へん人No.6 芭逸女々花 その10
家に帰り――まぁ今日は色々と走り回ったりしたせいですっかり汗塗れだったので――いの一番に風呂に入ってから晩飯を食べ、珍しく課題を済ませてから時計を見てみると、二つの針は頂点の所でぴったりと一つに重なっていた。
「……もうこんな時間か。ちょうど課題も終わったし、そろそろ寝ようかな」
腕を左右に振るついでに、体も一緒に動かすと背骨の辺りからゴキゴキっと小気味のいい音がなった。
「んーーーー、スッキリした!」
よし、それじゃあ寝ますか。
部屋の蛍光灯をリモコンを使って豆電球にし、大きな欠伸をしながら、寝室へと向かおうとした瞬間――
『カン、カン、カン……』
誰かが階段を登ってくる音が聞こえてきた。
誰だろう、お隣さんかな? 確か……OLだったっけ。こんな時間まで仕事してたなんてご苦労様な事だ。――まぁ、あんまり話した事もないし今ここで俺が玄関を開けて『あれ、今おかえりなんですか? いやーお疲れさまですっ♪』って言うのも不自然極まりないか。とりあえずさっさと寝よう。
『コン、コン』
「……………………へっ?」
すると、玄関の辺りからまるで誰かがノックをしたような音が聞こえてきた。
またナマ先生が来たのか? ――いやいや、先生が前に来たのはドリンクが欲しかったからだったよな。それに先生にはもうドリンク渡してるから来るはずはないと思うし…………じゃあ、誰だ?
『ゴン、ゴン』
……さっきよりノックの音が強くなっている気がする。こ、このまま居留守をしてれば帰ってくれるかな? というかむしろ帰ってくれ!
『ドンッ!』
「――ッ!?」
先程よりも強烈な音が響きわたる。も、もしかして考えが読まれたのか!? そんなバカなっ!!
『ドンドンドン!』
「ヒ、ヒィィィィィィ!! 何!? 何なの!? 何用なの!? 一体俺に何の恨みがあるって言うんだよ!?」
頭を抱え身を屈めながら音が止むのを待ってみるも、一向に静まる気配は無い。ひょ、ひょっとしてお化け!? それとも妖怪!? た、確かめた方がいい……のか?
『開けてぇぇぇ……! 開けてくださいよぉぉぉ……!』
「いやぁぁぁぁっ!! 声がっ! 声が聞こえるぅぅぅぅっ!!」
な、泣いてる女の子の声が聞こえるっ!? まさか、この世に未練を残したまま死んでいった無惨な少女の霊をどこかで引っ掛けてきたってのか!?
『ぜんばぁぁぁい……! 開げでぐだざいよぉぉぉ……!!』
……ん? …………先……輩……?
「……まさか、女々ちゃん?」
抜き足差し足で玄関へと向かい――念の為チェーンロックを掛けたままの――戸をそーっと開けてみると、
「ぜ……ぜんばぁぁ……い」
足元に段ボールを置き、頭に眼鏡をかけた小柄な女の子が涙で顔をぐじょぐじょにしながら立っていた。
「うぉわっ!? って、やっぱり女々ちゃんかぁぁぁ。何だよぉぉぉ! 驚かさないでくれよぉぉぉ!」
「驚かないで……ぐすっ……下さいよぉ……ぐすっ」
「と、とりあえず中に入れよ。なっ?」
「……ぐすっ…………はい」
泣きじゃくる女々ちゃんをリビングに案内し、座らせてからチラッと顔を見てみると、女々ちゃんは相変わらず大粒の涙を膝の上に落としている。
「ごめん、こんな物しかないけどよかったら飲んでくれ」
冷蔵庫から麦茶が入ったペットボトルを取り出し、氷を何個か入れてから女々ちゃんの前に置く。さて、何から聞くべきかな。
「女々ちゃん、こんな夜中に段ボールなんか持ってどうしたんだ? 何か俺に用でもあるのか?」
「当たり前じゃないですかぁ……ひっく……じゃないと来るわけないじゃないですかぁ……」
鼻を啜りながら麦茶を三分の一ほど一気に飲みコップを机の上に戻すと、すぐそばに置いてあったティッシュで「ちーんっ」と軽く鼻をかみ俺の顔を見た。
「……先輩に、女々花が作った発明品をプレゼントしたかったんです」
「発明品? それって、今回みたいなビックリドッキリ品の事か?」
脳裏にここ数日の事が蘇り思わず顔が引きつってしまったが、女々ちゃんは制服の袖で涙を拭うと、気にしていない様子で段ボールのふたを開け中から何かを取り出し机の上に置いた。
「ゆで玉子製造機――その名も『我、茹でる故に我、有りちゃん』です」
白く角張った無骨なデザインに、溢れ出る重量感。取っ手が着いた扉は一部が半透明で中に入れた物が見えるようになっている。
「――って、これ電子レンジじゃん!!」
「ち、違いますよ! ゆで玉子製造機以下略ですよ! 名前くらいちゃんと覚えてくださいよ!」
「なら略すなよ! ちゃんとフルネームで言ってやれよ!!」
「女々花はいいんです」
「理不尽極まりないな!」
作った本人ならオッケーなのだろうか。
すると、女々ちゃんは本体の後ろに付いている電源コードを伸ばし、近くにあったコンセントにぶすっと差し込んだ。起動させるつもりなのだろうか?
