へん人No.2 栖桐華菜乃 その8
……それから二週間後。
勝渕に殴られた足のほうもなんとか自力で歩けるくらいには回復し、俺は『平穏な日常』を取り戻していた。
あのあと栖桐と共に駆けつけた警官二人により勝渕は現行犯逮捕され、世間を騒がせた連続暴行犯の正体が現役の高校教師ということもあってか、しばらくワイドショーではこの事件ばかり報道されていたが(学校にもマスコミや新聞記者が殺到して大変だったらしい)、二週間も経った今ではワイドショーやニュースで取り上げられる回数も減り、マスコミの取材も激減した。
「あぁ……ようやくいつもの日常が返ってくる……」
「そうだね……」
「だなーー」
俺達は放課後の教室で夕日に染まるグラウンドを見ながら黄昏ていた。
もともと三人で行動していたが、あの事件が終わってからはより一層、三人でいる時間が多くなった。
助けを呼んでくれた栖桐に、助けにきてくれた芦屋。
二人とも俺の親友であり命の恩人だ。きっとこの先なにがあっても俺達が離れることはないだ――
「あ、そろそろバイトの時間だから帰るわ」
…………多分ないだろう。
「俺達も帰るか」
「そ、そうだね」
女の子と二人、肩を並べて帰っているとなんとも言えない気分になるのは俺だけだろうか?
いつもは話せるのに変に意識してしまってなかなか会話も弾まない。あぁ、もどかしい。
……はっ! そうかっ! いつもは三人でいたから栖桐と二人っきりってあんまりなったことがないんだ!!
最後に二人っきりになったのはいつだろう……。
確か二週間前のあの勝渕に襲われる前――だったっけ。って、あれ? 何か大切なことを忘れているような……。
「あぁーーーーーーーーーーーーー!!」
俺がいきなり大声を出したせいで、横を歩いていた栖桐がめちゃくちゃ驚いていた。
「ど、どうしたの荒木くん!?」
「ど、どうしたもこうしたもあるかーーっ!! 何で今まで俺は忘れていたんだーーっ!?」
「わ、忘れていたって、な、なにを」
「あの日! あの事件があった日! 俺達が襲われる前だよ!! お前なんで俺んちの近くにいたんだよ!? 隠し撮りの写真とか合鍵とか体操服持ってさぁ!!」
「あ、ああああああれはそ、そそそその……そう! 忘れ物! 忘れ物を届けに……」
「どこの世界に隠し撮り写真と合鍵と体操服をセットで忘れるやつがいるんだよっ!! 言い訳が苦しすぎるわっ!!」
「…………」
勢いよく捲くし立てながら詰め寄ると、栖桐は「……ふぅ」と一つ溜息をつくと、上目遣いでこちらを見つめながら「お、怒らない……?」と聞いてきた。
「……怒るも怒らないもないわ。とにかく話しなさい。俺にお前が犯した罪を告白しなさい」
「か、隠し撮りの件についてはクラスの人何人かに頼んでこっそり撮ってもらいました……」
「それは誰だ?」
「だ、誰とは言えないけど率先して手伝ってくれたのは匿名希望のS.Aさんです……」
……やっぱり芦屋か。
「それで? 合鍵はどうやって作ったんだ?」
「体育の時間に誰もいない教室にこっそり忍び込んで型をとって一から自分で作りました……」
一から!? あの鍵は業者が作ったんじゃないのか!?
「た、体操服は……」
「あぁ、それはもう聞いたので結構です」
確かクンクンしてモフモフしてハスハスするんだっけか? 一回聞けば十分だわ。
「はぁ……つーか、なんであんなことをしてたんだ? しかもなんで俺をずっとターゲットにするんだよ? 俺なんかより芦屋のほうがよっぽどイケメンだし――」
「あ、荒木くんはっ!!」
俺の言葉を遮って栖桐が叫んだ。
「荒木くんは……私に優しくしてくれたから……」
顔を赤らめ、漆黒の瞳を潤わせながら栖桐が呟く。
「荒木くんのことが……好きなの……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は自分の顔がトマトのように赤くなっていくのがわかった。
い、今なんて言った!? 好き!? Love!? Likeじゃなくて!? 好き!? すき!? もしかして、いや、もしかしなくても今、好きって言ったのか!?
「あ、あうあう……」
突然のカミングアウトをされ、頭の中が真っ白になる。
え、マジで? ドッキリ? ドッキリでしょこれ? その内芦屋がプラカード持って出てくるんでしょ? 『ドッキリ大成功!!』って書いたプラカード持って出てくるんでしょ? ねぇ!?
しかし待てども待てども一向に誰も出てくる気配がない。
「ほ……本気なのか?」
思わず聞いてしまった。
「だから……」
だから……? だから私と付き合ってくださいとでも言うのか!? そんなっ! まだ心の準備がっ!?
「だから…………!」
……ごくり。
「これからも今の関係でいさせてください!!」
…………はい?
「……ごめん。いま栖桐が何て言ったのか理解できなかったから、もう一度言ってくれない?」
「だ、だから……これからも今の関係でいさせてくださいって言ったんだけど……」
「それはつまり……えーっと……ようするに……ドユコト?」
「だ、だからね? これからも今までどおり盗撮とか体操服クンクンとか隠れてやらせて欲しいの」
…………?
いったいコイツは何を言っているんだ? 盗撮? クンクン? 隠れて? 何故? なんのために? Why?
思考がさっきの発言を理解しようとしていない。なんだ!? なにがどうなっているんだ!? 俺はいま何と戦ってるんだ!?
唐突な出来事に俺が一人であたふたしていると、栖桐が近づいてきて俺の耳元でこう囁いた。
「荒木くん……私はね……?」
「栖桐華菜乃」
続く