へん人No.2&3&6 栖桐&朽葉&芭逸 その2
それから十分後。
「……………………」
ダラダラと嫌な汗を流しながら、俺は『それ』を見つめていた。
「さ、どうぞ召し上がりたまえ♪」
目の前の机に置かれた皿の上には、歪な形をした掌サイズのおにぎりが六つ、不規則に置かれており、皿という舞台の上で不協和音を奏でている。
これは全部の千羽の手作りだ。ギャンブルが好きと言うだけあって、千羽は手先も器用なのだとばかり思っていたのだけれど、どうやらそれは俺が勝手に抱いていた妄想だったらしい。
「遠慮はしなくていーよ? どれでも好きなのを取ってよアックン♪」
千羽がはにかみながら、おにぎりを勧めてくる。これ……本当に食べても大丈夫なのかなぁ……。
胃を――もとい、意を決して一つに手を伸ばし、南無三っ! と心で念じながら、口に入れる。
「ど、どうかな……?」
「…………。あれ、普通に美味しい」
口に入れた瞬間ほどよいしょっぱさが口内に広がり、白米のモチモチとした食感だけじゃなく、何かは分からないがサクサクと小気味のいい歯応えも相俟って、普通に美味しいおにぎりだった。
「ほ……本当っ?」
「うん、遜色なしで普通に美味しい。特にこのふりかけみたいなヤツが、文字通りイイ味出してると思うぞ」
「やったー♪ 実はね? そのおにぎりには、ポテチを入れてみたんだよ! 前にテレビでご飯にポテチをかけたら美味しいってのを見たからさ、一か八かで入れてみたんだよねっ♪」
「なるほど、テレビで紹介してたのを参考にしたのか。テレビは美味いものしか紹介しないからな! そりゃあ美味いわけだよ!」
これなら他のおにぎりも大丈夫そうだ。さてさて、それじゃあ次は……おっ、何か中心が赤く染まってるのがあるな。おそらく中身は梅干しかな? まぁ、おにぎりの形こそ歪ではあるけれど、全然食べれるから無問題だよな!
「それじゃあ、コイツもいっただっきまーす♪」
はむっ。……ふむふむ、柔らかな白米にほどよい甘み。そして何よりも白米とはミスマッチなフルーティーな味わいが――
「…………。なぁ、千羽」
「どう? それも美味しいでしょ! それも自信作なんだよ!」
「塩と砂糖を間違えただけなら、まだドジっ娘として評価できるけどな……。……流石にイチゴジャムはおにぎりに合わねぇよぉぉぉっ!!」
「え、えぇぇぇぇっ!! そんなっ! それはさっきのポテチより自信あったのに!!」
「その自信はどこから来るんだよ!」
根拠を述べろ根拠を! ――ハッ、そういえばさっき千羽は確か『やったー♪ 実はね? そのおにぎりには、ポテチを入れてみたんだよ!』って言ってたよな。……と言うことは――!
手を着けていないおにぎりを割って中身を確かめると、残りの四つに入っていた具はタバスコ、わさび、白玉、梅干しの四種類だった。
「まともな具は梅干しだけじゃねぇか!」
「その方がスリルがあるでしょ?」
「悪い意味でな!」
「えぇーーっ!?」
ちなみにこれはただのおにぎりではなく、ロシアンルーレットを意識して作った、ロシアンオニギリなのだとか。
まぁ、百点満点で点数を付けるとするなら千羽の作ったコレは三十点ってところかな。
「ぷぷっ……」
点数を頭の仲のメモ帳に記入していると、背後から女々ちゃんの声を押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
「朽葉先輩、申し訳ありませんけどぷぷっ……この勝負……女々花が頂いたも同然です」
「むっ。まだ料理も作っていないくせに、やけに自信満々じゃないか? えっと……」
「女々花でいいですよ」
「わかった。その自信はどこから来るんだい? メメカ」
「女々花は分かっちゃったんです。朽葉先輩は決定的なミスを犯してる。って」
言って、チッチッと指を振る女々ちゃん。
「自信満々と言うよりかは、自信過剰だな。なぁ、華菜乃は女々ちゃんがどうしてあんなに自信を持っているのかわかるか?」
「うーん……多分、チーチャンは彰君が好きな卵を使ってなかったから……じゃないかな?」
なるほど。確かにこの勝負の判定を下すのは俺であり、いくら俺が公平にジャッジするとは言っても少しでも心証を良くするために、ここでは卵を使った料理を作るのが無難だと言える。昨日の今日会ったばかりの間柄ならまだしも、千羽とはもう、それなりに知り合いだ。
じゃあ、どうして千羽は卵を使わなかったのだろう?
「…………目玉焼き、作れないんだよね」
千羽の方を見ると、恥ずかしそうに頬を染めながら顔を背けてしまった。
か、かわいい……! これはもう三十点ほど加点してあげないと割に合わないかわいさだ……!!
