へん人No.5 天野寺薬 その3
前回のあらすじ
千羽「あーーっ! 『チェック・メイトだ』って言うの忘れたー!!」
荒木「珍しいな。千羽が決め台詞を言い忘れるなんて」
千羽「あーーもーー! 一生の不覚だよーー!」
栖桐「…………」
荒木「ん? どうした栖桐?」
栖桐「これって……あらすじ……じゃないよね?」
荒木「いやいや、これも立派なあらすじだろ」
千羽「そうだよ栖桐さん! チェック・メイトだっ!」
荒木「よし! これでプラマイゼロだな!」
栖桐「…………二人とも大丈夫?」
以下、本文です。
「ふーっ」
溜息を一つ吐く。
いよいよこの時がやってきた。
友人であり、友達であり、親友であり、悪友でもある、芦屋にあんな辱めをさせた張本人とやっと戦えるんだ。
そう思うと、いつの間にか握っていた拳に、ぎゅっと力が入った。
「いやー、やっぱりギャンブルってゆーのはやるのも楽しいけど、見るのも楽しいもんじゃねぇ♪ そう思わん? 秋葉原くん」
負け犬チームが座っていたイスに座りながら、にこにこと陽気に笑う女性が話しかけてきた。
「天野寺さん、そろそろ、俺の名前をちゃんと呼んでくれませんか。正直、わざと間違えられるのにも慣れてきましたし」
「えー、そうかねぇ? アタシはあと十年くらいこのキャラで通そーかと思っとるんじゃけど」
「自分のキャラ作りを徹底するその根性は称賛しますが、あなたのいい間違えはワンパターンなんですよ」
毎回、同じボケを振られても俺は同じ突っ込みしかできないんだ。何てったって語彙力がないからな。自分で言ってて悲しくなるけど。
「……考えとくわぁ」
露骨に嫌そうな顔をされた。
「ところで……今から私達は天野寺さんと勝負するわけですよね……? その時の勝負内容も、その箱で決めるんですか……?」
「んー? あー、いやいや。アタシとの勝負は毎回一緒よ。一対一での小富豪、三本勝負! あ、ところできみ達は小富豪ってやったことある?」
右手の指を三本突き立て、栖桐に向けてワキワキと動かしながら天野寺さんは言った。
「ルールなら聞いてます。この前ここに、そこそこイケメンのド変態が来たでしょう? ……あいつ、俺達の友達なんですよ」
「あーあー来た来た! へー、きみらって、彼の友達なんじゃあ」
目を細め「ほほぅ?」と言った顔で俺達の顔をのぞき見てくる。
「あ、ボクは友達じゃないからね?」
俺と栖桐は、天野寺さんの問いかけに素直に首肯したが、千羽だけは手に顎を乗せたまま、否定していた。
まぁ、千羽は去年の入学時に芦屋の無差別告白に巻き込まれた被害者だから、毛嫌いするのもしょうがないんだろうけど。
「いやー、それにしてもまさか知り合いだったとはねぇ。お姉さんビックリじゃわぁ♪」
とは言いつつも、天野寺さんは大して驚いてなさそうだ。
「芦屋くんはねぇ、最初はアタシに手も足も出んまま帰っていったけど、次に来た時は少しだけ強ーなっとったけぇ、お姉さんもビックリしたんよ。じゃけぇ、思わずあんなコスプレをさせてしもーたわぁ♪」
「……えっ? 芦屋君って、何回も来てるんですか……?」
「あの子が来たのは、今月に一回、先月一回の計二回じゃけど、それがどうかしたん?」
「あ、荒木君……!」
栖桐が袖をぐいぐいと引っ張ってくる。
「……ん? どういうこと?」
千羽は全然理解できていないらしく、驚いている俺達を見て首を傾げていたが、俺は、頭の中で、点と点が繋がり一本の線になろうとしているのを、ひしひしと感じていた。
「もしかして……先月、あいつに着させた衣装って――上から下まで真っ黒な服じゃありませんか?」
「おーそうそう。ってあれ? 何で知っとるん? きみら、ここに来るのは初めてよね?」
今度こそ、心からビックリしたような顔で、天野寺さんが驚いていた。
――そうか。だからあの日--俺と栖桐がアイツに襲われたあの日に、芦屋は全身を黒で統一した、どこからどう見ても不審者以外の何者でもない格好で夜の町を歩いていたんだ。頭の中で点と点が一本の線になった。
「天野寺さん」
「んー? どしたん?」
「今から、T・P・Oを完全に無視した事を言います」
目を瞑り、軽く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出してから俺は彼女に感謝の言葉を告げた。
「ありがとうございました」
「……? 何が何かぁよーわからんけど――いえいえ、どういたしまして」
天野寺さんはこめかみに人差し指を当てながら、首を傾げた。
