へん人No.3 朽葉千羽 その8
「それじゃあ、キミの言い分を聞かせてもらおうか」
薄暗い体育倉庫の中で、俺はマットの上で正座させられていた。ちなみに正座をしたのは自ら進んで……だったりする。
「それが……そ、そのメールはアクシデントと言いますか、不慮の事故と言いますか……」
「ほーう? 事故、ねぇ。詳しく聞かせたまえ」
跳び箱に乗った千羽が、俺を見下ろしながら組んだ足を交差させる。薄暗いとはいえ、時刻はまだ十二時を過ぎたばかりだ。
つまり、何が言いたいかと言うと――
「――――!!」
スカートの中にある桃源郷が見えそうになったわけで。
「……? どうしたんだい、アックン。早く言いたまえよ」
しかも、当の本人は気づいていないわけで。
『覗かなくていいのかぁ〜〜?』『我らはお主と一心同体。お主の気持ちは言わずもがな分かっておる』『我、覗く。故に我あり』
……案の定、悪魔達も出てくるわけで。
「おーい、アックーン?」
「な、なんでもないなんでもない! いまから話すから!」
千羽が怪訝そうに眉を寄せこちらを見るので、ブンブンと自分の頭をシェイクし、思考を切り替える。落ち着け、俺。
「あのメールは、だな。俺のクラスの芦屋ってヤツに宛てたメールだったんだ」
「そっか、だからあんなメールを……」
「納得すんのが早ぇわ!」
まだ起承転結の起しか言ってないのに、どうして結が分かるんだよ!
「おぉ、いい突っ込みだねアックン。パチパチパチ」
「拍手なんてしないでくれよ……続きを話してもいいか?」
「なるはやでね」
「さいですか」
改めて気持ちを切り替えるために、軽く深呼吸をし――
「スゥーーゲホッゲホッガヘッ!!」
……ここが埃っぽい倉庫の中だって事を完全に忘れていたせいで、思いっきりむせてしまった。
そういえばさっきも芦屋に変な事を言われてむせたっけ。
「ゴホン!」
今度こそ、気持ちを切り替える為に大仰な咳払いを一つし、弁明をするため姿勢を正して千羽の顔を見た。
「なるべく早く言うとだな、芦屋が学校に来てなかったからメールを送ろうとしたんだ。そしたら、委員長にスマホを奪われて勝手にメールを送られたってわけだ。多分、間違って宛先を千羽にしたまんまだったんだろうな。すまなかった」
うん、我ながら見事な説明だ。要点だけを簡潔に伝える事が出来た。
「フンフン、なるほどね」
見れば千羽も腕を組んで、俺の説明を反芻するように頭を軽く上下させている。
「わかってくれたか?」
「信じてあげよう。ま、もともと何かの手違いだとは思ってたしね」
「わかってたのか!?」
「だいたいね。よっ、と」
座っていた跳び箱から、スカートが捲れないように優しく飛び降り、マットの上で正座している俺に向かって、ゆっくりと近づいてきたかと思うと、千羽はそのまま俺の前に座った。
甘くて、官能的な、女の子特有のいい香りが、鼻腔をくすぐる。
「だから、アイツはあんな格好をしていたんだね」
「え、あ、あぁ。つーかアイツの格好見たのか?」
「見るも何も、あんな格好で登校してきてさ、話題にならないわけがないじゃないか」
「……それもそうだな」
人の口に戸は立てられない。例え、箝口令が敷かれたとしても、噂や珍妙な出来事は自然と人から人へと、伝わってしまうものだ。
ましてや、現代の時代はFakebookやTwoitterみたいな、ソーシャル・ネットワーキング・サービスが十分すぎるほどに充実している。
一度送信ボタンを押せば、それこそまさに光の早さで世界中に拡散することだって容易いことだろう。
「もしかして、既に拡散済み……とか?」
恐る恐る聞いてみる。
「モチのロンだね。ま、少なくともここの生徒はほとんど知ってるんじゃないかな」
案の定だった。
「ところでアックン。どうしてアイツはあんな格好をしてたんだい? 普段から螺子が二、三本ぶっ飛んだヤツだとは思ってたけど、なんていうか……今回の騒動は彼らしくない気がするんだけど」
「彼らしくない? あれ、もしかして千羽ってアイツと知り合いだったのか?」
「イヤイヤイヤ。アックンはアイツが去年巻き起こした凶行をもう忘れたっていうのかい?」
千羽は右手を顔の前でパタパタと振り「勘弁してくれ」と言いたそうな顔で全否定した。
「あぁーーそういえばあったな……」
芦屋が入学と同時に起こした行動。
本人曰く、『突撃Loveハート!! 恋……おぼえてますか? 俺の翼は君たちだ!! 大作戦』だっけか。
まぁ、大作戦とは口だけで、とにかく視界に入った女子を口説いてただけの単純明快なモノだったが。
「ボクも当時、幾度となく突撃されたもんだよ」
「ははっ、そりゃあ災難だったな」
「本当だよ……それにあれだけの事をしておいて、お咎め無しだった事も不思議でたまらないよ」
「それも……そうだな」
不意に、ただでさえ薄暗かった倉庫がさらに暗くなった。大きな雲が太陽を遮っているのか、なかなか光が入ってこない。
「…………」
「…………」
無言。さっきまで途切れる事なく会話が成立していたのに、ここに来て俺たちは完全に沈黙してしまった。何か、何か喋らないと……!
「あ、そ、そうだ! それでその芦屋がだな、あんな格好をしていたのは、どうやらギャンブルで負けたかららしいんだ!」
「ギャンブル……だって?」
千羽の大きな瞳がギラリと輝き、四つん這いのままズイッと俺に近づいてきた。どうやら興奮しているみたいだ。
「その話……詳しく聞かせてよ」
そう言いつつ、千羽は更に距離を詰め――って、近い近い近い!! いつの間にか千羽との距離がかなり狭まっていた。
「お、教える! 教えるから! だから、もうちょっとだけ離れてくれないか!?」
「あ、ご、ゴメン」
危ない……もう少し倉庫の中が明るかったら、赤面していることが千羽にバレるところだった。
相変わらず倉庫の中には太陽の光が十分に届いていなかったが、気を取り直して芦屋が言っていた事――つまり、場所・相手の容姿・ルール。この三つが俺が持っている情報だったので、すべて千羽に伝えた。
「アックン……ひとつ質問がある。そのギャンブルっていったい何で勝負するんだい?」
「……ゴメン。色々あって、そこはまだアイツから聞いてないんだよ」
「……やれやれ、やっぱりキミはお馬鹿チャンだね。それだけしか聞いてないのに格好良く『敵をとってやるー』とか言ったのかい?」
そう言うと、千羽は大仰に首を振った。
「そ、そこまで言うことないだろ」
……とは言ったもののあれ以上話していたら、千羽は更に怒っていたことだろう。
とりあえず、昼休憩が終わったら、いの一番に聞いておこう。
「あれ、そろそろ休憩も終わりみたいだ。それじゃあアックン、放課後までにちゃんと聞いておいてよね」
「へーい……って、千羽も来るつもりなのか!?」
「当たり前じゃないか。ボクはね、賭けや勝負事が大好きなんだよ。賭場のあるところに朽葉千羽ありってね」
そう言うと、千羽はその場で綺麗なターンを華麗に決め、そのまま歩いて倉庫から出ていった。
スマホの時計を確認すると、昼休憩が終わるまであと五分を切っていたので、膝についたマットの埃を払いながら、俺も倉庫を後にした。
続く