「それじゃあ今度は女々花の番ですね!」
俺が千羽のギャップに人知れず心臓を打ち抜かれていると、いつの間にかエプロンを装着した女々ちゃんが横に座っていた。
「女々花ちゃんは何を作るつもりなの……?」
「それはまだお教えできませんが――」
と、そこで女々ちゃんは何拍かタメを作り、これ以上ないくらいのドヤ顔でこう言い放った。
「六分だけ待って下さい。最高のゆで玉子をご用意してみせますよ」
ピシャリとキッチンのガラス戸を閉め、リビングとキッチンが隔絶される。
「ゆで玉子……?」
「うん、確かにそう言ってたね。ねぇアックン、あの子って料理は得意なのかい?」
「いや、それがその辺の事はあんまし詳しくは知らないんだよ。でも女々ちゃんが作る発明品はスゴイもんばっかりなんだぜ?」
「へぇ? そうなんだ」
「発明品を作るのが好きなの……?」
「そうそう。あ、そういえばこの間も夜中に突然家に来てさぁ。『この子を貰って下さい!』っつって電子レンジをくれたんだよ」
確か、ゆで玉子製造機『我、茹でる故に我、有り』だっけ。成功確率が低かった割には一発で成功したんだよな。うんうん、確かにあのゆで玉子は美味しか、っ、た――
「って、まさか!!」
『バ『ガシャァァァァァァァァッ!!』ン!!』
……時すでに遅し。爆音と共にキッチンを隔てていたガラス戸は一面が黄色く染まり、水蒸気爆発を起こした玉子の焦げ臭い臭いは俺たちが座っていたリビングにまで充満していた。
「だ、大丈夫か女々ちゃん!?」
手で口元を抑えながら戸を開け中を確認すると、そこには爆心地とも言えるような凄惨たる空間が広がっていた。
玉子塗れの冷蔵庫、玉子塗れの床や天井、玉子塗れの女々ちゃん。そして、爆発の衝撃で壁にめり込んだゆで玉子以下略。……こりゃあ、死屍累累ってレベルじゃねーぞ。
「ってそれどころじゃない! おい、女々ちゃん! 大丈夫か!? どこか怪我とかしたりしなかったか!?」
頭の先からつま先までを急いで確認する。……よかった、どうやら玉子塗れになった事を除けばどこも怪我はしていないみたいだ。
「せ、先輩……! ご、ごめんなさいぃぃ……! 女々花、そのっ! ただ、皆に喜んで貰おうと思ってただけで……。こ、こんなつもりじゃなかったんですぅぅ……!! だから…………ごべんなざぁあああぁああい!!」
女々ちゃんがその場に崩れ落ち、両目から大粒の涙を流し出す。
「いーよ、気にしなくて。キッチンは――まぁこんな事になっちゃったけど、掃除すればいいだけだし女々ちゃんに怪我がなかっただけで俺は安心したからさ」
「う……ひっぐ……せんぱぁぁい!!」
「うおっ!?」
しゃがんで、泣きじゃくる女々ちゃんの頭を撫でるといつもの様に女々ちゃんがタックルを繰り出してきた。
ただ、いつもは俺の腹部目掛けて飛んできていたのだが今回は違った。今回は――俺の首元。
「ちょっ!? 女々ちゃん、離れてくれよ! 今抱きつかれると色々不味いからさ!!」
「……ぐすっ。……嫌です」
そしてそのまま俺の服で鼻をかみながら涙を擦る女々ちゃん。どうやら、これ以上は何を言っても無駄みたいだ……。
「ま、熱い抱擁はその辺にしてもらえるかな?」
「これはもう勉強会って雰囲気じゃないね……」
顔を上げ声のした方を見ると、そこには華菜乃達が呆れ顔で苦笑いを浮かべながら立っていた。
「みたい、だな……。とりあえず、申し訳ないんだけど掃除の手伝いをしてもらってもいいでしょうか」
「はぁ……しょうがないね。じゃあボクは窓を開けて換気するよ。あと、雑巾は確かテレビ台の下に入ってたよね?」
「それじゃあ……私はお風呂を掃除して、お湯を溜めておくね。彰君の替えの服と下着も用意しとくけど……どうせだから、昨日買っておいた新品のヤツを出しておくね♪」
「ごめん、迷惑かける――ん? 今、華菜乃何て言った?」
聞き間違いじゃなければ、俺の下着まで用意するとか言ってなかったかアイツ!?
「えっと……今日の彰君のラッキーカラーはビビットピンクだから……。うん、じゃあ桃がプリントされてるパンツにしようかな」
「何でそんなパンツがあるんだよぉぉぉぉっ!!」
「……乙女の嗜み……かな?」
「いや、だから聞いたことないってぇー!!」
……結局。勉強会はご破算となり、俺たちは夕方までひたすら部屋を掃除したのだった。
続く




