へん人No.3 朽葉千羽 その5
「あだ名を変えてほしい?」
前を歩いていた朽葉が、俺の発言を聞いてクルリと振り返る。
「あぁ。だって『チキン』を加えてしまったせいで語呂が悪くなっただろ? やっぱりあだ名っていうのは、親しみやすさと呼びやすさを重視するべきだと思うんだよ」
「そうかなぁ? ボクは全然呼びやすいと思うんだけど――」
「いやいや! 呼びやすさ大事! チョー大事!」
「うーん……」
ただでさえ『ヘンタイクン』と呼ばれる度に周囲からナイフで刺さるような視線を向けられているとうのに、『チキン』なんて新たな称号を授けられては熱視線で体中が穴だらけになることは目に見えている。せめて、せめてヘンタイクンに戻して頂きたい……
「……そうだね、確かにキミの言うことも一理ある」
うんうん。
「いくらボクのスカートを覗こうとした犯罪予備軍だとしても」
……う、うんうん。
「ストーカーを偶然にも見つけてくれた恩人クンでもあるわけだし」
うんうん!
「分かった。それじゃあこれから」
よし、もらったッ!
「ボクと勝負しよっか!!」
何ィィィィッ!?
「ちょ、ちょっと待て! どうして今の流れで勝負になるんだ!? 誰がどう見てもあだ名を戻す流れだっただろ!?」
「どーしてもこーしてもないよヘンチキクン! ボクに言うことを聞かせたいのなら、そのぶら下がっている両の腕をフルに活用したまえ!」
そう高らかに宣言すると、ビシィッ!! と勢いよく指を突きだし、俺の目に向かって蜻蛉を捕まえる時の様に、グルグルと回しだした。
「はぁ……そういうことなら仕方ないな。よし、いいぜ! 格ゲーだろうが、クイズゲーだろうがやってやる!」
「フッフッフ、よくぞ言ったねヘンチキクン。その潔さに免じて、どのゲームで勝負するのかはキミに選ばせてあげるよ」
「言ったな? それじゃあ――」
辺りをキョロキョロと見渡し、勝負の舞台となる戦場を見定めていると、格ゲーコーナーの奥から微かに聞き覚えのある音が聞こえてきた。
「――あそこにある路上戦士。あれで五試合して、先に三本先取した方が勝ちって事でどうだ?」
「……格ゲーかい? いいよ、受けて立とうじゃないか。先に言わせてもらうけど『待った』やボクへの『直接攻撃』は無しだからね」
「あぁ、わかった――って、流石にそこまで卑怯な事はしないわ!」
言わせてもらうが、俺はこれ以上の『不正』をするつもりはない。至って紳士的な試合をするつもりだ。
なのにどうしてだろうか? 俺は朽葉の説明に少しだけ違和感を覚えてしまった。
「いまさらっと物騒なこと言わなかったか?」
「言ってないよ? さ、そんな事より早くボクの横に座りなよ」
「あ、あぁ」
まるで疑う暇すらも与えないように、ポンポンと空いている席を朽葉が叩くので、思わず座ってしまった。
……まぁいい。例えコイツが何か仕掛けているのだとしても、俺は全力でこのストウォーをプレイするだけだ!
『リュウジ使いのアキラ』と恐れられた俺の腕を見せてやるぜーーッ!!』
「悪いけどこの試合……もらった!!」
「悪いけどこの勝負……もらったよ!」
俺たちが叫んだのとほぼ同時に、戦いの始まりを告げる鐘が鳴り響いた。
そして数分後。
「YOU LOSE !!」
俺は、五度目の敗北宣言を告げる七文字が表示された画面を見て悶絶していた。
キャラの動かし方から推測するに、朽葉はまったくの素人だった。
いくら最後にプレイしたのが数年前だからと言っても、人間は慣れ親しんだ習慣や出来事を簡単に忘れる事はない。
運で勝敗が決まりやすい『ギャンブル』ならまだしも、これは完全にプレイヤー同士の力量で勝敗が決するもの。
つまり今回で言うならば、完全に俺の圧勝で幕を降ろす試合だった。
……それなのに俺は負けてしまった。とりあえず言い訳をさせて頂きたい。俺が負けてしまった理由は二つある。
一つ、スティックがとにかくグラグラだった。
二つ、ずっと朽葉に足を踏まれていた。
……ここで少し想像して頂きたい。
数年のブランクがあり、スティックがグラグラなせいで技がまともに繰り出せないうえ、終始スニーカーのつま先をローファーの踵でグリグリされ続ける。
こんな極悪な環境で勝てる人間なんているわけがないッ! いるとすればそれは真性のマゾゲーマーだ!
「どう考えても無理ゲーだろ!!」
「フフッこれでボクの勝ちだね、ヘンチキクン?」
『してやったり』とでも言いたそうなにやけ顔で、朽葉が話しかけてきた。
「こ、こんなの絶対間違ってる……無効だ!」
「……はぁ、ヘンチキクン、キミはやっぱりお馬鹿チャンだね。もっと周囲や他人の言動には気をつけるべきだよ」
「き、気をつける……だって……?」
「ボクの行動や言ったことを覚えているかい?」
何かやってたっけ……? ……ダメだ、ついさっきの事なのに思い出せない。
だって足踏まれてたし。
『分からない』という意味を込め、首を左右に数回振ると、朽葉は大仰に額に手を当てながら淡々と語り出した。
「キミが気づかないといけなかったポイントは三つ」
「一つめ、ボクの提示したルールに素直に従ってしまったこと。おかしいと思ったらすぐに確認しないとダメだよ」
「二つめ、ボクの誘導にまんまと引っかかったこと。まぁ、これはしょうがないかな」
「そして三つめ、キミの不正をボクが見抜いていたこと」
「――ッ!!」
バ、バレてるッ!?
「フフッ、ヘンチキクンは今朝もそんな顔をしてたね。いいかい? キミは『ゲーセンに来るのは久しぶり』って言っていたのを覚えてーーないみたいだね。まぁ、ボクはちゃんと覚えてたよ。それなのにキミは勝負の舞台にストウォーを選んだ」
「ってことは、だ。数年程度のブランクなんか、キミにはあってもないくらいの腕前だったんだろうね。あ、ちなみにお察しの通りボクは完全なド素人だよ。普通にやってたら万が一にも勝ち目はなかったかな」
「だからボクは、キミがストウォーでの勝負を希望した時には既に勝ちを確信していたんだよ」
「つまり……俺はお前の手のひらの上で踊らされてたってわけか」
「そうだね、チェック・メイトだ」
どうやら俺の稚拙な不正はバレバレだったようだ。
ミステリー物のラストで、犯人が名探偵にトリックを見破られる時の気持ちが分かった気がした。
「とりあえず……どうすれば許してくれますか?」
「うーん、それじゃあ……『アレ』を『全部』取ってくれたら、今までの事を全部許してあげよっかなー」
「アレを全部……って、マジで言ってんの!?」
「本気とかいてマジだよ! 大丈夫、たったの三種類じゃないかヘンチキクン!」
「さ、三種類って言ったって……」
そこには一回五百円の、高校生じゃなくても高額すぎるUFOキャッチャーがあった。
続く