「なぁ女々ちゃん?」
「どうかしましたか先輩?」
すっかり涙も引き、気持ちも落ち着いたのか、女々ちゃんはいつもの調子で目の前に置かれた機械のボタンを押し始めた。
「……さっき、コイツの名前何て言ってたっけ」
「ゆで玉子製造機『我、茹でる故に我、有りちゃん』ですけど?」
「俺の勘が正しければさぁ。それって、ゆで玉子を作るための発明品なんだよな?」
「……? そうに決まってるじゃないですか。先輩、なにおかしなことを言ってるんです?」
「……動かす前にどうやって使うのか教えてくれないか」
「生卵をこの子の中に入れて一分待つだけです!」
「ストォォォォォォォップ!!」
全力で飛び掛り、女々ちゃんを後ろから羽交い絞めにする。
「それはやっちゃあダメな組み合わせだ! 部屋中が爆発した玉子だらけになるじゃないか!!」
生卵を電子レンジで加熱すると熱膨張によって水蒸気爆発が発生する。このくらいの常識も分からないのかこの子はっ!?
焦りと困惑が弾けて混ざったような顔で後ろから女々ちゃんを睨みつけるも、女々ちゃんは俺の腕をするりと抜け出し含み笑いをしながら、軽く指を振った。
「先輩、熱膨張って知ってますか?」
「知っとるわッ!」
今し方知識を披露したところだわ!
「だったら話は早いですね! さっさと生卵を持ってきて下さい!」
「いやだから爆発させるわけには」
「早くして下さい!! どうなっても知りませんよっ!?」
な、何だこのプレッシャーは!? 女々ちゃんの背後から強烈な重圧を感じる……。
プレッシャーに押しつぶされた俺は、仕方なく冷蔵庫から一パック四百円もする超高級卵――これしかなかった――を一つ取り出し、女々ちゃんに手渡した。あぁ……本当ならこれで華菜乃に朝飯を作ってもらうはずだったのに……。あ、この後部屋中が大変な事になるだろうから片づけもしないとなぁ……。
すでに俺の心中はお通夜モード。しかし、女々ちゃんはそんな俺の事なんかこれっぽっちも気にしていない様子でゆで玉子製造機以下略の中に卵をセットし、再び本体に付いているボタンを色々押していた。
「……よし、これでオッケーです♪」
「……はぁ? ……はぁ」
女々ちゃんは一度俺の顔を見てから『あたためスタート』と書かれたボタンを押し、小走りで反対側に座っている俺の隣へちょこんと座った。
製造機は市販の電子レンジが稼働している時と同じ様にブーンという音を立てている。きっと今頃中のターンテーブルが回転しながら卵を加熱している最中なんだろうけど……。
「な、なぁ女々ちゃん。これって本当に大丈夫なんだろうな?」
「…………」
女々ちゃんはまるで何かを祈るように両手を組み合わせながら目を瞑っていた。もしかして命乞いだろうか? それとも何か別の――
『チン♪』
軽快な音が部屋に響きわたり、微かにいい匂いが鼻孔へと漂ってくる。
「爆発……しなかった?」
まさかの出来事に呆気にとられていると、女々ちゃんが音もなく製造機の前へと移動しゆっくりと戸を開けた。
「先輩……! 成功しました! やっと……やっと成功しました!」
「えぇぇっ!?」
急いで中を確認すると、そこには爆発することなく入れた時と同様なままの綺麗な玉子の姿があった。
台所から皿を取りだし慎重に玉子を掴んでから縁で叩いてみる。するとひびはどんどんどんどん広がっていき、中からは雪の様に真っ白で赤ちゃんの肌と見間違えてしまいそうなくらいつるっつるなゆで玉子が現れた。
「お、おぉぉぉぉぉっ!!」
これって凄い事なんじゃないのか!? 茹でてないのに――しかも電子レンジみたいな機械で――ゆで玉子が出来るなんて凄すぎる!
