」
「それが?」
「誘ってないんだよね」
途端に芦屋の顔が軽く強張る。俺も話している途中から、ダラダラと汗が頬を伝って落ちるのがわかった。もちろん、この汗は暑さから来るものじゃない。
「……マジで?」
「…………マジで」
「何ソレ怖イ」
本当にあった怖い話に投稿できるかもしれないな。いや、マジで。そんな事を考えていると、
「……二人とも、何を話してるの……?」
「「ヒィッ!」」
いつの間にか背後に華菜乃が立っていた。
怖ぇぇよ! 華菜乃さん怖ぇぇよ!
「……彰君、どうして私を誘ってくれなかったの?」
「い、いやぁーあはは、ちょっとド忘れしちゃってて――」
「私達の関係っていうのは、ほんの少し会わなかっただけで忘れられちゃうくらい希薄なモノだったの……?」
「そ、そんなワケ」
「……ううん、言い訳はしなくてもいいよ。ただ……」
「た……ただ……?」
華菜乃は少し何かを考えるような素振りを見せると、やがて顔を上げると、にこやかに微笑みながらこう言った。
「……それ相応の罰は与えるけどね」
……目は笑っていなかった。
続く。




