へん人No.2 栖桐華菜乃 その11
「天野寺? その人が、お前の言う綺麗なお姉さんだって言うのか?」
千羽に言われたので、五時間目の休憩を利用して芦屋に詳細な情報を聞くことにした。
どうやら、芦屋を負かして、あんな格好をさせた物好きの名前は、天野寺と言うらしい。
「そうそう! こう言っちゃああれだけどよ……かなりのモン、持ってるぜ……」
「かなりの……モン?」
「あぁ……ああいうのを、わがままボディっつーんだろうな! 何度見ても、ありゃあたまらんぜ!」
わがままボディねぇ。
「つーか、芦屋。暑苦しいから離れろ」
俺が理解出来ずに首を捻っていると、芦屋が鼻息を荒くしながら顔を近づけてきたので、手をヒラヒラと振って『いいから座れ』と合図した。
「んで? 結局、お前はその天野寺さんとやらと、なんの勝負をして負けたんだ?」
「んーー、なんて言うか、その説明が難しいんだけどよ。荒木……お前、トランプの『大富豪』って遊び方知ってるか?」
「あぁ、それなら知ってる。『3』が弱くて『2』が強いヤツだろ?」
最近はやってないけど、前に何度か遊んだことがあるので、それくらいはわかる。
一抜けして大富豪になれたら、その後のゲームが圧倒的に有利になるゲームだ。
大貧民――つまりはドベ――になっちゃうと、なかなか勝てないんだよなぁ。
「そうそう、んでな? 俺が勝負したゲームってのが、大富豪であって大富豪じゃなかったんだよ」
「大富豪であって大富豪じゃない? 何を言ってんだ?」
「まぁ、ざっくり説明するとだな。大富豪って、最初に山札が無くなるまで、ほぼ均等にプレイヤーに配って、その配られたカードを最初に使い切ったプレイヤーが勝者――つまり大富豪になれる。ってルールじゃん?」
「おう」
「その、最初に配られるカードの枚数が制限された状態で始まるのが、『小富豪』。俺が天野寺さんと勝負したゲームだ」
「制限? それって三枚とか五枚でスタートするってことか?」
「お、飲み込みが早いな、荒木」
ようするに、手札が少ない大富豪ってわけか。――ん?
「でもさ芦屋。そうなるとただでさえ、運が絡んでくるゲームだってのに、それだけじゃあ面白味がないんじゃないか?」
「チッチッチッ……その辺はちゃんと、面白くなるように考えられてあんのよ」
「わかってないなぁ」とでも言いたげに、人差し指を振る芦屋に思わずイラッときた。どうしてお前が得意そうにしてんだよ!
と突っ込みたくなったけど、時間がもったいなかったので黙って説明を聞くことにする。
「たとえば、俺が『クラブのA』と『ハートのA』のダブルを出すとする。荒木の手札には『2』が一枚しかない。『A』より強いカードは『2』か『JOKER』だけ。つまり、この場合はダブルでしか出すことができないから荒木はこの番、何も出来ない」
「普通の大富豪だったら、俺は出せるカードが無いから――パスしてもう一回、芦屋の番からスタートだよな」
「そこが大富豪と小富豪の違いでな、小富豪の場合は出せるカードが無い時はその、対応した枚数を山札から手札に加えないといけないんだよ」
「つまり……出されたカードより、強いカードが無い場合、シングルなら一枚、ダブルなら二枚、トリプルなら三枚引くってことか?」
「Exactiy(その通りでございます)。ちなみに、引いても出せなかった場合は、当然パスだ。ま、これは言わなくてもわかるよな。何か他に聞きたい事はあるか?」
「そうだな……そこ以外は大富豪と一緒なのか?」
「あとは--どちらかのプレイヤーが上がった時、敗者の手札内に『JOKER』が一枚でもあれば、ペナルティが発生する……だな」
「ペナルティ……」
その時、俺の脳裏には朝のHRで芦屋が起こした、あの騒動がフラッシュバックしていた。
とどのつまり、芦屋はただ負けただけでなく、『JOKER』を持ったまま負けたから、あんな珍妙な格好をさせられていたのか。
よし、だいたいわかった。千羽にメールで伝えよう。
【件名】情報の件
【本文】勝負の方法は小富豪。
詳しいルールは後で言う。
んじゃ、また放課後にな。
流石に芦屋に聞いたことを、すべて入力するのには骨が折れそうだったので、割愛してメールを送信した。
「ふぅ。あとは放課後になるのを待つだけだな」
「なぁ……本当に行くのか?」
顔を上げると、珍しく芦屋が、心配そうな顔で俺を見ていた。
「大丈ー夫だって。心配しなくても、ちゃんとお前の敵は討ってやっから」
「荒木……へへっ、悪いけどーーよろしく頼むわ」
苦笑いを浮かべながらも、芦屋が右手を差し出してきたので――
「あぁ!」
俺はその手を、ぎゅっと握り返してやった。
「放課後……どこか行くの?」
俺たちが熱い握手を交わしていると、教室に入ってきた栖桐が、キョトンとした顔で俺たちの握手を見ていた。
「ん、ちょっとな。つーか、もう授業受けても平気なのか?」
「うん……ちょっと、よくない空気を吸っちゃったみたい。でも保健室で休ませてもらったから……もう平気」
五時間目が始まる時に、先生から「栖桐は、体調不良で保健室にいる」と聞いた時には心配したけど、顔色や雰囲気を見る限り、どうやら大丈夫みたいだ。
「そっか……気をつけろよ?」
「ごめんね……でも、心配してくれてありがとう。荒木くん。それで……ね? 荒木くんって、今日の放課後……どこか行くの?」
「……なんでそんな事を聞くんだ?」
「さっき、芦屋くんと話してたのが聞こえたから……どこかに行くんだったら、私も行きたいな……って」
「行くのは行くんだけどな、ちょっと栖桐は連れていけないような所なんだ」
「……?」
すると、少しだけ首を傾げた栖桐の頬が、ほんのりと赤くなった。
「えっちなお店に行くの……?」
「ブハッッ!! ち、違ぇわ! どっちかって言うと、まだ健全な所だわ!」
どっちかって言わなくても、本当は健全な所なはずなんだけど、流石に栖桐を連れて行くわけには……。
「じゃあ……いいでしょ?」
「うぐっ……」
「ダメ……?」
そう言うと、栖桐は俺の両手を握り、上目遣いで俺の顔を覗きながら首を傾げた。
数十秒前に握っていた芦屋の手とは違い、柔らかい感触と、どこまでも吸い込まれてしまいそうな、漆黒の瞳を潤わせながら向けられると、思わず首を縦に振ってしまいそうになる。
「連れてってくれないか、荒木。じゃないと、ほら周りを見て見ろよ。皆の殺気……じゃなくて、視線を独り占めしてるぜ?」
「うぐぐっ……!!」
嫌な雰囲気は先ほどから感じてはいたけど、改めて教室の中をぐるりと見渡すと、ご多分に漏れず、確かに皆の視線を独占しているようだった。
「俺がこんなことを言えた立場じゃないけどよ、荒木が俺の、俺たちの栖桐を守ってくれよ」
「…………はぁ、しょうがないな」
流石に、女子に握られている両手を振り解いてまで逃げようとは思わなかったので、俺は渋々承諾することにした。
「先に言っておくけど、遊びに行くわけじゃないからな」
「……うん、わかってるよ」
「楽しくなくても責任は取れないからな?」
「……うん♪」
その後、栖桐は六時間目の授業の間中ずっと笑顔が絶えなかった。
続く