「ささっ、食べてみて下さい」
――ゴクリ。溢れんばかりに溜まった唾液を飲み込み、恐る恐る一口だけ口に入れてみる。
「ど、どうですか……? 美味しいですか……?」
「……うん! めっちゃ美味いよ!」
ぷりぷりの弾力に蕩けるような半熟の黄身が口の中に広がる。気が付けば、俺は熱さも忘れ夢中で残りの玉子を平らげていた。
「そうですか! よかったぁ……成功して……」
「ん? 成功して?」
それって一体どういう事なんだろう。
「実は……その、成功したのって、今のが初めてなんです」
「えっ? ……ごめん。話の流れがよく分かんないんだけどさ、実験とかはもちろんしたんだよな?」
「はい♪ あの後、メメカ部の皆に手伝ってもらって突貫でこの子を組み立ててテストしてたんですけど、実験は失敗ばかりで一度も成功しなかったんです。でも、本番で成功したんで結果オーライですよねっ先輩っ♪」
女々ちゃんが満面の笑みを向けてくる。
「ふむ、確かに終わりよければ全てよし。なんて諺もあるくらいだしな」
「ふふっ、ですよねっ♪」
「ちなみに失敗した回数は?」
女々ちゃんが嬉しそうに握り拳を前に出し、指を一本立てそのままもう一本増やし、更にもう二本増やした。
どうしてこのタイミングでジェスチャー? まぁいいや。こんなの簡単だ。えーーっと、一足す、二足す、四で、合計は……。
「わかった、七回だな?」
「百二十四回です!」
「よくそんな物を持ってこようと思ったな!? 成功確率百二十四分の一とか大博打にもほどがあるわッ!」
これから製造機を使うときには千羽を呼んだ方がいいのかも。
「まぁまぁ、細かい事は気にしないで下さいよ。百二十五回目で成功したって事は、きっと世界がそう望んでいるって事なんですから♪」
何故か話が無駄に壮大になっている気がする。
「ちなみに実験は全てメメカ部でやってたので、帰る頃には部屋中が玉子塗れになってました♪ てへっ♪」
「てへっ♪ で済ませるなよ。あ、だからこんな時間だってのにまだ制服を着てるのか」
今頃気がついたが、よくよく制服を見てみると所々に飛び散った玉子ともの思われるシミがあった。ダメだなぁ、早く洗濯しないとシミが残るかもしれないってのに。
「でもさ、どうして俺が玉子を好きだってわかったんだ? 女々ちゃんとは好物の話なんてしてないよな?」
「えっと、確か、お昼に会ったア何とかって人が放課後メメカ部を訪ねてきまして、その時に色々と先輩の好みや家の場所を教えてもらったんです」
「ア何とか?」
そんなヤツ知り合いに……あぁ、ア何とかってきっと芦屋のことか。アイツ人の個人情報勝手に漏らしすぎだろ。とりあえず明日は出会い頭にワンパン入れておこう。
「あ、あの…………先輩っ!」
思考を切り替え顔を上げると、先ほどまでとは打って変わって真剣な顔をした女々ちゃんが正座しながら俺を見ていた。
「色々と……ご迷惑をお掛けして本当にごめんなさい。それと、皆と仲直りさせてくれて本当にありがとうございました!」
「ど、どうしたのいきなり?」
突然の事に驚きつつも、とりあえずあぐら座りから正座へと座り直し姿勢を正す。
「……だって、あの後いつの間にか居なくなってたじゃないですか……」
「あのまま俺が居たとしても完全にお邪魔虫だったからな。別にいいよ気にしなくて」
「先輩……」
「まぁ気にするなよ。……さ、もうこんな時間だしそろそろ解散しようぜ。家まで送っていくよ。女々ちゃん家ってどこなんだ?」
立ち上がり手を差し出す――も、女々ちゃんは俺の手を掴むどころかまだ正座をしたままだった。
「ん? どうした? もしかして足でも痺れごふぅっ!!」
女々ちゃんの頭が俺の鳩尾へとめり込んでくる。……晩飯を食べるのがあと二時間遅かったら、今ので完全にリバースしてたところだ。
「……先輩、女々花は……今日、帰りたくありません」
か細い声が腹の辺りから聞こえてくる。しかもその細い腕を俺の背中に回しガッチリと掴んでいるせいで、女々ちゃんの温もりがシャツ越しに伝わってくる。
「ちょ、ちょっと女々ちゃん! 離れてってば!」
そんなにくっつかれると俺の中の色んなモノが熱膨張しちゃう!
