へん人No.3 朽葉千羽 その4
最近千羽さんの株が急上昇してるゥ!!
「んで、どこに行くんだ?」
一人でトコトコと前を歩く朽葉の後を追いながら訪ねると、バレエダンサーのように片足を軸に器用にクルリと回転し俺の方に向き直った。
回転した時に栗色の髪の毛がフワッっと舞い、思わず見とれてしまう。
「あれ、言ってなかったっけ? ボクが行くところと言えばゲームセンターに決まってるじゃないか」
「知らんがな」
知っておこうよー! とでも言いたいのか、唇を尖らせ無言の圧力をかけてきたが、再び軽やかにターンを決め、トコトコと歩き出した。
しかしゲーセンかー。最後に行ったのはいつだっけ? 少なくとも高校に入ってからは一度も行けてないんだよなぁ。
「あれ? なんだか浮かない顔をしてるけど、もしかしてヘンタイクンはゲーセンが苦手なのかい?」
「いや、そういう事じゃないけどさ。最後に行ったのが何時だったのか覚えてないくらい前なんだよ。だから色々と勘が鈍ってそうだなーってだけで、好きか嫌いかで言えば好きなほうだぞ」
「ほっほーう? それならボクが文字通り、手取り足取りヘンタイクンに教えてしんぜようじゃないか!」
エッヘン! と腰に手を当てる朽葉はどこか誇らしげにしていた。
時刻は午前十一時、場所は変わってゲームセンター。
高校生が真っ昼間から屯していい場所ではないのだけど、周りを見ると俺たちのように学校をサボったのか、他校の生徒も何人かいるようだった。
「こんだけ学生がいれば、俺たちだけが怒られることはないな』
一人で納得し辺りを見回すと、久しぶりに入るにも関わらず、格ゲーにシューティングゲーなど多種多様なラインナップは数年前となんの替わりも無いようだった。
さすがにあの頃遊んでたゲームはないようだが、しかしアイツはどのゲームで遊ぶんだろう? そんな事を考えながら、ズンズンと歩みを止めない朽葉について行くと、あろうことかギャンブルコーナーに入ろうとしていた。
「お前はどこに入ろうとしてるんだよ!!」
「どこって、パチスロコーナーだけど?」
「何か問題でも? って顔してるけど、いやこれ駄目なんじゃねぇの!? パチンコってあれじゃん! ギャンブルじゃん!」
「……ヘンタイクンは筋金入りのお馬鹿チャンだね。これには流石のボクも驚きを隠せないよ」
「ぐぬぬ……確かに最近はゲーセンになんて来なかったし、昔と今では随分様変わりしてる事も理解はしてるつもりだけど……何もそこまで言うことなくない?」
朽葉はそんな俺を見ながら、ヤレヤレと大仰に首を振るとパチスロコーナーに設置されている台を指さしながら、こう続けた。
「いいかいヘンタイクン? 確かにあそこにあるのはパチンコ台やスロット台だ。だけどね、あれはボク達みたいな学生でも十分に、いや十二分に遊べる代物なんだよ?」
「そうは言ってもさ、金は賭けるんだろ? 酒と煙草とギャンブルは二十歳になってからってジッチャンが言ってたぞ?」
「だーかーらー! わからないヤツだねキミもー! あそこにあるのは現金じゃなくてメダルを入れるヤツなんだってば! お金をメダルに交換して、それで遊ぶモノなの! 健全なモノなの! アンダスタァン!?」
「オ、オゥイエー」
鬼気迫る勢いに思わず仰け反ってしまった。口からもよく分からない英語が飛び出してしまうほどに。
「……ったく、まぁいいや。今からボクが手本を見せてあげるから後ろで見ててよ」
そう言うと、空いていた『新世紀アバンゲリオン』の台に座り、メダルを投入してスロットを打ちだした。
そして打ち始めてからまだ五分と経っていないというのに、台がビカビカッと点滅しだし、加えて大音量で音楽が鳴り始めた。
「うわっ!? なんじゃこりゃ!?」
あまりにも音が大きかったので一瞬だけ怯んでしまったが、それが聞き覚えのあるイントロをだったので、体勢を立て直し台を確認すると、それはアバンゲリオンの主題歌だった。
「おぉ! これって『アバ』の主題歌じゃん!」
その独特な歌詞と特徴的なリズムから、アニメが終了して十年経った今なお、根強い人気を誇っている『凄惨な悪魔のテーゼ』がCGアレンジバージョンで流れ出したのだ。
しかも映像はただのアレンジではなく、紫色の一号機と赤色の二号機が協力して敵を倒すシーンや、乗っ取られた黒色の三号機を一号機がやむなく倒すシーンなど、アニメでも特に人気があったシーンがCGでリメイクされていたので、その格好良さに自然とテンションが上がってしまうッ!
