へん人No.1 芦屋春日 その7
七月。
――とは言っても、既に七月は終盤に差し掛かっており、そのせいだからかクラスの連中は皆どこかそわそわとしていた。
「なぁ荒木ー。お前、休みの間は何か予定あんのかよ?」
前の席に座っている男子が、必要以上に顔を近づけながら話しかけてくる。
「うーん、特に予定らしい予定ってのは今のところ無いな。そう言う芦屋こそどうなんだよ?」
コイツはそこそこイケてる外見を持ち、そこそこイケてる声を持つ、俺の親友であり悪友でもある芦屋春日。どうやら先日の一件で目覚めたのか、頭にはお気に入りの黄色いリボンを付けている。
「俺か? 俺はもちろん忙しいに決まってるだろー!」
「いや、もちろんとか言われても知らんがな」
「まぁ、近い内にお前にも見せてやっからよー! 楽しみにしとけよな!」
「わーかったわかった。わかったから離れてくれ、暑苦しい」
もうすぐ八月だ。只でさえ気温が上がってて暑苦しいってのに、そんなに近づかれたら滝のように汗が出る。
「出席日数とかは……大丈夫なの……?」
芦屋を押し退けていると、隣の席から声が優しそうな聞こえてきた。
艶のあるロングの黒髪と何処までも吸い込まれそうな瞳が特徴的な女子、栖桐華菜乃。こんなに暑いというのに顔には汗一つかいていない。
「それなら大丈夫。この前色々と頑張ったから出席日数は足りてるんだ」
「そうなんだ……。よかったぁ……」
華菜乃が胸を撫で下ろし、安堵のため息を吐いたところでバァン! と、教室の戸が勢いよく開かれた。
「よーしお前ら席に着けー! 今から帰りのHRを始めっぞー!!」
嬉しそうに声を荒げながら入ってきたのは、俺たちの担任であるナマ先生だ。
ナマと表記しているけどこの人は立派な日本人。ただ、名前が先生と書いて先生と読むそうで、漢字のままだと『先生先生』となってしまうため、俺たちは『ナマ先生』と名前を少し省略して呼んでいる。ちなみに彼氏は別に募集していないらしい。
「はぁーい! オラァッ! お前ら席に着けやぁぁぁ!!」
芦屋が叫び、立っていた男子生徒達が渋々席に着いたのを確認すると、再びナマ先生が喋り出した。
「えー、お前らも既に把握しているとは思うが、明日からは……お待ちかねの夏休みだぁぁぁぁーッ!!」
『ウォォォォォォォォッ!!』
「来年は受験とかが始まるからー、今年の夏休みはお前らが純粋に楽しめる最後の夏休みになるかもしれない……」
『……………………』
「だからお前らー! 今年の夏は精一杯楽しむんだぞーー!!」
『ワァァァァァァァァッ!!』
何だこの異様なテンションは。いくら何でも休みの前からはっちゃけすぎじゃないか?
『なっつやーすみ! なっつやーすみ!』
一様に拳を上下させながら叫んでいる男子達。まるで某公国軍総帥の弟が死んだときの演説を聞いている兵士達みたいだ。
「やれやれ、たかだか夏休みというだけなのに、どうしてここまで暑くなれるんだろうな。なぁ芦屋?」
「ジーク・ジオンッ! ジーク・ジオンッ!」
「…………」
人がせっかくぼかして説明したってのに台無しじゃないか。
「ね、ねぇ……彰くん」
目を細めながら芦屋を見ていると、華菜乃が話しかけてきた。
「どうした華菜乃?」
「えっとね……よかったら、なんだけど……。明日から夏休みでしょ……? せっかくだし明日チーチャンも呼んで三人で勉強会でもしない……?」
「勉強会かー。うん、いいんじゃないか? 俺も早いところ宿題を終わらせたいし」
「……うんっ♪ それじゃあ決まりだね……♪」
手を合わせながら嬉しそうに微笑む華菜乃を見ていると、何だかこっちまで嬉しくなってくる。
まぁ、華菜乃と千羽が居てくれれば分からないところは見せてもらえるだろうし、俺としても今回の申し出は願ったり叶ったりだ。
「集合時間は、そうだな朝の」
「三時とかでどう、かな……?」
「華菜乃。三時は朝じゃない、夜中もしくは丑三つ時だ」
それに、そんな夜中を集合時間に設定したとしても俺も千羽も起きてないだろうし。もう少し俺たちの事を考えてほしい。
「うーん……じゃあ、朝の九時とかは……?」
九時かー。せっかくの夏休みだってのに早起きしないといけないなー。ま、どうせ夏休み初日ならまだ生活リズムも規則正しいままだろうし、それでいいかもな。
「おぅ、じゃあ明日の九時な」
「……うん!」
「よーし! そんじゃー以上で夏休みの説明は終わりなー! お前らー! くれぐれもヘマをやらかして私を呼ぶなんて面倒なことするなよなー!!」
『ハーーーーーーイ』
えっ、いつの間に説明したんだ!? さっきから皆叫んでただけだよね!?
