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続・惰眠改め家庭教師。

 竜宮家へ向かう道中。当たり前だが銀は黙って歩いているような少年ではないので、いつも会話が絶えない。まあ、銀がしゃべって私が相槌を打つというのが通常だが。

 それぞれ新しい環境になって一ヶ月だ。自然と話は学校の話になった。

「そういえば銀。お前何か部活とか入ったのか?」

「ん? いや、入ってないよ。でも運動部の救世主になろうかなって。一回の救援につき千円」

「金取る気か」

「でもさ結構良心的な値段でしょ? それじゃあ嵐ちゃんは何か入ったの?」

 銀の何気ない返しに一瞬視線が泳ぐ。だが言わないのはフェアではないのでさっさと諦めて言った。

「……バンドサークルに強制的に入れられた」

「バンド? 嵐ちゃん何か出来るっけ?」

 きょとんとした目で私を見上げてくる男子高校生。本当、子犬みたいで可愛いな畜生。

「趣味の範囲だがピアノでちょっと曲創ってたのがばれて。あと、たまにボーカルもやって欲しいって」

「すげぇ!!」

 目を輝かせて銀が話に食いついてきてしまった。このままでは聞きたいとか見たいとか言ってくることは間違いない。さてどうやって切り抜けよう。

 そんなことを考えているうちに景色からオレンジ色が急に消えた。

「……銀」

「大丈夫」

 銀を後ろに押しやろうとしたが、進んで前に出てしまった。

「嵐ちゃんは下がってて。たまにはおれに格好つけさせてよ」

 そう言ってニッと銀は笑顔を私に向けた。どうしようか。ここはやはり年長者として銀の前に立つべきか、それとも可愛い子には旅をさせろの精神で銀をこのまま前に出したほうがいいのか。

 数秒間悩んだがすぐにやめた。暗くなった道の先にそろそろ出てくるだろうと予想していたモノが現れたからだ。

「……一応言っておく。可能性は相当低いが危なくなったらすぐに手を出すぞ。怪我されるとお前の親に顔向けできない」

「大丈夫だって。おれの両親はこんなことで怪我するとはまだまだだなって言うだろうし」

「それじゃあお前のじーさん、ばーさん、兄貴たちと弟に土下座する」

「兄貴たちは止めて! 嵐ちゃんはいいかもしれないけど、おれが後で大変なことになるから!」

 何故私ではなく銀なんだ? という疑問は喉で止めた。代わりに口にしたのは次の言葉だ。

「銀、数は三匹。雑魚とはいえ油断はするな」

 そう言って一歩下がった私を見て、銀は嬉しそうに笑った。

「大丈夫、心配ないって! どーんと任せてよ! あ、鞄見てて」

 銀は一度鞄を足元に置き、開いた。中に勉強道具一式に混ざって異質な物が入っていた。

 ためらい無くそれを手にし、銀はさらに前に進み出た。銀の手に握られていたのは三十センチくらいの小刀だった。

 小刀を抜き、鞘を背中のベルトの後ろにねじ込んだ銀は正面を見据えた。おぼろげに見える輪郭はまだ形を成していないようで、ゆらゆらと三つの影は揺らめいている。

「この様子ではつい最近生まれたばかりだろうな。初めての食事に選ばれたようだな、銀」

「災難だなこいつら。初めての御飯がおれたちってある意味すっごく豪華だけど、絶対に食べれそうにないんだもん」

「おとなしく食われるか?」

 皮肉げに銀に声をかければ思ったとおり「まさか!」と返ってきた。

「逆におれが食べてやるよ! でもやっぱ不味そうだから止めておく」

「お前、食い物なら何でも残さず食うだろ」

「不味いものより美味しいものでお腹いっぱいになりたい、じゃん!」

 銀は言い終えると同時に地を蹴った。私たちとあの影の間は十メートルも離れてはいなかったが銀は一瞬で間を詰めた。目標が目と鼻の先に現れたことを理解する前にその影のひとつは銀の小刀によって斬り裂かれた。