おそらく困惑しているんだろう。でも、それは当然だ。誰だって、いきなりお礼や謝罪を言われたら混乱してしまうだろう。
だけど、俺はこの人が困惑してしまう事を承知の上でお礼を言った。
もし、あの日、公園で大会帰りで惨敗し黒づくめの格好をさせられていた芦屋と会っていなかったら、俺は今ここにいなかったかもしれないんだ。
とはいえ、今から友人の仇をとろうとしている相手に向かって、頭を下げるなんてひどく滑稽だとは思った。
が、しかし、それでも、俺はこの人にどうしてもお礼を言っておきたかった。
「それにしても……芦屋くんも秋葉原くんも、どこか変わっとる子じゃねぇ」
「あー、よく言われます。とは言っても、主に芦屋が周囲の女子に――ですけど」
「ボクは、アックンがどうしてあんな男とツルんでるのか、不思議で堪らないけどね」
嫌そうな顔をしながら、千羽は使ったばかりのトランプをシャッフルしていた。
「まぁ、そう言うなよ千羽。あぁ見えて友情には熱いヤツなんだ」
「熱いって言うより、暑苦しそうだけど」
「ははは……」
それに至っては完全に同意だったので、とりあえず苦笑いを返しておいた。
「えーと、ルールはだいたい聞いとるんよね。一応ざっくり説明するよ?」
「まぁ、こんなところかねぇ?」
天野寺さんが言ったルールは、芦屋が言っていたモノと何ら変わりはなかった。
相手にトランプを渡す『7渡し』。
場をリセットする『8流し』。
十以下のトランプを捨てる事が出きる『10捨て』。
同じマークの連番を一度に出す『階段』。
一度に四枚以上のトランプを場に出して行う『革命』。
以上の事を改めて確認し終えると、天野寺さんが「じゃあ――誰からやる?」と、妖しく微笑んだ。
「そんなのもちろん決まってる」
イスに座っている千羽の後ろに立つ。少しだけ、少しだけスタンドというか背後霊――じゃなくて守護霊の気分になったが、そのまま千羽をイスごと後ろへスライドさせ、空いているイスにゆっくりと座り、俺は天野寺さんと対峙した。
「アックンまさか……!」
「あ、荒木君……」
二人の心配そうな声が背中ごしに聞こえてくる。
いや、言いたい事は分かる。俺は今し方、醜態を晒したばかりだ。そんな俺が、また性懲りもなく先鋒をかって出ようというのだ。
うん、二人が言いたい事はわかる。言いたい事はとっても分かるんだけれども、俺はどうしてもつけたいモノがあった。そう、あったんだ。
一つは決着を。
そしてもう一つは――
「俺から行かせてもらうぜ」
――格好を。
「えっらい自信満々じゃねぇ秋葉原くん? そんなにアタシに勝ちたいん? 勝って、あの子みたいに、えっちぃ事がしたいん?」
「そんなわけないじゃないですか。俺はただ、仇をとりにきただけなんですから、別にあなたに勝ったからと言っても、そんな要求はしませんよ」
「そっか……アタシって魅力ないんじゃね。せっかくアタシに勝てたら、『イイコト』してあげようかと思ったのに……」
イイ……コト……?
「ちなみに、ちなみに参考までに聞かせていただきたいんですけど、それってどんなコトなんですか?」
「そりゃあもちろん…………で…………とか」
ふむふむ。
「秋葉原くんの…………を…………してあげたり」
ふむふむ。
「アタシの…………を…………してもえぇよ♪」
…………。
「アックン?」
「荒木君……?」
「フッ……心配するな二人とも。俺があんな誘惑に負けるとでも思っているのか? 俺はただこの人に勝ちたいだけだ。それ以上の事も、それ以下の事も望んでなんかいないぜ」
「その割には鼻血がドバドバ出てるんだけど?」
「え、嘘!?」
しまった! 興奮しすぎたか!? 急いで拭かないと! ……ってあれ? 鼻血なんか出てないぞ?
鼻を擦った手を確認してみるが、一滴の血もついてはいなかった。
「……やっぱりやましい事を考えてたんだ……!」
栖桐がズイっと近寄ってくる。
それにしても誘導尋問とは、なんて息が合ったコンビネーションなんだ。
「……って、怖い怖い怖い! 二人とも目が怖いよ! 目が据わってるよ!? 目がヤンキー座りしてるよ!!」
二人とも、今にもバットを持って殴りかかってきそうなほど、凶悪で恐ろしい目をしていた。
「まぁ、とりあえずは目の前の勝負に集中したら?」
「そうだね……今後の事は後でじっくり話そうね? 荒木君」
「は……ははは……」
凍てつくような二人の笑顔を見た俺の顔からは、鼻血のかわりに特大サイズの汗がだらだらと垂れていた。
続く