「カッコイイィィィィ!! ヤバい!! カッコイイィィィィ!!」
「フッフッフッ……喜ぶのはまだ早いよ。このまま見ててごらん?」
すると、画面が切り替わりアニメには登場しない神々しい白銀カラーのアバンゲリオン四号機が『ロンギヌスブレード』と呼ばれる身の丈程もある大剣を持って現れ、目の前に鎮座している正方形の敵を頭上から一気に切断した!
「うぉぉぉぉ!! スゲェーーー!!」
まさかのオリジナル展開に心が揺さぶられる! カッコイイ! カッコイイよカオル君!!
「フフン、どうだいヘンタイクン? これがボクの実力さ!」
朽葉は再び、エッヘン! と言うかの如く、腰に手を当て誇らしげに、そして満足げに椅子にふんぞり返っていた。
「いやーイイものを見せてもらったわ。サンキューな!」
「いやいや、ボクレベルになるとこれくらい朝飯前だよ」
「朝飯……」
『朝飯』と聞いて、つい栖桐の事が脳裏をよぎる。
そういえばアイツ、ちゃんと学校に間に合ったのか? 後で芦屋に聞いておかないと。
「……? おーい、どうしたんだいヘンタイクン? 突然、黙ちゃったりしてさぁ」
「あ、あぁゴメンゴメン。朝飯って聞いて友達の事を思い出しちゃってさ」
ハイテンションだった俺がいきなり黙ってしまったからか、怪訝な顔を向けている。どうやら心配をさせてしまったらしい。
まぁ、毎朝勝手に入ってくる栖桐の事だ。心配するだけ杞憂ってヤツだろう。
「ふーん? ま、今はボクとのデート中なんだから、他の人の事なんか考えちゃダメだよ?」
「ん?」
「ん?」
「つかぬ事をお聞きしますが、いまアナタ様は『デート』と仰いましたか?」
「そうだけど?」
えェェ!? で、ででででデートなの? これってデートだったの? 俺たちって何時の間にそんな関係になったの!?
これ何てギャルゲー!?
「じょ……冗談……ですよね?」
「冗談だと……思う?」
先ほどまでとは打って変わって、大きな瞳を潤わせながら聞いてくる。
きっぱりと断ってしまうと、そのまま泣き出してしまいそうな顔だ。
き、傷つけないように断らないと……。
「いや、あのーなんていうかその、ですね? まだ俺たちは出会って数時間しか経っていないわけじゃないですか? だからその、そういう関係になるにはまだ早いと言いますか! あぁ、その、つまりこんな経験は始めてなのでどうすればいいのかわからないというか、少し考える時間をくださ――」
「考える時間なんてあげないよ」
「――え?」
「だって、冗談だもん」
ホワイ? いま何て言った?
「じょうだん?」
「うんっ冗談だよ!」
「冗談かよぉぉぉぉ!!」
心臓に悪すぎるッ!! 俺のドキドキを返してくれ!!
「フフッ、ヘンタイクンってば、すっごく慌ててたねー♪ これくらいの演技は見切れるようにならないと!」
「いや、そりゃ慌てるよ! 朽葉みたいな可愛い子からあんな事言われて、焦らない男子なんてこの世に存在しねーわ!!」
「おや? それはつまり、ヘンタイクンはボクの事が好きってことなのかい? いやー参ったなー。こんな風に面と向かって告白されるなんて始めてだよ」
「い、いや……そういう訳じゃあなくてですね……」
「じゃあどういう事なんだい?」
椅子に座ったまま、猫のように大きな目を見開きながら朽葉が顔を覗きこんでくるので、思わず目をそらしてしまった。
それに、そんな風にマジマジと見られると……照れてしまう。
「まっ、とりあえず保留ってことにしてあげるよ。ボクに感謝するんだね、ヘンタイチキンクン!」
そう言うと、朽葉はスロットに飽きたのかUFOキャッチャーや普通の筐体があるエリアへと歩いていった。
続く