へん人No.6 芭逸女々花 その4
あの後、急に疲れが押し寄せた俺は調査を切り上げ帰る事にした。
家に帰り、華菜乃が買ったドアノブを取り付け、鍵がちゃんと閉まっている事を確認した俺は布団の上に倒れ込んだ。
「ふぅ……これで……一安心……だな……」
防犯のレベルは今まで以上になったはずだ。これなら、如何に華菜乃と言えど簡単には入ってこれないハズだ……。ん……? そう言えば何か見落としてるような……? まぁいっか、今は寝よう。何だか……とっても眠たいんだ……。
目蓋がいつもより重く感じる。
「寝よう……」
そう言えば風呂に入ってないけど……まぁ、いいや。明日の朝にでも入ろう。
そして、いつものように目を覚ますと、キッチンにはいつものようにポニーテール姿の華菜乃が立っており、鼻歌を歌いながら軽やかな手つきで朝食を作っていた。
「意味ねぇー……」
百円で買ったとはいえ、元は一万円相当のドアノブだっていうのにこうも容易く突破されちゃあマズくないか? まぁ……壊されるよりは全然マシか。
とりあえず今は飯を食べよう。
制服の上からエプロンを装着したポニーテール姿の華菜乃に「おはよう」と挨拶し、いつもの如く、その絶品な玉子料理に舌鼓を打った。
「ところでさ、華菜乃」
「どうしたの……? 彰君」
俺の横を歩いている華菜乃が顔を向けてくる。
「俺って今、放課後も学校で居残りしてるだろ? んで華菜乃達を先に帰してるから……その、なんかゴメンって思ってさ」
「そ……そんな事気にしなくてもいいよ。だって私と彰君の仲でしょ……?」
顔を赤らめ手をパタパタと振る華菜乃の姿に、周りを歩いている男子や通行人も思わず見蕩れている。
「あの子可愛いなぁー」「何年生なんだろ?」「お、俺アタックしちゃおっかな!?」「止めとけ辞めとけ、横に男がいるのが見えんのかお前は」「どうせ友達とかってオチだろ?」「そうだな……よし、俺とお前でアイツを排除しちまうか!」
……なんだか不吉な声まで聞こえてきた。やっかい事に巻き込まれる前にとっととズラかろう!
「走るぞ」
「……えっ?」
華菜乃の小さくて柔らかな手を掴み、俺は学校まで一気に走った。
放課後。
華菜乃や芦屋に別れを告げ俺は一人でメメカ部へと向かった。部室棟の最上階にあるここまで上がるのは面倒だけど――不本意とは言え――手伝ってくれる女々ちゃんがいるんだ。待たせるわけにはいかない。
ドアノブを捻り中に入ると、やはり待たせてしまったのか女々ちゃんは机に突っ伏した状態で眠っていた。
「おーい女々ちゃーん、起きろー」
「んっ……んぅ……あれ、先輩……もう来たんですか? 早かったですね」
「おそよう女々ちゃん。さ、行こうぜ」
「はいぃぃ……」
とは言いつつも目が完全に閉じている。すっごく眠たそうだ。
「大丈夫か? あれなら、今日も見張りを頼もうと思ってたんだけど……辞めとく?」
「いいえぇ……大丈夫ですぅ……」
「本当かよ……まぁいいや、それじゃあ行くか」
昨日は運動部が帰った後で調べたけど、部屋に入るのにはマスターキーが必要になってしまった。
まぁあの後、鍵はちゃんと先生に返したのだけれど、帰りのHRの時にナマ先生に『今日も貸してくれないか』と頼んではみたものの、流石に二日連続は厳しかったらしく『すまんが無理だー』と断られてしまった。
今日は鍵が使えない……だったら、開いてる時に入ればいいんじゃないか? ということで、今日はどの部室も鍵が開いている部活中に忍び込むことになったのだ。
「えーっと、昨日は野球部しか探せなかったから……サッカー部、陸上部、まぁその他諸々を一気に探すか」
「はーい……見張りは女々花にお任せくださいねー」
「何言ってんの? 今日は女々ちゃんにも手伝ってもらうから」
俺の言葉を聞いて、女々ちゃんが露骨に嫌そうな顔をした。