 影は斬られたところから霧散してゆき、すぐにあたりに溶け込んだ。

 銀は一度小刀を振るい、残りの二つの影に普段の銀が浮かべないような笑みを向けた。普段の笑い方が元気いっぱいな太陽のような笑顔ならば、今は獰猛な肉食獣のような笑みだ。

「どっちから斬られたい?」

 少なくともあのような生まれたばかりの影に自我なんてものはまだ無い。だから仲間が斬られてしまっても何も感じることは無い。だけど、銀の笑みと隠す気の無い殺気に多少影の輪郭がぶれた気がした。

 本能が悟ったのだろう。『このままではきけんだ』とかいったことを。

 影はゆらゆらと輪郭を揺らしながら銀のことを観察しているように見える。けど、本当に観察しているかはわからない。何せ生まれたばかりの【餓鬼】だ。確かにこのまま成長してゆけば面倒な存在になっていくだろう。だが、こいつらにはそんな未来はない。

 数分、もしくは一分以内に消えるであろう【餓鬼】と、それを狩ろうとしている銀を電柱に寄りかかりながら私は眺めていた。

 

 黄昏時から始まるこの狩り。これはどちらも狩る側もなるし、狩られる側にもなる。時間帯は大体日没前、すなわち大禍時、または逢魔が時から夜明けまでの間。その間に『奴ら』が現れるとある程度の空間が異質になる。解りやすく言うのならば『空気が変わる』ような感じかもしれない。『奴ら』が現れ空間が変質する現象を私は【喰害(しょくがい)】と呼んでいる。

 そして今私たちの前にいる影。あれは生まれたばかりの人ならざるモノだ。

 自身の存在理由に忠実に生き、そのために食べる。餌はその辺に転がっている物から人そのもの、人ならざる者だったり、さらには実体が無いはずの人によって吐き出され続ける感情といったものまで奴らの餌になる。

 そして、私はこいつらをひっくるめて【餓鬼(がき)】と呼んでいる。……【喰害】同様、私が勝手に名づけたものだが、銀もどういう訳か気に入ってしまい、銀と私とで使われる共通語となってしまった。

 さて、今更説明することも無いだろうが私や銀は奴ら【餓鬼】を狩っている。銀は一家が【餓鬼】退治を勤める一族だから銀が狩りをすることは当然のこと。だが私は銀に出会うまでは自分以外の人ならざる者の存在を知らず、【餓鬼】が何なのかも解らなかった。……解らないなりに私は【餓鬼】を殺して回っていた。

 人のため? 否。

 世界のため? 否。

 身の安全のため? 否。

 私は【餓鬼】退治に一時的な逃避を求めていたのだ。

 過去のことや、私の一族の血の特徴から私は生きることに執着を持たない。死にたいのかと言われればそれでもいい……と一年前の私は言っていただろう。

 今は生きているのならば生きてやる。少し銀という存在が気になり、その存在をもう少し見ていたいと思ったからだ。

 初めて出会った私以外の人外。私の叔父にも一族の血は流れているが、叔父の場合ソレは『目』にしか現れていない。『目』だけが人ならざる者、といったところだと思う。

 私の母親は『人間』だった。銀の母親も人間だ。だが、私や銀の家は過去に人ならざる者と交ざり、その血が脈々と受け継がれてきた一族なのだ。私は銀の一族にしか合ったことはないけれど、他の一族もいるようだ。こういった人ならざる者の血が伝わる一族のことを【血族】と言うらしい。これは私が考えたものではなく、人ならざる者の世界で定められた用語の一つだ。

【血族】はたとえ何代にわたって普通の人間と交わってもその血が薄れることはない。その血を受け継ぐことなく普通の人間として生まれるものがいれば、その血を受け継ぎ、人間ではなく人ならざる者として生まれる者がいる。先祖がえり、と言うのだろうか? その血を引継ぎ、どれほどの力を手に入れるかは人それぞれだが、世間一般に半分(ハーフ)四分の一(クォーター)といったふうに血が薄れていくことは無い。

 つまり、私や銀は【血族】の血を受け継いだ人ならざる者なのだ。

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