「えっ、いつの間に説明したんだ!? さっきから皆叫んでただけだよね!? って顔してるな荒木ー! 栖桐といちゃいちゃしながらペチャクチャしてるからだぞー!」
「そ、そんな事言われても……って、俺の心を読まないで下さいよ!! あといちゃいちゃだなんてしてませんッ!!」
「んだとー? 如何にも『読んでくださぁい、ゲヘヘ』って顔をしてる方が悪いんだろーがー!」
そう言って、先生は悪代官に賄賂を渡す越後屋のような顔をした。うわぁ……すっげぇ悪そうな顔してる。
「って、ちょっと待って! 絶対そんな顔はしてないから! そんなはしたない顔なんかしてないから!」
「んんー? 聞こえんなぁー?」
耳に手を当て、顔を傾けながら先生が挑発してくる。くそっ! 私語をしてたのは事実だし反論し難い!
「先生! 荒木はそんな顔はしてませんでしたよ!」
先生を睨みながら歯を噛みしめていると、芦屋が突然立ち上がった。も、もしかして俺を庇ってくれるのか……? くぅぅっ、芦屋! お前は何ていいヤツなんだ!!
「荒木の真似をするなら、もっと上を向いてバカそうな変顔をしないとダメです痛ぇェェェェェェッッ!!」
「あっ、悪ぃ芦屋。手が抓ったわ」
「抓ったって何だよ抓ったって!! 俺はせっかくお前のフォローをしてやろうとしうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「あっ、ごーめーんー芦屋。足が蹴ったわ」
背中抓りからの弁慶の泣き所キックをお見舞いすると、芦屋はその場にしゃがみ込んで悶絶していた。よし、制裁はこんなもんでいいか。
「彰くん……先生が言ってたのは『補導と不純異性行為だけはするなよ』だって……」
「え、そうなの!? っていうかよく聞き取れたな!?」
俺とも話してたってのに流石は華菜乃だ。
「藤吉さんに……聞いたんだ……」
華菜乃がチラリと振り向くので、背中越しに覗くと赤いフレームの眼鏡をかけた我がクラスの委員長――であり生粋の腐女子――でもある藤吉が頬を薄く紅潮させながら俺たちを見ていた。
「いいわぁ……。そういうじゃれ合いが精神を加速させるのよねぇ……」
何も見なかった事にしよう。
「おっし! それじゃー連絡事項も全員に伝わっただろーし、これにて解散なー!」
そう言って、ナマ先生は軽快な足取りで教室から出ていった。
『ヨッシャァァァァァァァッ!! 夏休みだぁぁぁぁぁぁっ!!』
クラスの雰囲気は最高潮に達しており、全員が口々に遊ぶ約束を交わしている。
「……確かに、先生が言ってた通り、今年の夏は楽しまないと損をしそうだな」
「うん……。だから楽しい思いでを……沢山作ろっ♪」
「あぁ、そうだな!」
俺たちの夏休みはこれからだ!
続く