「えぇぇーー、どうして女々花も手伝わないといけないんですかー? 眠たいし、昨日みたいに汗臭いところに入りたくなんてないですよー!」
「気持ちは分かる。でもさ、女々ちゃん。昨日は野郎しかいない野球部だったから気にしなかったけど、今日探す所は陸上女子や女バスみたいに男子禁制の部室もあるんだぜ? 流石にここには入れねぇわ」
「大丈夫ですよー。女々花が特別に許可するんでパパっと入ってチャチャっと盗んできてくださいよー」
「そんな権限持ってないでしょうが。いいからさよろしく頼むよ」
「はぁ、わかりました。やればいいんでしょやればー」
なんだか、昨日とはえらく雰囲気が違うな……。もしかしたら寝起きが悪いのかもしれない。
後ろでぶつぶつと愚痴っている女々ちゃんを連れて、俺達はメメカ部を後にした。
「ふぅ、ここで運動部は終わりか。結局めぼしい物と言えばこの『Re:ボビタンDa』だけ……なぁ、女々ちゃんこれっていったいなんなんだろうな?」
「そうですねぇ……昨日の先輩の豹変ぶりから推測するに、超強力な栄養剤じゃないかと」
一階の運動部兼道具置き場エリア、二階の女子用部室兼女子更衣室エリアを二時間かけて調べた結果、リボン騒動に関係していると思われる、手がかりらしき物は見つからなかった。
あったのは、運動部が使用している制服と替えのシャツや下着。そして、この茶色の瓶に入れられた謎の液体『Re:ボビタンDa』のみ。それ以外はなんらおかしい所は無く、至って普通の部室だった。
「栄養剤、ねぇ……だいたい、こんなに強力な栄養剤なんてどこに売ってるんだか」
瓶に手書きで名前を書いているということは、確実に市販されている物では無いことは確かだ。
「あ、あのー先輩?」
「どしたの、女々ちゃん?」
「ちょっと、そのあっち行ってきます!」
そう言って、女々ちゃんは全速力で校舎へと駆けていった。トイレだろうか?
「って女の子にそんな事聞けねぇわな。ん? あれは……」
ふと、視界の隅を見ると青いユニフォームを来た男子が、胸元をぱたぱたさせながら冷水機で水を飲んでいた。
「んぐっ……んぐっ……」
あれは……サッカー部か? よし、こうなったら直接聞いてみよう。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。
「ねぇ、ちょっとゴメン。聞きたいことがあるんだけど」
「……ぷはぁ! え、何ですか?」
「実は今調べてる事があってさ。悪いんだけど少しだけ話を聞かせてもらってもいいかな?」
「は、はぁ……いいですけど?」
「ありがとう! 実は――」
俺は手短に、そして要点を隠しながらサッカー少年から情報を聞き出した。
「……そっか。じゃあ、君は同級生の子に紹介されて今は使われていない『元ラクロス部の部室』で買ったんだ」
「えぇ、それなりにいい値段はしましたけど、その分効果は抜群ですよ! 先輩も買われるつもりなんですか?」
「いや、ちょっと気になっただけだよ」
「そうなんですか? でもあのドリンクは凄いですよ! なんせ、一口飲むだけで力が漲ってきますから! では、そろそろ部活に戻らないといけないので失礼します!」
そう言ってサッカー少年は校庭の方へと走っていった。かなりのスピードだったのは、彼があのドリンクを飲んでいたからなのかもしれない。
「あれ? 先輩、いま誰と話してたんですか?」
「通りすがりの好少年だよ」
俺がそう説明すると女々ちゃんは「はぁ……?」となにやら首を傾げていた。
「そんなことよりさ、怪しい場所がわかったんだ」
「おおっ! 見つけちゃったんですか! で、その怪しい場所ってどこなんですか?」
「今は使われてない……ラクロス部の部室だ!」
俺は三階の奥にある部屋のドアを指差し、高らかに宣言した。
続く