「だって…………」
「だ、だって?」
「今日はお父さんもお母さんも帰ってこないんですよ……?」
「知らんがな!!」
「お、お化けが出たらどうするんですかッ!? 先輩が守ってくれるんですか!?」
「知らんがなっ!!」
「うー……女々花がお化けに襲われたら先輩のせいですからね」
不服そうに口を尖らせジト目を向けてくるも、俺が手を差し伸べると素直に握り返してくれた。
「それじゃあ行こうか」
「………………はい」
ん? そういえば結局女々ちゃんの家ってどこなんだろう。
「なぁ、女々ちゃんの家ってどこなんだ?」
「女々花の家ですか? 言ってませんでしたっけ?」
数回首を横に振ると、女々ちゃんはすっ、と指を窓の外に向けた。首を傾げながら窓の外を見てみるとそこには少し大きめの一軒家が建っている。
「まさかとは思うけど――」
「あそこですよ?」
「隣人ってレベルじゃねーぞ!!」
お向かいさんだった。まぁ、この距離なら往復しても二分とかからないからいいんだけど。
玄関でサンダルを装着し、一足先に外へ出る。夜中とはいえ日本はすでに夏に片足を突っ込んでいる。そのせいでじっとりとした空気が肌に纏わりついてきた。
「あっちーなー」
手摺りに寄りかかり両手で顔を扇ぎながら出てくるのを待っていると、女々ちゃんはつま先をトントンと小突きながら出てきた。
「あれ、何で手ぶらなんだ? 女々ちゃんが持ってきた以下略は?」
「以下略じゃないですよー! ゆで玉子製造機――その名も」
「分かった分かった! フルネーム長いんだから勘弁してくれ!」
いちいち変換するのが面倒くさいんだよなぁ。そんな俺を見て女々ちゃんは「むぅーー」と唇を窄め、眉を寄せていたが、軽くため息を吐き呆れたように言った。
「あの子なら今も机の上に置いてますよ。だって、言ったじゃないですか。先輩にプレゼントするために作ったんです。って」
「あ、あぁーそう言えばそうだったな。ゴメンゴメン」
「それで……あの、どうでしたか? 女々花のプレゼントは喜んで貰えましたか?」
女々ちゃんがモジモジしながら上目遣いで顔を見てくる。
どうしよう、何て言ってあげればいいんだろうか。
脳内に二枚のカードが浮かび、一枚には『素直にお礼を言う』と書かれてあり、もう一枚には『あえてのスルー』と書かれている。
「…………ここでそっちを選ぶバカなんていないよな」
「先輩……?」
怪訝そうな顔で俺を見ている女々ちゃんの手を握り、階段を降りながら俺は呟いた。「当たり前だろ」――と。
続――
「それじゃあ今度はもーーーーっとスッゴい子を作ってきますね♪」
「へっ? スッゴい子?」
「はいっ♪ 先輩の部屋と女々花の部屋を繋ぐエスカレーターです♪ 名前は……そうですね、聖なる道と書いて『聖なる道』とかどうでしょうか!」
「いや、どうでしょうかも何も、俺一言も欲しいって言ってな」
「そうと決まれば今日は徹夜しないと! あ、先輩家まで送っていただきありがとうございました♪ 完成するのを楽しみにしていて下さいね! それではっ♪」
「………………選択肢間違えたかな」
まったく、芭逸女々花め。
続く




